5th ACTION 決着!いただきます
「おら、見世物じゃないよ。ガキどもはさっさと散りな」
持ってきたRWパペットの前で腕組みをしながら、フェアーは見物にきた子供や自警団ににらみを利かせる。
好奇心旺盛な子供に見に来るなと言う方が無理だと思いながら、イギーは刀の鞘を左手で握りしめながら苦い表情でパペットを見上げていた。
この村は彼女とは直接対決した事はないが、彼女がどこかに乗り込む時は大抵生身の体かCAを使うぐらいだと噂で聞いている。
その彼女が少女一人追いかけるのに大型の搭乗式機動武器を持ち出したのだから、よほどの悔しさが見て取れる様である。
「おい、ロックとあの小娘はまだ来ないのかい」
「今呼んできてますから、もう少しお待ちいただけますか」
村の入り口から中に入ろうとするフェアーをイギーは、鞘に入った刀を左手で身体の前に突き出して遮る。
火の様に怒っているフェアーをやんわりとやり過ごしながらもイギーは、我慢できなくなった彼女がパペットで村に入り込んでくるのではないかと気が気ではなかった。
その時村の奥から、ロックとリカルが一緒にやってくるのが見えた。
先ほどの勝負中断からそのまま出向いてきたので、二人とも泥と埃にまみれていたがそんな事は一言も口に出さずにただ走ってきた。
その姿をみてイギーは小さく安堵の息を漏らし、前を塞いでいた刀を引いてフェアーを招き入れた。
「うーわ、本当に持ってきているよ。フェアー姐さん、一体どういうつもりだよ!」
「言っただろ、今度会うときは容赦しないって」
「執念深いな、そんな女じゃ嫌われるわよ」
「何とでも言いな。こっちはお前をつれ出せりゃそれでいいんだからねぇ」
当事者同士の話ということもあり、ロックは少し下がった所から二人のやり取りを見ようとした。
しかし彼女達がまともに話し合いをする事が出来るのか、他人事ながら少し不安になっている。
「とりあえず、話付けたいから来てもらおうか」
「お断りだね、話ならここでも出来るんだ。わざわざオバサンの誘いを受けるほど甘くないわよ」
「おや、強気だねぇ。あんた、自分が断れる立場だと思っているのかい」
そう言うとフェアーは深い含みのある笑顔で笑うと、自分の後ろにそびえているパペットを親指で指さした。
「まさかそれで村を狙うとか言いだしたりしないわよね?」
「は、村を敵に回すような事するわけないだろう」
フェアーはそのまま指差していた腕をゆっくり上げると、指を弾いて合図を送る。
それに反応してリカルは思わず身構えるが、パペットはその場で向きを変えると、村のはずれに止めてあるリカルの船に狙いを定めて肩に装備したキャノン砲を構えた。
「あんたが断ればあんたの船がボン、木端微塵さね。さあ、ついてきな」
「引き取って行く前に少し待ってくれませんか」
渋い顔をしてパペットを見るリカルとその姿を見て無言で笑うフェアー。
その二人の間に割って入る様に、ロックが遠慮がちに言葉をかけた。
「なんだい今頃、これは私と小娘の話さね。お前といえども口出しはさせないよ」
「連れていくのは構わないけど、この娘は元々この村に用があったそうだ。今客人として彼女と大事な話の真っ最中、それが終わるまで待ってもらえないでしょうか」
「話だぁ。一体何の話をしているってんだい」
「それは……ちょっと言えないけれど」
まさか身柄を預かるといった相手と戦っていたともいえず、ロックは言葉を濁しながらリカルを引き留めようとした。
自分が押されていたとはいえ、勝負だけは白黒はっきりつけたかったからである。
フェアーがはっきりしない態度のロックをよく見ると、前に出てこなかったから気がつかなかったがリカルと同じで体中汚れだらけであり、さらに彼の服は胸の方が縦に裂けていて上半身がはだけている事に気がついた。
「あんたら何だかボロボロだけど、何かしていたのかい」
「えーと……何でもありません、本当に何にもありません」
そう言ってロックはそっぽを向くが、組み合っていた時にリカルに上に乗られた事を思い出して、自然と顔が赤くなる。
それを見たフェアーは思わず変な方向に思考を飛躍させ、驚愕の声を上げた。
「あ、あんたらもしや二人していかがわしい事してたんじゃないだろうね!」
『はあっ!?』
突然のフェアーの言葉に今度は二人の方が驚きの声を上げる。
「出会ったばっかの奴に変な事なんかしますかよ!まあ楽しかったけど」
