6th ACTION 「嫌っている相手を喜ばせる手伝いなんか出来ないものな」(無茶な要求)
「あーもう!あの町長マジムカつくんですけどー!」
「まさかあんな条件突きつけてくるとか、なに考えているんだ!?」
「冒険者嫌っているみたいなのは聞いていたけど、ありゃ根が深そうだー」
キリカシティの中層街と下層街の境目辺りにあるオープンカフェテリア。
仕事を終わらせ自警団達と別れた後、すぐに町の庁舎へと赴いたリカル達三人は今この店の外側の席で飲み物を飲んでいた。
そうとう頭にきていたのか、グラスに半分ほど残っているブラックコーヒーをストローも使わず一気に飲み干すと、リカルはおかわりのコーヒーと、豆と野菜のディップを挟んだベーグルサンドを注文した。
そんなリカルを見ながらリープは太めな自分のシッポを身体の前に回すと、それを抱きかかえるように腕を組んで何やら瞑想みたいな姿勢を取っている。ロックはロックでグラスに注がれているフルーツジュースをストローでちびちび飲みながら浮かない表情を隠さなかった。
そんな視えない人にも視えそうな負のオーラを出しまくっている人達がテラス席に座っているものだから自然と客足は遠のいていき、カフェのマスターは三人に店を出ていってもらうかどうするか悩み始めていた。
「おや、こんな所で会えるたぁ奇遇っすね」
不意に三人にかけられた声は、店の外、道の方からであった。
誰だと思ってロックとリカルが声の主を探すと、そこにいたのは昨日知り合ったエイペックズの少年、プライドだった。
片足をSボードに乗せている彼は昨日のフライトスーツの姿ではなく、白地に鮮やかな赤の目立つ制服を着て、背中には彼の背中が見えなくなる程の大きさをした観音開きのリュック・ラックを背負い、肩からは大小様々な大きさのカバンを下げていた。
「あら、あなた確かプライドだっけ。今なにかの仕事中?」
少年の声に気付いたリカルが少し落ち着きを取り戻して声をかける。プライドはボードから降りて足を使って器用に真上に放り投げると、空いている手で上手くボードをキャッチして小脇に抱えた。
「へい、配達の仕事をもらいやしたので。皆さん方の仕事の方はいかがでやした?」
「まあ期待にこたえられたみたいで良い稼ぎになったよ、オレ達が探しているものの情報ももらえたしな」
「情報もらえたのはいいけど物は手に入れれなかったけどね」
話をしている内にまた機嫌の悪くなっていくリカル。それを見てプライドは何故怒っているのか理由を聞いてきた。
そこでリカルが町長の所に行って来たと言うと、彼は納得したという声を出しながら渋い表情を浮かべたのだった。
自警団達と別れた後、ロックとリカルは急いで庁舎に向かった。
途中迷いながらでもあったが町の行政施設という事もあって少し調べればすぐ見つける事ができたので、二人はそれほど時間をかける事無く目的地に辿り着いた。
庁舎の中に入り、その一角にあるこの町の周囲から発掘されたとされる出土品の展示コーナーを見ていた二人はすぐにお目当てのプレートを見つける事が出来た。すぐに二人は近くにいた職員を捕まえると交渉を初め、必死の粘りで話をする事数十分、その間に色々な役職の職員たちとも話をしながらなんとか町の町長に会えるようになった。
庁舎にある町長の執務室に通されるリカルとロック、それと二人が交渉している間に合流を果たしたリープの三人は、ここで初めてキリカシティの町長に会う事が出来た。
執務室で執務を行っている町長は、立ちあがって挨拶をしてくるでも無くデスクから顔を上げて三人を一瞥すると、どうぞと一言だけ声を出して三人を促した。
三人がめいめいに席に着く。そうしてやっと相手の表情を見る事が出来る。
