6th ACTION 送別会 (父が残したもの)
ロックが案内された席には、周りの立食スタイルと違ってテーブルの上にたくさんの料理が乗っており、このパーティの主催者であるレイン夫婦とロックも面識のある、ステップのハンターギルド所属のベテランハンター達、コーラルと数人のクルーとリカルが座って、テーブルの上の料理に手を付けていた。
パーラがロックの到着を一団に伝えると、レインが席から立ち上がり、自分の向かい側の空いている席にロックを招いた。
「レインさん、フィリオさん」
「おう、来たかルーフォ。今日はわざわざ呼び出してすまなかったな。ホントだったらこっちから出向くのが礼儀だろうけど、今日は会場の設営もこっちもちだからこれでチャラにしてくれ」
「ハーイ、ルーフォ君。今日はおばさん、特に腕によりをかけて料理を作ったから思いきり食べてってね」
「お二人とも僕のためにわざわざここまでしていただいて、どうもありがとうございます。それにしても随分と人が集まりましたね、驚きましたよ!」
「それだけお前の事を見ている人が多いってことさ。ありがたいと思っておいた方が良いぞ?」
賞金稼ぎの元締めである、クマ族のハンターにそう言われると、ロックはその言葉の意味を色々と考えながらも極力自然な笑顔で彼にありがとうございますと礼を述べて、席に着席しようとした。
しかしレインがロックのそれを制すると、彼は店中に響くような声で招待客達に挨拶を始めた。
「おーしお集まりの紳士淑女ども、たったいま今日の送別会の主役が到着したので、そいつに一言挨拶してもらおうと思う。盛大な拍手で迎えてやってくれ!」
招待客からの拍手を受けると、何も聞いていなかったロックはびっくりして立ちつくし、何を言おうか一生懸命考え始めた。
とりあえず月並みな台詞を思い付いてから話しだそうとした時、自分の席の隣から大声が聞こえてきた。
「ロック遅ーい。アタシが代わりにいったげようか?」
隣の席に座っていたリカルがそう言うと、彼女はすっくと席から立ち上がってロックの両肩を手で掴んだ。
いきなりの行動のため驚いたロックがリカルを見ると、彼女の体はシッポの先までふらふらと揺れており、顔は赤く上気していた。
そして上機嫌の彼女はロックを無理やり座らせると、そのままの姿勢で挨拶を始めた。
「えー、ではロックの嫁であるアタシから一言。ハンターとして立派にやっていけるようこいつの面倒を見ますので、心配しないで送りだしてやってください!」
「えっと、そういう訳なのでよろしくお願いいたします」
二人の挨拶が終わると、招待客から再度盛大な拍手が起きた。リカルが肩から手を離した事を確認すると、ロックも体の向きを変えて席に座り直した。
「中々いい挨拶だったな、あっちのお嬢さんの方は。お前ももう少しひねった事言えれば良かったのに」
「あんな挨拶にアドリブ入れろって言われても困りますよ。それより何でアイツあんなに元気なんですか?」
ロックの質問を受けると、同席者の一人が彼女の方を見る様ロックに合図を送る。
それに気付いたロックがリカルの方を見ると、彼女は手に持っているボトルの中身を自分のグラスの中に注いでそのまま飲みだしていた。
「誰だ!コイツに酒なんて飲ませたのは!」
こんなになるまで周りに飲まされたとなればさすがにやりすぎだろうと思ったので、ロックは同席者全員に聞いてみると、リカルの隣に座っていたコーラルが、自分の持っていたグラスを置いてロックの方に身体を向けた。
「初めはオーナー、ジュースとかノンアルコール飲料を飲んでいたのですけど、自分も飲めるから注いでほしいと言いだして」
「そういえばモビス島でも飲んでたなコイツ。でもあの時だってこんなにはならなかったぞ」
「ええ。まあ確かに飲んでいたのは見てましたから大丈夫だと思ったんですけどね。それでレインさんがウイスキーの水割り作ってオーナーに出して。初めはオーナーも普通に飲んでいたのですが、そのうち自分で注ぎだしてストレートで飲みだして……」
「で、こうなったと。こいつも意外とお調子者だな。それでどの位飲んだんだ?」
「ボトル一本開けたわよ。女の子とは思えない位に良い飲みっぷりだったわね」
感心しているかの様に話すフィリオの言葉を聞いたロックは、ネコミミを横に倒して呆れの混じった苦い表情を顔に浮かべた。
すぐさまリカルの方に身体を向けると、いまだにグラスをちびちびと傾けている彼女の手から、グラスをひったくった。
