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第四話 世界の危機に男二人の作戦会議

 ……あ、詰んだ。

 バイト後に佐久間翔からのメッセを見た率直な感想がソレだった。


 俺の幼馴染である佐久間翔という男は顔も良ければ頭もいい主人公野郎だ。

 これを本人に向けて言うと怒るのでたまにしか言わないが、本当に物語の主人公のように出来過ぎたヤツなのだから仕方がない。

 成績優秀スポーツ万能、顔が良くて人望も厚い。

 お堅いだけの優等生という訳ではなく、周囲の空気を敏感に読み取り対応する柔軟さをも併せ持つ。

 その上、こんな俺とも昔と変わらぬ付き合いを続けているような物好きだ。幼馴染の一人としては、皮肉の一つでも言わなければ付き合っていられない。


 そんな男とポンコツ宇宙人が二人、数時間も並んでお茶を飲んで雑談に興じてみろ、絶対に

ボロが出る。

 翔が何をするまでもなく、シオンが勝手に何もかもを零すだろう。


 彼女の正体を翔に隠し通すのは無理だ。

 おそらく、翔は既に彼女の異常さに気付いている。なら、ここで下手な嘘をついて誤魔化すよりも、何もかも包み隠さず話してしまった方がいい。


 なにせ俺だって巻き込まれた被害者なのだ。

 信用できる相談相手というのは、正直言って喉から手が出る程に欲しい。

 その相手が佐久間翔だというのなら、悔しいが願っても無い幸運だ。


 覚悟を決めた俺はシオンと翔をテーブルに着かせ、全てを語る事にした。


「――ふぅん、なるほどねぇ……」


 シオンとの出会い。

 そしてシオンについて知っている事。

 それら全てを包み隠さず話したというのに俺の対面に座る翔の反応はそんなものだった。

 テーブルに肘を突き、組んだ手の上に顎を乗せる司令官スタイルが妙に様になっているのも腹が立つ。


「なるほどねぇ……って、それだけか? お前、竹ちゃん先生が合コンの愚痴吐き出してる時レベルで反応薄いぞ」


 翔は頭が良いだけじゃなく、柔軟な思考の持ち主だ。

 シオンのことを正直に話した所で信じて貰えるかどうか、という点に関してはあまり心配していなかったが、それにしたって流石にもう少し驚いたっていいだろう。何というか、多少身構えていた分拍子抜けしたというか、こいつが狼狽えたり動揺する姿がちょっと楽しみだっただけに逆に裏切られた気分になる。


 ……ちなみに、竹ちゃん先生というのは光一たちの母校、南界小学校の教師で俺や翔のクラスの担任だった人だ。月曜朝のホームルームの合コン失敗の愚痴はクラスの風物詩のようなモノだった。二十代も後半に差し掛かっていた行き遅れの女教師に春は訪れたのだろうか。


「ん、ああ。実はもう、シオンちゃんからだいたいの話は聞いてたんだわ」

「……は?」


 この男。何食わぬ顔でさらりととんでもない事を言いやがったぞ。

 予習済みってマジかよ。


「その上、非日常(こういうの)が嫌いなお前の口から、シオンちゃんと同じ言葉が出たら信じるしかないだろ。……それに、皿やらペットボトルやらと一緒に空中浮遊してる所見せられたらな、もう受け入れる他ないっつーか」


 というか、初対面の人間相手に自分の事を喋るシオンもシオンだ。

 なにさらっと自分の正体をバラしてやがる。てか、『星喰い』としての力まで見せるか普通? 正体を知られたら……的な危機感をもっと持っていて欲しい。何故なら俺の身の危険にも繋がるから。


 そんな俺の抗議の視線に、隣に座るシオンは何故か「分かっている」感満載で頷いている。

 ……いや、アイコンタクトした訳じゃないし、仮にアイコンタクトだったとしても全く意味が伝わってない。全然以心伝心出来てない。すれ違い漫才が出来るレベルですれ違ってる。


