5th ACTION 力 (回想~父と子と~)
それは十年位前の子猫時代。
父親についてきてこの山に登った時、夜になっても親の用事が終わらないので暇になったロックは外をテクテクと歩いていた。
昼間のうちに色々な所を駆け回っていたが、何か見落とした、楽しいものでも無いものかと探究心いっぱいで歩いていた。
夜目の利く彼は自分の村が見える場所を見つけ、興味本位でこの場所から周りの景色を見た。
その時見たものは、一面夜の闇に塗りつぶされた空と海と大地。
どこまでも続いている虚無な黒一色の光景は、自分の周り以外の全てを切り取り、やがては自分も飲み込んでしまうのではないかという恐怖心を幼い少年に与えた。
「どうした?こんな所に突っ立って」
瞬き一つの身動きも出来ないロックに掛けられた声と、彼の肩にかかった重さにハッと意識を引き戻して後ろを振り返る。
そこにはロックよりオレンジ色を帯びた黄色の毛並みに少し垂れた耳を持っているネコ族の男性が、黒色のしま模様の入った顔を笑顔でいっぱいにしながら、ロックの顔と自分の顔が同じ位置になるまでしゃがんで彼の事を見ていた。
「父ちゃん……」
声を掛けてきた男性にそう言うと、ロックは両手で父親の服をキュッと強く掴むとそのまま俯いた。
だが恐怖を感じていたが、素直に怖いと言葉に出す事が出来ず、彼は声も出さずにただ同じ格好をしている事しか出来なかった。
ロックの父親も、息子の落ち着かない様子を見て何かがあった事を察したが、あえてそれが何なのかを聞きださずにいた。
しばらくその格好でいた後、おもむろにロックの父親は息子の身体に両手を回すとそのまま抱き上げ、そして自分の右肩に息子を乗せた。
突然の事で驚いたロックは父親の顔を見ると、彼は自分の顔を下から見上げるように見ながら、更に遠くのどこかを見ている様な目をしていた。
「ルーフォ、上を見てみな」
どこを見ているの、とロックが訊ねるより早く話をしてきた父親の言葉に、言われた通り彼は上を見る。
さっきまで雲が覆っていて暗かった空は、いつの間にか雲が風に流されて薄くなっており、その雲の切れ目からは、丸く明るい月が地上に向かって顔を出していた。
月が現れると同時に、空は雲の代わりに無数の星に覆われており、空と海と大地をあっという間にか細い光で包みだしていた。
「……すご……」
「な、すごいだろ」
満天の星空を見て、素直な感想を漏らすロック。
それを聞いて声をかけてくる父親に、ロックは首を縦に振って応えた。
「世界は色んな顔を持っている。笑う時もあれば怒る時もある。時には怖く見える時もあるけど、世界は本当はこんなに綺麗な物なんだ」
ゆっくりとした口調で話しかけてくる父親の声を聞きながら、ロックは星空を余すことなく見ようと色々な方向を向いてみた。
三つ見える月の一番大きい月に手を伸ばしてみると、はずみで爪が少し飛び出た。
その仕草を下から見上げながら、ロックの父親は後ろを振り返ると、ロックを肩に乗せたままゆっくりと山道の方へと歩いて行った。
「お前が冒険者になりたいんだったら、世界のそういった所と向かい合うようにしな。何にでも興味を持って、楽しいと思う事。それが冒険者の力の源だってさ」