「楽しかったって何がだ!おら言え、あの小娘と何してやがった!」
ロックの言葉に反応して、彼もたじろくほどの勢いで詰め寄るフェアー。
それを見ていたリカルはある事に気づいた。
そしてフェアーにひと泡吹かせてやろうと、ある行動に出た。
「へえ、ひょっとしてオバサンそいつに気があるの」
「な、いきなり何言い出すんだいこの小娘は」
少女にいきなり図星を突かれて、火がついたと思われるほど顔を真っ赤にさせるフェアー。
それを見たリカルは心の中でガッツポーズをとりながらフェアーに追い打ちをかける。
「何よ顔赤くして、アンタの方がよっぽど小娘みたいじゃない。意外と可愛いわよ」
「ふ、ふざけるな!小娘がナマ言ってんじゃないよ!」
「でも残念ね。いくら相手を想っても、その人に相手にされなくちゃね」
真っ赤になりながら怒鳴り散らしていたフェアーに、意味深な言葉をリカルが言うと、彼女はロックに近づく。
フェアーも彼女の行動に気付くとそちらに目を移す。
「どういうつもりだよ」
「ごめん、こっちにあわせて」
小声で話しかけるロックに同じく小声で話すリカル。
すると彼女はそのままロックの腰に手を回すと、そのまま自分の体を彼に預ける様に傾ける。
これにはロックもフェアーも驚いたが、リカルは構わず演技を続けた。
「この人、実は初対面じゃないのよね。前にステップの町で出会ってその時意気投合してね、直接会う事はあまりなかったけど連絡は結構取り合っててね」
そこまで話してから顔の向きを変えてロックの顔を見ると、リカルは少しうつむき耳を倒して、恥ずかしそうに話を続ける。
「結婚の約束もして、今度会うときは正式に婚約をしたいから家族に会ってもらいたいっていわれて。それで今日この村に来たのよ」
『ナーニー!!』
リカルの言葉に、二人は驚きを声に出して叫んでいた。
秘かに想っていた男に別の相手がいた事にショックを隠せないフェアー、しかし彼女以上に驚いたのは、いきなり婚約者に仕立てられてしまったロックの方だった。
「おいこらロック、てめぇ一体どういうことだ!本当にこいつとそんな約束してたのか!」
「え、いや、これは、その、あの……」
大きく取り乱していたフェアーはロックに掴み掛かりそうな勢いで事の真偽を問いただそうとしていたが、同じくパニック状態になっていたロックは上手く否定できずにしどろもどろしている。
困ったロックがリカルの方を見るのと、彼女の両手が彼の頬に掛かるのが、タイミングを合わせたかのようにほぼ同時に行われたかと思うと、次の瞬間、リカルは自分の顔を彼の顔に思い切り押し付けた。
突然の出来事に、ロックは目を大きく見開く。
その目に映ったのは、瞳を閉じて頬を紅潮させながら、自分の唇に恥じらいながら唇を重ねている一人の少女の姿が、まるで静止画のようにロックの視界を占めていた。
自分の口と、目の前の少女の口から聞こえてくるくぐもった声と妙に生々しい粘り気のある音。
目の前で起きている出来事なのに、ロックにはまるで夢を見ている様な、触れ合っているにも関わらず、どこか現実味のないその光景を彼は何もできずにただ眺めているだけだった。
そしてその光景は周りで今までのやり取りを見ていた者達も沈黙させた。
ある者はあっけにとられ、またある者は好奇の目でそれを見、絶望に顔をゆがませる者もいれば芸が過ぎると苦笑いをしている者もいる。
「兄様、知らないお姉ちゃんとチューしてる」
小さな女の子のその声が合図になったのか、口づけをしていたリカルはロックから顔を離すと、半歩ほど身を引いた。
かなり濃い口付けをしていたらしく、離れた二人の唇からはつう、と一本、細長く光る糸が繋がっていた。
今だにショックで焦点の定まらず、呻き声を出しているロックをしり目にリカルはフェアーの方を見る。
顔にはまだ赤みが差していたが、嫌いな相手にしてやったというような表情で彼女を見ていた。
「分かった。アタシ達の間には、あんたみたいなオバサンが入る余地なんてないって事が」
「このメスガキャぁ!!」
その言葉に理性が吹きとんだフェアーは、一声吠えるとリカルに向かって一直線に駆け込み、その体格と速度を活かして右の拳を放つ。
しかしリカルは一歩前にでて軽く構えると、フェアーの渾身の一撃を左手で難なく受け止めた。
受け止められた事に驚くフェアー、次の瞬間彼女は左の肩に激痛を感じ、その場にうずくまった。