ここの町長はネコ族だった。黒いサバ柄の入った銀暗色の毛並みを持つ彼は同じネコ族であるロックに比べてその目は鋭いキレ目をしており、更に三角形フォルムの眼鏡をかけているせいで「トンがったインテリ」という形容が似合う風貌を醸し出している。
「話のあらましは先程聞いたが、本当に冒険者という人種は無礼だね。やってくるなり町の歴史遺産が欲しいと言ってきて、アポイントメントも無しにここまで来るのだから」
「申し訳ございませんでした。私達が探している道具があると聞いたため、いてもたってもいられなくなってしまって」
町長の言葉を聞くとリカルは反射的に席から立ち上がると深々と頭を下げる。突然の事であったが、彼女に倣ってロックとリープも頭を下げる。
「無礼ついでではありますが、あのプレートを私達に譲っていただく訳にはいかないでしょうか?もちろん相応の対価は出させていただくつもりです」
「申し訳無いけどね、歴史的価値のある物を金銭で譲る訳にはいかないな。それ以前に我々この町の住民は冒険者が嫌いだ」
リカルの申し出を町長は一蹴する。
初めから素直に事が進むとはリカル達も思っていなかったので予想はしていたが、町長はなおも口を開いてリカル達に言葉を浴びせてきた。
「冒険者達は自分達の興味でしか動かず、金にうるさく利益が出ないとなったらすぐに見捨てていく。そうやって自分達だけで先に進んでいき、周りの事など全く考えない!私の親達が冒険者達のせいでどれだけ苦労をさせられたと思うか、君達に分かるかね!」
話をしている内に熱を帯びてきたのか、町長の口調は次第に激しいものへと変わっていった。あまりの変わり様に顔を見合わせる三人。
それを見た町長は熱くなりすぎた事に気付いたのか、軽い咳払いを一つして気分を落ち着けると三人に説明するように話を続け出した。
「今から三十年近く前になる頃、当時はこの町を含めこの土地一帯には様々な遺跡や鉱山が存在していた。その遺跡を求めて数多くの冒険者達もこの地へやってきた。たくさんの冒険者達が遺跡の中と地上での生活をするようになると周囲の町にも彼らがやってくる。町では彼ら相手に商売を行う様になった。生活用品や出土品などが彼らによって飛ぶように売れ、周辺の町はだんだんと生活が潤って行った」
語る口調でここまで一気に話をした町長は一息をつくと席から立ち上がり、ゆったりとした足取りで部屋の窓際に近づいていった。
「冒険者との商売に慣れ始めた頃、大規模な人の流れを見越して新しい商店や施設も作っていった。しかしその十年後、惑星の地下に空洞が広がっていて、その中には更に巨大な遺跡がたくさんあるという話が話題になった時、冒険者たちはこぞってそちらに流れてしまった。この町に残ったのはその時の借金だけ。私の代でそれをようやく完済する事が出来たが、冒険者共に振り回されたのは事実!だから我々は冒険者が嫌いなのだ!」
冒険者であるロック達を見ない様に窓辺まで移動した町長だったが、その憤りは部屋中に包まれていた。
そんな町長達を見ていたロック達はそれぞれ顔を見合わせると、何とも言えないといった表情を三人で浮かべていた。
「そのお話を聞いた後に言うのも何なのですが、それは冒険者がどうとかうんぬんでは無くて単純にそちらの考えが甘かったのでは?」
「確かに冒険者は基本的に自由気ままで中には人に迷惑かけるのもいますけど、そんな理由で嫌われる事は知っている限りでは初耳ですね」
遠慮がちな声で意見をするロックとリカルを、リープは関係があるのかないのかはっきりとしない態度で傍観していた。そして二人の意見を聞いた町長はおもむろに振り向くと物凄い形相を三人に向けてきた。
「では何かね!?君達は私達の親が悪いとでも言いたいのか!」
「そう言う事ではなく、結果がそうなったというだけで、そもそも誰が悪いとかそういった問題ではないはずです」
