エピローグ シャチの旅立ち (仲間たち)
「各乗組員、最終報告を」
「粒子波動エンジン出力定格値。各部異常ありません」
「航行用のメイン、サブ両方のバーニア、機動用のスラスターにスタビライザー、船体各所のPRSシステム全て正常」
「マッププログラムを初め各航行用プログラムの整理完了、すぐに引き出せる様にしました。並行して行っていたジャイロやレーダーの調整も完了です」
「食糧などの生活物資、および船の資材の積み込み、全て終了しました!」
船のブリッジ各所に座っているオペレータ達の報告を聞きながら、副長席に座っているロックは手にしているファイルに一つ一つ確認した項目をチェックしていく。
一通りの項目にチェックを付けた後、確認漏れのある項目をロックがオペレータに尋ね、再度確認を行いながら全てのチェック項目を埋めていく。
そうして全ての項目を完了させた事を確認したロックは目の前のデスクにファイルを置くと、彼は自分の席の左前の操舵コンソールに立っているコーラルに目を向けた。
あの後、全員の受け入れを決めたロックとリカルは、多少の苦笑いと共にコーラルとその仲間達を迎え入れた。その際、船の持ち主で今の冒険の主導権を持っているリカルをチームのリーダー、彼女についてきたロックは立場上二番目という事にしてコーラル達に自己紹介をした。
二人の自己紹介の後コーラル達からもそれぞれしてもらったが、その中には昨日一緒に遺跡に入ったジャナンとミリーの姿もあった。
みんなを解散させた後に話をしてみると、コーラルが心配なのでついてきたとそろっていってきたので、改めてこの二人が彼の事をどう思っているのかが分かった。
自己紹介が終わった後はそれぞれに仕事を振り分けていって、船内の片付けと出発の準備を同時に行っていく。
そうして出発の準備が先に出来たため、まずは船から動かす事にして、現在ブリッジでは出航準備を始めて今に至っていた。
「チーフ、各部署の準備及び船の準備は完了しました。いつでも出航させられます」
コーラルから声を掛けられたロックは、一つ頷くと頭にかぶっているインカムのスイッチを入れると、マイクを引き出して口の前にもってきた。
「それじゃとっつぁん!兄さん達は責任もって預かっていくからな」
「おう!鍛えるつもりでせいぜいこき使ってやってくれや」
チャンジャの言葉に苦笑してから、ロックはコーラルに挨拶をするか聞いたが、別れはもうすましてあると言って彼はやんわりと断って来た。
そうこうしている内に船は発進準備を全て終わらせ、後は出発の合図を待つのみとなった。
「よしそれじゃ出発しようか。コーラル兄さん、お願いします」
「ヨーソロー。微速前進、艦主翼、副翼展開。PRSユニット始動」
ロックの合図でコーラルは各部署に指示を出しながら推進機を使って巨大な船体を動かし始めた後、RUの様に粒子の波に船体を乗せる準備を始める。
船体各所から空間の粒子を取り込み反応、反応させた粒子を圧縮させると艦底部や側面部にある噴射口からそれを吹き出す。
そうして空間の粒子の波に船を乗せると船は浮遊を始めた。
「船体浮遊完了。高度安定しました」
「了解。全推進装置、出力上昇。大気圏内巡航速度まで加速開始」
船体が一定の高度にまで上がったのを確認してから、コーラルが合図を送ると各オペレータがそれぞれ目の前のコンソールに指を走らせる。
推進用のバーニアに火が入ると船体の速度が上がっていき、船が大空を走りだしたころには、先程までいたモビス島はすでに遠くにかすんで見えるだけになってしまった。
「兄さん御苦労さま」
船の姿勢が安定した事を確認してからロックは席から立ち上がると、そのままコーラルの隣にやってくる。コーラルはそんなロックを横目で見てから、また視線を正面に戻した。
「後は自動操縦にして、兄さんも少し休んだら」
「ありがとう。でも航海中は何が起きるか分からないから、私はここでいいです。所でオーナーはどうしました?出航前から姿が見えませんでしたけど」
