エピローグ シャチの旅立ち (変わっていくもの)
モビス島にある二つの小さな島の片方には、この島の人間が信仰している海の神様を奉っている神殿がある。
普段は訪れる人もまばらだが、冠婚葬祭など祭事のイベントには人が集まる。
今ここには海の守護者としての試練を乗り越えたコーラルが、神殿の中で海の神の祝福を受ける儀式を行っていた。
チャンジャを初め島の有力者や偉い人が一緒に神殿の中に入っており、その間に神殿の外の広場では祝いの宴会の準備に島中の人間が忙しなく動いている。
そしてその人達に混ざって手伝いをしているロックとリカルの姿も見えた。
部外者とはいえ、島中が騒がしい中で自分達だけ何もしていないのも居心地が悪いので、彼らは自分達から手伝いを買って出た。
ロックは照明用のライトやかがり火の台の設置を手伝い、リカルは村の女性達と一緒に宴会に出す料理を作り、そうこうと手伝いをしている内に太陽はすっかりと沈んでしまい、ロック達が設置していった照明器具に次々と灯りがともっていった。
空が完全に暗くなり、星が瞬き始めたころ、神殿の方が騒がしくなってきた。
儀式を終えたコーラルが、チャンジャ達と共に神殿から出てきた所だった。
神殿から出てきたコーラルに島の人間が集まってくると、彼はそれに答えて身振り手振りで話をしていく。
最後に神殿の神官が出てきて、今日この時からコーラルが海の守護者の一員となった事を、仰々しく島の住人に告げた所で、コーラルの試練達成を祝しての宴会が開かれた。
ロックは部外者を装って出るのを遠慮していたが、リカルの方はノリノリで宴会に飛び込んでいき、チャンジャを初めコーラルの家族達が総出で誘って来たので、これ以上断わるのも失礼だと思ったロックは宴会に参加することにした。
コーラルの家族は重すぎる肩の荷がやっと降りた事に安堵したのか陽気に楽しんでおり、彼自身も口ではどうでもいい様な事を言ってはいたが、試練をやり遂げた事をとても喜び、宴の料理や酒に積極的に手を付けては自分の友人たちに遺跡での話を語っていた。
そしてリカルはロックの隣に座ると、楽しく騒いでいる彼らを見ながらその雰囲気を楽しんでいた。
彼女の隣のロックは、カップルなんだから隣に座れば良いじゃんというチャンジャの良く言えば粋な計らい、悪く言えば悪乗り全開のいたずら心で座らされたため初めはぎこちない態度だったが、今はリラックスした様子でテーブルに出ている料理を堪能していた。
「んー、おいしいー。ロック、ちゃんと食べてるの?アタシこんなにおいしい海の料理食べた事無いわよ」
「見りゃわかるだろ、魚は大好物なんだから、言われなくたってちゃんと食ってるよ。それよりリカルは食いすぎじゃねえのか?さっきからずっと食ってばかりな気がするんだけど」
「だって美味しいんだもん。お刺身は新鮮だし、焼き魚も揚げ魚も味付けが最高、いろんな魚介類を一緒に煮込んだ浜鍋も贅沢な味がするし、それにこの魚のワタの塩辛、お酒が欲しくなるいい味だわ」
「お前さ、もうちょっと落ち着いて食えよ、はしたないなあ。あ、オレにもその塩辛よこせよ」
たくさん食べているリカルに軽く冷ややかな視線を送るロックだったが、彼も大皿に山と料理をのせては一人で黙々と食べ、山の高さを着実に低くさせていってるので彼女の事を悪く言う筋合いは無かった。
こうしてこの二人は、今日の祭りの主役とはまた違った意味で島の人達から歓声を受けていた。
皆がお祝いムードで楽しく騒ぎ夜もすっかりふけ、宴に参加していた島民たちがそれぞれ帰宅についていく頃、ロック達も今日はお開きと会場から離れていった。
「うー、食った食った、もう食えねえよオレ」
