始まりの終わり
土曜日、午後11時すぎ。
13連勤が終わり、2週間ぶりの休暇を前に、疲れた体に鞭をうち家へと向かう。
果たしてこのサイクルも何度目だろうか。
13連勤からの1日だけの休暇で、色々と誤魔化されているのは分かりきっていた。
おかげでいつも休日の記憶が無いほどにひたすら眠っている。
転職をしようにも、転職先を探す余裕が無い。
20代も後半に差し掛かり、身も軽く無くなってきた。
一体俺はどうなるのか、そんな事を考えながら歩く。
疲れきった体で、考え事なんかするのがいけなかったのだろう。
信号が赤だと気づいた時には、鼓膜が破れそうなクラクションの音が響いていた。
ブォォオンッ!!
まるでバイクのエンジン音のような轟音が響き渡る。
「『受け流し』
運が良かったな、運転手さんよ。
俺がトラックの移動エネルギーを『受け流す』事ができなかったら、あんたは人殺しになってたぜ?」
この世界へ来てから3年。
久々に能力を使ったな。
そう思いつつ俺はトラックの前を通り過ぎようとした。
そこで気づいてしまった。
俺は今、トラックのスピードを左手から、右手、そして空気へと受け流した。
そんな光景を見てしまっては、何かしら騒ぎになる。
だが運転手が何か言っているようには聞こえなかった。
都心から外れた場所、車の通りも少ないし、もし何か騒いでいれば聞こえるはずだ、そう思った。
いや、もしかしたら唖然として声も出ないのかもしれない、車の中からだと思ったより声は届かないのかもしれない。
そうもチラッと思ったが、先に運転席を確認してしまった。
そこには、頭から血を流して動かなくなった1人の人間が横たわっていた。
ああ、そうだ。
俺が『トラックの』スピードを全て受け流したから、エアバックも開かなかったんだ。
そしてこの運転手は、慣性の法則に従って進み、フロントガラスへ突っ込んだのだ。
受け流してできた風の音でぶつかった音が聞こえなかったのだ。
俺は、この人を、殺してしまったのだ。
本来は救急車を呼ぶべきなのだろう。
だが、元いた世界で何度も人が死ぬ様を見てきた俺は、この血を流す頭の傷が致命傷だと分かってしまった。
何の罪も無い人を、自分の不注意の為に殺してしまった。
後から思えば、自分がトラックを止めたせいだなんて誰も信じないだろう。
だが、人を殺した罪の意識が強く降りかかった俺は、110番をした。
「人を、殺してしまいました。」