プロローグ 獅子の冒険者
「冗談じゃないよ。最悪だ!」
そう誰にでもなく文句を言いながら、少女は走っていた。
ほの暗い遺跡の中を、ヘッドライトの光だけを頼りに出口へと向かって。
「調査はうまくいっていたのに!全く!」
彼女は一人で叫びながら、後ろから迫ってくるものから必死になって逃げていた。
少女は冒険者である。冒険者とは、世界各地に存在する遺跡や前人未到とされる土地を調査し、そこから出土される財宝や、古代文明の貴重な機械や技術といった遺産を発見することを生業としている人達の事である。
今彼女が入っている遺跡は、長い間入口が開かないとされてきた、開かずの遺跡と呼ばれる場所だ。
彼女はとある情報の一つから順に情報を手繰り寄せ、そうして見つけたカギを使って遺跡の扉をあけて、内部の調査を始めた。
一日以上かけてこの遺跡全体の通路を調べあげ、いくつもの罠を解除、そして一番奥の部屋の中にあった宝物を手に入れた。彼女にとってはいつもの仕事、当たり前のことである。
予想外のことが起きたとしたら、風化した壁がひび割れを起こして崩れた事と、壁から黒い液体が噴き出た事。
ひび割れが部屋全体に広がり部屋が崩れた事と、この衝撃で遺跡の最後の仕掛けが作動した事、そして―
「こんな所に油が埋蔵されているなんて……」
時々後ろを振り返りながら、少女は一人呟いていた。噴き出てきた油は崩れた部屋の出入り口からどんどんあふれ出てきており、ものすごい勢いでかさが上がってきている。
油が出てきた時点で危険を察知した少女はすでに部屋から出て、遺跡の入り口に向かって走り出していたため何とか脱出できると思った。
しかし通路の角を曲がった瞬間目の前にいるものを見て、彼女は自分の考えが甘かったことを知らされる。
そこにいたのは、遺跡に入った侵入者達から遺跡を守る遺跡の守衛、番人などといった呼び名を持つ機械の兵士ガーディアン。
仕掛けが作動したため、休眠状態だったものが一斉に動き出したのである。
通路に立っていたガーディアン達が大挙して少女に襲い掛かる。彼女は戦おうと構えたが、油が迫っているこの状況で足を止めていると手遅れになると考え、そのまますぐにガーディアンに向かって走り出した。
体当たりや剣、ツメで攻撃してくるガーディアン達の攻撃を、少女は巧みなステップやガーディアンのボディに手をかけて受け流すなどをしてかわし、そのまま勢いを殺さずにガーディアン達を振り切り走り去って行った。
「ここを超えて、あと半分」
そう呟きながら走る少女の目の前に、少し前の角から突然ガーディアンが現れた。銃のついている腕を構え、そこから火炎弾を彼女に向かって撃ってきた。
迫る火炎弾、それを彼女は通路の左側の壁に向かって大きくとびはね、そのまま壁に手と足をつけると同時に壁をけりつけ、三角跳びの要領で火炎弾をかわした。
地面に着地する少女、同時に起きた爆音と閃光。しまったと苦い顔をしながら後ろを振り返ると、今彼女がよけた火炎弾が油の海の中に飛び込んでいき、油に火がついてしまった。
舌打ちをしてから前を向くと、ガーディアンが次の攻撃のために銃口に炎をためていた。
それを見た少女は、腰に下げている拳銃を取り出し、ガーディアンに向かって構えた。
「いい加減にしてよね!」
そうガーディアンに言い放ってから、彼女は銃の引き金を引いた。
その銃からは圧縮された空気の弾が打ち出され、ガーディアンの腕部の銃口に飛び込んで行った。
次の瞬間、銃の内部にたまっていた炎と撃ち込まれた空気弾が反応して、腕と、腕につながっていた背中の燃料タンクが爆発!動きが止まった事を確認した少女はすかさずガーディアンの横を走り抜けた。
その直後に燃え上がる油がガーディアンを飲み込み、その機械の体を跡形もなく溶かしていく。
走りながら、すぐ後ろまで危険が迫っていることを感じた少女は、背中に背負っているリュックから一本のスティックを取り出した。
そのスティックの先端部分には複数のスイッチが、反対側にはスイッチと円筒形の機械がついていて、それはまるでホウキの様な形をしていた。
少女がスティックのスイッチを押すと、ゆっくりと唸るような音を出して機械が作動を始める。
それと同時に遠くから轟音が響き、遺跡全体が揺れ始めた。どうやら油が貯まっていた場所に引火してしまったらしく、強烈な振動のために、通路の壁に無数のひびや裂け目ができ、天井が崩れてたくさんの破片が落ちてくる。
流れてくる油の量がさっきより増え、炎が波のように通路いっぱいに広がりながら迫ってくる。