「ま、要するに今のは答え合わせだったって事だ。流石に初耳だったらもっと混乱してるよ。てか、シオンちゃんと会った時がまさにそんな感じだったしな」


 ……なるほどな。コイツが俺を待っている間シオンから離れて家の外にいたのは混乱した思考を整理する為って所か。


「お前……俺がホントの事を喋らないって可能性は考えなかったのかよ」

「ん? そこは、ほら。俺達の麗しき友情と絆の力を信じて……」

「……翔」


 短く名前を呼ぶ。

 意図を伝えるには、それだけで十分だった。


 翔は、降参だと言う風にわざとらしい笑みを掻き消して少しだけ寂しげに笑ってから、表情を雲間に隠すように頬を硬直させていく。


 それは、胸に渦巻く感情を表に出さないようにする際の、翔の癖のようなものだった。


「――ま、お前を信用したってのも半分ホントだ」

「……半分、ね。なら、もう半分は?」

「それこそ自分でも分かってるんだろ? 今回の件に関してお前が俺に何も話さないなんて選択肢はあり得ない。少なくとも、俺が彼女を見てしまった以上は。絶対に」

「……そう、だよな。ああ。そりゃあ、そうだ」

「ああ、そうだよ。俺達にはそんな事は不可能だ。そうだろ、光一?」


 〝俺達には不可能〟。

 言い得て妙だ。高良光一という一個人でも佐久間翔という一個人でもない。

 確かに、この現実から目を背けて何も見なかったフリをするなんて器用な芸当は、〝俺達には絶対に不可能〟だ。

 きっと、シオンと最初に出会ったのが翔だったとしても、最終的にこうなっていただろう。


 もし、最初からそんな事が出来ていたのなら……もっと器用に生きていけたなら。

 少なくとも俺は――今頃もっと別の人生を歩んでいたハズだ、なんて。我ながら、情けないにも程があるけれど。


「……それで、この子は一体……」


 二人の注目を浴びるシオンの表情に変化はない。

 どうして二人が自分を見ているのか疑問には思っているのかもしれないが、人間の少女であれば当たり前に有しているであろう羞恥の感覚が彼女には欠如している。

 ……いや、それは羞恥に限った話ではない。

 彼女は俺を「惚れさせる」と宣言し、その為に俺を喜ばせようとしたり嬉しくさせようと行動しているらしい。


 だが、それは『感情』という概念の存在を知識として知っているだけで、理解しているとは思えない。

 もっと言ってしまえば、彼女が人間と同じ『感情』を有しているのか疑問が残る。


 だからこそ、彼女との対話にはズレが生じ、同じ言語を使っているにも関わらず、俺の言葉は伝わっているようで伝わらない、そんな事態が多く起きている。


 ……だからこそ、こう結論付けられるのだ。そう、やはり彼女は人間ですらなくて、


「さあな。俺とコイツが喋った事が今分かる全てだよ。少なくともコイツは――」


 ――モノクロの世界からの来訪者ではないのだと。


「……まあ、常識的に考えてそうだよな。宇宙人を前に常識って言うのもおかしな話だけど」


 お互い、核心には触れぬままに確信を持って理解する。そんな歪さに気付きもしないまま、碌な言葉になっていない俺の言葉に翔は頷いた。

 彼女と向き合おうとする以上避けられないと分かっているのに……否、分かっているからこそ互いにそこへ触れてしまう事に酷く怯えているような、不快で居心地の悪い共通認識の元に行われるやり取り。

