5th ACTION 第二の試練『無茶は承知の大バクチ!』
ロック達が戦っていた頃、リカルはパニード達の頭の上を飛び跳ねる様に駆け抜けていた。
遺跡に入ってきた侵入者を排除するために起き出した彼らガーディアン・パニードは、倒すべき相手を見つけると一斉に取り囲み、攻撃を開始する。
そのパニード達の群れの中に飛び込んだリカルは、彼らでひしめく空間の隙間を縫うようにして走っていた。
走っている時にパニードの一体が、球体で出来た腕を振りかざして叩きつけてきたが、彼女は狭いスペースの中にも関わらず危なげも無くその腕を避けると、次の瞬間その腕の上に乗って彼の頭の上にジャンプ。
頭の上に着地すると、そのまま頭の上を走りだして今に至る。
常に動いていて不安定なパニードの頭の上を、スピードを落とすことなく走れるバランス感覚の良さは獅子族である彼女ならではの芸当である。
そうして部屋の隅にやってきたリカルは、研ぎ澄まされた爪を指から出すとパニードの頭の上で溜めを作り、そのしなやかに引き締まった筋肉を使ってジャンプ、そのまま部屋の壁に掴まった。
両腕で壁に掴まった後、足を振り上げ壁をつま先で鋭く蹴りつける。
遺跡の壁に使われている特殊合金で補強しているブーツは、壁をえぐって足を引っ掛ける部分を作り出す。
そうして壁に身体を固定すると、右手を壁から離して腰の空弾銃を手に取る。
グリップの近くにあるスイッチを片手で押すと、銃の後部が開きそこから空気を取り込み始める。
弾丸とする空気を溜め終わると、今度は別のスイッチを押して取り込んだ空気を圧縮し始める。
チンと、空気の圧縮が完了した事を伝えるチャイムが鳴ると、今度はトリガーに近い所にあるスイッチを押した。
すると銃口が開いていき、その口径は一回り大きな物になった。
「ロックいくよ。準備はいい?」
自分の準備を全て終わらせてから、リカルはインカムでロックに呼び掛ける。
一方地面でガーディアンと戦いながらその連絡を待っていたロックは、周りのみんなに彼女の無事を伝えてからインカムに出た。
「オーライ、こっちもいいぜ。で、具体的にどうすればいい?」
「簡単よ。これからパニードを一か所に集めるから、そこを狙って攻撃して。部屋にいるヤツ全部集めるから指揮官も倒せるはずよ」
ロックの了解と言う返事を聞いてから、リカルは身体をひねって空弾銃を構えると、自分のいる位置のほぼ対角線上の部屋の隅に狙いを定めた。
「さあ、ダンスの時間だよ。アンタら全員踊り狂ってもらうかんね。喰らいな、バース・トーネード!」
掛け声と共に彼女は銃のトリガーを引く。
大きな音を出して銃が一瞬唸ると、次の瞬間いつも撃っている物よりも大きな弾丸が飛び出し、空間を切り裂いて駆けていく。
そして反対側の壁に当たる少し手前、突然弾がはじけて大きな真空の渦を作り出し、周囲の物を飲み込みだした。
渦の近くにいたパニードは残らずそれに巻き込まれ、そこから輪が広がっていくようにパニード達がどんどんと空中に舞い上がり、そして全てのパニードが真空の塊の中に吸い込まれていくのに、そう時間はかからなかった。
「なんて事を……きゃあっ!」
「ミリー、掴まって!」
「若!ええいくそう」
「あのバカ、こんな手使うんだったら初めに言っておけよな!」
パニード達を巻き込む風は、彼らよりも軽いロックやコーラル達にも影響を与えていた。
何とか飛ばされないようにと、コーラルはSスケートでバランスを取りながらジャナンとミリーと協力してその場で踏ん張っていた。
ロックは背中のホルダーに収めていたSボードに乗ると、突風に流されない様にバランスを取った後、全てのパニードが集められた空間を睨みつけた。
「ロック、何をする気だい」
ロックの行動に気づいたコーラルはあらん限りの声で彼に問いかける。
彼は振り向く事無く、大きくは無いがこの状況でもよく聞こえる鋭い声でそれに答える。