「負債も返されたそうですし立派だと思いますよ。お金がたまれば貧困層向けの政策も出来る訳ですから」
「貧困層?特に何かする訳でもないが」
言い合いになる前に話を変えてみようとリカルが口に出した話題は、しかし新たな言い合いを産み出すきっかけにしかならなかった。
「ちょっと待って下さい。貧困層に対しては何もしないのですか?」
「そこの住民たちの中には評判の悪い連中もいるからね。取り締まりを強化してみているが目立った成果も出ていない。困ったものだ」
「そう言う所にこそ労働の斡旋などをしてちゃんとした社会生活人を作っていかないと、町が荒れる一方でしょう?」
「どちらにせよ、かつて冒険者どもと付き合っていた連中や冒険者くずれ達に支援する余裕は無い。聞けば連中、昔閉鎖したギルドをこちらに何の断りも無く再開させたらしい。しかも構成員は昔から町を騒がせている浮浪児達だというではないか。本来なら即刻営業停止にして身柄を押さえる必要があるのだが、ギルドの保護能力と貧困層の住民の反発があってそれも出来ん。こちらの言う事を素直に聞いていればよいのに歯がゆい連中だ」
「町の為政者がなんてことを!そんな事ではこの町は……!」
「リカル!!」
ロックが短く名前を呼んで彼女の腕を掴むと、興奮していたリカルは正気に戻った。
彼女がロックを見ると、彼はただ、リカルの目を見つめてから首を数回、横に振るだけだった。
話の内容が違ってきていると無言で伝えた後、ロックは姿勢を直して再び町長に向き直った。
「連れが失礼いたしました。確認させていただきますが、どうあってもプレートを譲ってはいただけないという事ですね?」
「そうだね」
あまりにあっさりとした否定の返事に脈無しだなと思いながらも、ロックは何とかこちらに興味を持ってもらえないかと言葉を続けてみた。
「もちろんタダとは申しません。それなりの金銭を用意させてもらってもよろしいですし、代わりになる様な歴史的価値のある物、例えばこの土地で古いものを発掘してそれと交換させてもらうという事でもよろしいのですが」
そう控えめな態度で言ってみると、硬かった町長の表情に少し変化が見られた。ロック達三人はそれとなく気付かないふりをしていたけれど、こちらの提案に興味を持った事がすぐ分かった。
いくばくか時間を置いてもう一度ロックが訊ねてみると、町長は軽く咳払いをして自分の席に戻った。
「そこまでいうなら一つ、こちらが提示するものを持ってきてくれたら交換してあげよう」
その言葉に三人は心の中でガッツポーズを取った。後は町長の条件を聞いて品物を見つけてくればよい。多少無理があっても何とか出来る自信は三人にあったからだ。
「28年前に滞留していた冒険者がコンバットアーマーを一式この付近の遺跡で見つけてきたとして少し話題になった事があってね。同型は無理でもこの付近のどこかで見つかるもののはずだろうからそれを持ってきてもらえないかな?」
『コンバットアーマー!?』
町長の要求してきた品物の名前を聞いて、三人はそろえて声を上げる。そしてそれぞれの顔を見渡した後、リカルが代表して口を開いた。
「本当にコンバットアーマーをこの土地で見つけてくれば良いのですね?」
「二言は無いよ。さあ、もうここに用は無いだろう。私も忙しいのだから早く動いてもらいたいね」
古代時代の珍しいものには違いないが、武器に関連するCAとプレートを交換するなど、さすがに意外な事であったが、それでも欲しい物を取ってくると自分達から言い出した以上約束は守らなければならない。
ロック達は席から立ち上がると一礼を送り、執務室から退出していった。町長はそれを目線でのみ追いかけ、三人の姿が部屋から消えるのを確認してから再び自分の席に戻ると執務を再開し始めたのだった。