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六軒町の人々

作者: 神邑 凌

「六軒町の人々」


小型でやや古いバスが田園の中の1本道を通り過ぎ、六軒町のバス停で停まった。

一人の中老の夫人がバスから降りた。

小さなバスであるにも拘らず、それでもバスが道からはみ出しそうな感じである。

この農道のような道の近くまでは舗装された広い道があり、この道とバスのアンバランスさが平成の時代に逆なでしている様に存在している。 

しかもバス停は名ばかりで実際の六軒の家からは、誰が見ても不便でかなり離れている。

六軒が立て込んでいて道が狭すぎて入れないのだ。 まるで昭和である。

しかしこの場所がある為にこのバスも廃止にはならない。

苦肉の策と言うのか、曰く因縁付である。

バス会社の重役がこの六軒町の住民の一人で、そんな世の中に影響を与える様な人の集まりであるこの集落は、まさに六軒の大きな家が所狭しと犇いている。

道一杯に塀を連ね、植木もはみ出して、大きな門で威圧し、整然と構える。

そして歴史にも逆らい道の拡張にも動じず現在に至っている。旧家ばかりの集落である。

しかしこの六軒が、街のど真ん中で、しかも駅前なら百世帯位は生活が出来る程の大きさである。


 平成十二年、私が信用金庫の職員としてこの集落の一軒を訪れた時の話である。

 この界隈、邸宅は全部で六軒あるのだが、その内当信用金庫は1軒だけがお得意様であった。

競い合う見栄張りな家ばかりなので、簡単にはお取引して頂けない。

さらに六軒のどのお宅も得意先が被ってはいけないのである。

だから全ての家がその取引銀行はばらばらである。

預金や有価証券の凄さなど、他の五軒に絶対漏れてはいけないのである。箪笥預金もあるだろう。勤め先も家族構成も、誰でも触れたくなるようなことはご法度である。絶対洩らしては成らない。


こんなルールを前担当から叩き込まれて、私は、仰せつかった御用で田所邸のベルを緊張しながら鳴らした。

私が四十三歳の時である。営業一筋で二十年の言わばベテランではあるが、この度の任務は少々緊張していた。

何故なら副支店長としての初めての任務であるのと、当行にとって一番大切なお客様なのでと受け継いだ任務だったからである。

また代々この任務は歴代の副支店長の持ち回りである重要な仕事だった。

その預貯金の凄さは他のお客様とでは比に在らずと言う程のもので、万が一お客様の機嫌を損ねてトラブルなど起こし取引停止にでもなれば、銀行も大損出、大打撃に陥り、担当者の私は言う迄もなく死活問題に成る事は間違いない。

