9th ACTION ウサギの雄叫び
『やい、ロックとか言うネコ野郎!聞こえているか!!』
町が動き始めた朝の通勤時間帯に突然聞こえてきた街全体を揺るがすほどの大きな声。
町の公共放送用のスピーカーを使って流されているこの声は、ステップの町にいる人達全員の耳に入って来た。
『昨日はよくも、俺様に恥をかかせてくれたな!』
アドベンチャラーズギルドはこの異常事態に対し、スピーカーから聞こえてくる声がどこから聞こえてくるのか、またしゃべっているのが誰なのかを調べるために、町中の冒険者達が総動員でステップ周辺を走り回っていた。
『このままじゃこっちの気がおさまんねぇ!だから決着をつけようじゃねえか!』
表から聞こえてくる少年の怒鳴り声と、自分の周りでたくさんの人が走っている足音でリカルが目を覚ますと、彼女は自分の側を通り過ぎようとしていたクルーの服を掴んで自分の近くに引き寄せた。
「ちょっと何なのよこの騒ぎ。出航まではまだ時間があるんじゃないの?」
引きとめられたイルカ族の成年クルーはリカルの質問に答えようと彼女の方に顔を向け、次の瞬間恐怖のため表情を歪めていた。
寝起きのリカルは、変な形で起こされた事でとても不機嫌になっていたため、元々鋭さのあるツリ目を針の様に更に鋭くして、大きく鋭い牙もむき出しにしていた。
そんな顔で睨まれたのだから、声をかけられた方は下手な事を言ったら食べられてしまうのではないかと気が気じゃ無かったが、更にきつい眼で睨まれ、とりあえず本当に何かされる前にと思って大急ぎで状況を説明し出した。
「は、はい!えっと、町の公共放送に使われるスピーカーから大音量で声が流れてきて、その内容が副長宛ての果たし状なんですよ。それで異常事態だから、町全体が緊急警戒態勢を取るそうです」
「果たし合い?ロックに?一体どうなってんのよ?て言うかロックに話聞けばいいじゃない。ロックはどうしたのよ!」
「ひいっ!いません、船の中にはいません!ドックの中は今別の連中が探しに行ってます!とにかくこちらも状況がまるで分からないので、副長から直接説明を聞きたいのですが……!」
クルーからの早口の説明を聞いたリカルは、掴んでいた彼の服を離すと頭に付けているインカムでロックのインカムを呼出してみた。
しかし緊急事態で様々な人が通信を使っているため、現在回線がパンクしている様でリカルの呼出しはロックに繋がる事がなかった。
繋がらない事を確認したリカルは立ちあがると、インカムを連続リダイアルモードに切り替えてから、今の状況を確認するために急ぎ足でブリッジへ向かった。
「それにしても惑星から外に出るって大事な時にろくでもないトラブルに巻き込まれるなんて、アイツ何かに憑かれてんのかしら?」
「じゃ、これ宿代な」
「ほい確かに。じゃこれはお釣りな」
町の中央部に近い所に建っているこのビジネスホテルは、素泊まり専門で安く泊まれるので、仕事で町にやって来た、寝泊まりする場所に特に気を使わない人達が宿泊に使っている。
エトもその一人で、昨日の夜ロック達と別れた後、彼はパーラとプラムの姉妹を家に送ってからこの宿に戻るとそのままベッドの上に倒れる様にして眠りについた。
そのまま朝まで眠っていた彼は、少し前に目を覚ますと簡単な身支度だけを整えて、チェックアウトを済ませていた。
「今日もいい天気だな。たまには雨でも降ってくりゃいいのに」
外を見ると太陽がかなり高い位置まで昇っており、降り注ぐ日の光に目を細めると、エトは大きな欠伸を一つしてから外の喧騒に耳を澄ませてから宿の外に出た。
「トラブルだけは、いつでもどこでも降ってくるから嫌だよな」
『町の外の荒野で待つ!逃げたり仲間を連れて来たりするなよ!』
先程から聞こえてくる、兄に向けての宣戦布告を聞きながら外に出てくると、エトは手に持っていた大きな銃剣を腰に吊るしてから大きく身体を伸ばした。
「あ、いたよお姉ちゃん」
「ホントだ。おーい、エトちゃーん!」
聞きなれた声の聞こえてきた方向を見ると、パーラとプラムの姉妹がエトの方に駆けてくるのが見えた。
今日の彼女達は実家の制服ではなく普段着で、パーラはパステルグリーンのシャツの上からピンクのキャミソールに、太ももまでのスカートに中にスパッツをはいており、シッポの先には彼女の黒い毛並みに良く映える、真っ白なリボンを短めに結び付けていた。
一方プラムの方は冒険者が好んで着る様な厚手のフライトジャケットに、膝上のあたりまでしかない短めの革製のスカートをはいていて、それぞれ趣味は違っているが、動きやすい服装をしていた。
二人の呼ぶ声に合わせて、エトは片手を大きく振って彼女達に挨拶をする。彼の近くまでやって来た彼女達も口々におはようと挨拶をしてくる。
三人そろった所で、彼らは目的地に向かって歩き出した。今日は宇宙に出発するロックを見送ろうという事で、提案したプラムを先頭に宇宙港に向かっていた。
