12th ACTION ランページ・キャット (宇宙港の中で)
交易都市ステップ……ロックとリカルが飛び出して行った後。
突然の決闘騒ぎに町中が騒然となり、宇宙港は緊急事態のため事態収拾がつくまで船舶の離着陸を一時禁止とした。
トラメイ唯一のこの宇宙港閉鎖は、町の人間だけではなく惑星の内外の人間全ての生活、商業に多大な影響を与えていた。
そして封鎖によって直接影響を受けた者、宇宙船の乗組員たちは自分の船の中や宇宙港の施設で時間をつぶしていた。と言うよりはそれしかする事が無かったためと言うのが本音であった。
そんな中の宇宙港で、ロビーの一角にある立ち食いのスタンド食堂の中に、大人に混ざって三人のネコ族の子供達が食事を摂っていた。
一番小さな女の子は不機嫌さを絵に描いたような表情で、一人ソフトクリームを舐めており、彼女の隣に立っている彼女の姉であるもう一人の少女はそんな彼女を見ながら小さく肩をすくめると、何も入れていないアイスティーを飲んでいた。
その隣にいる、少女と同じ年の少年はそんな事を全く気にした様子も無く、大盛りで頼んだ少し遅めの朝食である天ぷらそばを一生懸命食べていた。
「プラム、いい加減その顔は止めなさい」
妹の態度にたまりかねたのか、お茶を飲みきってから一息つくと、パーラは隣のプラムを軽く睨みつけて声を出した。
「せっかくおごってもらったのにそんな不機嫌な顔をして、そんなんじゃ招待してくれた人に失礼でしょ」
パーラの声に反応すると、プラムは姉の顔をちらりと一瞥し、そのまま先程と同じ姿勢で再びソフトクリームを舐めはじめた。
「別にオイラはそんな事気にしないけど?理由も大体分かってるから」
「黙ってて」
隣で小声でプラムを叱っているパーラに、エトが話題を変えさせようと声をかけるが逆にパーラに一喝されてしまった。
あまりの声の鋭さに一瞬面喰ったエトをしり目にすると、パーラはプラムの方を見た。
「私はこういう事がくせになると困るから言っているの。プラム、他の場所でもそんな顔してたら人から嫌われるわよ」
「……だって面白くないんだもん」
パーラに叱られたプラムは、イスから下に垂らしていたシッポを左右に振り不機嫌さをアピールしながらとげのある声で返事をしてきた。
それに合わせてプラムの食のスピードのペースが段々と加速して行き、まだ半分もあったソフトクリームを一気に食べつくしてしまった。
「せっかくロックの兄ちゃんの宇宙船が飛んでいくってのに、変なのがやってきて港は封鎖。兄ちゃんも飛び出していってそれっきり、他の船も全然入ってこないで一つも面白い事が無いんだもの。早く封鎖が解けてほしいよー」
「だからロックさんが今がんばっているんじゃない、自分の都合ばかりでモノ言っても仕方ないでしょ。パペットで戦う事がどれだけ危ない事かプラムだって知っているはずよね?あなたは一生懸命に戦っているロックさんにそんなこと言えるの?」
現状に対して愚痴をこぼしていたプラムだったが、パーラに説教をされるとさすがに自分の言っている事が一方的すぎると感じたのか、パーラとエトの方から顔を背けるとバツが悪そうにネコ耳をパタパタと動かし始めた。
それを見ていたパーラとエトは、それぞれ顔を見合わせると彼女の行動に苦笑いをしていた。
その瞬間、すさまじい轟音と衝撃が建物全体を襲った。店の中にいた人達はバランスを崩して転倒する。
揺れる前からカウンターに掴まっていたプラムとパーラは転倒することは無かったがバランスを崩してこけてしまい、カウンターの下に倒れてしまった。
揺れが収まった所でパーラが立ち上がると、隣に立っていたエトがシッポを膨らませながら顔を抑えて悲鳴を上げていた。
突然の事に驚いたパーラがエトの身体に手をかけると、彼の頭部が濡れている事に気付いた。持っていたハンカチで濡れた彼の髪をふいていると、エトの方も何とか落ち着きを取り戻した。
「大丈夫エトちゃん!一体どうしたの!」
顔を押さえていた手を離して頭を振ると、エトはパーラからハンカチをひったくり、自分の顔をふきだしうめくような声を出した。
「どんぶりに顔から突っ込んじまって、熱々のソバの汁をまともにかぶっちまったぁ!」
「あ、あはは。とりあえず大丈夫そうね」
そう言いながらパーラはエトの顔についているソバの切れ端を取ってあげた。