そしてこの田所様がご機嫌な儘で無事三年も過ぎれば、私は晴れて支店長に成れるだろうと目論んでいる。


「御免下さい 私金丸信用金庫田沢支店の若菜と申します。先日、前担当の宮下と引継ぎのご挨拶申し上げました若菜で御座います。

早速仰せつかりました件でお伺いさせて頂きました。」

「はい。ご苦労様です。」

大きな門の横の勝手口が開けられ私は中に通された。

これで2度目ではあるが、流石一人では始めてであるため緊張する。

 池の鯉が物珍しそうにこちらを見ている様に思えた。

「まさか!」

そんな日ごろ思わない邪念な事を思った自分が可笑しくなった。

しかしこの庭の造りを見せ付けられ、応接間に通され、億単位の話が出れば身が震えるのも当然だろう。

一カ月前、副支店長の辞令を受け震えていた私の喜びに比べれば、どれだけスケールが違うのかと、その後応接間に通されお茶を戴きながらしみじみと感じていた。


用件を済ませ田所邸を後にした。

余計な事を喋らない。余計な意見でさえ口にしない。

田所家を守る為にも私自身を守る為にも、銀行との三者のバランスを保つ為にも、今まで通りで、今まで以上でも今まで以下でもない。これが掟である。

 しかしどんなお金持ちでも何一つ問題が無いとは言えない。

この田所家も大きな問題を抱えていた。

跡取りが出来ないのだ。既に何代も続いた田所家で最も重大な時を迎えていた。

四年前、田所夫妻が既に五十歳を越し、満を持して養子縁組を交わす事になった。


養子さんは既にその時二十五歳を越している青年であった。

大学を出て大手銀行で働いていたが銀行を辞めブラブラしていた時に、この話が急に湧く様に起こった。

家族構成は、二人兄妹で両親が健在で4人暮らし。

田所家とよく似ている点は財産家である事である。

山も相当ある代々の財産家だ。それがどう転んだのか一人息子が田所家の養子に入る事に成ったのだ。

そもそもこの話には複線があった。

この一人息子の名前は蓮見時成と言い、時代劇を思わせる様な名前である。

この妹の蓮見愛理えりは中々の美人で活発な性格でかなり積極的である。

だから彼氏などすぐに出来るタイプである為、高校時代も大学時代も彼氏には不自由の無い恋多き女である。


その彼女が誰に吹き込まれた考えなのか、彼女自身の持論なのか、

「私が彼を説得してこの家を継ごうか?それほど旨く行くらしいよ。」と言い、

「お兄ちゃんはもっとお金持ちの家を継げば・・・」と言った笑い話の様な発想が現実に成ったのである。

この流れを誰も止める者も居らず、気が付けば蓮見家は娘と彼氏との間にすぐに男の子が出来、兄時成は銀行を辞めた時だけに、周りからの風当たりが強く、妹の活発な行動とは違って、何一つ口にする事無くまるで風潮に流されるように 消極的で物静かだった。 

だから両親もこの妹の考えが満更でも無かったので家族みんなに押し切られた。

妹は両親に心よく受けられ、孫も出来、その素直さも活発な所も、兄に比べると一段と蓮見家を都合よくさせていた。

そして一人息子の兄時成は、追い出されるように養子に行く事に成り、当人は勿論、誰も反対する事なく、円満に養子縁組が滞りなく遂行され、田所家の一員と目出度く成ったのである。