「(相変わらず真面目な人だなー)それが分からないんですよね。サボってんじゃないだろうな。大体あいつは……」
「失礼な事言ってんじゃないわよ」
扉の方から聞こえた少女の声が、ロックとコーラルの話に割って入ると同時にリカルが扉から入って来た。
彼女は手にポットと紙コップを持っており、それらを船長席のデスクの上に置くと、ポットの中身をコップに注ぎ始めた。
「ちょっと作りたい物があったから準備していたのよ。後みんなにこれ配ってたの」
「コーヒーですか?」
受け取ったコップの中身を見てコーラルが声を掛けると、新入り記念の振る舞いコーヒーよと言いながら、リカルはブリッジのオペレータ達にコーヒーを配って回った。
「振る舞いって、どうせ新しいブレンド試して量を作りすぎたから配ってるとかだろ」
「あ、そう。ロックはいらないのね。じゃ、ロックの分ももらっておこっと」
「そんな事言ってねえって。みんなに配ってオレには無しなんてヒドくね?」
リカルの言葉にふてくされるロックを見て、自分で言った事じゃないのと軽く受け流しながら、リカルは船長席に戻ると席に置いてあったコップに中身を注いでそれをロックに差し出した。
それを受け取ったロックが中身を見ると、明らかに他の人達の持っているコップの中身と違う事に気付いたので、彼は思わずリカルにそれを訊ねていた。
「何これ、オレのだけカフェオレか」
聞かれた彼女は自分を見ているロックを見ると小さく頷きながらそうよと声を出し、コップに口を付けて中身を少し飲む。
「苦いの嫌いって言ってたでしょ。だからアンタのだけ特別よ」
自分で作ったブレンドの味に満足したのか彼女は少し目を細めると、シッポを小さく揺らして満足さを表現していた。
その彼女に背を向け、ロックはブリッジの窓から外を見ながらカップの中身のカフェオレを飲み始める。
「わざわざ中身を変えるとは、結構オーナーも優しい所がありますね」
「別にそんな事しなくても、ブラックでも飲むつもりだったんだけどな」
ミルクで飲みやすい濃さになったカフェオレを飲みながら、ロックはコーラルの話に小声で返す。
自分では小さな声だと思っていたが隣のコーラルにはしっかり聞こえていたらしく、彼は軽く微笑みながらロックに更に話を続ける。
「自分の苦手な物なのに飲もうとしてたのですか。チーフも優しい所がありますね」
「べ、別に優しさとかそんなんじゃ、そんなんじゃ……」
コーラルの声に反射的に振り向きながらロックは反論をしようとしたが、視界の端にリカルが見えた時、彼は言葉を濁しながらまた前の方を見だした。
そのまま何かをぶつぶつ呟いている彼を見て、心配になったコーラルは大丈夫かいとロックに声をかける。
ようやく正気に戻ったロックは、少し顔を赤くすると耳を寝かせて、聞かれたわけでも無いのにか細い声でコーラルに呟いた。
「気になってるんだもん、仕方がねえじゃん」
それを聞いたコーラルは、何となくそういった事に興味が無さそうにみえる少年をみると、ふっと微笑んで誰にでも無く言葉を出した。
「やっぱり似た物同士だね」
「うっさいぞ、兄さん」
「ん?二人して一体何の話してんのよ」
「いえ、二人とも仲がいいですねって話ですよ」
表情を変えずに、質問をしてきたリカルにコーラルが答えると、その言葉に反応したロックが言葉にならない声を出しながら彼に飛びかかる。
自分より年上の青年に飛びかかったロックとそれを手であしらうコーラルの二人を見て、まるで兄弟がふざけ合っている様に見えたリカルは、その顔に羨望とも哀しみともとれる不思議な表情を一瞬浮かべたが、すぐに何でも無い様ないつもの笑顔になると、ブリッジの中で一番高い位置にある艦長席に腰をおろして号令を発した。
「よーし、次の目的地は交易都市ステップ。そこから宇宙に出るよ」
リカルの声に口々に了解の返事が飛び交うと、船は一路、目的地に定められた都市に向けて進路を取りなおして発進した。
紺碧の空を切り裂く様に、二人の冒険者と彼らについてきた海の住人達を乗せた船は風と共に駆けていく。
冒険者達を新たな冒険の地へと誘うために、銀の翼を大きく広げて。