プロローグ 銀狼の観察者
光も届かないこの暗闇の空間は、どこかの建物の中にある部屋だった。
その部屋はとても広く、その部屋は機械音と電子音が常に規則正しく鳴り響き、その部屋は光がはいってこないため真っ暗で、その部屋の中を照らしているのは、部屋の中に立っている水晶を使ったディスプレイで、そしてこの部屋に人は一人しかいなかった。
その人物は、水晶ディスプレイの前に置いてあるソファーに深く腰を掛けたまま、心ここにあらずといった表情で、ただディスプレイから流れる映像に目を向けていた。
いつからこうしているのか、そもそもいつからここにいるのか。
銀狼族の少年は考えるように瞳を強く閉じると、耳とシッポを力無く垂らしながら、今より一層深くソファーに座りこんだ。
かつて少年はハンターだった。
彷徨う様に宇宙を飛んでは様々な惑星に降り立ち、数々の冒険や人々との出会いを楽しみ、それらを生きるための糧としていた。
当ても無ければ目的も無い旅、それは彼が無限に等しい時間を持っていたためにそうなった、ある意味では当然の結果のためだった。
少年がここに立ち寄ったのは偶然であった。
ここで彼は、この部屋に残っていた最後の人間から、この部屋と自分たちの残した研究の成果を確認してほしいと託された。
以後、自分たちにこの場所を託した人間が息を引き取ってから長い長い時間、数えることも面倒なほどに長い時間、ここに留まっている。自分達が解放される条件が来るまで、その条件とは……。
その時周りの電子音より一段と高いシグナル音が鳴りだし、少年の思考を中断させた。
寝ていた耳を立てて目を開いた少年が音を出しているディスプレイを見て、その瞬間彼の眼に光が差し出した。すぐにソファーから立ちあがると、水晶の前に置かれているコンパネのキーボードを操作する。
モニターされている映像から一つずつ詳しいデータが来るごとに、少年の顔は先程と違う、希望と期待のこもった表情になっていく。
「やった、新しいハンターが見つかった!」
「ずいぶん嬉しそうだけど、どうかしたの?」
その時、ディスプレイを見ていた少年の後ろの闇から声が聞こえ、声の主が少年に近付いてきた。
ディスプレイの光に照らされて闇の中からうっすらと姿を現した人物は、少年と変わらない年頃の、銀狼族の少女。
白金色の髪を無造作に散らしている、自然な感じというより何もしていないショートヘアーの髪型は、胸部付近までしか届いていないタンクトップにホットパンツ程の丈しかないジーンズ、申し訳程度の寒さ対策に着ているカーディアンといった服装のため、あまり手を加えなくても目立たない、むしろそれが一番似合う髪形になっていた。
露出が多い大胆な服装をしているが、それは少年の方も似たようなもので、白銀色のロングヘヤーの根元をバンダナで束ねた髪形に少女が着ているものと同じ丈しかないタンクトップ、あちこちに穴のあいている年季の入ったローライズのジーンズ。
そして同じような服装の中で全く同じなのが、二人が首に巻いているチョーカーのデザインだった。
二人分の食事を乗せたトレイを持ってきた少女は、喜声をあげてディスプレイを見ている少年に何があったのかを尋ねる。
彼は彼女を自分の隣に呼ぶと、ディスプレイ内の映像の一つを指さした。
「ほら、これ!キーの反応。これは三つ以上集まっているな。集めようとしている奴が出てきたの、何十年振りだろう」
喜びながら映像を見入っている少年。
少女も嬉しさを表に出していたが、その一方では完全に喜んでいるようには見えなかった。
「これを集めている人達、今度も途中で駄目になったりしないかしら」
「それは何とも言えないな。でも、少なくともこれで、しばらくは退屈な日々を送らなくて済むぜ!」
そう言って少年は明るい態度で少女を見る。
少女もその言葉の意味がわかったので軽く微笑むと、食事を運んでいたことを思い出し、食事にしようと少年に声を掛けるとテーブルのあるソファーまで歩いて行く。
だがその時の少年は、少女を落ち込ませない様にカラ元気で振舞っていただけで、実際のところは彼自身も不安に思っている所があった。
(ハンターがまた一人、大いなる遺産を求めて動き出す。こいつは最後まで来れるか、それとも途中で挫折するかくたばるか……)
ディスプレイを睨みながら考え事をしている少年に、早く席に着くよう少女が呼びかける。
その声を聞いてやっと少年はコンピュータの前から離れて行った。
いくつもの映像と情報が表示されているモニター。
その中の一つには、惑星トラメイの海上を移動している物の情報が映し出されていた。