「あー、仕事は上手くいったし料理はおいしかったし、もう気分最高。こんなハイなの久しぶり」
「バーカ、冒険を仕事なんて言うなよ。でもホントにいい気分だにゃあ」
ピンと空に向けて立てているシッポの先端を、ゆっくりくねらせる様に揺らしながら、ネコ科の二人の少年少女は月に照らされた夜道をゆっくりと、満足げに歩いていく。
その後ろからは、先程の宴会の主役だったシャチ族の青年が自分の祖父を伴って、自分達の先を歩いている今日一緒に冒険をした少年達を見ていた。
「全く。さっきまで一緒に大変な事をしていたのに、あの二人はもう笑ってる。元気でいいな」
「ネコ族特有のマイペースなだけにも見えるけどな。ま、おいらも若いころはあんな感じだったけどな」
「何となくわかりますよ、おじいさんは今も元気ですから」
そう言って微笑むコーラルを見て、チャンジャもガハハと小さく笑いながら破顔する。
ゆっくりとした足取りで前の二人についていくように歩く二人。
少し歩いてから、今度はチャンジャの方から声を掛けてきた。
「さっきも話をしておいたが、これでお前も次の海の守護者の候補の一人になった。長い慣例のせいで村長と守護者は同一人物が兼任するようになっちゃいるが、元々そんな決まり事もねえから守護者になったからって村長までするこたぁねえ。それに順当にいきゃお前の出番はまだ先だから、お前はまだ自分の好きにしてればいいさ」
「そうですか、それでしたらおじいさん。……私は今回の事で自分の力量や考えの足りなさを知りました。だから私は自分を見つめ直すために、修行を兼ねて旅に出たいのです」
孫の言葉を聞いたチャンジャは、内心で小さな驚きをもちながら表情には出すことなく、「旅ね」とただ一言だけ呟いた。
幼いころから小心者で、自分の意見はしっかりと持ってはいるが周りに流されてそれを伝える事が出来ない子。
そのため守護者の家系の者として以前に、海という特殊な世界で生きては行けないかもしれない。
そう考えていた彼は、孫が幼いころから海で生きる種族としての心構えを教えるつもりで色々と鍛えてきていた。
しかし今の孫を動かしたのは、自分よりも年下の少年達が、しっかりとした目的を持って困難な事に向かっていった姿を間近に見てきた、その経験そのものだった。
島の外から来た者がそれを教えた、例えそれが知り合いだとしても老人には複雑な心境だった。
しかし、初めて孫が話した前向きな言葉を聞いた時、チャンジャは次に話す言葉をすでに決めていた。
「そんな偉ぶった事言うからにゃ、モノになったらちゃんと島に戻ってくるんだろうな」
顔をこちらに向けて真剣な眼差しで問いかけるチャンジャ。
その祖父の言葉を聞いた時、コーラルも真剣な眼差しで祖父の目を見返し、力強く一言はいと答えた。
孫が初めて見せた表情。
それをみたチャンジャは急に顔をほころばせた。
そして突然の事に戸惑うコーラルに構う事無く彼は口を開いた。
「そこまで腹決めてんなら止める理由もねえな。おいらはお前が立派になって帰ってくるのを待つとするか」
「ありがとうございます。それでは善は急げ、早速旅支度をしてきます」
旅立ちの許可が下りた事に感謝の意を示すと、コーラルは弾けるように家に向かって走っていった。
チャンジャはその背中を見送った後、今度は自分達が住み家にしている宇宙船に帰っていく少年達を見て、その口元を妖しく歪めた。
歪んだ口の端からは鋭い牙が見え、月明かりを受けてきらりと星の様に瞬いた。
「せっかくだから、もう少しお使いを頼むとするかね」
誰に聞かせるでも無い声を出してから、チャンジャはみんなとは別の方向に歩いていった。