「あ、何してんのよ?まだ中身残ってるんだから返してよー」
「もうダメ、ピッチ早いと体壊すぞ。何か別の物にしなよ」
「ヤーダー、飲みたい時に飲むのが一番おいしいんだから、今飲むの!」
「ボトル一本開けといて何言ってやがる、オレが許しません!こら、グラス取ろうとすんな!そんなにひっついてくるんじゃねえよ!?」
取っちゃイヤイヤとだだっ子の様にリカルはロックに絡みつき、ロックは右手に掴んでいるグラスの中身がこぼれない様気をつけながらリカルを振り払おうとする。
座っていたコーラルが止めようとしたが、面白いからこのまま続けさせろと他の人達に抑え込まれて、身動きが取れなくなってしまった。
その間も二人の争奪戦が続いていたが、かなりのこう着状態が続いた事で二人とも息が軽く上がってきていた。
「ねー、良いでしょー。それくれたら身体をモフモフしてあげるからちょうだいよー」
「いらねえよそんなもん!酔っ払いにモフつかれたって少しも嬉しくねえし」
「ちぇー。あーもう、分かったわよ。飲まなきゃいいんでしょ、飲まなきゃ」
ついに根負けしたリカルがそう言うと、彼女はロックから離れて自分の席に着き直した。
リカルが離れ、ロックもやっとの事で手にしていたグラスをテーブルに降ろそうとした。
しかしその瞬間、まるで待ち構えていたかのようにリカルの手が伸びてくると、ロックの手ごとグラスをしっかりと掴んできた。
「飲まないなら中身を処分する。と言う訳だからグラスをこっちにちょうだい」
「はあ?冗談じゃねえ!お前そんな事言って、グラスの中身を飲み干して処分したとかやるつもりだろ!?」
「あによ、こっちの考え読みやがって。そんなにアタシの事がわかるのー」
「酔っ払いの考えなんて単純なだけだ。深い意味なんて無いから、そのにやにや笑いを止めやがれ」
「何だかもう騒がしいなー。全く、ロック兄はどこ行っても変わらず元気だなー」
こうして第二ラウンドが始まった所で、ロックの弟のエトと、レインの娘のパーラとプラムがやってきて、ロック達のテーブルにそれぞれ腰をかけた。
姿を消していた間にエトは自分の服に着替えてきており、腹部が露出している胸までの長さの黒いシャツにノースリーブのファーコート、下には動物の皮と金属片を張り付けて強度を上げたジーンズをはいており、首からは金と銀のリングを通したネックレスが二本、腰には色々な太さのチェーンが何本も巻きつけられていた。
「おうエト、もう着替えてきたのか」
「お客さん全員来たからもういいかと思って。いいよね母さん」
「そうね、もう人も増えないでしょうからあなた達も席についていいわよ。それにしても本当にエト君は顔と服の趣味があっていないわね。可愛い顔なのにパンク系っていうか、ヤンキーみたいな格好して」
「もう許してよおばさん。可愛いってのもそろそろ嫌なのに、女物の服きせるだなんて」
そう言うとエトは、イスの背もたれから下に垂らしているシッポを左右にブンブン振りながら、テーブルに載っている鳥のスパイス揚げにかぶりついた。
「だって、ルーフォ君もシリュウ君も村長似だったからすぐに男の子っぽく成長しちゃって、面白く無かったんですもの」
フィリオの話を聞きながら、元々母親に似ているためか、よく女の子に間違われてきているエトは、迷惑な話だよなと考えると小さく溜息をついていた。
「ほら、賑やかな席でそんなに気を落とさないで。もっと楽しもうよ」
聞こえてきた声に首を動かすと、パーラがジュースの入ったグラスを両手で持ちながらエトに差し出してきた。一瞬動きの止まったエトだが、パーラの笑顔を見ている内に彼自身も顔を緩め、ありがと、と一言言うと彼女からグラスを受け取った。
「なーんか向こうの二人よりこっちの二人の方が見ていてしっくり来るよね」
エトとパーラのやり取りを見ていた一人がそう言うと、周りの客も口々にそうだなと言いだした。
「娘さんが嫁に行く日も近いってか?もし本当にそうなったらどうするんだ、お父さん?」
軽く酔っ払った一人が冗談交じりでレインに質問すると、彼は手に持っているグラスの水割りを一息で飲んでから、シラフの時の様な真面目な顔をして冗談を言ってきた冒険者を睨みつけた。
「娘と結婚するには俺の後を継ぐことが条件だ、だから娘は嫁には出さん。そう言えばエト、お前その話考えてくれたのか?」
しっかりとした声で淀みなくそう言い切ると、レインはエトに話をふって来た。
