表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

悲哀のマクベスと別れのゲシュタルト

作者: 物部がたり

 橋の上、二人の男女が神妙な顔で向かい合っていた。


 人通りのない、橋の上。もうすぐ雪に変わろうかという、冷たい霧雨(きりさめ)が、糸を引き二人を濡らす。


 十二月の雨は、一降りごとに雪を近づけた。近いうちに雪が降ることを予感させた。この霧雨が二人の表情をより一層悲しいものに見せていた。


 男は二十代前半に見える、黒髪を眉根辺りでそろえた、優しそうな顔立ちの好青年という男だった。

 対する、女はショートの黒髪をあご下でそろえ、猫のような目をして、高い鼻と相まってエキゾチックな雰囲気の女だった。


 男は霧雨が降る、空模様のように悲しい顔をしており、女は対称に無表情だ。


 そして、二人の間には近すぎることもなく、遠すぎることもなく、丁度、他人と知人の中間ほどの、見えない壁が立ちはだかっているように見える。

 男は女が作るその壁に気付き、動揺していた。

 

「わたしたちはもう、別れるべきなのよ……」


 女はまるで、劇団女優のような張りのある声でいった。学生のころは、演劇部にでも入っていたのかもしれない。


 演劇経験のある者だけが発することができる、張りのある声だったのだ。


「どうしてだい……僕の何が気に入らなかったっていうんだ。もし、気に入らないことがあるなら、言ってくれ。君のためなら、直すから!」


 男は身振り手振りを交えながら、劇的にいった。さながら、ロミオとジュリエットのロミオのように。


「あなたの言葉は嬉しいわ! だけどもうだめなの! わたしとあなたの間には、埋めることのできない、溝ができてしまったんだわ!」


 そういい女は一歩後下がりした。


 男は女の一歩を埋めるように、前進した。男が前進した分だけ、女は後下がりするので、その溝は埋まることがない。超えることはできない。


 橋下から聞こえてくる濁流の音が、男の精神を搔き乱した。


「今なら、まだやり直せる! 僕は君が好きなんだ! 愛してるんだ! だから、考え直してくれ……!」


 男の顔は、シェイクスピア四大悲劇のマクベスに登場する、マクベスのように、歪んでいた。


 自分が王になることを三人の魔女に予言され、自分の妻と協力しかつて忠誠を尽くした王を殺した、マクベスのように、歪んでいた。


「わたしもあなたを愛していたわ! 心から、愛していたわ! だけど、もうだめなのよ!」


 雨脚がより一層、強くなった。

 女は雨に濡れた、髪を手のひらで払った。髪を払いかき上げるその姿は、劇的だった。


「だから、どうしてだ! どうして、だめなのか言ってくれなきゃ、分からないじゃないか!」


 男は、また一歩前進した。しかし、女は男が前進した分だけ、後下がりする。女と男のあいだにできた、溝は埋まることがない。


「わたしが言わなくても、分かっているでしょ! そう! あなたは分かっているのよ!」


 男は首を振る。髪を滴る雨水が、大地に飛び散った。


「言ってくれなきゃ! 分かる訳ないだろ!」


「いいえ、あなたは分かっているのよ。分かっているんだわ!」


 女の潤んだ瞳は男の困惑した目を見つめ返した。


「分からないよ!」


 男は両手のひらを、女に向けて訴えた。


「そう、なら教えましょう――あなたはあの三人の魔女の狂言を信じて、破滅するでしょう。そして、わたしがあなたを信じて、あなたを破滅させてしまうのよ!」


 男はうろたえるあまり、一歩後下がりし、女との溝は深まった。


「そんなことに……なる訳ないだろ! 信じてくれ!」


「ええ、あなたのいうことなら、信じるわ。信じたいわ。……だけど、もう、手遅れなのよ! 事態は収拾のできないところにまで、来てしまっているのだから!」


 そういって、女は(きびす)を返し、男に背中を向けた。届かない手を、必死に伸ばし、あらがう男。そして、立ち去り際に女は、いった。


「わたしはわたしの人生を生き、あなたはあなたの人生を生きる。わたしはあなたの期待にこたえるために生きているのではないし、あなたもわたしの期待にこたえるために生きているのではない。私は私。あなたはあなた。もし縁があって、私たちが再び出会えるならそれは素晴らしいことでしょう。しかし出会えないのであれば、それも仕方のないことなのです」


 男は女の話をあらがうことなく、聞いていた。最後に女は振り返った。短い髪が、パッと広がり、濡れた(ほお)に貼り付いた。


「これから、わたしはわたしの人生を生きます。あなたはあなたの人生を生きてください。もしまた出会えるのであれば、それは素晴らしいことです。そのときは、ただの友達として、再びお付き合いしてください……」


 女はその言葉を最後に立ち去った。

 男はただ立ち尽くしていた。男は空を見上げた。いつの間にか雨があがり、分厚い雲のあいだから、白い結晶が降ってきた。


 今年、最初の雪を見た――。別れのホワイトクリスマス――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ロンリーメリークリスマス、かんぱーい
2019/12/24 11:08 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