5th ACTION 力 『さようなら』
咥えているキセルを吸い込むと、先端に詰められた火のついたハーブの煙が口の中に入ってくる。
一度飲み込んだ煙を吐き出すと、ロックはキセルを口から離して外の景色を見ていた。
父親とここへ来たのはあの時一度きりで、その次にここに来たのは次代襲名の時、レインと一緒にだった。
その時から年に一度はやってきてはいるが、あの時父親と見た星空はあれきり見てはいない。
「……十年ちょっとって、意外と早く過ぎるんだな」
自分でも気がつかないほどの小さな声で呟くロック。
彼は物心ついた時から冒険者に興味を持っており、村の近場はRSを使って自分で訪れたりしていた。
そんな彼の行動を知っていたので、彼の父親は時間があればRBバイクで遠くまで連れ出してくれたりしていた。
そしてそのことに対して母親はあまりいい顔をしておらず、よく父親が謝っていた事を覚えている。
そんなことを含めて、ロックの父親は、ロックが冒険者になることをかなり応援してくれていた。
だからこそロックは父親の事を尊敬しており、村の事を遺言で頼まれた時も、内心納得できない部分もあったが、父親の最後の頼みを素直にきくことが出来たのだった。
言葉を呟いたその時、偶然インカム・メットから通信の呼出し音が聞こえてきた。
あまりにタイミングが良かったので、少し驚いてシッポを勢いよく動かしたが、すぐ正気に戻るとそのままインカムに手を伸ばして通話状態にした。
「あ、繋がった。ロックー、聞こえるー?」
「リカルか。リープと一緒か?軍資金稼ぐとか言ってたけど、どんなもんだ?」
「ばっちりよ。空間の魔力異常噴出ポイント、オーバースポットの安定化作業してきた。あれ結構いい金額の仕事になるのよね」
リカルの言葉に「そうか」とだけ声をかけたが、内心ロックは驚いていた。
オーバースポットとは、高密度の魔力が定期的に吹き出している地帯の事である。
この世界の魔法は、空間の魔力と魔法の使い手の理力、この二つの力を混ぜ合わせる事で生み出されている。
そのため魔力の密度が強いオーバースポット周辺では使った魔法の威力が増大するという現象が良く起きる。
だが強すぎる魔力は生物の身体に悪影響を与え、最悪の場合は体そのものが別の物に変わってしまい、いわゆる怪物と言う物になってしまう。
そうなるのを防ぐためにスポットのマナの噴出量を安定化させる必要があるが、スポットの特性上この作業はとても難しい。
最悪作業員がモンスターになる事も珍しい事ではないからだ。
その作業を彼女は、まるで小遣い稼ぎのお使い程度みたいにやってのけたのだから、ロックで無くても驚くだろう。
改めてリカルの技量の高さを知って感心していたロックが意識を現実に引き戻すと、当の本人はまだ話し足りないのか会話を続けてくる。
さすがにロックもうるさく感じた時、スピーカーから聞こえてきたリープの声が彼女の会話を遮った。
「ちょっとリンちゃん、自慢話は後でゆっくりして、とりあえず伝言を済ませなって」
「あ、そうだった。あのねロック、レインのおじさまが帰ってきたら自分の家に来るようにだって。お別れ会してくれるってさ」
「レインさんが?わざわざそんな事しなくていいのに」
「人の好意は素直に受け取っとけっての。俺達はこの足で直接行くから、ロックもすっぽかさずにちゃんと来いよ」
そうリープが話を締めると、二人からの通信はそこで途絶えた。
あまり派手な事をしてほしくなかったロックは、話を聞いて少し困った様な顔をしていたが、それでも本気で嫌がっているわけでもないので、ここはリープの言葉を借りて素直に好意を受け取っておこうと決めると、キセルの中のハーブの灰を携帯灰皿に落としてから、元来た道を歩いて山を下っていった。
ふもとに着いた時、ロックは山の頂上付近を見上げると、小さな声で一言、ハッキリと言葉を出した。
「さようなら」