7th ACTION 『イヤな奴』
トラメイには三つの衛星がそれぞれの周期でトラメイの周りを公転しており、五十日前後ある一月のうち七日間、三つの月が全て空に浮かんでいる時期がある。
その三つの月明かりに照らされて、人通りの少なくなった大通りを歩く団体の影。
一人は背中に誰かを背負っており、その周りには二人を囲むように何人かが歩いており、その先にも数人の人影が歩いている。
真中にいる誰かをおぶさっている人は時々ふらふらとおぼつかない足取りをしており、その度に両側にいる人達から身体を支えられていた。
「おっと、大丈夫ですかチーフ」
「わわっ、ロック兄危ねえよ。大分足にきてるな」
誰かをおぶって歩いている少年、ロックが左右にふらふらよろけると、彼の左右を歩いているエトとコーラルがロックの身体を支えて歩く。
店を出てから初めのころはそうして歩いてきていたが、さすがにロックがバランスを崩しそうになる回数が増えてくると二人とも心配になって来た。
「ロック兄、もう無理なんじゃね?ただでさえ酒飲んでてきつそうなのに」
「後は私が代わりますから、降ろして下さい」
「出来ればそうしたいんだけど、これじゃどうにもならないですよ」
前を見ながら歩いていたロックは、二人の声に答えながら背中に背負っていたリカルを背負い直した。
あの後、ロックは周りの大人達から酒を勧められ、それを全て受けていたのですっかり出来上がってしまった。
一方のリカルも、ロックやコーラルの言葉を聞かずに飲んでいたため、最後にはすっかり酔い潰れてロックにしがみついたまま眠ってしまった。
送別会も終わり、彼女を運んで帰ろうとした時、酔いのまわっていたロックに代わって別の人が運ぶ事にしたため、ロックに絡めていた彼女の手を外そうとしたが、彼女はそれに抵抗してロックに強くしがみつき離れなかったので、仕方なくロックがリカルをおぶって船に帰る事になった。
「しかし始めて見たときゃ結構おっかなく見えたけど、こうして見るとリン姉も可愛いもんだな」
「て言うか、べたべたくっつきすぎなんだよコイツ。大体ライオンってかなりプライド高いからこんなに甘える様な事しないはずなんだけどな」
少しトーンの低い声で言葉をこぼしてからロックが顔を少し後ろに向けると、ちょうど自分の肩越しに、眠っているリカルの顔が見えた。
規則正しい寝息を立てながら笑顔で寝ている彼女を見ていると、何故か憎めなくなってきて不思議とロックの顔もほころび笑顔になっていく。
「幸せそうな顔して寝ていますね、このお姉さん」
エトの隣を歩いていたパーラは、ロックの顔越しにリカルの顔を見てからロックに話す。
そうだなとロックが答えると、気持ちよく背中で寝ている少女を少しだけ呆れた表情で見てから、また前を見て歩き出した。
「全く、好きなだけ飲み食いして、満足したら人の背中の上でノド鳴らしながらぐっすり寝やがって」
「安心しきっている証拠でしょう。それだけチーフの事を信用している証ですよ」
「だからってねえ。こっちの都合なんかお構いなしで寄ってくるわ、作らなくてもいい揉め事作るわ、たまったもんじゃない。でもま、大人しくしてりゃ確かに可愛いんですけどね」
「うるさい」
突然背中から聞こえてきた声を聞いて、ロックはリカルが起きたのかと体を強張らせた。
リカルの事を散々に言っていた事を聞いて何かされるかと思ったが、彼女は自分に回している腕を強くしただけで何もしてこない。
コーラルと一緒に彼女の顔を覗き込むと、リカルは口元をモゴモゴと動かしながら眠っていた。
「寝てますね」
「何だただの寝言かよ。驚かせやがって」
「……んう。ロック、ロックぅ」
リカルが寝ている事を確認した二人はまた前を向いて歩き出した。
その時リカルが寝言でロックの名前を呼んできた。小さな声だったので聞こえていたのは彼女をおぶっているロックと、背丈的に近い所にいたコーラルの二人だけで、二人は特に意識してはいなかったが彼女の声に耳を傾けていた。
「ロック、好き、大好き。……ずっと、ずっと一緒に……」
熱烈すぎる彼女の寝言を聞いて、二人は思わず顔を赤くしてしまう。
特にロックはアルコールによる物よりも更に顔を真っ赤にしながら、またふらふらとおぼつかない足取りで歩いていた。
「女性にそれだけ好かれるのは、男性としてはもっと喜ぶ所だと思いますがね」
「普通はそうなんですよね、普通はそうなんだけど……」