「また同じ事を話しているよ」と、パーラと一緒に生温かい表情で見ていたエトだが、こちらに話を振られた事でまただよと思いながら、もう何十回話したか分からない答えをまたレインに伝えた。
「だからおじさん、そんな先の話はまだ早いでしょ?オイラだってこの先どうするか分からないのに結婚だの何だのって」
「でもな、俺としてはお前に来てもらって、ゆくゆくは傭兵隊を継いでもらいたいと思ってるんだよな」
エトが話せばレインも、これまた何十回もエトに言い聞かせてきた事を彼に話す。
ステップでの傭兵の元締めは血統によるもので、直系の後継ぎがいない場合は子供の結婚相手が傭兵ならばその人が、そうでなければ傭兵隊に属している人間から選出して、次は選ばれた人間の血筋が元締めを名乗る事になっており、レインも前の元締めの娘と結婚した事がきっかけで現在傭兵隊の元締めとなっている。
実は今の傭兵隊は、個人個人の質はいいが組織としての能力を持っている人間がいない状態で、誰を元締めにしてもイマイチだとレインは考えている。
そのため彼は次の元締め候補を作るため、鍛えれば伸びそうな若手を傭兵隊に引きいれるか、自分の娘と結婚させるかのどちらかを考えており、まず白羽の矢が立ったのがエトだった。
見た目のイメージとしてはチャラい感じで頼りなく見えるが、エトは性格がロックと似ており、なおかつ腕も立つ。
レインも彼の事はそれなりに知っているし、何より自分の娘ともまんざらじゃ無い。そう思ってからのレインは、何とかエトの事を口説き落とそうと、自分の娘以上に彼に付きまとっていた。
「おばさん何とかしてよ。これじゃ政略結婚の相談だよ」
「でもうちの人、かなり本気に考えてるしね」
「大体宴会やってるこんな時までそんな話しなくったって……」
「ああもう、しつこい!だったらオレが処分しちゃる!」
レインとエトがあーだこーだと攻防戦を繰り広げていた頃、不意に争っていたもうひと組の一人の怒鳴り声が聞こえてきた。
エト達が声のした方を見ると、リカルからグラスをひったくったロックが、彼女に取られない様にと早口で一気にグラスの中の酒を飲んでいた。
突然の行動にリカルは抗議の声を張り上げ、コーラルもロックの行動を止めるべく叫ぶ。そして周りはロックの大胆な行動を囃し立てる。
そうしてグラスに半分ほど残っていた酒を一気に飲み干すと、ロックはグラスを口から離し、次の瞬間酒の味にむせて盛大に咳き込んだ。
「何だコレ!?こんな強い酒ストレートで飲んでたのか!?酔っ払う訳だ」
「そんな事よりいきなり一気に飲んだチーフの方が心配ですよ。これ飲んで下さい」
一気飲みをしたロックを心配したコーラルは、すぐに水の入ったグラスを彼に差し出す。
受け取ったロックは、これも中身を一気に飲んでいく。
グラスの水を飲み終えると、ロックはグラスを静かにテーブルに置いた。
「大丈夫ですかチーフ」
「ええ、僕も強い方ですから」
そう言ったロックの顔は、アルコールを摂取したため赤みを帯びてきていたが、強いと言うだけあって彼の言動はまだ崩れてはいなかった。
「ロック、何一人で勝手に飲み始めてるのさ?」
「そうだぞロック。君は今日の席の主役なんだから、まずは年長者からの杯を受け取らないと」
ロックが酒を飲んだのを見てから、席についていた他の冒険者達が彼に酒を勧めてきた。
一気に来たものなのでロックも受け切れたものではなく待ってもらおうとしたその時、エトと話をしていたレインが急に話に入ってくると、ロックの目の前に新しいグラスを一つ置いた。
「みんなの杯の前に一つ、先にこいつを飲んでくれ」
そう言いながらレインが取りだしたのは、一本のボトルだった。
ラベルに描かれている線画のイラストから、ネコ科の種族用のマタタビ酒だと分かる。
レインがボトルの封を切って、ボトルの口をグラスに向けて傾けると、中の無色の液体が、トクトクと小気味よい一定のリズムを出しながらグラスに注がれていった。
ロックのグラスを酒で満たしてから、レインは自分のグラスの中にも同じようにボトルの液体を注いでいく。
そうして二つのグラスに酒を注ぐと、レインはその様子を不思議そうに見ていたロックに改めて向き直ってから自分のグラスを手に取った。
「何でわざわざ新しくボトルの封を切った酒を入れてるのか、って考えているだろ。こいつはちょっと特別な酒でな。これはお前が生まれた時にアニキ、お前の親父さんが買った酒だ」
そこでロックは、ようやくレインが新しいボトルを出した理由に察しがついた。