「状況はともかく、お膳立ては完了しましたからね。これから自分の仕事をしてきますよ!」
「無茶だよこんな場所で。せめて風が収まってからにした方が!」
「無茶は承知の大バクチ!ギャンブルは、出来るか出来ないかじゃないですよ」
「何、やらなくちゃいけないとでも言うのかい?」
叫ぶようなコーラルの声に反応を示したロックは、ボードごと身体をひねってコーラルの方を向いた。
その顔は、気を抜けば吹き飛ばされそうなこの風の中で、異様とも言えるほどにまぶしい笑顔だった。
例えれば青空に輝く太陽の様な顔で、ロックは大声でコーラルに答えた。
「ギャンブルは、ヤリたい人間がいるから成り立つんですよ!」
話をしながらロックは視線を少し横にずらす。
目を動かした先にはリカルが、風に吹き飛ばされないようにと壁に張り付いて、懸命に踏ん張っていた。
この状況を作る引き金を引いた彼女と目があった時、彼女は無言で力強くロックに頷いた。
それを受けてロックも彼女に頷くと、彼は乗っているボードを動かした。
「これは、オレがやりたいと思っているからやるんだ」
そう言うと同時にロックは軽く宙に浮くと、吹き荒れる風に飛ばされていった。
驚いたコーラル達が思わず彼の名を叫んだが、彼はすぐにボードを操ると風に乗り、その風に身をまかせながら嵐の中心を目指し始めた。
両手でしっかりとロッドを持つと、低い声でしっかりと呪文を唱えて、魔法の力をロッドに紡いでいく。
ロッドの先端の魔石に淡い輝きが灯った事を確認したロックは、風に乗る動作から一転、ボードの先端を中心点に向けると嵐の中を強行突破していく。
横から叩きつける様に容赦なく吹いてくる風に負けじと、巧みにボードを操っては前へ前へと進んでいき、ついに彼は真空の渦に捕えられたパニード達の前にたどり着いた。
渦に巻かれて宙で回転しているパニード達。
ロックはその渦の回転速度が徐々に落ちているのを見て時間が無い事を察知し、急いで勝負を決めようとロッドを高く掲げると最後の言葉を唱えた。
「落ちろ鉄追、舞い上がれ電気の花びら。サンダークラッシュ・ボム!」
声高に言葉を唱えながら掲げたロッドを振り下ろすと、細い電気の糸が縦に幾重にも走り、次の瞬間大きな雷が部屋の天井付近からパニード達に向かって落ちてきた。
雷を受けた彼らは、ある者は爆砕し、またある者は一瞬でその身体の機能を停止させ、さらに雷の直撃を受けなかった者も、舞い上がる電気の粒子が生み出す力場の影響で深刻なダメージを受け、渦の中の大半の彼らは、自らの役目を果たせぬままその身を失う事となった。
そして彼らの大半を葬ったロックは、先程より更に弱くなった風に乗りながら、彼らの残骸を注意深く観察していた。
「……!!やべえ、しくじった!」
残骸の中からロックが見つけた物は、小さな身体に深い青色の指揮官パニードの姿だった。彼はロックの放った一撃を耐え切り、奇跡的にも大したダメージを受けていなかった。
宙に浮いた状態で、目を光らせながら電子音を鳴らし新たな指示を与えている姿を見たロックは、風の呪縛が弱まり他のパニードが動き出す前に倒そうとAPRを構えると、指揮パニードのいる辺りに向かって弾を乱射した。
しかしパニードを捕えている竜巻は、ロックが撃ち込んだ弾の軌道を逸らしてあらぬ方向に弾を吹き飛ばしてしまった。
苦々しい表情で小さく舌打ちをしたロックは、APRの銃弾のタイプを変えると同時にエネルギーをチャージし直し、更に右手にロッドを構えると早口で先程の魔法の呪文を唱え直して、何とかパニードを倒そうと準備をしていた。
「ロック、離れて!」
その時、ロックの後ろから彼を呼ぶ声が聞こえた。
その声を聞いたロックが呪文の詠唱を止めて後ろを振り返ると、なんとコーラルがこちらに向かって走ってきていた。
突然の乱入に驚いたロックは彼の言葉通りに立っていた場所から離れる。