波の高さが少女の背丈を越え、今まさに少女を頭から飲み込もうとしたその時、少女は手にしていたスティックの赤いスイッチを押して棒を水平に構え、体を引き寄せてから走る歩幅を大きくして、またがるようにスティックに飛び乗った。
その瞬間、スティックの後ろの機械から粒子の光が現れ炎の波を吹き散らし、そのまま火の付いた油を振り切ってものすごいスピードで飛んで行った。
その間も遺跡の崩壊は進み、崩れる天井やはじけとぶ壁の破片が少女を襲ってきたが、彼女はスティックをたくみに操作してスピードを保ったまま、崩れる通路を駆け抜けていった。
「ここを抜けきれば外」
そう呟く少女の手には自然と力が入り、視線もさらに鋭くなってくる。彼女はスティックの出力を上げ、最高速度で直進をした。
だがもう少しというところで、彼女は自分の目の前の異変に気がつき速度を落とした。
「入口、閉まっている!?何でよ!?」
少女が入ってきた入口、そこには金属製のシャッターが下りていて、隙間なく入口を塞いでいた。近くで確認しようとしたその時、後ろからガシャンという鋭い音が響き渡った。
その音を聞いた少女はその場で止まって後ろを振り返り、そして小さくため息をついた。
その視線の先には入口を塞いでいるのとおなじシャッターが下りていた。
通路の両側をふさぐ仕掛けはよくあり、少女もその仕掛けを何度か体験しているためこれから何が起きるかもわかっていた。
突然通路の壁が音をたてて開き、中から大量のガーディアンが現れる。ガーディアンは通路まで出てくると次々に侵入者である少女のほうを振り向いてきた。この仕掛けを解除するには、この中にいるガーディアンの指揮官を倒すしかない。
少女にとって全部のガーディアンを倒すことぐらいは何てことは無いが、ここに来るまで、また今も大きな振動が立て続けに起き今にも遺跡が崩れてきそうな現状で、時間をかけて彼らの相手をしていることはできない。
「やるしかないわね」
ここまでの状況からすぐ次にとるべき行動を決めた少女は、さっそく行動に移った。
リュックからもう一本、先端に平らなパーツが取り付けられた短めのスティックを取り出し、右腕に装備しているアームガードにセット、二本のスティックのエネルギーをため出した。
その間にもガーディアンは次々と数を増やし、空中に浮いている少女を取り囲んでいく。
遺跡もいつ崩れてもおかしくない状態が続いている危険な状態の中で、少女は身動きひとつせずに入口のシャッターだけを見つめている。
壁にひびが入り、大きなカケラが音をたてて崩れる。その音を合図に、少女はスティックのエンジンを最大までふかした。
それとほぼ同時にガーディアン達が少女に向かって銃口を向け、弾丸やビームを撃ってくる!
しかしそれらが当たるよりも一瞬早く、少女はその場から飛び出していた。猛スピードで前のシャッターに向かって突っ込んでいきながら、もう一本のスティックを取り付けた右腕を思い切り後ろに引いた。
ガーディアン達は少女を撃ち落とそうと頭上に向かって弾を撃つが、少女はそれを避けようとせず、加速力に任せて直進していき、自分に弾が届く前に通り過ぎて行った。
その時通路が激しく揺れ動き、轟音が響き渡った。通路上のガーディアン達は立っていることができずにひっくり返り、少女への攻撃が途切れる。シャッターで仕切られた通路の温度もだんだんと上がってきている。
時間がもう無い事を感じ取った少女は、もう一本のスティックも起動させてさらに加速、速度を上げた。
「ここだ!いけぇぇぇえ!!」
そしてシャッターまで近づくと、少女は右腕のスティックの出力を高め、それと同時にストレートでシャッターを殴りつけた。
少女の出した2本分のスティックを使ったスピードとそれに伴う質量、スティックの先端に取り付けられた破砕用の重力波発生ユニットの力で、シャッターに大きなくぼみが作られた。
さらに少女はそのままスティックの出力を高め、シャッターを無理やり押し込み始めた。
後ろのシャッターは予想以上の炎と熱のためにとけ始め、いつここにも炎が流れ込んでくるかわからない。
「はあぁぁっ!」
掛け声と共にさらに押し込む少女。シャッターに出来たくぼみは次第に大きくなり、シャッターの周りの壁もそれに合わせて歪みだした。
「ガアァァウ!!」
ここで少女はもう一度右腕を振りかぶり、気合いとともに二度目のストレートを放った。
その瞬間、衝撃に耐えられなくなったシャッターの周りの壁が、轟音とともにシャッターごと外に向かって吹きとんだ!
