隅に咲く藤
「大塚さんってさ、すげえ美人だよな!前の学校でもモテてた?」
いつもの調子で高橋くんが話しかけた。
「そんな、私なんて全然モテなかったよ。」
「嘘でしょ、そんなに可愛くてノリも良くて、モテない理由ないじゃん!」
大塚 実は、勉強こそあまり得意ではなかったようだけど、人の話を聞くのがとても上手で、話すのも上手で、気さくで明るくて、すぐにクラスメイトから好かれた。
「ねえ、ところであの前の席に座ってる凄く綺麗な人。なんていう子なの?」
大塚さんは自分の席から右前方を見て問った。それを聞いた春くんは「ああ」と話し始める。
「あいつは藤咲 聖花っていうんだけど、いつも1人でいるし、話しかけても事務的な連絡じゃなければ無視されるよ。」
へえ、と大塚さんは藤咲さんのほうを見たまま呟き、「ありがとう。」と笑顔で礼を言った。
大塚さんがこの教室に来たその日の昼休み、春くんが立ち上がった。
「実、昼飯は?」
「あ、なにも持ってきてなくて、購買あるって聞いたから。」
「そう。俺も購買だから、飯買って食って、それから軽く校内案内するよ。」
「ありがとう!」
そう言って大塚さんも立ち上がり、「あ」と声を上げた。
「春くん、ちょっと待って!」
そう言うと大塚さんは前方に座っていた藤咲さんに声をかけた。
「藤咲さん、だよね。私、大塚 実って言うんだけど。」
席についたままの藤咲さんの顔を覗き込みながら、おもむろに自己紹介を始める。
「朝自己紹介してたでしょ。知ってるけど…」
藤咲さんはいつものように怪訝そうな顔をした。その顔を見た大塚さんは顔を明るくして続ける。
「覚えてくれたんだ!よかった!ところで今から春くんと購買にお昼買いにいくんだけど、一緒にどうかな?」
「は?」
藤咲さんは一瞬の間もなく声を上げた理由は、言動だけではなく行動。大塚さんは「一緒にどうかな?」と笑顔で言いつつも藤咲さんの腕を強引に掴んでいた。
「行かないから離して」
「行かない選択肢無し!」
大塚さんは掴んだ藤咲さんの腕をそのまま引いて、春くんのところへ戻って「お待たせ!」と言った。
「ああ…行こうか…」
春くんは少し理解に苦しんだように、購買に向かって歩き始めた。
始めは声を上げて抵抗していた藤咲さんは、飽きれたのか力尽きたのか黙って俯いたまま手を引かれるとおりに歩いていた。そんな彼女の腕を引く大塚さんは依然として笑顔だった。
春くんが通りがかった教室や通路を説明しながら、3人は購買に辿り着く。買い物だろうと大塚さんは藤咲さんの腕を離すことはなく、少々の言い合いをしてお互いに片手でもたつきながら2人はパンを買った。
「で、残りは食べてからか明日案内するけど、どうする?」
「3人で一緒に食べても良いのかな?2人ともほかにお昼一緒する人いない?」
「俺は別に誰と食べても良いけど…」
春くんは心配そうにちらりと藤咲さんのほうを見ながら言った。
「それならこのまま3人でゆっくり食べよう!残りの案内は明日で良いよ。屋上出られるなら行ってみたいな。」
「屋上?まあ出れるけど、狭いからあんまり人いないよ。」
大塚さんはにっこり笑って春くんを見た。春くんは藤咲さんに対して少し気まずそうに屋上へ二人を連れて歩いた。
その日から大塚さんが半ば無理矢理に昼食に屋上へ2人を連れていく、というのが定番になった。
あれほど嫌がっていた藤咲さんは、昼食時以外にも何度も何度もしつこく話しかけられて疲弊したのか、大塚さんが転校してきて1週間ほど経った頃にはすでに抵抗しなくなっていた。
春くんは、大塚さんと隣の席な上に昼食まで一緒で、意図せず1日中一緒にいることになっていた。
ここまでの彼らの青春は、極めて順調だったと、私は思った。