4th ACTION リープ 『ロックの一体何なのさ!』
「ところでアンタ誰?」
リカルが腕を組みながら自分の隣に立っている女性に問いかけると、彼女は顔をリカルに向けて片手を上にあげ、「よっ」と声を出してリカルに挨拶をしてきた。
落ち着いたソプラノトーンの声と、短めの茜色の髪を明るめの髪留めで自然に纏めている彼女はリカルよりいくらか年上に見える女性で中性的な顔立ちをしており、そのしゃべり方や暗めの地味な色合いで纏めたコートにズボンといった服装のせいも相まって、気をつけて見なければ青年と見間違えてしまいそうだった。
背中から生えているコウモリの様な大きな翼と腰のあたりから地面に向かって下がっている腕ほどの太さを持つシッポは竜族特有の物だが、リカルは全体的に感じる少し硬そうな挙動に違和感を覚えていた。
最も、普通に見る分にはそんな事は全く分からない、あくまでハンターであるリカルから見ての感想である。
「自己紹介する前に聞きたいんだけど、お前なんだかロックに馴れ馴れしいけど、アイツのなに?」
「あ?何よ初対面の相手に急に。アタシはロックの相棒だけど?」
いきなりの質問にムッとしながらも、自分の胸に手を当てながらリカルは女性の問いに答える。
その言葉を聞くと彼女は目だけを動かして、リカルの事を上から下まで、まるで値踏みでもするように見てくる。
相手のその態度にますますリカルはイライラを募らせると、低い声で唸りだして彼女の事を睨みつけた。
「ちょっと失礼じゃない、そんな態度取るなんて。大体アンタこそロックの何よ」
「俺かい。オレもロックの相棒。付きあいの長いな」
そう言いながら女性は胸の前で組んでいた腕を頭の後ろで組み直した。
リカルの睨みを正面から見ても涼しい顔をしてシッポを上下に軽く振っている辺り、彼女の度胸の大きさが伺える。
そのまま二人はしばらく沈黙の睨み合いを続け、リカルが先制の攻撃を仕掛けた。
「相棒ね。そうと言っても色々あるし、本当にロックの役に立っていなきゃ相棒とは言えないわよね」
「そんなんだったら、ロックのために役立つ事何でもしてきた。村を守る事やダンジョン調査の手伝いはいつもの事、他にも何かあったらいつも助けて来たぜ。お前はどうなんだよ?」
「アタシだって、ダンジョンの中じゃいつも一緒にいて助けてきたし、生活面でもメカの修理とか料理や掃除、出会ってそんなに経っていないけどロックの事支えてきたわよ」
「それって別に相棒じゃ無くても出来る事じゃねえの?」
「でも、ロックを旅に連れ出すきっかけを作ったのはアタシだ!これだって相棒じゃなきゃ出来ない事だろ。大体そっちだってやっている事は戦闘系ばっかりじゃない。少しも女らしい事してないくせして偉そうなこと言わないでよ」
「あー、ひっでー。それって差別だ、セクハラじゃん」
二人で自分の特徴や、相手の抜けている所をあーだこーだと言いあっている内に、二人の声はどんどん高く、大きくなっていき、ついには言い争いに発展しそうになった。
後ろがうるさくなってきた事に気付いたロックが、チェイサーから降りて後ろを振り返ると、二人の少女が何やら大きな声で言い争っている現場を目撃した。
時々自分の方を指さしたり、自分の名前を叫んでいる事から、口論の内容が自分の事に関する事だとすぐに気付いた。
先程から時間も経っていないのにまた同じような光景を目の当たりにして、どうして自分の周りには我の強い、ワイルドな連中が集まってくるのだろうと半ば呆れながら二人に声をかける。
「ちょっとリカル、それとリープも。二人とも一体どうしたんだよ?」
ロックに呼ばれた二人は同時にロックを見ると、彼女達はお互いに相手を指さすとおんなじタイミングでロックに叫んでいた。
『この女、ロックの一体何なのさ!?』
「……相棒だろ?」
物凄い勢いで聞いてくる二人に対して、ロックの言葉はいささか気の抜けた物であった。
最もロックとしては二人の勢いに圧されて、答える言葉の語気を奪われてしまったわけだが。
「あ、そうか。リープ、お前がけしかけたな?」
「いやー、わりいわりい。起きたばっかで暇だったからさ。ちょうどロックを見つけたら見た事無いのが一緒だったから、目覚まし代わりにちょいと挨拶を、な」
名前を呼ばれた女性は、片手で頭の後ろを掻くとリカルの方に顔を向けて一言謝罪を入れた。
意表を突かれて唖然としていたが、大体の理由もわかり相手も素直に謝ってきたので、リカルは仲直りの意味も込めて微笑みながら手を差し出し、彼女も笑いながら差し出された手を取った。
「所で名前をまだ聞いていないわね。アタシはリーンカーラ」
自分の手を取った少女を正面から見ながら、リカルは彼女に自己紹介をする。
彼女もそれを思い出すとああ、と言いたげな顔をしてからリカルに自己紹介を返した。
「そう言えばそうだったな、すっかり忘れてたぜ。俺は自律式戦術支援AIのリープ。この身体は人間サイズの外部活動用端末だ」
「自律式戦術支援AI?外部活動用端末?じゃああなたデジタリアンなの!?どこか堅いイメージしてたのはそういう訳なんだ」
「硬い?メンテ終わったんじゃないのか?」
「摩耗した各パーツを全部とっかえてもらったから、身体がまだ慣れてねえんだよ。今日で慣らしておかねえとな」
そう言いながらリープは、自身のメンテナンス項目の報告書をロックに手渡し、それから自分の足元に置いてあったリュックに手を伸ばすと、それを背中に背負おうと後ろに回した。
それを見つけたリカルはリープにそれが何かを訊ねた。
