3rd ACTION アドベンチャラーズギルド 『礼儀知らずの名前を聞いておこうと思ってな』
「はい、それでは凍結していたロック・ラジファストのライセンスと、新規チーム編成によるデータ更新を行ったリーンカーラ各員のライセンスを返却します」
そう言いながらカウンター内の職員が差し出してきた二つのリングを、ロックとリカルはそれぞれ手にする。
人の腕より大きくて頑丈な地金のリングに、周りには水晶の様に透明なドーム型の物質で装飾されている。
これがギルドのライセンスになる。
この水晶に特殊な波長のレーザーを当てる事で水晶内に電子的に封入したデータを映し出し、持ち主の所属や経歴などのデータを見る事が出来る。
差し出された薄緑と赤色のリングをロックとリカルがそれぞれ手にすると、リカルは右の手首にリングを通す。
すると通されたリングはみるみるうちに縮んでいき、彼女の手首にぴったりな大きさになった。
このリングは大きさを自由に変える特性を持っているため、誰でも身体のどこにでも身に付ける事が出来る。
手首を見ながらフィット感を確かめるために手を色々と動かすと、彼女は納得したのか右手を下に降ろした。
ロックはどうしたのかと彼の方を見ると、ロックはすらりと細長い自分のシッポの先端にリングを通していた。
リングがはまった事を確認してから、ロックはシッポを強く弱く、色々な方向に動かした。
リングの重さにシッポを慣らすと、ロックはシッポを軽く立てて機嫌の良さを表していた。
ふと、ロックがリカルの方を見ると、彼女は何故か不機嫌そうな顔をして自分を見ている。
気に障る様な事をした覚えが無いので何故そんな顔をされるのかロックは訳が分からなかった。
「どうしたんだよ、何だか面白くないって様な顔して」
リカルは一人で何か考えていたようだが、ロックに呼びかけられるとハッと気がつき、そして何でも無いと何事も無かったかのように振る舞った。
ロックは一瞬首をひねったが、声をかける直前まで彼女が自分のシッポとロックのシッポをちらちらと見比べていた事を思い出すと、ロックは思い付いた事を聞いてみた。
「ひょっとしてリカル、オレとお揃いに出来ないからがっかりとか考えてる?」
「何でバレたの!ってちがっ、べ、別にそんな事を考えていた訳じゃ……」
「アハハ、お前、ホントに考えていた事そのまま言葉にするよな。まあ、確かにそのシッポじゃオレと同じにするのは難しいか」
そう言うとロックは、リカルの腰の辺りでゆったりと動いているシッポの先端を見ていた。彼女のシッポは先端に毛が集まっていて、ちょうど筆の様になっている。
ロックの様な細いシッポならともかく、筆状の形をした物にリングをはめるのは無理がある。
「ねえロック。そのリング、シッポじゃなくて腕にはめるとかにしたりとかしない?」
「ヤダね、昔っからこうしてたんだ。こればっかりは誰かに言われても変えるつもりは無いよ」
「ロックのケチー、減るもんじゃないし、少しぐらいアタシに合わせてくれたって良いじゃない」
「ケチでオーケー、自分のしたい事はどこまでも押し通さなきゃ」
口調は軽いが意外と頑固なロックの返事に、リカルは頬を膨らませて不機嫌さを表しながらロックから離れようと後ろを振り返ると、ちょうどそこに席を外してこちらに来ていたレインの顔があった。
突然の事に軽い悲鳴を上げたリカルを見て、レインはしかめっ面になりながら「酷いな」と声を出す。
慌ててリカルは謝りだすが、レインの機嫌は簡単には直らないらしく、腕を組みながらシッポを大きく左右に振っている。
そんなやり取りを隣で見ていたロックはこみ上げてきた笑いを必死で押さえていたが、あまりに一生懸命なリカルの姿についに吹き出してしまい、声を出して笑いだした。
