6th ACTION 送別会(可愛い子 )
ステップの町に戻って来たロックが、チェイサーをシャインウェーブ号に格納してからレインの家に着いたのは、日が傾いて夕焼けの赤と夜のとばりの濃紺とした色が空で混ざり合いだした頃だった。
途中でギルドオフィスに立ち寄り、リカルがしてきた仕事のレポートを見てきたが、ロックの目から見ても非の打ちどころのない作業内容で、彼女の言葉に誇張が無い事を知ると、ロックはまた無意識のうちにリカルに感心していた。
手ぶらで行くのも居心地が悪いので、手土産に花屋で花束を買うと、レインの家の扉に手をかけた。
彼の家は主に労働者相手のリーズナブルな食堂兼酒場で、彼の奥さんが仕切っている。
この時間は仕事帰りの労働者や、これから仕事の夜勤の人が食事のためにやってきて、店の中はいつも半分以上は埋まっているが、今日は扉の前に貸し切りの看板が立っていた。
わざわざここまでしなくていいだろと思いながら、ロックは扉を開けて店の中に入る。
奥行きのある、結構広い店内では、シャインウェーブ号に乗り込んだコーラル達を初めとするモビス島出身のクルーと、ステップのギルドオフィスに所属している冒険者達が、立食スタイルの店内で気ままにくつろいでいた。
その人の数の予想以上の多さに、足を踏み入れたロックは思わず呆気にとられて前に進む事が出来なくなっていた。
「何でこんなに人呼ぶんだよ、何考えてんだ?」
思わずうんざりとした口調で声を出したロックだが、その声は周りの喧騒にかき消されてしまい誰もロックの到着を知ることは無かった。
とりあえずレインに会おうと考えたロックが止めていた足を動かそうとした時、彼の隣から二人の少女の声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ。お客様一名ご案内です!」
「主役がこんな所で立ちぼうけてちゃダメですよ、お客様!」
「よっ、パーラちゃんにプラムちゃん今晩は」
愛嬌のある少女たちの明るい声に振り返ると、ロックは顔をほころばせながら声の主たちに挨拶を返した。
パステルイエローの給仕服で現れた二人のネコ族の少女はレインの娘達で、レインと同じ黒色の毛並みを持っている子がパーラ、そして白色に黒の斑が混ざった毛並みの子が妹のプラムである。
彼女達は母親の経営しているこの店の従業員であり、ロックも彼女達が小さいころから知っている仲だった。
ロックは「お店にでも飾ってね」と言いながら手に持っていた花束をプラムに渡すと、席に案内するとパーラが歩き出したのでそれについて行く。
その時ロックは離れた所、照明の陰に隠れて見えない所にもメイド服姿のウエイトレスがいる事に気がついた。その子は下に俯いてその場から一歩も動こうとはしなかった。
「何あの子?何だか仕事に慣れてない感じみたいだけど、臨時のバイトさん?」
ロックの言葉にパーラがその方向を向くと、苦い顔をしながらその子の所まで小走りで近づく。
パーラとその子が何かを言い争っているが、やがてパーラがその子の腕を掴むと無理やり引っ張ってロックの前までつれてきた。
「この子私の友達で、今日遊びに来ていたから手伝ってもらってるの。ほらちゃんと挨拶して」
「う、あ……。い、いらっしゃいませお客様」
パーラに促されて、目の前の少女は下を向いたまま、やや上ずった声でロックに挨拶をした。
接客業にはあまり良くない態度なため不審に思っていたロックは、その子の声に何故か聞き覚えがあるため首をひねっていたが、隣に立っているパーラと比べてその子の背が高い事に気付くと、もしやと思ったロックは恐る恐るその子に声をかけた。
「……ひょっとしてお前、エトか?」
ロックの言葉にビクッと身体とシッポを大きく跳ねあげたかと思うと、ウエイトレスはゆるゆるとその顔を上げた。そこにいたのは紛れも無く見知った顔の少年、下の弟のエトだった。
「お前なんでここにいるの?てか、また随分可愛くなったな」
「……見ないで、ロック兄」
ロックの言葉を聞くと、エトは体をプルプルと震わせながら顔を下に向けてしまう。
ロックより少し明るい黄色の毛並みの彼には、少女達とおそろいのパステルイエローのメイド服が同色系でありながら映えて見せていた。
頭はいつもの短髪では無くゆったりとしたウェーブのかかった長髪にヘッドドレスを付けており、びっくりして膨れているシッポの先端にはワンポイントチャームとして、黄色の彼の毛並みに合う薄い青紫色をした、今ネコ族の女の子達に人気のあるリボンを巻きつけていた。
「エトちゃん、業者にレストアしたパーツを納めに来た帰りにうちに寄ったのね。そのうち父さんが帰ってきて、ロックさんの送別会するからって準備を始めて。エトちゃんも初めは普通に手伝っていたんだけど、母さんがそこにやってきて、私達と一緒に給仕してって頼んできて、その時に……」
最後の方を言い淀んだパーラを見ておおよその理由を知ったロックは、まだ下を向いているエトの頭をポンポンと、子供をあやすように軽く叩いた。
「お前はホント、オレ達より毎回いいようにいじられてるよな。この髪カツラか?」
「ゴメンねエトちゃん。母さん、可愛い子好きだから。エトちゃん着飾らせると女の子みたいだからって、なおさら歯止めが効かなくて」
「もう勘弁してくれよ。ロック兄もパーラもおばさんに言ってくれよ。オイラからじゃいくら言ってもおばさん全然聞いてくれないし」
「それで済むならとっくに終わってるな。ま、オレもシリュウも着せ替えさせられたし、お前オレたちより成長遅めだからなおさらだよな。とりあえずはあの人に飽きられるまで大人しくしてるのが一番だよ」
弟の姿に笑いながらも同情するロックと謝罪をするパーラ。
それでも当のエトは浮かない顔で二人に不満をぶちまけ、二人に助けを求めてきたが、兄の無慈悲な言葉を聞くと、はあ、と深く溜息をついてその場からとぼとぼと歩いて行った。
エトはしばらく使い物にならなさそうだったので、パーラはエトを後で見る事にしてとりあえずロックの案内を続けるために歩き出した。
ロックも弟をこれ以上刺激する事も無いだろうと思って、この事にはそれ以上触れる事無く彼女について行った。