レインに倣ってロックも自分のグラスを手に取ると、続くレインの話を待った。
「産まれた子供が酒の飲める歳になったら、こいつを開けて一緒に飲み明かすんだって、笑いながら話していたよ」
「親父、意外とそう言うイベント系が好きだったからな」
グラスを手で回しながら、しみじみとした表情と声で話すレイン。それにつられてロックも静かに語りだす。
周りの人達は誰も声を上げる事も無く、二人だけの空間になっていたが、おもむろにレインがグラスを持った手を伸ばすと、自分のグラスをロックの持っているグラスに触れさせた。
カキン、とガラス同士のぶつかる高い音に意識を引き戻したロックの目の前では、レインが自分のグラスに口をつけ、その中身をゆっくりと飲んでいる姿だった。
彼に遅れてロックもグラスを近づけると、ゆっくり味わうように中の酒を飲んでいく。
そしてほぼ同時にグラスの中身を空にすると、二人は同時にグラスをテーブルの上に置いた。
「親父さんの代わり、とはいかないだろうがとりあえず付きあわさせてもらうぞ、本当は去年の誕生日に開けるものだったけど、旅に出るときのはなむけに出してやるべきだと思ってな。どうだ、そいつは」
「親父に意外な趣味があった事が分かりましたよ。とんでもなく強いな」
先ほどリカルから取り上げた酒も強かったが、今飲んだものはそれと比べても強すぎる。
苦いものを口に含んだような顔をしながら漏らしたロックの感想を聞くと、「それが十六年分の味だよ」とレインは答えた。
格好つけた言い回しだなと思いながらロックは、空になったグラスとテーブルに戻してからこのボトルに手を伸ばす。
その時今まで一言もしゃべらずにいたリカルが急に動き出すと、ボトルを掴んだロックの手を掴んだ。
「十六年分の味だなんて、おじさまカッコつけー。あ、でもアタシそういうの結構好きかなー。それよりロック、お酒貰ったんならアタシにも少しちょうだいよー」
「お前ホントにしつこいな。……分かったよ、少しだけだぞ?」
酒好きのリカルのあまりの強引ぶりについに観念してしまったロックは、彼女のグラスを手に取ると、慣れた手つきでボトルの中身をグラスに少し入れ、次に水を多めに入れて水割りを作るとそれを彼女に差し出した。
受け取ったリカルはシッポをゆらゆらとくねらせ嬉しさを表しながら、グラスの中身をぐいぐいと飲んでいく。その姿を半ば呆れながら見ていたロックは、自分のグラスにも酒を注ぎ直し再度飲み始めた。
「うーん、このお酒ホントにおいしー」
「そりゃよかったね」
「優しくて話わかるし、アタシロックの事ホントに好きー」
「ああそうかい、分かったからそうモフつくなよ」
リカルはロックの首に腕を回すと、そのまま彼に抱きつく様に身体ごと預けてきた。
抱きつかれたロックは酒の赤みに加えて、リカルに抱きつかれている事に対しての恥ずかしさから、耳まで真っ赤にして押し返そうとしたが、席についていた他の冒険者達がそれを押しとどめて、彼らの事を囃し立て出した。
「あーあ、ロック兄たじたじでやんの。本当に仲が良いな、あの二人」
「そうね、ロックさんも嫌がってる割にはまんざらじゃなさそうだし」
「あら、あなた達も結構仲がいいでしょう」
皆にいじられている兄の姿を見ていたエトとパーラが素直な感想を口にすると、隣に座っていたフィリオが話に入ってきた。
どの辺りがそうなのかと思ってパーラの方を見てみると、彼女は空になっていた自分のグラスの中に新しくジュースを注いでいた。
そうかと思えばエトの方は、取り皿に料理を取ってはその皿をパーラに渡していた。
そしてそれぞれの行動に気付いた二人は、同時にあっと小さく声を上げていた。
「ほら、そんな所とかね」
にっこりと笑いながら二人を見ているフィリオに、エトとパーラは互いの顔を見た後に少しぎこちない笑顔で笑いあった。
「私はレインほどあれじゃ無いから、普通に応援してるわよ。どうしたいかはあなた達で選びなさい」
「おいフィリオ。何勝手な事を言ってるんだよ」
「お黙り。こんな席でこれ以上子供相手に生臭い話なんてするんじゃないわよ」
フィリオとレインが子供達の事で少し言い合い、ロックは酔っ払って抱きついてくるリカルと、その状況を見てからかってくる周りの大人達との対応に四苦八苦している。
そんな光景を見ながらエトは、久々に訪れた穏やかに笑える時間に自然と顔から笑顔がこぼれ、送別会と言う名の宴会の時はゆっくりと過ぎていった。