2nd ACTION 村長と守人
オーシャンガレージの村は、ジャンクオーシャンの北のほとりから北西に400シークほど行った所にあるネコ族の村だ。
村と言うだけあって規模は小さな集落だが、近くには他に町も村もないため空から見ればすぐに位置が分かる村である。
船を降ろす場所を探すリカルに、ロックは船の停泊所を教えた。
村に隣接するジャンク置場の近くに船を降ろすと、ロックを先頭に二人は船の外に出てきた。
「お帰りなさい、兄さん」
「お待ちしていました師匠。その方が先ほどお話しされた方ですか?」
初めに二人を出迎えたのは、白い毛並みを持つネコ族の少年とイヌ族の青年だった。
ロックを兄と呼んだ少年はロックと似た年恰好をしており、少年と一緒に居る青年はロックより少し年上で、腰には長剣をつりさげている。
大体の事情を知っている様なので、リカルはロックが先ほどインカムで話をしていた人達だと推測した。
「じゃリカル、弟に今から医者の所に案内させるから一応体を診てもらいな。その間に俺は村長に話をしておくから」
そう言ってロックは自分の弟にリカルを医者の所まで案内させた。
二人が離れていってから、ロックは今度は青年と話を始めた。
「それで、フェアーさんはまだ来ていないのですね」
「はい、だいぶ前に村の前を走り去っていくのを見ましたが、それきりですね。暗くなってから来るのではないでしょうか」
「どちらにしてもこれからか。すみませんが警備を固めていただけますか。今日はあの人かなり荒く来るでしょうから」
分かりましたと青年は答え、ロックはリカルとの約束のために村の中に入って行った。
一方リカルは、案内された診療所で身体を診てもらっていた。
幸いな事に墜落事故のわりに十ヶ所程の打ち身とすり傷だけで、治療の方もすぐ終わった。
終わってから外に出て、いよいよ村長の所へ行くことになった。
「そうだ、えっと、シリュウさん?」
リカルに呼ばれ、先ほど簡単に自己紹介をしてくれた、ロックの弟のシリュウはハイと短く返事をした。
「あなたと一緒にいたイヌ族の方はどういった方ですか。お兄さんの事を師匠と呼んでましたけど」
「あの人はイギーさんです。昔は放浪の剣士だったのですが、ここで兄に会ってそのまま弟子になりまして、今はこの村の守人の一人になってます」
「それじゃあロックも剣が使えるんだ。そういう風にはみえなかったな」
「その事がどうかしましたか」
「ネコ族だらけの村にイヌ族だから気になっただけです。気になると言えば、この村あまり大人がいないですね」
周りを見ると子供ばかり目立ち、自分より一回り年上の人がまるでいない事をリカルは聞いてみるが、シリュウは小さく反応したきり何も話さずに歩いて行った。
「あ、聞いたら悪い事でした?」
まずいことを聞いたなと思いすぐシリュウに謝ったが、彼はそれに答えず口を閉ざしていた。
周りでは子供たちが活発に動いていてとても賑やかだが、この二人からは会話もなく気まずい雰囲気が流れていた。
どうしたものかとリカルが考えていた時、ずっと黙っていたシリュウが口を開いた。
「話をされるかまでは分かりませんけど、その事は村長に伺ってください」
そう言ってシリュウは一軒の大きな家の前で止まると、リカルに顔を向けた。
「ここが村長の家です」
そう言いながら彼は家の戸をあけ、リカルを先の中に通してから続いて家の中に入った。
玄関を入ったすぐ正面に、木製の重厚な造りの、いかにも偉い人の部屋といった感じの扉があり、シリュウはその中の人に来客がある事を伝えた。
「こちらが村長のお部屋になります。どうぞお入り下さい」
シリュウに勧められ、リカルは部屋の中に入った。
部屋の中には大きなテーブルが置いてあり、それに向かって椅子に腰をおろしている人物がいた。
ネコ族のその人は、黒色の体毛に赤褐色の髪の毛、引き締まった体に精悍な顔つき、顔の所々には深い傷が走っており、耳たぶには魔道文字が刻まれているピアスを付けている。
何とも村長には見えない人だが、部屋の中には彼しかいない様だったので、リカルはその人物に頭を下げた。