ロックと入れ替わりで走ってきたコーラルは、竜巻の前で立ち止まると両手でスタッフを引く様に構え、力を込め出した。
コーラルが集中を始めると、彼の気力がスタッフの先端に集まりだし、淡い青色に光っていく。
光るスタッフを構えたまま、コーラルは竜巻の先にいる、先程自分が見つけた小さなパニードを睨みつける。
そうしている間にも風の力はさらに弱まっていき、竜巻の中の生き残ったパニード達は、身体をゆっくりと動かし始めていた。
張り付いていた壁から離れて地面に足をつけたリカルもその光景を見ていたが、視界の端に何かがうごめくのを捉えたためその方向を見て、思わず表情をこわばらせた。
壁の穴の中から、追加のパニードがどんどんやってきていたのだ。
もし指揮官を倒せなければ初めの状態に戻ってしまう。そうなったらさすがにもう駄目である。
「新手が出てきた、誰でもいいから早く指揮官を倒して」
リカルの声と、コーラルの目の前の竜巻の気流が乱れたのはほぼ同時だった。
その一瞬を見切ったコーラルは、竜巻の中のパニードに向かって鋭く突きを放った。
オーラで強化されたスタッフは風の壁を貫いて真っ直ぐと伸びていき、スクラップに守られている指揮官にヒット。
大きなダメージを与えると同時にそのまま押し出していき、竜巻の中からそのボディを弾き飛ばした。
その一連の動作を離れた場所から見ていたロックは、吹き飛ばされた指揮官にAPRを構えると、彼の動きを追いかけて引き金を引く。
APR内に溜めていたエネルギーが銃口に集まりだし、圧縮された弾丸のプラズマが薄い黄色から濃い色に変わった瞬間、その引き金から指を離した。
発射された弾は弾倉に入っていた全エネルギーを一発の弾丸にした溜め撃ちタイプのもので、通常のものよりふたまわりほど大きなものだった。
発射の時の反動もそれに見合った大きさで、ロックは両足で踏ん張らなければ後ろに倒れそうになった。
放たれた弾丸は真っ直ぐ飛んでいくと吹き飛ばされた指揮官を狙い通りに撃ち抜いた。
撃たれた指揮官は自然な放物線を描いて地面に落下すると、火花を散らしながら小さな爆発を繰り返し、ついに動かなくなった。
そして彼の沈黙と同時に部屋の中にいた他のパニード達も機能を停止、その場に座り込んで動かなくなる。
リカルが起こした風が完全に止まると、その風に巻き込まれた大量のパニードは大きな音を立てながら一斉に地面に落下した。
その落下が収まったのを見て、ようやくロックは構えていたAPRを下ろしてコーラルの所に歩き出した。
コーラルはスクラップの前に立ち尽くしたまま、肩を上下に動かしながら大きく息をしていた。
自分のしたことが今一つ信じられないといった表情で、目の前の山をただ茫然と見ていた。
「コーラル兄さん、お見事でした」
横からロックが声をかけながら彼の肩を小さく叩く。
コーラルは小さくその身を震わせたが、すぐに振り返ると目の前にいたロックの顔を見て、軽く微笑んだ。
「ありがとうロック。君のおかげでこの試練を突破出来ましたよ」
「何言ってんですか。あの時兄さんが来てくれたからアイツを倒せたんです。間違いなく、兄さんのお手柄ですよ」
「そ、そうかい。冒険者の君にそう言ってもらえるならよかったかな。それよりみんなは、みんなは無事かい?」
コーラルが思い出したように辺りを見渡すと、彼らの近くにジャナンとミリーが並んで立っていた。
さらに二人の位置と違う方向の少し後ろ側から、リカルが手を振りながらロック達に向かって歩いて来ているのが見えた。
「おーい、こっちこっち」
リカルの姿を見つけたロックは、声を上げると両手を頭の上で大きく振って彼女に合図を送る。
それを見たリカルは、嬉しそうに小走りで彼らのいる場所に近づいていき、ロックの目の前で足を止めた。