彼女の攻撃を受け止めたリカルはその力を利用して体をひねると、彼女の肩にカウンターで蹴りを見舞ったからだ。
肩を押さえるフェアーにリカルは、上から少し冷やかな態度を取る。
「不意を突かれなきゃ、現役のハンターが素人に負ける訳ないでしょ。アンタじゃアタシに勝てない」
リカルに声をかけられたフェアーは顔をあげて鋭く少女を睨むと、地面を踏みこんで再び少女に飛びかかる。
リカルもその場を軽く飛び退くと構えなおして彼女を迎え撃つ。
少女と女性が拳で戦っているうちに、レインとロックの兄弟達はロックの所に集まって来た。
「ルーフォ、おいルーフォ!……駄目だ、完全に意識が飛んでやがる」
「誰か気付け薬を持ってきて!兄さんしっかり!」
「わー、全身シッポごと全部逆立ってやがる。こんな兄貴見たことねーよ」
ロックはパニックとショックのせいで体中の毛並みが一斉に逆立ち一つの巨大な毛玉になっていた。
相変わらず視線は一つに定まらず、口からは言葉にならない声が漏れている。
別の子供が薬を持ってきてシリュウに手渡すと、彼はすぐに中身をロックの口に含ませる。
薬の味に少しむせてからロックはようやく正気に戻った。
「ルーフォ、気がついたか!」
「兄様、だいじょうぶ?」
「うん、ありがとう。それよりあの後どうなった……」
「オラァ!」
「ガウゥゥ!」
ロックが状況を確認しようとした矢先に辺りに響いた雄叫びによって、彼は今の状況を確認する事が出来た。
自分の助けた少女とその少女を追ってきた女性が、村の入り口前でネコの喧嘩さながらの殴り合いをしている光景が展開されていた。
彼女たちの放った拳はきれいに相手の顔面に入り、クロスカウンターの状態で数瞬立ち尽くしていたが、すぐに体勢を立て直すと再び殴りあいや取っ組み合いが開始された。
二人ともあちこちに殴られたり引っかかれた跡がついて髪もぼさぼさに乱れており、その姿はとても女らしさとはかけ離れていた。
「……あれ、どうするつもりですか」
「ああいうのはとことんやらせてやった方が後腐れがなくていいんじゃねーの」
「友達同士の喧嘩ならともかく、勝っても負けても色々残る喧嘩はよくないな。大体あんな所でやられたら子供達の目の毒に……」
戦っている二人の様子を離れた所から見ていたロック達だが、ロックはその動きが変化した事に気がついた。
左右に拳を振るって押し込むフェアーの攻撃を腕で受け流しながら、足を狙ってリカルの蹴りが飛ぶ。
フェアーがそれを飛んでよけると同時にリカルも後ろに下がり二人は間合いを取り直す。
態勢を立て直すと同時にフェアーは、腰に下げている鞘から両刃剣を抜き、リカルに突進する。
リカルは腰から空弾銃を取り出すと後ろに飛びながら弾を撃つ。
しかしフェアーが刀を振るうと、鋼鉄の鉄板にも穴をあけることが出来るほどの圧縮空気の弾は、本当にただの空気を斬ったかのように何の抵抗もなく消えていく。
空気の弾を切り裂いたその剣からは、刀身から陽炎の様に立ち上る淡い光を纏っていた。
『魔法剣!』
同時に呟くロックとリカル。
リカルは腰に下げていた別のホルダーからやや小振りのコンバットナイフを取り出すと、刀身に自分の魔力を込めフェアーの刀を受け止める。
リカルの魔力と魔法剣の魔力が火花を散らして淡く輝く。
刃の直撃は避けられたものの、勢いと武器の違いのためリカルは徐々に押されていき、ついにはナイフを手から弾き飛ばされた。
「終わりだ!くたばれ!」
ナイフと一緒に地面に倒されたリカルに、返す刃で向かうフェアー。
立ち上がることもよける事も出来ないリカル。
一瞬死を覚悟して、思わず目をつぶる。
しかし、瞬間に響いた何かがぶつかりあう甲高い音が聞こえたかと思うと後は沈黙が続く。
何が起きたのか確認のため目を開いたリカルが見たのは、いつやって来たのかロックが自分の目の前にたっており、自分の命を取ろうとした凶刃を剣で受け止めていた姿だった。
ロックの持つ剣は、二本の剣を柄の部分で繋いで前後で一つに合わせた形をしており、その刀身は淡い青色の粒子エネルギーで形作られている。
そしてその剣は、“魔力を帯びてないものなら何でも斬る”魔法剣を確実に受け止めていた。
「……粒子波動刀」
リカルはそれだけ言うと、よろめきながら立ち上がる。