「この村の村長様でしょうか。私は旅のハンターで、リーンカーラと申します」
「ほう、君がハンターか。話は聞いているよ」
リカルに掛けられた声は、見た目からは予想できないほど静かでよく通る声をしていた。
少し意外な気がしたが、別に気にはならなかったのでそのまま話を続けた。
「本日は村長様にお願いがあり、この村に参りました。私の話を聞いていただけますか」
リカルの話を聞いた男は、軽い笑みを浮かべてからリカルの方を向いて小さく頭を振った。
「結構礼儀正しいな、噂とはえらい違いだ。せっかくの挨拶で悪いが俺はただの傭兵、ここの村長はあっちだよ」
その言葉でリカルは、自分の見えない所にまだ人がいたことに気づいた。
慌てて数歩前に出て向きを変えると改めてその人に頭を下げた。
「大変失礼をしました。村長様、私の話を聞いていただけますか」
「話は聞いていますよ。とにかくそちらに腰をお掛けになって下さい、リカルさん」
その声に姿勢を直そうとしたリカルだが、ある事に気がついた。
自分は愛称を名乗ってはいない。
しかもそう呼ばれたのはさっき出会った少年だけ。
まさかと思い顔を上げたリカルの目の前に入ったのは、白地に様々な色の糸で複雑な刺繍が施されているローブを身に纏うロックが、テーブルの向こう側に座っていた。
「ロック!あなたがここの村長さん!?」
リカルの問いかけに、ロックはうなずきながらゆっくりと答えていく。
「この礼式衣を着ている時は、私はこの村の村長です。改めましてこんにちは、私の名前はルーフォーミュール・ギアトリガーです」
「ついでに名乗ろうか、俺はレイン・バレル。こいつの親父と知り合いで、この村の出身だ。今は交易都市ステップのアドベンチャラーズキルドで傭兵の取りまとめをしている」
二人の挨拶が終わると、ロックはリカルに席に着くように勧め、三人はテーブルを囲んで席に着いた。
「さて、あなたがここに来た理由は先ほど教えてもらいましたけど」
「はい。村長がお持ちになっているプレートを譲っていただきたく思い足を運びました。プレートは……」
「その前に、あなたが遺産のプレートを集めている理由を教えてもらいたい」
理由を聞かれて少し難しい顔をするリカルに、ロックは慎重な態度で質問を続けていった。
「大いなる遺産や禁断の遺産のどれも、公な情報は殆ど出ていない。つまり一般に公開出来ない危険なものが多い事になる。それをメインに調べる理由を知りたいのです」
話し終わったロックの目を、リカルは静かに見つめていた。
それを正面から見ていたロックは思わず彼女を意識してしまったが、彼女は真剣に何かを考えていたので、彼も表情を変えない様にする事ができた。
「きっかけは、全くの偶然でした」
そう一つ前置きをすると、リカルはロックに話を聞かせ始めた。
それは4年前、彼女がハンターとして独立した頃の話だった。
当時リカルには、入ってみたいと思っていた遺跡があった。
そこは他の冒険者によって既に調査が終わっていた場所だったが、リカルはなぜか、ここにはまだ何かがあるという感じがしていた。
独立前にリカルは自分の師匠にこの事を話したが、師匠は全く取り合ってくれなかった。
そのこともあって、リカルは独立してから一番初めにその遺跡を調べてみた。
元々大きな遺跡でもなく、調べつくされた場所でもあるので、大した時間もかからずに一番奥の部屋までたどり着いた。
何かあるとすればこの部屋だと考えていたリカルは、早速部屋を調べ始めた。
部屋の中央には台座があり、その台座が上下の可動式である事に気付いたリカルは、台座の上に乗っていた物を外す前に部屋を調べたから何も見つからなかったのではと考えた。
そこで改めて部屋を調べると、普通では気がつかない、わずかな出っ張りが壁にある事に気がつく。
その出っ張りを押し込むと壁も一緒に動き出し、リカルの目の前に新しい入口が現れた。
「その先は、また別の遺跡でした。私は時間をかけて遺跡を調べ、最深部にまで辿り着くことが出来ました。そこにあったものは、いうなれば世界の過去、といってもよい品物でした」
