5th ACTION 第二の試練 (山盛りガーディアン)
大部屋の試練を無事にクリアした五人は、薄暗い通路を奥に向かって歩いていく。
コーラルとお供の二人が先頭を歩き、その後ろを少し遅れてロックが、その彼に合わせて最後にリカルが後ろを歩く。
ロックは片手に筒状の機械を、もう片手に工具を持ち、歩きながらその機械の調整を行っている。
「器用なものね、歩きながらそんな事ができるのですから」
「ホントね。アタシも壊れた物はなるべく自分で直すけど、歩きながらは流石に出来ないわね。所で何を直してるの」
「剣。さっき使った分、調整しなおしてる」
先程の事をまだ根に持っているのか、ロックはぶっきらぼうにリカルの質問に答えた。
「剣?粒子波動刀の事?エネルギー系の剣ってそんなまめに調整しないと駄目だったっけ」
話しながらリカルはロックの隣に並ぶと、彼が持っている筒状の機械、エネルギーソードの発生装置に視線を落とした。
粒子波動刀と呼ばれたロックの剣は、波動エンジンに粒子力学の技術を盛り込んで開発された先史文明最高の半永久機関、粒子波動エンジンから派生したものである。
粒子力学とは現世における全ての事象は粒子単位で測れるというもので、その理論を基に作られたこの剣最大の特徴は、全ての物質の分子結合に干渉することで対象を分解、それを高速で行うため見た目には物を斬り裂く様に見えるのだ。
「これ元々小型のエンジン。それを好き勝手にいじったから、最大出力で長時間動かせない。もう少し後で使いたかったのをお前ってやつは……」
「だからゴメンって言ってるでしょ。もう許してよー」
そう言って、先程からロックに対して謝っていた彼女はもう一度自分の目の前で両手を合わせると謝罪の意思を表す。
それを聞いたロックは、それが自分の意思表示であるかのように大きな溜息を一つ吐き出すと、それっきり、何も話さず態度にも出さずに機械の方に集中し直した。
「全くガキなんだから」
ロックの態度に気分を悪くしたリカルは、誰にも聞こえないような声でぼそりと悪態をつくと、次は小さく溜息をついた。
それもそのはず、出会った時の彼は大人っぽい落ち着いた感じの少年だったが、一緒に旅をするようになってからの数日、彼は宇宙船の基本部分の調査以外はほとんど自分の興味のある事にしか時間を使わず、思った以上にわがままな部分もあったため、リカルは少なからずギャップを感じ、人の印象はここまで変わるものなのかとさえ思うようになっていたからだった。
しばらく歩いてからもう一度リカルが口を開きかけた時、一行は次の試練の扉の前に立っていた。
「ここが二番目……。兄さん、ここはどうすればいいのですか?」
剣の調整を終わらせたロックが工具をポーチに戻しながらコーラルに次の試練の内容を聞く。
しかし彼は申し訳なさそうな顔をすると、突然ロック達に謝りだした。
「ゴメン、実は詳しくは分からないんだ。ガーディアンが次から次に、あふれる位にたくさん出てくるのだけど、どうすればいいのかが分からなくて」
「ガーディアンが次から次へと出てくるか……」
「何か知ってますか?良かったら話して下さい」
「トラップの一種よ、解除するには指揮しているガーディアンを倒せばいいの」
「指揮ガーディアンってどうやったら分かるんだ?」
「見てみないと分からないわね。大体は出てくる物とおんなじタイプの強化型だけど」
そう言うとリカルはコーラルに目を移した。
しかし彼は詳しい事を知らないらしく、目を下に伏せると軽く首を横に振った。
「出たとこ勝負ね」と、それを見たリカルが呟き、それに合わせて他のみんなも力強く頷いた。
全員がそれぞれ武器を手にした事を確認したコーラルは、ゆっくりと正面の扉に向き直ると、その扉を開いた。
扉が開いてから五人が部屋の中に歩み入ると扉が閉まる。
その瞬間、部屋の壁に穴が開き、ガシャンガシャンとけたたましい足音と共に多数のガーディアンが部屋の中になだれ込んできた。
「うわ、ずんぐりむっくりしたのがわんさか出てきたな。何だっけこいつら?」