 親戚の人達も最初話を耳にした時は物議を交わしたが、その財産のバランスのバッグを考えた時、その殆どが納得する塩梅と成った。


 実は周りの取り巻きも同じ様な人々である。その全てが可成のお金持ちなのだ。

だからこの人達の判断は貧乏な暮らしをして来た私の様な者から見れば、時には解せない事をする事に成る。

驚きの落しどころである。

 このようにして田所家は目出度く養子さんを迎える事に成り、翌年その養子さんがお嫁さんを迎える事に成った。

田所時成と名を改めた蓮見時成が、銀行へ努めていた時の知り合いを口説く事に成り間もなく結婚することとなった。

 それが2年前の出来事だったらしい。


私たち銀行マンは秘密を守ることは職業柄当然であるが、この田所家のもろもろは副支店長の専属である為、特別シークレットな扱いを副支店長間で受け継いでいた。

受け継いでいたとは田所家のプライベートまでも全て把握していたと言う事である。

箪笥預金、隠し財産、それぞれの仕事、女性関係、男性関係、交友関係等、至る所で情報を共有していた。

 それから、田所時成様が結婚してから2年が経つが、いっこうにお目出度の声が聞こえてこない。

この件は私の前に担当をしていた宮下がしつこく口にしていた事である。

十分注意する様にとも言っていた。

迂闊にも、子供の話は口にしない事。絶対禁句であるとも言っていた。

またお目出度の時は大々的にお祝いをする様にとも。

しかし今の所その傾向は無さそうである。

お茶を入れてくれる若い奥様がその人物であるが、身が軽そうでスタイルもよく妊娠している様子など感じないのだ。

妊娠どころか最近テニスなど始めた様で、テニスラケットを持っている姿を見かけた事もある。

 思い当たる節がある。大学時代か銀行勤務の時代か知らないが、テニスをしていた過去があると極秘の資料に記されている。

客観的に見てこの辺で男の子でも産まれれば、田所家は万々歳なのだろうが、今の所その気配すら無さそうだ。


その頃逸見家の跡を取った妹は遠慮無く目出度く二人目の男の子を産んだ。

この流れで行くと、この次男坊が田所家の跡取りに・・・等と誰かが発想しそうな感じである。

兄田所時成にとっては只事では無い流れを感じずに要られなく成っていた。

あの妹の割り切った様な根性と言うのか度胸と言うのか、男勝りな性格が怖くさえ感じていた。

 田所家の主な収入源はマンション経営と今流行のモータープール経営である。

駐車台数三台からでも経営出来ると言う繁華街の無人のモータープール経営である。

私が担当に成ってから数ヶ月が過ぎた時に、融資の件で物件を見させて頂く為に田所時成様と車で現場へご一緒させて頂いた事がある。

その時、時成様が、

「どうも困りますプレッシャーがきつくて・・・妹が暴れるものですから・・・」と言って苦笑いをされた事があった。

「とおっしゃいますと?」とお尋ねすると、

「子供ですよ、子供がまだかと煩くて・・・。」と言われて口を閉ざされたので、

「大丈夫ですよ、まだまだお若いのに、第一まだ二十代じゃありませんか?」と励ましのお言葉をお掛けしましたが深刻な表情だった。

何か閊えるものがあったのだろうか。それとも医学的に何かが・・・当然夫婦間の事などこの私になど分からない。

 

 そんな時運悪くと言うのか、町内の木下さんのお宅の庭に鯉幟が勝ち誇った様に掲げられたのだった。

このタイミングの悪さに随分と気を使う事に成り、田所家を訪問する度に目に入るその鯉を見て、「早く鯉を仕舞ってくれ」と、こんな私までが気を使ったものだった。

 

 それから足掛け三年近くが流れ、私は金丸信用金庫田沢支店で勤務していたが、結局田所時成様夫妻には子供に恵まれなかった。

原因が在った様で、それも男の時成様側に、

私が田沢支店を後にする調度その時、養子縁組の話が正式に決まった様である。

 結局妹の二人目の男の子供さんに白羽の矢が立ったと言う事に成った訳です。妹さんも心得たもので、その下に女に子を授かりきっちり産んでいた。


私は町田支店の支店長にと辞令を戴いた時だったので、とても慌ただしく引き継いだ事を覚えている。

私の後、田所家の担当を引き継いだのは、大学時代の後輩の西悟志君と言う男だった。

彼とはこの信金に入ってからの長い付き合いで、歳も三つ位下なので、良い後輩に任せられると安心したものだった。


「分からない事はドシドシ聞いてね。」

「はい先輩の仕事を引き継げるなんて光栄です。」

「それにしてもお互い良かったね。私も支店長になり、君も副支店長になるのだから嬉しい限りだな。」

「はい、これからも共に頑張りましょう。」

「そうだね。」

「先輩また分からない時は、お忙しいでしょうがお聴きさせて頂きますが、よろしくお願いします。」

「ああ遠慮なく。」


私は後輩西君に田所家のシークレットを詳しく伝授し田沢支店を後にした。

 その後お互い忙しい身であったが、積もる話もあり後輩西君と出会う事に成った。

当然田所家のその後が気に成った。

勿論一番重要なお得意様の事でもあるので、

「西君は旨くやっているかな?」と気に成っていた。

「先輩あのお家って凄いですね。だって大旦那さんが大奥様と結婚して安泰と思いきや。 

しかし子供が出来無かったので五十歳を過ぎてから二十五歳の若旦那さんを養子に迎え、その若旦那さんは実は財産家の一人息子で、兄妹は妹と二人だから、跡取りであるにも拘らず田所家に養子に入った様ですね。

そして兼ねてより好きだった奥さんを嫁に迎えた。

でもこの夫婦にも若旦那の時成様に原因があり、子供が出来ず養子を貰う事に成ったって訳ですね。それも実家の本来嫁に出るのが常識の妹さんから養子さんを。

そう兄に代わって後を継いだ妹さんから、これってなんか凄いですね。凄い系図と言うか家系と思いません?