笑われたリカルはロックに詰め寄ると彼の事を軽く握った拳でポコポコと叩きだし、ロックは頭を両手で抱え、笑いながらゴメンゴメンとリカルに謝る。レインはそんな二人を柔らかい微笑みで見ていた。
「とりあえずこれで、ルーフォもまた冒険者に返り咲きだな」
二人の動きが一段落した所でレインが言葉をかけると、ロックは笑った表情のまま彼に頷いて見せた。
「所でロック君は明日誕生日で、今度で十六歳になるね?」
「あ、はいそうですけど」
オフィスの職員からの突然の質問に少し間を開けてから応えると、職員は今ロックから提出された書類を見ながら話を進めていった。
「知っていると思うけど、十六歳になったら第四齢期になるから、ライセンスの見直しと更新を行わなければいけません。一時間程で終わりますから明日もう一度ここに来ていただきます」
職員の話を聞くと、そう言えばそんなものがあったなと言った表情でロックはシッポのライセンスに視線を落とした。
年齢期とは区切りを表す言い方で、五歳で一区切りとなる。
この区切りは町や集落、組織での仕事や生活の役割を決めるためのステイタスの一つになっており、特に何らかのライセンスを持っている者にとっては、しっかりと更新をしておかないと仕事そのものが無くなってしまうので、とても大事な事柄でもある。
「明日誕生日の奴なら、一日ぐらいまけてやったって良いじゃねえか」
職員の話が終わると、意外な事にレインが彼に対して口を挟んでいた。
突然の第三者の声に職員もそちらの方を見ると、自分の言っている事が分かっているのかと言いたげな目をしながら、どういう事ですかとレインに問いかけていた。
「だから、どうせ明日誕生日で更新する内容も今出した書類のまんまなんだから、今更新して明日正式に処理すりゃ良いだろ」
「良いだろって、規則なんですからそんな訳にいかないでしょ。あなたはここのオフィスマスターの一人なんですから、規則破らせる様な事言わないで下さいよ!」
「良いじゃないのそれ位、やってあげなさいよけちけちしないで」
レインの言葉に首を横に振っているオフィス職員に、今度は別の席に座っていた女性の冒険者が口を出し始めた。それに合わせてオフィスにいる他の冒険者達も次々と会話に入って来た。
「そうだよ知らない相手って訳じゃないんだし、その位サービスしてあげたって良いじゃん」
「そう言う事だから頼むわ。明日になったらルーフォは宇宙に出るって言うし、時間掛けさせたく無いんだよ」
オフィス中の冒険者達に頼まれ、職員の男性もこれ以上は押さえられないと悟ると観念したかのように溜息を一つするとロックに向かって手を差し出した。
「それじゃロック君、内容を更新しておきますからライセンスリングを貸して下さい。言っときますけど今回だけですよ」
文字通りしぶしぶといった表情で用件を話す職員を見て、ロックはシッポに付けたリングを外すとごめんなさいと謝りながらそれを渡した。
「君のせいじゃないよ」と言うと、職員はそれを受け取り、早速作業を始め出した。
「全く、相変わらずの悪い大人っぷりですね。あの人泣きそうになってますよ?」
呆れ声のロックの言葉を聞いても、レインはしてやったという笑顔を返してきただけで全く反省の色を浮かべていなかった。
その時一人だけ席に座りっぱなしだったコーラルが三人に席に座る様促して、ロックはレインの正面、リカルの隣の席に腰を下ろした。
「そういや、あのチーム名、リブリー・ドリーム・チェイサーズだったか?アレ考えたのルーフォだろ」
「流石おじさま、分かってらっしゃる。躍動する夢追い人、だなんてアタシは嫌だったんだけど、どうしてもロックが譲らなくて」
「何言ってんだよ、冒険ってそういうもんだろ。どんだけ現実的に物見ていても、夢を追いかける心を忘れちゃ冒険なんて出来ねえよ」
相も変わらない持論をリカルに語るロックは、一点の曇りも無い笑顔を振りまいており、レインは相変わらずだなと言っては笑い、リカルは相変わらずねと言いながら苦い顔で彼を見た。
