3rd ACTION アドベンチャラーズギルド (ネコと獅子と牛と)
ギルドとは、冒険者達が自分達の仕事をしやすくするために設立した冒険者のための商工機関である。
ギルドのオフィスでは、遺跡や秘境に赴く探索者のサポートを行ったり傭兵や何でも屋への仕事の斡旋や賞金稼ぎへの情報提供を行い、また彼ら冒険者が見つけた資源や古代文明のお宝、各惑星の交易品などの買い取りも行っている。
ギルドの運営資金は冒険者達がギルドを通じて稼いだ報酬などから一部を仲介料として徴収しており、文字通りギルドと冒険者達は繋がった関係を取っていた。
一口に冒険者と言ってもギルドの中では三つの職種に分かれている。
遺跡や秘境の探索を行う探索者。
商隊や小さな町や村、探索者の護衛や、ギルドからの指示による戦闘行為を行う傭兵。
そして重犯罪者を刑事組織や自警団に代わって捕縛して、その報酬として犯罪者達にかけられた懸賞金を得る賞金稼ぎ。
そしてこれら三種の職種は職務規定があり、統一業務である市民から寄せられた依頼以外は先に述べた決まった仕事しか行えない。
ただし特例として、全ての職種に対して一定以上の能力と実績のある冒険者は専門の称号を持つことが出来、その称号を持つものと一緒ならば職種に関係なく業務を行うことが出来る。
その称号こそがリカルの名乗るハンターである。
先にも述べたがハンターはなること自体が困難なため、実はリカルは冒険者としてはかなり優秀な方なのだった。
オフィスの中には数人の事務員が仕事をしており、更にその数倍の人数の冒険者達がオフィスの中で動いていた。
事務所とロビーを隔てているカウンターに立っている冒険者は、何か仕事が無いか事務員に訪ねており、その隣には別の冒険者が、自分の見つけた古代の機械製品の部品の買い取りをしてもらっていた。
入り口の近くの一角には休憩スペースとして丸いテーブルとイスが並んでおり、室内のいる冒険者の何人かは席に集まってお互いの情報を交換したり、一仕事を終わらせた冒険者がジョッキを片手に酒を一気にあおり、その向かいに座っている仲間と思われる冒険者は軽めの食事を取っていた。
別の席ではインテリ風の冒険者が古文書を開きながらその内容をパソコンに打ち込んでいき、次の冒険の準備を行っていた。
そして入り口から一番離れた隅っこの席では、並んで床に正座している二人の女性と、イスに座り両腕を組みながらその二人に何かを言って聞かせている少年、そしてその三人のやり取りを見ながらアイスティーを飲んでいる青年と、彼の隣に座って、同じくそのやり取りを聞きながら何かの書類を作っている中年の男性の計五名が占領していた。
「全く、君ら二人は顔合わせりゃすぐケンカして。どうにかなんないんか?」
イスに座って説教をしているロックは、呆れたように力を抜いた声で話をしながらも、その目は鋭くつり上がり、目の前の二人を突き刺すような視線で交互に見ていた。
その目で見られたリカルとフェアーは先程の勢いはどこへ行ったのか、二人揃って耳とシッポを下に倒して申し訳なさそうに彼の話を聞いていた。
「私、ロックのあんな姿見るの初めてですよ。彼もあれだけ怒る時があるのですね」
「ふん、感情をむき出しにしながらケンカの仲裁するなんてまだまだガキだな。俺はルーフォの方を叱りたいよ」
ストローでグラスの中のアイスティーを三分の一ほど飲んだコーラルは、ガムシロップを手に取ると何も入れていないアイスティーの中にそれを混ぜながら、コーラルは同席しているネコ族の男性、レインに話しかける。
話しかけられた方は好きにすればいいといった雰囲気を出しながら、書類から目を離さずに声をかけてきたコーラルに応えていった。
レインはステップのギルドに所属している傭兵達の総元締めであり、ステップの有力者が代表となり町の運営を執り行う評議会のメンバーでもある。
そして彼はオーシャンガレージの出身で、ロックの父親とは兄弟分の関係だった。
ロックの事も彼が幼いころから知っており、幼い日のロックが冒険者目指して修行していた頃は色々な事を教えていた。
それもあってかロックの本名を知っているレインは、彼の名前、ルーフォーミュールを縮めてロックの事を呼んでいる。
本名で呼ばれる事を避けているロックが否定しない数少ない人間の一人である。
「オレはね、ケンカするなとは言ってる訳じゃ無いんだよ。ただ街の往来で出会いがしらに女二人が殴り合おうとするなんて見苦しいだろ。特にリカル、オレ達冒険者は普通の人たちからすればまともじゃない連中、とか思われているんだから」