これがお金持ちの世界でしょうか?・・・僕には分かりません本当に。」

西君はうっすら笑みを浮かべながら呆れ顔をした。

「分からんね、我々には、こんな人達を『業突く張った』って多分言うんだよ。」

「業突く張った・・・そうですか 欲張りなとか、貪欲なとかって言う意味ですね・・・凄いですね。」

「ただ本音はどうあれ、私どもは銀行の大事なお客様だから、十分全てに配慮しないとね。大変だよ、言葉を慎重に選ばなきゃ命取りになると言うか、難しいだろうね。これからは。」

私も実は田所家のすんなり行かない複雑さに少々驚いていた。

調度良い時期にこの大役から逃れられたものだと、西君の表情からやはり垣間見た気がした。


 それから1年ほど時は流れた。

私も町田支店長として順調に毎日の任務を滞りなく遂行していた。

 この1年で大きな不良債権を抱える事に成ったとか、バブルが弾けた時の様な生臭い事も無く、全てが順調であった。

 しかし私の後を継いだ後輩西副支店長の田沢支店で異変が起こった。

それはテレビのニュースで流された。


 『昨日大阪郊外の山中に山菜取りに出かけていた主婦たちが、首を吊って倒れている若い男性を発見し警察に届けました。

輪になった縄が首に纏わりつき、その下で倒れていた様です。

死因に不思議な点もあり、自殺と他殺の両面から捜査するようです。亡くなっていたのは大阪府在住の田所時成さん三十一歳と分かりました。

亡くなっていた山は田所さんの実家の持ち物だった様です。警察は他殺自殺の両面で調べるようです。

何が起こったのでしょうか?ご冥福をお祈り致します。』


「西君大変な事になったね。」

「はい。私には判断が付きません。これからの事など。」

「でも最終的には当行としてはお得意様を死守する立場を厳守することだろうね。」

「はいそれは分かっております。」

更に翌日テレビで流された続報は意外なものだった。


『昨日山菜取りに行った主婦に発見された若い男性の遺体は、解剖の結果当時思われていた首吊り自殺では無く、病死であると警察が見解を発表致しました。

検視の結果、頭の中に五センチ程の血の塊が写っていたようです。外傷も無く、これはまさしく脳出血で、脳の中の血管の血圧が高く成った時に破裂した様です。

自殺をしようとして縄を木の枝に掛けていて、その時に異変が起こりフーと成り倒れた。

その時頭の中では血管が破れ血液が頭の中で広がり、そして静かにその後息を引き取った様に見解を述べています。

首に吊った時の条痕も無く外傷も無く、偶然とは言え突然の病気で亡くなられたようです。


警察は田所さんの最近の生活状態や健康状態を引き続き捜査するようです。』


 「先輩僕は辛いです。先輩たちが無事これ名馬の様に全神経を注いで田所様の無事を守って来られたのに、僕の代に成りこんな事に成ってしまって・・・。」

「君が何か悪いって事じゃないし、あまり深く考えなくても・・・田所さんって、時成様って、本当に優しい人だったから、それにもっと偉そうにしても良いのに、こんな我々にも気を使って、随分悩んでいたのだろうね」

「多分、でもシグナルが出ていたでしょうが僕には見抜けませんでしたね、時成様の気持ちを。あの方の立場を考えると今なら少しは分かるんですが・・それにしても僕には合点がいきません。」

「何が?、どうしたの?」

「ええ、何故そんなにまでしてあの家を守る必要があるのかと思うのです。いつか言いました様に凄いでしょう家系図が・・・」

「そうだね。そんな考えだからシグナルが出ていても見抜けないんだ。多分私も同じだろうけど。金持ちとは・・・分からないね。私も君も多分否定したいのだろうね彼らの常識を」

「かも知れませんね。」

「やっかみだよ。多分」

 