新しく注文をしたドリンクのグラスを取ると、四人は改めて談笑を始めた。
内容はロック達のこれからの行動を話していたが、話の後半からはロック達がレインと別れてからの近況報告みたいなものになっていった。
ロック達の話が盛り上がってきた所にオフィスの扉が開き、ウサギ族の少年が中に入って来た。
少年は室内を見渡していたが、席に座っているロックの姿を捉えると、大股でロック達が座っている席に近づいて行った。
「やいテメエ!このネコ野郎がよくもやってくれたな!!」
ウサギの少年はロックの目の前にやってくると、彼の肩を掴んで間髪いれずに声を荒げて怒鳴りだした。
「何だアンタ、いきなりやってきて騒ぎ出して。オレに何か用があるの?」
急な事態の変化に驚いたロックは、とっさに声のした方に顔を向ける。
そこにいる少年の顔を見てロックは、どこかで会った事のある顔だと記憶の引き出しをひっくり返し始め、そしてようやく目の前に立っている少年が、先程自分のサイフを掏っていった少年だという事を思い出した。
しかしどうして彼が自分の所にやって来たのか、その理由がロックには分からなかったが、少年の次の言葉でやっとその理由が分かった。
「しらばっくれんな、オイラのサイフから金を抜き取ったのはお前だろ!取っていった金、返してもらおうか!」
財布の中身を掏り取られた事に気付いた少年は、直前に出会ったロックが掏っていったと思い、財布の中身を取り返すためにロックの前に現れた。
それを知って、確かに自分は問い詰められる様な事をしていたなとロックは軽く笑いそうになるのをこらえて少年を見ていた。
しかし事実を認める前にロックにも少年に言いたい事がある。
「オレがアンタから金を取ったって言うけど、一体何を根拠にそう思ってるんだ?」
ロックがそう言うと、少年は一瞬表情を強張らせ、口をつぐんで一言もしゃべらなくなった。
確かに根拠が無ければ事実を証明することは出来ないが、それを証明するためには自分もサイフを掏り取った事を言わなければならない。
そんな事が出来る訳無いのだが、自分の盗られた金額の方が多いため簡単に引き下がる事も出来ないため、ウサギ族の少年は押し黙ったまま、ロックを睨み続けていた。
ロックは、目の前の少年が自分のサイフを返してくれれば自分の盗った金を少年に返すつもりだったが、相手が自分の非を認めずに自分に詰め寄ってくるのを見て返すのを止める事にした。
そう決めると、ロックは自分の手を持ち上げて、目の前の少年の頭頂部から生えているウサギ族特有の長い耳をわしづかみにした。
「何にも言えねえんだったら、いい加減にその手を離してもらおうか。そろそろ苦しいんだよ」
ロックは少年に話しかけると同時に、掴んでいた耳を引っ張りだした。
痛みに顔をしかめる少年を見ながら、手を緩める事無くロックは席を立つと、なおも彼の耳を引っ張り続ける。
しかし少年もやられっぱなしではなく、空いているもう片方の手をロックに伸ばすと、腰の後ろで大きく振られている彼のシッポを掴んで引っ張った。
突然の事にロックはつい声を出してしまったが、それでも少年の耳を掴む手の力は抜いていない。
少年も頭からの痛みに耐えながら、ロックの胸倉とシッポをそれぞれの手でがっちりと掴んで離さない。
「テメエ、いい加減に耳離せ。痛えだろうが!」
「そっちこそ、人のシッポいつまでも握ってんじゃねえよ。男に握られたって気持ち悪いだけだろが!」
激痛に耐えている二人は目に涙を浮かべながら顔を真っ赤にさせている。
そんなお互い一歩も引かない状況に見かねたのか、レインは少年を、リカルはロックを後ろから抱えると、そのまま強引に二人を引き離した。
離された事で、ロックは一応落ち着きを取り戻したが、ウサギの少年はまだ納得がいかないのか、レインの腕を振りほどこうと暴れていた。