だが、もう一度続けて建物が大きく揺れた時、どこにも掴まっていなかったパーラはその振動によって弾き飛ばされ、カウンターに身体を叩きつけられた。
一瞬目をつぶって痛みに耐えようと構えていたが、思ったほど痛みを感じない。目を開けてカウンターの方を振り返ると、そこにはいつの間にか隣にいたエトがパーラとカウンターの間に割って入り、彼女のクッションになっていた。
「お姉ちゃん、エト、大丈夫?」
「こっちは何ともない、痛てて……。パーラはどうだ?」
「あ、私も大丈夫、ありがとうエトちゃん。でも今の揺れって何?地震とは違うみたいだけど」
パーラの言葉にひょっとしてとエトの頭の中にある考えが浮かぶ。
その瞬間宇宙港全体に流れる警報を聞いて、いよいよ自分の考えが現実味を帯びてきた事を悟ると、エトはパーラを立たせ、彼女達二人の手を強く握りしめた。
『緊急警報、緊急警報。現在宇宙港で緊急事態が発生、施設内にいる人達は係員の指示に従って最寄りのシェルターに避難を行ってください。繰り返します……』
「え、何、一体どうしたの?」
「さっきの衝撃、施設の中で発生した事故じゃないみたいだし、もし外で何かが起きてるんだとしたらまさか……」
考えうる最悪の事態を思い浮かべると、エトはその続きの言葉を発せず口の中に呑みこんだ。
急に黙りこんだ彼を見て、パーラとプラムが心配そうにエトの顔を覗き込む。
と、数泊遅れて彼の持っている携帯端末から着信音が流れ出す。
ギルドが使っている専用の端末で、表向きはステップから出向してオーシャンガレージの村に常駐している傭兵と言う事になっているエトにレインが持たせたものである。特殊な通信回線を使っているので、緊急時においても確実に連絡が取り合える物である。
エトが通信に出ると、連絡の主は予想通りレインからだった。
『おうエト、すまないがパーラとプラムは一緒にいるか?』
「いますよ二人ともオイラの目の前に。一体何が起きたんスか?」
『外から砲撃を受けている!今のは威嚇みたいだが、この次からはどうなるか分からん!』
砲撃と聞いて思った通りの事が起きている事を知ったエトは、何も知らない人込みの中で迂闊な事をしゃべれば即パニックが起きる事を考慮して、具体的な言葉を使わずレインに返事をした。
『これから俺は部下を連れて砲撃元を叩きに行く。お前も手伝ってくれないか!』
「良いですけどこれからそっちに合流するんスか?」
『いや、そのままそこに残って宇宙港の守備隊と港を守ってくれ。そこがつぶれたらどれだけの人が被害にあうか分からんからな。それじゃ頼むが、もう行くからこのまま切るぞ、二人にはちゃんと避難するよう伝えてくれ!』
そう言って自分の用事を言い終えたレインはそのままエトの返答を聞かずに通信機の電源を切った。
急を要する事を判断したエトは、隣の二人にレインが言っていた事を伝えて、シェルターに避難するように言い聞かせた。
「攻撃されてるってホント?お父ちゃん達大丈夫なの?」
「大丈夫だから連絡してきたんだろ。とにかく二人はすぐに避難しろ。オイラは仕事で一緒に行けないけどスタッフの指示に従って行けば大丈夫だからな。それじゃ!」
「あ、エトちゃん、あれは!」
二人と別れようとしていたエトをパーラが呼びとめる。一瞬動きを止めたエトは彼女の言いたい事に気付くと、首から下げていた指輪のネックレスの一つを外すと、それをパーラに差し出した。
「これもう別にしなくてもいいんじゃねえか?無くすようなことも無かったし」
「私がしたいの!預かっておいてあげるから、ちゃんと取りに戻って来てよ!」
エトから銀色の指輪を受け取ると、パーラは一際元気な声を出してエトを送りだし、自分もプラムを連れて避難をしている人達の列に入っていった。
彼女達が避難をしていった事を確認すると、エトは向きを変えて避難をする人達と反対の方向に向かって走り出した。
(しっかしパーラにも困ったよな。親の形見を無くしちゃ困るから前に一度だけ預けたら、オイラが仕事に行くたびに貸せって言うんだから)
預けたのは間違っていたかな?そう考えながらエトは作業員用の緊急通路に入ると、物凄い勢いで宇宙港の管制室に向かって走っていった。
片手に、無意識のうちに首に掛けているもう一つの形見の金色の指輪を握りしめながら。