「世界の過去?」
漠然としたリカルの言い方が気になったロックだが、リカルは首を軽く振って話を続けた。
「私が見たものは先史文明の歴史と思われるものです。過去に起きた様々な出来事が記録されていました。中には発達した技術が引き起こした戦争や事件についてのものもあり、その内容はとても今の時代に一般公開する事は出来ないものばかりでした」
「つまり我々では完全に理解できない出来事ばかりだった。それが遺産と呼ばれるものですか?」
「宝とか、そういう具体的な物じゃないのか?」
リカルの話を聞いたロックとレインは、確認の意味でリカルに聞き返した。
それにリカルは力強く頷いて肯定をすると話を続け始めた。
「もちろんそういった物品もありましたが、それもどの様なものか分からない分値打ちがありませんでしたね。それからの私は、遺産の中の情報が悪用されないようにするため、遺産の回収をメインに仕事をしています。過ぎた力は人を、時代を狂わせますから」
「人と歴史を、か」
リカルの最後の言葉を、ロックは誰かに語るでもなくぽつりと呟いた。
その言葉の後しばらく、話の大きさのためか誰も口を開こうとしなかったが、ゆっくりとロックが立ち上がると、部屋の隅の方に歩いて行った。
「しっかし、まだ若いってのにお前さん、よくそんな大変な事をする気になったな。それだけ嬢ちゃんの見た物がすごかったって事か」
感心とも呆れともつかない口調でレインがリカルに話しながら、彼は服のポケットから葉巻を取り出した。
「タバコを吸うなら外でお願いします」
「お前だって吸うだろ、固いこと言うなよ」
「私も吸うときは外でしますよ、子供たちには評判良くないから。それ以前にタバコと薬を一緒にしないでください」
レインと話をしながら、ロックは自分の席に戻り、机の上に何かを置いた。
それはまさしくリカルが探していたプレートだった。
「このプレートは村に古くから伝わる物です。もし求める物が現れたら、試練の遺跡の奥深くに置かれたこれを持ち帰ってきた時に授ける事になっています」
「試練の遺跡?でもプレートはここにありますが」
目の前にあるものを取ってこいと言うのもおかしな話だと言わんばかりにリカルが聞いてくると、ロックは口調を変えることなくリカルに答えた。
「それは八年前に遺跡から私が持ち帰ってきたからです」
大したことでも無い様な話し方だったのでリカルも聞き流しそうになったが、話の内容が頭に入ってくると、リカルは驚いてロックの方に身を乗り出した。
「八年前に遺跡に入った!?それで手に入れてきた!?一体アンタいくつの時よ!?」
「七つの時ですね。もちろん一人でですよ。先ほどもお話しした様に、私は元冒険者でしたから。当時は腕試しのつもりで潜ってみました」
「七つの時って、アタシが七つの時は師匠の世話になる前じゃない。すごいですね村長」
「その後大人たちに散々叱られましたがね。さて、これをあなたにお渡しするには二つ条件があります。まず一つは、時々でよいので村に戻ってきて、冒険の経緯を聞かせて下さい」
「話すだけでいいのですか」
確認するように聞いてくるリカルに、ロックはそうですと答えた。
「私物を渡す訳ですからね。渡した物がどうなったか知る権利があってもよいと思いますが」
「それはそうですね。分かりました、その件はお約束いたします」
リカルの返答にロックは嬉しそうな顔をして頷くと、イスから立ち上がり着ていたローブを脱ぎ始めた。
「それでもう一つの条件は何でしょうか」
リカルがロックに訪ねると、ロックは脱ぎ終えたローブをイスの背もたれにかけ、そしておもむろにプレートのすぐ隣に片手を叩きつけてリカルに目を合わせた。
「一度オレと勝負してもらおうか。お前が勝ったらプレートはやる、負けたら今回は諦めてもらう。それでどうだ」
突然の事に戸惑うリカルは村長と呼ぶが、ロックは満面の笑みでリカルを見ると、彼女の一言に対して朗らかに答えた。
「今のオレは、元冒険者のロック・ラジファストさ」