「ほらロック落ち着いて、落ち着いた?」
「ああ、悪いな。でもこいつの事は許せないぜ全く。大体君の持ち物を盗ったって証拠も無いのにオレの事泥棒扱いしやがって。どういうつもりなんだよ!?」
「そ、それは……。でも、とにかくお前が盗ったとしか思えねえんだよ」
「だったらちゃんとした証拠でも出せば良いでしょ。それとも何、証拠を出したら何か都合が悪いの?」
このリカルの一言が効いたのか、完全に先程の勢いを失った少年は周りをグルッと見渡した後、レインの腕の中から抜け出すと外に向かって歩き出した。
「ちょっと待てよ」
外に出ていこうとした少年にロックは声をかける。
少年は不機嫌そうな顔をしながら振り向くと何だと声を出す。
「礼儀知らずの名前を聞いておこうと思ってな。オレはロック、ロック・ラジファストだ」
「……リュウ・イーター。覚えとけ!」
吐き捨てるように自分の名前を名乗ったリュウは、今度こそオフィスから外に出ていった。
嵐の様な一時が過ぎ去ったあとは、みんな何事も無かったかのように自分のしていた事を続け出した。
ロックも自分を抱え込んでいたリカルの手を叩いて拘束を解いてもらうと、先程まで座っていたイスに腰をかけて、アイスティーのグラスに手を伸ばす。
ほったらかしにされて汗をかいていたグラスを手に取ると、小さくなりだしたグラスの中の氷がカラン、と弱々しく声を上げた。
グラスの中身を口に含んでいると、リカルとレインもそれぞれの席に着く。
そこで初めてレインが口を開いた。
「で、アイツの言ってた事、本当のところはどうなんだ?」
全くあのウサギもある事無い事言ってきて困ったわよね。
と周りに聞こえる様ことさら大きな声でしゃべるリカルと対照的に小声で聞いてきたレインに、聞かれたロックもこれまた小さな声で返した。
「先にあのリュウって奴が僕のサイフを掏ってきたから、仕返しにアイツのサイフの中身を掏り取りました。素直にサイフを返してくれたら僕も返すつもりでしたけど、自分の事棚に上げてこっちに詰め寄ってきたから……」
「成程、それで返すのを止めたと。しかしどこの者だろうな?冒険者ならギルドのある町で悪い事するとも思えないが」
レインの言葉に頷くと、ロックは手にしているグラスを傾け、中のアイスティーを一気に飲み干した。
そして気持ち大声でコーラルに話をしているリカルと彼女の言葉にとりあえず合わせるように頷いているコーラルに行きましょうと声をかけると、席から立ち上がった。
「ロックはこれからどうするの。アタシは用事を済ませてから一仕事しようと思うけど」
「オレも用事があってな、隣の店に行くからここで一旦解散かな?」
「あら、なんだアタシと同じ所じゃないの。だったら一緒に行こうよ」
そう言いながら立ちあがったリカルはロックの腕を掴むと自分の腕を組み合わせて外に向かって歩き出した。
「にゃー、頼むからそうくっつくの止めてくんない?ネコはべったりされるの嫌なんだから」
「あたしライオン、ネコの仲間だけとくっつくの好きー」
にぱっと笑顔で話しながら、リカルはぐいぐいとロックを引っ張っていってオフィスの外に出ていった。
イスに座りながら一部始終を見ていたコーラルは、温かい表情で今出ていった二人を見ていた。
グラスの中の残りのアイスティーを飲みほしてから立ち上がると、先に席を立っていたレインに声をかけられた。
「君、これから何か用事ある?暇ならちょっと手伝ってほしい事があるんだが」
「私ですか?傭兵の仕事のお手伝いはちょっと出来ませんが」
「いくら俺でもそんな事頼むか。会場のセットを手伝ってほしいんだ」
レインの口から出た言葉に「何の会場ですか?」と彼と共に外に出ていくコーラルが聞くと、彼は目をらんらんとさせながらコーラルに耳打ちをした。
「面白いパーティーの準備。それじゃこっち来てくれ」