そこで不意に言葉が途切れ、ロックはだんまりを決め込んだ。話を振ったコーラルも、いきなりのロックのフェードアウトに違和感を感じ、誰にも気づかれない様にロックの顔を伺ってみた。
リカルの囁きを聞いて少しふらついていたが、それからも立ち直り普段と変わらない声で会話をしていたロックのその顔には、何も読み取れない、強いて言えば顔色の無い様な表情でただ前を見て歩いていた。
その顔に一瞬思考が停止していたコーラルだったが、すぐに我に返ると、少し躊躇してからロックに声をかけようと手を伸ばしかけた。
「パーラ!エト!早く早く。早く宇宙船見に行こうよ」
コーラルがロックに声をかけようとしたその時、ロック達の前から誰かがこちらを呼ぶ声が聞こえた。
呼ばれた彼らと周りの人達が声のした方を見ると、薄暗がりの中からプラムが大きく手とシッポを振りながらこちらに声をかけていた。
遠くのプラムの姿を見ると、エトが同じように大きく手を振りながら彼女に合図を送り大声を出していた。
「そんなに急がなくてもちゃんと見れるっての」
「そんなに走ると危ないわよ。もう、いつの間に宇宙船に興味持ったのかしら」
「いいじゃないか。何かにそんなに興味持てるってのは、こんな時代じゃ貴重な事なんだから」
そう言うとロックはプラム達に追いつこうと歩く速度を早め出した。
すぐ隣を歩いていたエトもロックに合わせて速度を上げ、パーラも妹の趣味にやれやれと言った顔をしながらエトを追いかけた。
ただコーラルは、ロックが見せた表情と、そしてロックの耳から離れている首筋でもごもごと呟かれたリカルの言葉が気になって、一人歩く速度を変えずに歩いていた。
『ロック……だめ。アタシを置いて、もうどこにも行かないで……。また一人は嫌だよ……』
(……あの子は、ロックの事を知っているのか?昔から……。だとしたら……)
そこまで考えてから隣を見ると、先ほど歩いていたロック達がいないことに気付き、慌てて周りを見渡すと、暗闇の向こうからかすかに騒がしい声が聞こえてきたので、いつの間にかおいて行かれた事に気付いたコーラルは、夜の道路を走って皆を追いかけていくのだった。
宇宙港のドックに泊っているシャインウェーブ号は、昼間のうちにやってきていた工房のメカニック達がすでに改修を済ませており、船体も綺麗にされていた。
クルー達は船内に戻っている者や外でくつろいでいる者などそれぞれ自由行動を満喫しており、ロック達と一緒にやってきたプラムは宇宙船の中が見れると言う事で嬉々としながら船内に入っていった。
「プラムったら一人で入っていって大丈夫かしら」
「発信器持たせておいたから迷っても探せる、大丈夫だよ。それよりお前ら、本当にこのまま帰るのか?泊っていけばいいのに」
「ええ。ちゃんと帰らないと両親も心配しますから」
「オイラも今日の宿をもう取ってるんだ。荷物も置いてってるから部屋に戻らねえと」
夜も遅くなったため、ロックは今日はこのまま船の中で泊っていけと二人に話をしていたが、二人ともその申し出を断っていた。特にロックに遠慮していると言う訳ではなく、単に二人とも先に予定を立てていたからである。
「部屋取ってあるって、わざわざ宿代出して泊らなくても、レインさんの家にでも泊めてもらえば良かったじゃねえか」
「そうよ。いつも街に来た時はうちに泊っていってるのに。どうしたの?」
宿を取っているというエトの言葉にロックとパーラがそれぞれ意見をしてくる。
ロックはそんな事で金を使ってほしく無かったから、パーラはいつもと違うエトの行動に納得できなかったから。
その二人の質問に対して、聞かれた当の本人の答えは結構的を得ていたものだった。
「あんな酔っ払い達がたくさんいる所に寝泊まりしたら、絶対話のネタにされるし、挙句席に引っ張り出されてあれこれ聞かれるのが目に見えるかんな。オイラは別にいいけどパーラが大変になるから、今日は別ん所で寝る」
エトの答えを聞いて、ロックはああ、と、とりあえず納得した。
ロックも以前、今日の送別会に出席していた大人達から、いい年して彼女の一人もいないのかとか、良かったらフリーの女を紹介してやろうかなどいわれ、その度にロックは曖昧な返事や態度などでかわしてきていた。
今日は今日でリカルと一緒にいると、彼女とどこで知り合ったかとか、興味無さそうな振りしてやるじゃねえかなど質問攻めにあった。