それに合わせて少女も一緒に、すでに夜になって、星が空で瞬いている遺跡の外に飛び出す。
ワンテンポ遅れて遺跡入り口から爆音と炎と煙がものすごい勢いで吹きあがり、夜空をオレンジ色に染め上げた。
その光景を後ろに見ながら、少女は頭に着けていたヘッドライト付きのインカム・メットを脱ぎ捨てた。
その中からは、頭頂部に生えているネコ科の大きな耳と透き通る様な金色の髪が現れ、まとめられていたセミロングの髪が勢いよく風に吹かれてなびいた。
夜風の冷たい空で大きく輝いている月の光が少女の身体を強く照らすと、金色の髪がくせっ毛な所や、思った以上に高い身長など、彼女の特徴を色々と映し出していく。
その中でも一番特徴的なのは、全身を覆うくすんだ金色の毛並みに低めの口鼻部、そして口元からのぞく大きなキバ。
それはライオンの姿であった。
少女は右腕のスティックのスイッチを切ってリュックの中に戻し、着ているジャケットのポケットの中から模様の入った透明なプレートを取り出した。
月の光にそれをかざして確認をした少女は、歓喜の声で雄叫びをあげた。
「これであの本の中身は本物、次に狙うものも決まったわね!」
夜空を飛びながら、少女は一人考えをまとめるようにつぶやく。
「よーし!次にむかってガンバっていこー!」
そう大声でまとめると、少女は遺跡を後に星空に飛び去って行った。
――かつて、宇宙には高度な文明が存在していた。
星の海を渡る船を作り上げたある星の人類は、故郷の星を離れてほかの星、ほかの銀河に進み自分たちの地図を広げていった。
やがて彼らは、自分達とはまったく異なる知的生命体との遭遇を果たす。
文明や文化の違いによる隔たりや種族の壁、意識や確執による争い、しかし平和を求める人たちの声が困難な状況を打ち破る原動力となり、宇宙は様々な人類、人種と文化を取り込みながら加速度的に発展をしていった。
しかし始まりには終わりがあるように、栄華を極めてきた文明にも終止符が打たれた。
文明が突然滅んだ原因はわからず、歴史の中の大きな空白となってしまい、その文明は先史文明と呼ばれるようになった。
当時の文明は今の時代、様々な遺跡や出土品として発見される様になり、そしてかつての文明が失われ、新しい価値観を見いだせずに人々が生きているこの時代を、人々がLostと呼ぶようになって久しい。
なぜかつての文明が滅び、今がこの様になっているか。その謎を解くため世界を駆け巡る者や、自ら新しいものを生み出そうとする者、そして明日すらわからない今日を生きるために走る者達が現れた。
太古と未来を求めて世界をさすらい、古き時代の遺跡に潜り過去の文明の遺産を見つけて人々の生活や空白の歴史を埋める事に貢献している彼らを、人々はハンター、冒険者と呼んだ。
生きるための生活を送っている人達とは対照的に自らの命さえも顧みることなく世界を駆け抜け、ある者は巨万の富を求め、またある者は力無い人々が安心して暮らせる力を求めて、果ての無い虚空の彼方に飛び出すための翼を求める者や自分の存在を誇示するための戦いを求める者。
様々な命知らずの思惑が交錯し、それによって作られた道に乗りこんだ冒険者達が、空を、海を、大地を、宇宙を、信念と言う名の武器と翼で渡り歩く。
これは、そんな時代の物語……。
そしてまた一人、見たこともない世界に惹かれ、その世界を駆け抜けるために飛び出した少年から、物語は始まる。