そこで一度言葉を切ると、ロックはテーブルの上に置いてある灰入れに入れていたキセルを口にくわえ、中に詰めていたハーブの煙を二、三度軽く吸い込む。
煙草とは違うといえ、煙を他人に吹きかける程マナーが悪くないので、吸い込んだ煙は誰もいない方を向いて吐き出し、ロックはもう一度目の前の二人に視線を向けた。
『だって……』
その時二人が同時にロックに向かって声を発した。
ロックも自分がついつい言葉を荒げていた事に気付いていたので、ちゃんとした理由で反省していればもう許してやろうとは考えていた。
「このオバサンが」
「このガキが」
『生意気なんだもの』
しかし二人から出た言葉は、ある意味予想できた、予想したくなかった言葉。
言った二人もジト目で相手の事を見て、その視線が重なった瞬間、たちまち二人は相手を威嚇する様な鋭い表情になり戦闘態勢を取り始める。
しかし間近で二人の様子を見ていたロックも今度は彼女達と一緒に動いた。
隣のテーブルにたてかけておいたロッドを掴むと二人の視線の間にブン、と勢いよく上から降りおりした。
「もういっぺん電撃喰らわせてもいいんだぞテメエら!いい加減にしやがれ!」
シッポを大きく膨らませて二人を威嚇しながら発する室内を揺るがすほどの大きな怒鳴り声と不満を表す唸り声。
周りに人がいることも気にせず発せられた声は、案の定周りの人間の動作も止めその視線を自分たちに向けさせるに十分だった。
この声を向けられた二人は黙ってロックの方を見る。そのまま少し時間を置いてから、ロックは手に持っていたロッドをゆっくりと下に降ろしていく。
そのロッドを自分の所に引き戻そうとした時、目の前の女性の一人に変化が起きた。
「ロックも……、ロックもやっぱり私みたいな年増より、若い女の方が好きなんだな。そうなんだろ」
突然言われたフェアーからの台詞に驚いたロックは、思わず手に持っていたロッドを落としてしまう。
ロッドを拾う事無くフェアーを見ると、その目にはたくさんの涙が溜まっており、今にも泣き出しそうになっていた。
年格好の割に泣き虫な彼女を見て、いつもの事だと分かっていても、彼女の言った事や周りの空気のせいで言葉を出す事がためらわれる。
「そりゃ誰だって若いのが良いに決まってらぁな」
「年上が好きって奴もいるけど、まあ大体男も女も若い方が好きなもんでしょ」
別のテーブルに座っている二人組の冒険者の野次に、泣きそうな目をしながら物凄い形相でその二人を睨みつけるフェアー。
このままだと状況が飛び火しそうだと考えたロックは、まずい事を言うのも仕方ないとして、とりあえず彼女の気持ちを静める事から始めようとした。
「あのね姐さん。オレ、別に歳がどうこうって事を言ってる訳じゃないんだよ。ただオレは……」
「ええ?ロックは年上の方が好きなの。ひょっとしてマザコン?」
「何でそんな話になるんだよ、違うわ!お前は少し黙ってろ!」
突然横から聞こえてきたリカルの、心底嫌そうな声を聞いて思わずロックは大声でその内容を否定する。するとリカルは今度は彼から少し離れた所に視線を動かすと、ロックの後ろ側の席に座っているレインに声をかけた。
「うえーん、レインのおじさまー。旦那がいじめてくるんですー」
リカルの言葉に思わずバランスを崩してロックはイスから落ちた。
ネコがバランス崩したというのも恥ずかしい話だが、それ以上にウソ泣きしてまでの彼女の言葉の威力の方が今のロックにとっての最優先問題だった。
「何?せっかく二人の結婚を許してやったってのに早くも女房を怖がらせるたあ、ルーフォはまだまだ小せえなあ」
「クサい冗談はやめろ二人とも!てか何、二人して。何でオレが悪者になってるの!?」
ずりおちたイスに手をかけながら立ちあがろうとするロック。
その彼にオフィス中の傭兵達がひでえなとか奥さんかわいそーといった野次を投げかけて来るので、ロックもシッポを大きく左右に振って不機嫌さをアピールしながら外野は黙れと牙をむいて怒鳴っていた。
その光景を見てひとしきり笑っていたレインだが、これ以上からかうと本当にロックの機嫌を損ねるなと感じ取ると、その辺にしておけと周りに一言いってこの話を終わらせてから、改めてロックを自分の近くに呼び寄せた。
「何ですか」と、まだ機嫌の直っていないロックがレインに近づくと、レインは先程から書いていた書類をロックに差し出した。
「ほれ、お前のハンターライセンスの凍結解除願書と、新規チームの編成許可書。内容に間違いが無いかよく見ておけ」