「パニード、ガーディアンの中では弱いランク。手の様な球体を使っての打撃攻撃が中心で、とげを飛ばしてくる種類もいる。その体型上、意外と硬くて数が多いと厄介な相手よ」
リカルが解説をしたパニードと言うガーディアンは、球状のパーツで体の全体を形作っており、見た目にはまんまるなダルマの様な個体である。
一体や二体ならばその外見のため可愛らしいという感想が出てきそうだが、それも百を超えて目の前でさらに増え続ける様は恐怖であり、不気味であり、思わず失笑してしまうほどに呆れてしまいそうな、ある意味壮大な光景だった。
一番初めに出てきたパニード達が五人に向きを変えると、腕を体の前にかまえると移動速度を上げて一直線に向かって来た。
「来た。リンちゃん、どの個体が指揮官がわかる」
「まだまだ。指揮個体は大抵後ろに控えているから、見つけるためには動きをよく見て。あいつらは必要最低限しか動かないで手下のガーディアンを使うから」
ミリーの声に冷静に答えるリカルは、空弾銃で迫ってくる彼らを攻撃するが、彼らに当たった空気の弾はその場で弾けて消滅し、効果的なダメージを与えていなかった。
ロックもAPRを使って彼女の隣で攻撃を行うが、体の表面を焦がしたり歩く速度を遅くしたりは出来たが破壊するほどの決定打を与えるまでにはいかなかった。
そして他の三人は遠距離に対する効果的な武器を持っていないため、それぞれの武器を手に構え二人の行動を見ているだけだった。
パニードとの距離がさらに近付いてきた所で、二人はそれぞれの銃を下ろして別の武器を取り出した。
ロックは左手にロッドを、右手に粒子波動刀を持って二刀流の構えをとり、リカルは右腕のアームガードに普通の搭乗用とは少し形の違う、拳闘用にカスタマイズをしたSスティックを取り付ける。
また球状の物体は刃物が通りにくいので、効果的な武器として彼女は、左の拳に普段は使わないメタルナックルを装備した。
徐々に近づいてくるパニード達。
五人は手にしている武器をギュッと力強く握りしめ、それぞれが自分の飛び込める間合いの線引きをしている床に視線を落としていた。
一歩一歩近づくパニードがある部分を通過した時、一番初めに動き出したのは意外にもコーラルだった。
彼はブーツに仕込んであったスケートタイプのRSを静かに起動させると、少し体を屈めてから一気に駆けだした。
スケートタイプのRSは、ボードタイプやスティックタイプと比べると速度や加速力はまるで無いが、靴の中に簡単に仕込む事が出来るので、こうした足では詰め寄れない間合いをかける事が出来る。
一気にパニードの眼前に飛び込んだコーラルは、スケートを使って体を大きくひねると横に構えたスタッフで彼のボディのまんなかを思いきり叩く。
遠心力をつけた一撃はパニードの頑丈なボディに大きなくぼみを作り、他のパニード達を巻き込んで大きく後ろに吹き飛ばした。
その一瞬の事にあっけにとられたが、それでもリカルがスティックを使って、その後を追うように飛び出した。
一瞬でコーラルの隣に並ぶと、右腕につけたスティックを全開に吹かす。
そして彼女は短く吠えると目の前のパニードを殴り飛ばした。
殴られた衝撃で体の半分近くがへこんだパニードは力なく飛んでいくと壁に激突。
火をふきながらずりずりと地面に落ちていった。
そのすぐ後にロックも駆けつけると、彼はリカルとは反対側にコーラルの隣に立った。
彼は特別何かをした風には見えなかったが、十メートル近く離れていたこの場所に気配を感じさせずに現れると、右手の刀でパニードを切り裂き、左手のロッドを前に突き出すと後ろから迫ってくる連中に雷の魔法を浴びせた。
斬られた仲間の陰からの不意打ちに対処できなかった彼らはまともに攻撃を受け、特に至近距離にいた数体はその身体をショートさせながら床に転がった。
三人が作った場所にジャナンとミリーもたどり着くと、彼らは後ろを振り向いて背後を守る隊形を作る。そしてすぐにコーラル達とガーディアン・パニード達との戦いの幕が切って落とされた。