田所時成様の葬儀は終わった。

わたしも前担当の宮下さんも西君と三人並んで時成様を見送った。

田所家と金丸信用金庫との今後はどうなるのか、足元が燃え上がる思いで三人は霊柩車に深々と頭を下げて見送っていた。

ネクタイを外し三人でお茶と成った。


「若菜先輩、お聞きしますが今後田所家はどのようになるのでしょうか?」

『その言葉を私は宮下さんにお聞きします?』

「そんなの分からんよ、私もあと三年で目出度く退職だから、多くは語らずだな。」

「そうだって・・・宮下さんも私も同じ考えだろうね。要するに成るようにしか成らないって事だろうって事。」

「はぁ。」

「田所家の事など分からんよ。時成様が何を考えていたのかなんて事分からんよ。

可哀想な人生なんて軽弾みに言うべきでは無いだろうし、分からんね。 最終的には何事も無かった様に事が静かに収まり、元に戻ればいいのだが、我が方としてはねぇ・・・」

「そうですね。」

「ご苦労だろうけど、まぁ頑張って下さい。」

宮下の言葉で三人は椅子を立ち、それぞれの職場に急いだ。


 後輩、西君のそれからが気に成ったが、支店長も居る事だし、気にしない様にしていた。

 私は自分の町田支店を守る事が唯一の仕事なのだから、後輩は後輩で頑張らないと仕方ない事だ。

 

それから半年ほど過ぎた時にたまたま田沢支店を訪れる事に成り、後輩西君に会えると意気込んでいた。

勿論その後の田所家も気になった。


「お久しぶり。」

「お久しぶりでございます。」

「副支店長にも慣れたかね西君。」

「はい慣れたと言うのか大変すぎて・・・」

「そう、そうなんだ。ところで田所様はその後は?」

「まぁ何とか・・・でも大変です。大旦那様が心労で病気に成られて入院され、大奥様が付きっ切りで看病に、看病は二十四時間病院に頼めるのですが・・・付いてあげていたいと仰られて。それに若奥様が・・・若奥様がですね」

「どうなったの?」

「別れたいと洩らしています。これは先輩とのシークレット会話ですので。」

「あぁ分かっているよ。」

「若奥様が子供を旦那様の妹さんから無理を言い養子(子)に来て貰ったが、旦那様が死んだ今じゃまるで意味が無い訳でしょう。

実家の妹さんも兄貴が死んだんじゃ話が違うと思うだろうし気が気でない。

誰も苛めたりはしないが子供だって可哀想となり、それに若奥様あの容姿でしょう。何もこの場所で拘るべきじゃないですよ。」

「と言うのはあの奥さん今でも綺麗なの?でももう三十二、三歳位かな」

「ええそれ位でしょう。でも再婚と成ると直ぐに何とかなりますよ、あの美貌だから。」

「少々不幸な影があっても魅力的って事だね。」

「この絡まった糸を解くには荒治療だけでしょうね。」

「でもそれは当行にとって一番困ることになるな。弱体する田所商事と言う事になり、第一大きなお金が動かなくなる。

だからその魅力ある若奥様をどうか出来ないの?旦那様に代わって事業を頑張ってやって戴くとか、社長に若奥様が成り・・・大旦那様はご病気で第一線から引き気味なら、その若奥様を説得してみては西君の力で・・・それに西君に色んな事を相談しているんだったら、信用してくれているだろうし案外旨く行くよ。」

「そうですかね~」

「そうは行かないかな?大旦那様が病院で目を光らせているからね。」

「そうですね。」

「複雑すぎるね。田所家は。」

二人は黙った。


しかしそれからしばらく経った時に後輩の西から電話がかかってきて、

事は重大な局面になったことを告げられた。

「先輩、お久しぶりです。田所家の事でお耳に入れておくことがあります。

先輩が仰っていた若奥様が代表者に成り事業を続けると言うのは、大旦那様も若奥様も反対されました。

それで大旦那様に病院へ来る様に言われて行きますと、事業を縮小したいとの事でした。

病気も糖尿病とかで思わしくなく長引く様で、大奥様も病院に付きっ切りで行っておられ、仕事の事はまるで分からない状態で、それに若奥様が以前に、旦那様の実家逸見家へ子供を連れて訪問し、