「あ、どうもありがとうございます。ごめんなさい、僕達の分の代筆を頼んでしまって」
「ああ、気にすんな。お前も、忙しそうだったしなあ」
そう言うと、レインはちらりとリカルとフェアーの方を見る。
レインに見られた二人はそれぞれ、目線を彼から外しながらバツの悪い、といった表情をその顔に浮かべていた。
二人の様子を見てからレインはもう一度ロックの方に向き直る。
まだ説教を続けるのか様子を伺ってみたが、ロックの興味はすでにライセンスの方へ移ったようで、したがってお説教もこのまま終了する形となった。
そもそもレインが書類の代筆をした理由は、オフィスの外で二人を気絶させたロックが、二人の首根っこを掴んでオフィスの中に連れ込んだ時、偶然仕事を終わらせてくつろいでいたレインがいたからだった。
ロックは自分が前にギルドに効力の凍結を申請したライセンスの凍結解除の申請に来た事と、リカルと組む事に際してチームを作るためその登録をしに来た事を話した。
二人が話をしている間にリカルとフェアーも目を覚まし、しかもフェアーはそこからこっそりと立ち去ろうとしたのがロック達にばれたため、ロックはこの際だからとこの二人をまとめて説教し始め、時間がかかるようだからとレインが代わりに彼らの用事を済ませようとして書類の代筆をしてあげたのだった。
「ドロップアウトした時にライセンス凍結していたんだ。久しぶりに手にするライセンスの感想はどう?」
「……正直実感が湧かねえんだよな、どうも昔の事が曖昧になっている部分があって。まあ、小物一つでそこまで何かが変わるわけでもないだろうけどな」
書類を受け取ったロックの所にリカルもやってきて、二人で内容を確認する。
二人がお互いに意見を述べ、聞かれた方がそれに答えていくやり取りを少し繰り返しながら書類をまとめ終えると、二人は一緒にオフィスの事務員が座っているカウンターに足を運んだ。
その光景をさも面白くない、といった顔で見ているフェアーに向かって、傭兵の一人が口を開いた。
「君も結構しつこいね。もう脈も無いんだから諦めればいいのに」
自分に掛けられたため息交じりの言葉に、フェアーはツナギの袖で目元を擦ってから、高ぶった感情を何とか抑えようと努力しながら上ずった声でそれに答えた。
「そんな事言われたって、今更この気持ちに整理をつけるなんて出来ないよ!」
「それじゃ結局あなたも年下好きって事じゃない。だめよロック君ばっかりに変な事言っちゃ」
「私はそんなふしだらな気持ちでロックを見てねえ!私はただ、あの子が歳不相応な苦労や努力をして、あの子の家族の知らない所で傷ついて行く様を見る事がつらかったんだ!」
沈痛な面持ちで話すフェアーの言葉に、オフィス内にいたハンターたちは一斉に口を閉ざした。
五年前の悲劇はこの星の人間の大半が知っている所である。
特にこの町では、ギルドの傭兵元締めの親友の突然の訃報と、跡目を継いだのがやっと十一になる所といった子供で、その子を助けるために彼がどれだけ身を粉にしてきたかを知らない人間はいなかった。
「当然好きだって気持ちもあったさね。だから苦労はさせないから一緒にならないかと言ったんだ。でも
あいつは『自分にはやりたい事があるから』と言って断って来た。あいつの中に私がいない事は知ってるさね。でも分かっていたって、他の女と仲良くしている所だけは見たくねえんだよ!」」
そう言いながらフェアーは、怒りや嫉妬と言った様々な感情をその顔に浮かべてカウンターの二人を見る。その目にはもう涙は浮かんでいなかった。
「ところでフェアーよ」
鬼の様な形相で少年たちを見ていたフェアーをその場にいるハンターたちは遠目に見ていたが、やや声量を落としたレインがゆっくりと彼女を呼ぶと、彼女は表情を変える事無くレインの方を見る。キッとした目で睨むように見てきたが、それに動じることなくレインは言葉を続ける。
「お前、こんな所で随分のんびりしているけど、仕事の方は終わっているのか?」
それを聞いた時フェアーは少し何かを考えた後、みるみるその顔を青ざめていく。
ああこれは終わっていないなとその場にいた誰もが思った瞬間、飛び上がるように弾けたフェアーはすぐさま入り口に走っていった。
「きゃー、急ぎで届ける荷物が後三件あるのすっかり忘れてたー!悪いけどこれで失礼するよ!」
最後の言葉はほとんど外に出てから言われたものなので、語尾が不明瞭な物になっていた。
やれやれと軽く首を振りながらレインが立ちあがると、ゆっくりとした足取りでカウンターの方に近づいて行った。