「ん、これか?このボディのオプションユニット。こいつを装備すればRWとのバトルでも引けは取らないぜ」
「オプションー?どう見てもリュックじゃない。何かギミックでも付いてるの?」
「気になるんだったら、手にとって見てみるか?」
リープが差し出してきたリュックを見ながら、リカルはそれを取ろうとゆっくり片手を伸ばした。
その時メンテナンスの報告書を読み返していたロックがそのままの姿勢でリカルに静止の声をかけていた。
「リカルー、それ手にしたりするなよ」
「何でよ、ただのリュックなら危険物でも無いでしょ?」
会話をしながらリープのリュックを取ろうとしたリカルに、ロックは「んー」と報告書を睨みながら小さく唸ると言葉を続けた。
「でもそのリュック、重量が1トン近くあるから生身じゃ持てないぞ」
さらりとロックが語った衝撃発言にリカルが伸ばしていた手を引っ込めたのと、リープがリュックを手放したのはほぼ同時だった。
リープが離したリュックはものすごい勢いで落下し、床に激突すると敷かれていた鉄板をぶち抜いて半分ほどが地面に埋まってしまった。
「あ、何してんだせっかく直したのに。壊れちまうじゃねえか」
「こっちが壊れるかと思ったわ!何て事しようとしてたの、腕がもげる所だったじゃないの!?」
「あー、腕もげちゃまずいよねー。それじゃ今のはリープが悪いなー」
リカルに文句を言うリープと、そのリープにツッコミを入れるリカル。
更に二人の傍で報告書を読みながらボンヤリと生返事を返しているロック。
端から見れば漫才みたいなやり取りを行っている三人を、突然の大きな音に一斉に注目した店の従業員達は一部始終をみてから、また自分達の作業に戻っていく。
「で、結局これは一体何なのよ。ただの重たいリュックじゃないでしょ?」
リカルの再度の質問に、落としたリュックを背負いながら、リープも今度は真面目に質問に答えた。
「これはレギオンメタルを詰めたタンクだ。俺の意思で今の素体のボディを強化したりアタッチメントを付けたり出来る」
そういってからリープは右手を軽く上げると、その手に軽く力を込める。
すると右手がジェル体の様にブヨブヨとうごめいた後、右手に大きめの盾が付いていた。
ナノマシンと言う目に見えない極小サイズの機械を加工して、一つの大きな塊にした金属。
Rost以前の先史文明の遺産の一つであるこれは群体金属と呼ばれている。
この金属の特徴は特定の形状を数パターン記憶させる事が出来る事で、通常の形状記憶合金と違い使用者の操作で、任意に記憶させた形状に変形させる事が出来る事である。
製造が難しいので高価な品物だが、コスト以上の利便性があるため色々な所で使われている金属材の一つである。
「一トン近く、全部レギオンメタルなの?何と言うか、スケールがすごいわね」
「色々な仕事するにゃこういうのが都合いいからな。俺はこいつが気に行ってるぜ」
リカルとリープが話をしている間にロックが読み終わった報告書を閉じると、彼はそれをリープに渡すと自分は再びチェイサーの所に歩いて行った。
「じゃ、オレはこれから行く所があるからこれで失礼するけど、二人はこれからどうする?」
チェイサーに手をかけているロックは、身体のやや下側で大きくシッポを振っていた。
これを見たリープは、彼が一人で行動したい事を悟ったので、ここはロックに合わせる事にした。
「だったら俺は身体の慣らしも兼ねて、何か仕事でもしてるわ。リカルだっけ?一緒に何か探そうぜ」
「んー、出来たらロックと一緒にいたいけど……、でもお金も貯めといた方が良いか。仕方ないわね、付き合うわよ。お近づきも兼ねてね」
二人の返事を聞いてから、ロックはチェイサーを押してガレージの入り口にから外に出る。
外に出るとロックはチェイサーに跨り、スロットを大きく開く。
チェイサーに装備されたPRSシステムから空間の粒子が吸収されると、加工された粒子が機体から噴射。
機体が浮き上がってからロックはアクセルを思いきり吹かせると、次の瞬間チェイサーは、自身のエンジンから高い声を上げながら鋼の体躯を震わせ、ロックと共に大地を駆け出していった。
走り去ってゆくロックを見送るリカルとリープ。
彼の姿が見えなくなってから、リカルが口を開いた。
「所で、アタシの事はせめてリンって呼んでくれないかな」
「なしてさ?リカルも良い名前じゃんか」
リープの質問を、しかしリカルは顔をふいと反らすと彼女の顔を見ずに歩き出す。
急な事でリープは反応が遅れたが、それでもリカルを追いかけるともう一回声をかけた。
だんまりを決め込んでいたリカルだが、しつこく聞いてくるリープについに根負けしたリカルは、小さな声で答えた。
「その名前で呼んでいいのはアイツだけだからよ」
「何だそれ。俺が呼んだっていいじゃんかよ?」
リカルの答えを聞いたリープだが、それを聞いても納得できなかったのか今度は文句を言ってきた。
色々と言ってくるリープの言葉が一度途切れた時、リカルはくるりとリープの方を振り返ると、ニパッと明るい笑顔でリープに答えた。
「何て言われたってダメな物はダーメ!特別な名前は特別な人に呼んでほしいもの!」
そう言うとリカルはまた向きを変え、シッポを緩やかにくねらせながら仕事を探すためにギルドオフィスの扉をまた開けて中に入っていった。
後ろのリープはリカルの言葉を聞くと一言だけ吐き捨てると彼女の後に続いてオフィスの中に入っていった。
「結局のところはノロケかよ、バカらっし!」