『最近やっとママと言ってくれるように成りましたのに残念です・・・』

と言い涙ぐんだ様です。

しかしはっきりと子供の親権を放棄したいと、そして逸見家で引き取る事が、それが子の為に一番だと言ったと本人からお聞きしています。

要するにこの田所家は大旦那様と大奥様が残るだけに成るようです。事業も二十四時間パークを月極にして、マンション経営と共に縮小していく方針だと仰っておられました。

 それに若い人は、そう若奥様は子供さんを逸見家に返し、養子縁組を解消し、ご自分は一応実家へ離婚して引き上げるそうです。

離婚と言っても旦那様が居ないのだから出て行くだけのことですが。

先輩、何だったんでしょうねこの一連の出来事は・・・僕には分かりません。

それに何時の日か田所家は、役者の引き払った芝居小屋の様にひっそりとして静かに成り、大旦那様が亡くなり大奥様も亡くなり、田所邸はやがては朽ちて行くのでしょうね。六軒町が五軒町に成るって訳ですね。」

「西君まるで群雄割拠の時代のようだね、別世界だ。当時の事など本でしか知らないけど、

ところで君はあの六軒町の人達の様に偉く成ったり、お金持ちに成りたいかな?」

「先輩はどうなんです?」

「私は、私は平民で良いよ 業突く張りなんて言われてまで生きたか無いよ。」

「みんなそうでしょう殆どは、もっとも大金持の家に生まれたら分からないけど。」

「大金持ちの家に生まれたら?そりゃあ全く別問題だね。」

二人は呆れたようにして大いに笑った。


それから二年ほど過ぎた日曜日、私はあの田所邸がある六軒町近くを車で走っていた。

近くに高速道路が出来、パーキングから六軒町界隈を一望出来た。

相変わらず込み入っていて狭苦しい作りの一角である六軒町は、何ら変わった様子は無い。

狭い道 軽四輪が走るのが精一杯の道。 

 その時バスが来てバス停でおばあさんが一人降りた。背筋を丸めて歩くその姿に

「あれは田所の大奥様だ!」と直ぐに分かった私は小さな声で呟いていた。

『大旦那さんは今でも入院しているのだろうか?そして今もお付き添いに・・・帰っても・・・もう誰も居ない大きな家。寂しいだろうな。』と、

何か取り残された様な一角に見えて、何故か物悲しく思えた。


六軒の内何方か一軒でも、たった一人でも進歩的な考えの方が居り、みんなに働きかける事をしていたなら、あの街は大きな車も通り、バスも通り、利便性にも優れているだろうとつくづく思った。


ここは高速道路のパーキングだから遠くまで一望でき、多くの車が止まり、なんとなく見る景色に六軒町が目に入る。


「ねぇあの家全部凄くない。大きな家ばかり並んでいるね。」

「本当、凄いね!」

「いかにもお金持ちって感じだね。」

「そうだね あんなお家に一度住んでみたいね。」

「ほんと」

「でもお掃除大変だよ。」


耳を澄ますとそんな会話が聞こえてくる。

やがてこの界隈はそんな噂が広がるかもしれない。

 

私はバスから降り亀のように歩いて、やっと家に着き、勝手口から家の中へ消えた大奥様に、

「お疲れ様です。大奥様。もう良いでしょう。田所家は?それともまだまだ頑張られますか?」と尋ねていた。


            了

  (この物語はフィクションです。)


    作品名 六軒町の人々

    作 者  神邑 凌


完結です。お疲れさま

他にもこんな作品があります

:時効=妻が殺されて時効が近づいてきて夫はがむしゃらに犯人を追う。

:挽歌の聞こえる丘=政治にあこがれた青年の半生

:蟷螂の斧=カマキリのように勝てない相手に向かっていく一人の男の波乱の人生

:目撃者=轢き逃げ事故と出くわした飲み仲間三人が思いついたことは,事件は思わぬ方角へ」

:秘匿の代償=幸せそうな一家でとんでもない不貞が起こり次々に事件が起こる。

jikennha

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