初めから劣勢なのは分かっていたが、それに対して弱音を吐いた者は一人もいなかった。その中でもロックとリカルは、もとからそのような事など頭の中にすらない様に眼前のパニードに冷静に対処し、余裕がある時は他の仲間達の様子を見るなどしていた。
それでも五分もすると全員に疲れが見え始め、その動きにも鈍りが見え始めてきた。
冒険者の二人は一応ペースを考えながら戦っているので他の三人より見た目には普通だったが、彼らの使っている武器の方が疲弊の色を見せていた。
特にロックの剣は、彼自身が言っていたように長時間高出力で使う事が出来ず、今は出力を落として棍の様に使っていた。
発生させる粒子の質を変え、放射出力を低くする事で刃物の様に物を斬る事は出来なくなるが、それでも鉄以上の硬度を持つその一撃は、パニードのボディを確実に傷つけていった。
そのロックの隣で戦っているコーラルは、スタッフでパニードのボディを叩いて彼らに致命傷を与えると、他の仲間達を巻き込んで後ろに吹き飛ばす戦い方をずっと繰り返している。
吹き飛ばして穴を開ければ、その穴を埋めるために別のガーディアンが入ってくるためその分ターゲットが入れ換わりやすいと考えての事だった。
確かにたくさんのガーディアンが入れ換わりで入ってくるためその作戦は成功していた。
ただ一つ誤算があるとすれば動作の大きい動きを繰り返しているため、コーラルの体力を余分に使わせているという所だった。
そのため新たに正面に立ったパニードを倒した時に、コーラルは勢い余って転んでしまった。
前のめりに倒れたコーラルが立ちあがろうとした時、前の方で何かが動いた。
目を凝らしてそれを見ると、周りのパニード達よりかなり小さい深い青色のボディカラーのパニードが目の前でちょこまかと動いていた。
コーラルとそれの目があうと、小型パニードは小さく跳ね上がり一目散にパニード達の間を走りぬけていった。
一瞬の事で思考が一時停止したコーラルが、今のがターゲットかもしれないということに気づいたのとほぼ同時に彼の頭上でパニードが腕を振り上げており、それに気付いたロックとリカルが同時にコーラルの体を掴んで強引に彼の体を起こした。
「いたぁ!っていたたた、痛ーい!!」
反射的に二人はコーラルの体を掴んだため、リカルは彼の髪の毛を、ロックは背びれを掴んで持ち上げた。
突然の体の痛みに思わず悲鳴を上げたが、目の前に振り下ろされたパニードの腕が鼻先をかすめて地面を叩きつけたのを見ると、流石に叫んだ声を飲み込んで姿勢を正した。
「ふいー、間一髪。コーラル兄さん大丈夫か」
「痛かったけど助かりましたよ、ありがとう。ってそんな場合じゃない、見つけたよ指揮官を!」
「ホント!どんな奴だった、どの辺りにいるの!」
危機を脱したコーラルが思い出したように自分の発見を伝えると、リカルはこの状況を打開できる鍵が見つかった事を確信してターゲットの所在を聞こうと声を出す。それに答えるコーラルは、少し遠くの方を指さした。
「何だかすごく小さいガーディアンが、他のガーディアンの間を抜けて向こうの方に走っていくのを見ました」
「小さいガーディアン?リカル、一体……」
「寄生型のガーディアンね。またえらく厄介なタイプが指揮を執っているもんだ」
「ニャに寄生型?寄生型ってあれか。他のガーディアンにくっついてこっそり活動するタイプのヤツ」
「宿りを倒しても本体が生きている限りはその宿りを操る。ここには寄生できる宿りがいくらでもいるから厄介ね」
「おう、それならどうする気だ。ガーディアン片っぱしから倒すなんて事、不可能だぜ」
三人の会話に割って入って来たジャナンの言葉に、彼らはそろって口を閉じてしまった。
方法を考えるためでもあったが、激しくなってきた戦闘のために話をしている暇が無くなって来たからだ。
「ねえ誰でもいいから一発、強力な一撃をかます事出来ない?」
「ええっ?何よまた突然。急にそんなこと言われたって何とか出来るもんじゃないでしょ!」
パニード達の波を押し返すと、リカルが早口で周りのみんなに質問をする。