 そこに、つい先ほどまでの打てば響くような心地よさはない。

 共犯者による泥沼めいた連帯感が沈んでいるだけだ。


「――それで? どうするつもりだよ」


 微妙な沈黙を挟んで、淀んだ空気を切り替えるように翔が切り出す。


「とりあえず一週間って約束しちまったからな。それは守るよ。そうじゃないと、コイツにも約束守って貰えなくなるかも知れないし」

「自衛隊やらNASAやらに連絡は?」

「それは……言える訳ねえ。俺の力どうすんだよ。コイツしか治せねえかもしれねえのに」


 こればかりは本気で頭を抱えたくなる。魔法も超能力も欲しくないってのに、どうしたってこんな事に……。


「まっ、そりゃそうだわな。俺としても親友が生きたまま解剖されるのは避けたいし」

「……ま、お前んトコの親父さんが全面協力してくれるんなら、そっちに事情を話すってのもアリっちゃアリだけどな」


 卑屈な笑みと共に肩を竦めおどけるように言った直後、翔の目の色がほんの一瞬鈍く険を帯びたモノへと変わったのを俺は見逃さなかった。

 というか、俺がそう言えば佐久間翔がこうなる事など、最初から分かっていた。

 分かっていたのに、口が開くのを止められなかったのだ。


「笑えない冗談はよせよ。お前を売るのと一緒だぜ、ソレ」

「だな。……悪い。今の、完全に八つ当たりだ」

「はは、光一が苛立つのも分かるし、別に気にしてねーっての」


 ……最低だ。自らの危険も顧みず俺のことを助けてくれようとしている友人に衝動的に当たるなんて、ほんとどうかしている。

 それに、助けようとした友人から嫌がらせのような言葉を受けて笑って許せるコイツも、どうかしている。

 そんなんだからお前は主人公野郎とか言われるんだよ、このお人好しが。


「ともかく、一週間で帰ってくれるって言ってる訳だし、約束を破るタイプにも見えない。光一の協力がないと星を滅ぼせないっていう前提がある以上、そういうのを考えるのはもう少し後でも問題ないだろ」

「……相変わらず、恐ろしいくらいに軽い調子で事を決めてくヤツだな。いいのかよ、翔。地球が滅ぶかどうかって話らしいぞ、コレ」 


 あまり実感こそ湧かないが、俺たちは世界の危機レベルの大きな話をしているはずだ。

 それなのに、地球の命運を左右する今後の行動を決めていく翔の口調からはそういった気負いが一切感じられない。

 普通ならこんなヤバい話、さっさと警察なり国のお偉いさんなりに押し付けて、重たい責任からさっさと解放されたいはずだ。現に、俺だって自分の身体に問題がなければそうしていると思う。


 それを指摘すると翔は面白そうに笑って、


「はは。何だソレ。お前地球なんてどうだって良い癖に何言ってんだよ、光一」

「……おい、お前は俺を何だと思ってるんだよ」

「だってそうだろ? 自分がヤバいって時に、そんなご大層なお題目を掲げられるようなヤツなら、その宙に浮く力とか使ってスーパーヒーローでもやってるって」 


 言いながら、翔は手首から蜘蛛糸を噴射するお馴染みのヒーローのジェスチャーをする。


「そういやアメコミ映画とか好きだったな、お前」

「そそ。大いなる力には大いなる責任が伴う――ってな」

「いや。どっちかって言うと光の巨人の方だろ、この展開は」

「それアメコミ関係ないし」


 くだらない軽口を叩きながら、俺と翔は現状の把握と、これからどうするかという方針を一先ず定めていく。

 そうやって、先へ進む為の何かを考えている間は、現実を見ないで済むから。


 そんな後ろ向きに前向きな気持ちでしか物事を考えられなくなってしまったのは、一体いつからだっただろうか。


「ま、ともかく、基本方針はこんなもんだろ。世間に彼女の存在を隠しながら、光一が彼女の色仕掛けを一週間耐え凌ぐ……お前、コレ本当に大丈夫か? いくら相手が年下とは言えちょっと童貞には荷が重くね?」


 再び俺が童貞という前提で勝手に話を進められ、俺は目の前の幼馴染を本気でぶん殴りたくなった。……悪かったな童貞で。非童貞のリア充野郎め。

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