最も提案したプラムは、ロック達の船が飛び立つ所を間近で見たいのもあるから、そんな事を言いだしたんだろうなと、残りの二人は考えていたが、エトもパーラも見送りを断る理由が無いので、はしゃいでいるプラムと共に歩いていた。
「エト、今日は一人で起きれたんだ。いつもお姉ちゃんが起こしに行くまで寝ているのに」
「それはな、表が急にうるさくなったら、ゆっくり寝ている事も出来なくなったからだよ」
いきなりプラムから質問をされると、エトはやや不満げな表情でぶっきらぼうに言い放つと、次の瞬間大きく口を開けて欠伸をした。隣で二人のやり取りを見ていたパーラは、それを見てクスリと小さく笑うが、またスピーカーから聞こえてきた声を聞くと、ミミを横に倒してから少し真面目に何かを考え出していた。
「確かにすごく迷惑よね、この行為。一体どうやって町のスピーカー使っているんだろう?ねえエトちゃん」
一人でぶつぶつと呟いていたパーラに突然呼びかけられ、プラムと話をしていたエトは会話を止めると、「なに?」と聞きながらパーラの方に顔を向けた。
「この声の人、ロックさんを呼んでいるけど、ロックさんこの人の言う事聞くのかな」
「行くだろうな。元々売られたケンカは売り返せって、逆に相手にケンカ吹っかけていく性格だから」
エトの言葉に、普段自分の知っているロックの意外な一面を垣間見たパーラは、意外といった顔で「そうなんだ」と応えていた。
その時遠くから早くと声が聞こえてきて、二人が声のした方を見ると、いつの間にかプラムが二人から離れてかなり先の方まで移動していた。
早く早くと更に二人を呼んでいたプラムに、「危険だから一緒にいて」と声をかけながら二人は彼女を追いかけた。
『もっとも逃げようとしても無駄だぜ。変な動きをする奴がいたらこいつが黙っていないからな』
「全くバカどもが、自分の都合しか考えやがらねえ!」
スピーカーから聞こえてくる声にうんざりしながら、都市自警団長のトカゲ族の男性は宇宙港の中にある自警団本部の椅子に座ったまま、爬虫類族特有の先割れの舌をチロチロと出しながら愚痴をこぼしていた。
彼は昨日のロックの送別会に出席していた人物の一人でもあり、ロックの事は良い所も悪い所も知っていた。
ロックはケンカや真剣勝負などバトルに強いが自分から人と争う様な事はしない。
しかし彼は基本的にトラブルを楽しむ性格をしているので、他人からちょっかいを出されると面白がってそれに乗っかるというはた迷惑な一面も持っている。
「アドベンチャラーギルドにも連絡入れとけ。冒険者ロック・ラジファストを捜索、発見次第なんでもいいから身柄を拘束するように。私の名前を出してもいい。今アイツに出て行かれたら厄介な事になる」
呼び出されている事を知れば、ロックは意気揚々と殴りこみに行く事を予想していた団長は、その前にロックの身柄を押さえ、後は自警団と冒険者の力で事件を解決しようとしていた。
しかし今の指令をオペレーターが通信し終わった時、この状況は一変してしまった。
「何だコレ?団長、レーダーに影が出ました!」
レーダー監視をしていた団員の声に反応した団長は、すぐに自分のデスクに置いてあるディスプレイを開いてレーダーの映像を引っ張ってきた。
そこには熱源感知型のレーダーが、スピーカーの声が指定してきた荒野に4つ、大型の機械が放出している大量の放射熱を映し出していた。
「こいつはまさか……。至急外のカメラにこの付近を撮らせろ!」
声を荒げた団長の命令で、町の外壁についている防犯カメラを使ってレーダーに反応が出た辺りを撮影していた団員は、モニターに出てきたカメラの映像を見ると、ほぼ悲鳴に近い声で、しかしハッキリと内容を報告してきた。
「レーダーの反応物体確認!RWのバトリングパペットです!」
報告を受けた団長は、自分の考えが合っていた事を確認すると、「そうか」と一言声を出してから首に掛けていたインカムを掴み、マイクの部分を口元まで持ってきた。
「全員、さっきの命令変更だ。ロックを見つけたらすぐ出て行かせろ。不審者はパペットに乗っている。町を攻撃されない様に下手な刺激は絶対与えるな、要求通りにさせるんだ」
「団長!そんな事したら冒険者達が黙っちゃいませんよ!?」
団長の命令に一人の団員が異を唱えると、団長は正面のメインスクリーンに映っているパペット達を見つめたまま重苦しく口を開いた。
「ガキ一人のために町を戦火にさらす訳にはいかん。この事は当の本人や他の冒険者達も分かってくれるはずだ」
団長の言葉を聞いて、それでもなお何かを言おうとしてきた部下を鋭く睨みつける。それを見て口を閉じたのを確認すると、トカゲの団長は正面に向き直りどっかりと椅子に腰をかけた。
この団長、内心ではロックの事をそれなりに気に入っている。そのためこの様な命令を下すしかない自分に苛立ちを感じており、それを指摘されたため部下にあのような態度になってしまった。
「全く、アウトローって奴はどいつもこいつも」
緊張の走る自警団のオフィスの中で呟かれた団長の声は、周りの雑音によって瞬く間にかき消されてしまった。