その内容にミリーは反論を唱えるが、すぐに彼女の声を遮るようにロックが声を上げた。
「いや、一つお望みの力を持っている魔法がある。でも準備に時間がかかるし効果範囲が狭いからターゲットが分からないと使えねぇぞ」
「それで充分。アタシが何とかするから、ロックはいつでも攻撃できるように準備して」
話をしている最中にもやってくるパニード達を払いのけていくリカル達。
彼女が腕のスティックのバーニアを吹かして横に払いパニードを弾き飛ばすと、右腕にはめている腕輪に左手を添え、呟くような声でしかしはっきりと一言、トランスと唱えた。
腕輪が一瞬光ったかと思うとその形が変形していき、次の瞬間右腕の腕輪は彼女の左手の中で拳銃のような物に代わっていた。
物体を別の物に変える魔法は魔術の基本であり、力があれば大体の人が使うことのできる術である。
彼女が手にしたのは魔力を弾に変えて発射する魔導銃で、少女が持つにはやや無骨なフレームをしているが、取り付けられている装飾の魔石やルーンラインなどがそのイメージを打ち消し、銃のシャープさを引き出していた。
その銃を両手で構えたリカルは短く縮めた言葉で呪文を唱えると、パニードを吹き飛ばして作った空間に向かって発砲した。
発射された魔法の弾が地面に当たると人の背丈ほどの水晶が現れ、パニード達の前進を阻んでいった。
更に彼女は続けざまに魔法を打ち出しては水晶の柱を作っていき、それらをつなげる様にして水晶の壁を作った。
作った壁がパニードをしっかりとふさいだ事を確認してから、リカルは他の四人と離れてパニードの群れの中に入っていく。
それを見たコーラルは彼女の後を追いかけようとしたが、追いかけなくていいとロックが大声で叫んで彼の腕を掴んだ。
「でもそんな事言ったって、いくらハンターだからって、女の子が一人でガーディアンの群れの中に突っ込んで言って無事で済むとは思えませんよ」
止められたコーラルは、悲鳴に近い声でロックに抗議をするが、ロックはどこか確信のある顔で彼女のいなくなった方を見ていた。
そしてコーラルの腕から掴んでいた手を離すと、ロックは彼の隣に立ち直して構えを取った。
「ハンターだからこそ、自分で何とかするといった以上、何とかしてくれますよ。そうでなきゃ一人で飛び込んで行ったりなんか出来ませんから」
「若、ここは信じて待ちましょう。あの娘の実力は確かなものです、我々も自分の出来る事を致しましょう」
その二人の会話に、以外にもジャナンが横から入ってきて、リカルの事を信じる様コーラルを諭した。
「へえ、こりゃ驚いた。アンタにオレ達の事良く言われるとはね」
おどけた調子でロックが話すと、ジャナンは別の方から迫ってきたパニードを電磁アックスでなぎ払ってから、荒い息と一緒に言葉を吐き出した。
「あれだけの物を見せられたら、認めるしか無いだろ。それにこの状況を何とか出来るってんだったらお前らに掛けさせてもらうだけだ。とりあえず守ってはやるよ」
「頼もしいな兄さん。でもオレは守ってもらうより突っ走る方が性にあってるんで、気にしなくていいぜ」
そう言うとロックは、背中から近づいてきたパニードを粒子刀で突いてダメージを与えると、回転をつけて振り向きそのボディに思いきり蹴りを見舞い、彼を吹き飛ばした。次いで一歩前に出て地面を踏み締めると、粒子刀の出力を一瞬だけ最大に上げる。すると暗青色をしていた粒子刀の色が鮮やかな緋桜色に変わりだす。色が変わった事を確認してから粒子刀を大きく横にふるうと、同時に本体部分についているスイッチを押しこむ。その瞬間粒子の刀身が本体から離れ、三日月状のエネルギーの波が飛び出した。
ロックが作りだしたエネルギー波はものすごい勢いで飛んでいくと、進路上のパニード達全てを切り裂きながら、勢いが衰えることなく真っ直ぐと飛んでいく。
ついには部屋の壁に当たったが、何でも斬るというその粒子は壁に傷をつけ、形を維持できなくなるまで部屋の壁を削っていた。
その攻撃を見てあっけにとられた三人を、ロックは首だけ向きを変えると、ピンと立てているシッポ越しににんまりと微笑んで見ていた。