自分の時でこうだったのだから、パーラとの仲が知られているエトはもっと大変な事になるという事が容易に想像できたからだ。
「せっかく久しぶりに会ったのに面白くないな。だったら私がエトちゃんの所に泊ろうかな?」
「やめて。そんな事ばれたらレインさんにボコボコにされちまう。それよりプラムをそろそろ探さないか?」
「そうだな。町に戻るなら、もうそろそろ帰らないと日が変わっちまうぜ」
三人の会話に割って入る声が聞こえ、皆がそちらの方を振り向くと、船の中に入っていったプラムを小脇に抱えながらリープがやって来た。
笑いながら捕まっているプラムの首根っこを掴むと、リープはプラムをエトに引き渡し、エトは目の前に突き出されたプラムをパーラと一緒に受け取った。
「船の中すっごく面白かった。ロック兄ちゃんありがとう」
「どういたしまして、楽しんでもらえて良かったよ。エト、パーラちゃんとプラムちゃんをちゃんと送って行けよ」
「分かってるって。ロック兄も早く背中の人を寝かしてきなよ」
エトに言葉を返され、ロックは改めて姿勢を直すと背中におぶっているリカルを背負い直した。
そのまま船の中に入ろうとした時、パーラが何かを思い出したかのようにロックの背中に声をかけた。
「ロックさん。父さんとの約束覚えてますか?」
そう言われて動きを止めると、ロックはレインと別れ際にかわした約束の事を思い出した。
リカルを背中に背負っていた時、ロック達に向かってレインが大きな声で約束だと話していた、その件の事である。
「覚えているよ。明日また会おうって、お父さんに言っておいてね」
ロックの返答を聞いたパーラは分かりましたとだけ言うと、プラムとエトを連れて自分の家に帰っていった。
ロックは三人の後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、背中に背負ったリカルとそのまま船の中に入っていった。
「ん、うう、んー……」
小さく寝がえりを打った後、まどろんでいた意識が次第とハッキリとしてくる。
目を覚ましたリカルは、ゆるゆると体を起してベッドに座ると、まだ残っているアルコールで重くなっている頭を片手で押さえた。
「いたた……、調子に乗りすぎたかな」
夜中まで飲みすぎた事にぼやきながら眠い眼を手で擦りながら辺りを見渡し、ここが自分の部屋の寝室だと認識する。
頭の痛みで耳を倒し、シッポを大きく振りまわして不機嫌を表しながら、頭に付けていたインカムで時間を見ようとしたが手に触れない。
インカムを外している事に気付いてからすばやく周りを見ると、ベッドの隣の棚の上に置かれていた。
インカムを頭にかぶり、隣に置かれていた緊急用の携帯端末を手に取ると、リカルはインカムのディスプレイ・バイザーに時計を表示して、今の時間を確認してびっくりした。
「早!何この時間?まだ太陽も出てないんじゃないの?」
早朝の、仕事の関係でも無い限り自分では絶対起きないような早い時間に自然に目が覚めた事に驚き、彼女の意識は完全に覚醒した。
時間を見てもう一度寝ようかと思ったが、もう寝れそうにない事を感じ、彼女はベッドから降りると冷蔵庫からアイスコーヒーの入ったポットを取り出し、コップに注いで一口飲む。
強い苦みと酸味が、リカルの頭を押さえていた酒気をいい具合に吹き飛ばす。
コーヒーを飲みながら、彼女はどうやって帰って来たかを思いだそうと、隣の執務室のデスクのイスに座って確認を始めた。
ロックと別れた後、リープと二人でギルドから仕事をもらうと、二人はさしたる時間もかけずにそれを済ませてきた。
その仕事の報酬を受け取る時、オフィスの職員からの伝言で、レインの家に行くように言われた二人は、ロックにその事を伝えてから、一足先にレインの家に向かっていった。
彼の家には、オフィスで別れたコーラルを含めて色々な人が来ていた。
レインに会ったリカルが何の用事で自分達を呼んだのかを訊ねると、知人達を呼んでロックの送別会をするとのことで、彼女達にもそれに参加してもらうために呼んだとの事だった。
自分達のために開いてくれたものなので、二人は喜んで参加し、リカルはレインやステップ所属のハンターたちと話をしていた。
初めはおとなしめにしていた彼女だったが、そのうち気分が乗ってくると言動が段々派手になっていき、途中から飲み始めたアルコールの効果もあってすっかり話の場を掌握した所でロックが自分達の席にやって来た。