粒子波動エンジンの副産物であるその武器は、現世で起きるあらゆる現象は全て粒子レベルに置き換えられると言う理論をもとに作られた、物質、波、魔力、ありとあらゆるものに干渉する事で全てを斬る事が出来る剣である。
「ロック、いきなり飛び込んでくるたぁどういうつもりだい?」
「どういうつもり、だって!?」
刀のつば競り合いをしながら今更出てくるなという形相で問いただすフェアー。
声を落としてそれを聞き返したロックは、顔を上げると同時に剣の出力を上げる。
その目には全てを射抜き、切り裂くほどの鋭さが光っており、それに合わせるかのように剣がフェアーの刀の刃を削っていく。
「どんな理由でも、この村じゃ人殺しはご法度だ。それに、これ以上オレの客に手は出させねえ!」
声を高く叫ぶと同時に踏み込むと、ロックの粒子刀がフェアーの剣を真っ二つにへし折った。
武器を壊され呆然とするフェアーにすかさずロックは上段の回し蹴りを当てる。
まともに体に入ったフェアーはたまらず横に飛ばされる。
フェアーを倒したロックはそのまま剣を構えて門の外のパペットの所まで走りこむ。
「何でもいい、ロックを止めろ!」
フェアーがパペットのパイロットに指示を出すと、パペットからロックに向かって攻撃が来る。
しかしロックは攻撃のことごとくを避け、あるいは剣で弾き飛ばしながら一気に自分の間合いに入り込むと、パペットの上を駆けあがっていく。
そのまま頭の方まで登っていくと大きく飛び上がり、頭の上で剣を振りかざす。
「シャァァー!」
鋭く吠えたロックは剣を頭上で回転させると、そのままパペットに剣を振り下ろす。
剣は複合金属で作られたパペットの外装を斬るとそのまま内部ごと切り裂き、切られた所を境に機体が真っ二つになり地面に崩れ落ち、乗っていたパイロットも外に叩き落とされた。
地面に着地したロックは軽く息を吐くと、片足を軸にその場で振り向きフェアーの方を見る。
「姐さん、馬鹿してくれたよな。今日の件はこれでチャラだ。このままお引き取り願おうか」
「分かったよ。……おい、お前名前は」
「リーンカーラ。知り合いはリンと呼ぶ」
「リンか。今日の所は私も急ぎすぎたし引かせてもらうよ。でもね、でもねぇ……」
不意に言葉が詰まったフェアーをリカルが改めて見ると、その目には涙が溜まっていて顔が感情で紅く色付き体が小さく震えていた。
「アンタがこの星から出るまでに必ずケリつけてやるから、覚悟しておけー!!」
そう言うとフェアーはロックの側を駆け抜け、何とか無事だったパペットのパイロットと共に走り去って行った。
「……何よ今の?」
「あの人、本当はすごい泣き虫なんだ。いつもあんな風になるから気にすんな」
リカルの問いかけにロックはそう答える。
元々気にするつもりの無いリカルは、話をきいて適当に受け答えをした。
「いやぁ、あいつのやり込まれた姿、久々に見れて気分がスッとしたぜ。所でお二人さん、これからどうするんだ?」
そこにレインが話に割って入ってくる。
二人はレインの話の意味がよく分からなかった。
レインが周りを見るようジェスチャーをするのでそれにならうと、子供達の視線がみんなこちらに向かっている事に気付く。
何事かと思っていると、二人の側にシリュウ達が近づいてきた。
「あの、兄さん本当にそちらの方とご結婚なさるのですか」
「てかロック兄、結婚相手がいるなんてオイラ達にも話してないよな!」
そう言われてアッとロックは思い出した。
自分で言いだした事ではない事と、いきなり色々な事が起きたので忘れていたのだ。
すぐにリカルの方を見ると、頬を指でポリポリとかき、耳を横に寝かせながら曖昧な笑みを浮かべている。
彼女はフェアーに勝ちたい一心であの事を言い放ったため、その後の事はまるで考えていなかった。
「兄様とけっこんしたらお姉ちゃん、あたしの姉様になるの?」
「ロック兄ちゃん、冒険者になるの止めるの?」
「この人冒険者だろ。この人について行くのか?」
「そんな事より、いつ結婚するの!日取りとか色々考えてあるの!?」
やいのやいのと質問してくる少年少女、子供達に囲まれて、二人は顔を見合わせるとお互いに何と言えば良いのか分からず、ただ生返事を返す事しかできなかった。
そんな二人の肩にレインは手を置くと、そのまま二人の顔の間に自分の顔を近づけると小声で二人に囁いた。
「こりゃもう駄目だな。今更ウソでしたじゃすまないぞ」
「オレ……これからどうすりゃいいんニャよ」