走ってきたため身体を屈めて大きく息をし、笑顔で上目づかいに自分を見ている彼女にロックも笑顔で返すと、すばやく右腕を振り上げるとそのまま彼女の頭めがけて平手を振り下ろした。
ボスっと肉球のくぐもった音が部屋に響くと、彼女は両手で頭を押さえて軽くうずくまってしまった。
「いったーい!一体何すんのよ!?」
「何すんの、じゃ無いだろが!竜巻を発生させるなら初めにみんなに伝えておけよ。オレはともかく兄さん達がヤバかったじゃねえかよ!」
そう言うとロックは親指で後ろのコーラル達を指さした。
リカルは彼らの方を一瞥するが、すぐにロックとの会話に戻っていった。
「そんなの大丈夫でしょ、アンタの腕ならそこらへんとかの事は、こう軽々と」
「流石にそこまで出来るわけねえだろ!てか、お前にオレの技量がわかるのかよ」
「分かるわよ、それなりに年季持っているから、少なくとも同業者のレベルはその人を見て大体は把握出来るもの」
「そ、そうか。まあそれは分かったけどよ、やっぱり周りも巻き込む様な危険な事をする時は一言言ってもらいたかったぞ」
しかし、ロックの言葉を聞き終えた時、リカルは急に目元をつり上げると、ロックにくってかかって来た。
「何よいちいちうるさいわね、男だったら小さい事こだわるんじゃないわよ。アンタ子舅みたいよ」
「あ、なんだそりゃ。危ない、気をつかえって言っただけでどうしてそこまで言われなきゃなんねえんだよ!大体こんな事で男も女も関係あるかよ!」
売り言葉に買い言葉、リカルの言葉に気を悪くしたロックも彼女に対して文句を言いだし、さほど時間もかからないうちに二人はヒートアップして、顔を突き合わせての口喧嘩に発展していった。
「あの二人とも、せめて部屋を出てから話を続けませんか。こんなガーディアンの残骸だらけの所にずっと留まるのもいい気分じゃないですし」
二人のやり取りを見ていたコーラルが、遠慮がちに彼らにそう提案をすると、二人はお互いの目を見た後にフン、とそっぽを向くと、そのまま並んで遺跡の奥の通路に向かって歩いて行った。
それを見てコーラルは深く息を吐き出すと、後ろの二人の方を振り向いた。
「いやいや、全く若い子の思考って本当によく分からないよね。こんな危険な場所で喧嘩が出来るんだから」
「いやいや若、あなたも充分若いのですからその発言はどうかと思います」
「それに彼らの場合は、元々の思考や育った環境が特殊なだけで、簡単に分かる人はそういないと思いますが」
「いや駄目だよ。五、六歳ほど年が離れていると、それだけでその年代の人達の考えが分からない事って結構あるからね。それと」
そこまで言ってから彼は腕を軽く身体の前で組むと、軽くあごで後ろの方に合図を示して話を続けた。
「あのくらい神経が太くなくては、とても冒険者などしてはいられないという事だよね」
「確かにそうだとは思いますがね、でも私が思うにそれは冒険者だからでは無くて……」
「ちょっと三人とも遅ーい。部屋出ようって言うんだったら早く来る」
「兄さん達、早く行きましょうよ」
その時彼らの話を遮ったのは、先程まで言い争いをしながら部屋の出口に向かって歩いていたロックとリカルの二人だった。
言いたい事を言い合って機嫌が直ったのか、二人して並びながらそれぞれ片手を大きく振り、シッポも鉤ツメの形にゆっくりとくねらせていた。
あまりの変わり身の早さに驚くコーラル達、その中でさっき話を途中で中断されたミリーは、彼らを見ながら言えなかった言葉の続きを声に出す。
「彼らはネコ科の種族だから、気まぐれなだけでしょう」
あきれた調子で言い放ったミリーに苦笑を浮かべると、コーラルはゆっくりと彼ら二人の方に近づき、残りの二人もコーラルについて歩き出す。
そしてロック達と並ぶと、彼はここで一度休憩をする事を提案してきた。
ロック達二人も異論が無かったので、オーケーとふたつ返事で頷くと、五人は部屋を出てすぐの通路で休むために歩き出した。