その後はロックにずっとべったりくっついていたり抱きついていたりしていた事は覚えていたが、そこから先の記憶が段々不明瞭になってきていき、レインの家からここまでどうやって帰って来たのか全く覚えていなかった。
「アタシ、ずっとロックに抱きついていたんだ……」
コップを机の上に置き、小さな声でそう言葉を漏らすと、リカルは両手の手の平をじっと見つめ、そのまま両手で自分の身体をゆっくりと抱きしめた。
そのままの姿勢で、ロックに抱きついた時の感触や彼の体温など、あの時の事の覚えている限りの事を思い出していると、自分の心が温かくなるのを感じ、自然と表情が緩んでいった。
そのまましばらく、リカルはその感覚に浸っていたが、突然立ち上がるとコップを手に持ち、そのまま大きく伸びをしながらコップを食器洗い機の中に入れた。
「あの子の整備でもしてよ。もう寝れそうにないし」
自分の部屋から外に出ると、昨日引き取って来た戦闘機の点検と整備を行うために、リカルは船の後方にある格納庫に向かう事にした。
歩き出そうとしたその時、はす向かいにあるロックの部屋のドアが少し空いていて、中から灯りが漏れている事に気がつくと、リカルはドアの隙間から彼の部屋の中をこっそりと覗いてみた。
ロックの部屋は個室で、ベッドと壁にはめ込まれている大型モニター、小さな収納棚と冷蔵庫とテーブルだけの小ざっぱりとしたインテリアであり、当の部屋の主はテーブルの上に様々な機械のパーツと工具をひっくり返して何かを組み立てていた。
小さな部品を工具を使って金属の筒に取り付け、時々それを手にとっては様々な角度からそれを見てまた同じ事を繰り返す。
リカルはロックが手にしている物が、彼の愛用しているエネルギー武器、粒子波動刀の発振機だと気付いたが、その形状はいつも彼が使っている物とは少し違っていた。
何故そのような物を組み立てているのかあれこれ考えている時、ふと昨日、ロックが来る前にレインがこぼしていた言葉を思い出した。
「出発させる前に試しておきたい事があるって言ってたけど、そういう事だったんだ」
隙間から顔を引っ込め、ドアの陰で呟いたリカルは、少し考えてから自分の部屋にまた戻っていった。
少しして部屋から出てきた彼女は、手に小さな水筒と紙きれを持ち、ロックの部屋の前にそれらをそっと置くと、立てたシッポをゆらゆらと上機嫌に揺らしながら今度こそ格納庫に向かって歩いて行った。
「ん?」
一方ロックは、粒子波動刀の最後の調整を終わらせ、テーブルの上を片付けようとした時、外から誰かの気配を感じた。
日も出ていないこんな時間に人がいるのかと思いながら、「誰かいるのか」と声を上げながら立ちあがってドアを開けてみる。
廊下を見渡してみたが人の影は無く、気のせいかと思って部屋に入ろうとした時、足元に水筒とメモ用紙が置いてあるのに気がついた。
どちらにも差し出し人の名前は無く、メモ用紙にはただ一言『がんばってね』とだけ書いてあった。
メモを見たロックがまさかと思い、部屋の中に戻ってグラスを取り出し、水筒の中身をそれに移すと、中には思っていた通りコーヒーが入っていた。
(リカル、これからの事知っていたのか)
確かにレインなら、彼女にだけこの話をしたとしてもおかしく無い。
それにリカルも酔っていたとはいえ、断片的に聞いた話を覚えていたと言う可能性があるかもしれない。
そう考えながらロックは、グラスを手にとって中に注いだコーヒーに口をつけた。彼女の差し入れてくれたコーヒーは案の定苦みが強かったが、何かのほんのりとした甘味が苦さを包み込んで、後味の良い物になっていた。
苦い物が苦手な自分のために、リカルが何か工夫をしてくれた事は容易に考える事が出来た。そう思うとロックは顔に笑みを浮かべながら耳とシッポを軽く動かし、グラスの中の最後のコーヒーを飲み干すと一言。
「イヤな奴」
それは頭の中では認めているし、気を使ってくれた事に感謝もしているが、どうしても素直になる事が出来ない、ロックの少年の部分がにじみ出た言葉だった。
もっとも言葉とは裏腹に、彼の態度には嬉しさを表す物が出ているので、ただのてれ隠しの言葉だと言う事は一目瞭然だが。
そうしてリカルからもらった差し入れを全て飲み干すと、ロックは中断していた後片づけを再開した。
片づけながら時計を見ると、レインとの約束の時間までかなり間があるため、これが終わったら少しだけ寝ておこうと思いながら、作業をテキパキと済ませていった。