町の秘密
嵐のような風は部屋の中だけに吹いている。
しかし、不思議なことに何か物が落ちるわけでもなく、私に向かってだけ吹いているような気がする。私は頭を抱えて屈み込む。
『そなたは何者であるか』
突然、そんな声が頭の中に響いてきた。
「いや、あの、そっちこそ誰ですかっ」
顔を上げ、わかっているのに聞いてみる。
『この町の獣人が神と呼ぶものだ』
目の前のエルフの姿にだぶって、女性の姿が重なって見えた。
ああ、やっぱりと納得しながら、それでも信じられない。
「そんなに動揺するところを見ると、私の予想は当たっているんですか?」
白狼先輩に言葉には気をつけろと言われたのに、サナリさんの予想通りで私自身も残念で仕方がない。
部屋の中に吹き荒れた風が収まると、扉を叩く音がした。
「何事ですか、何かありましたか」
物音に焦った白狼先輩の声がした。
目の前に中性的な銀青のエルフと、そしてその隣には翡翠色の透き通った身体をした女性がいた。
「何でもない」
エルフが扉の外に声をかける。
やがて壁の向こうが静かになると、女性が口を開いた。
「神とは、元より力があるもの」
神様と思われる女性の声は、頭の中から切り替わり、普通に耳で聞こえるようになった。
「いえ、強大な力があるものを神と呼ぶのです」
「そうでしょう?」と、こちらに同意を求められる。
確かにそうかも知れない。普通の人々は、人知の上を行く者を神と崇る。
「ですが、神様。彼らは皆、生きているんですよ」
勝手に死を決められるのはやるせない気がする。
「わかっています」
女性の表情を読むことは出来ないが、イケメンエルフの顔は辛そうに歪んでいる。
銀青のエルフは、立ち上がっていた私に椅子に座るように言い、自分も神様と共に座る。
透き通っているのにちゃんと座れるんだなあと変なことに感心する。
「あなたは町の獣人の代表で来たのですか?」
相変わらず女性の声は喜怒哀楽を感じさせない。
「いいえ、とんでもない」と私は否定する。
「申し訳ございません。本当はこんなことを言うつもりじゃなかったんです」
自分でも困っています、と口を尖らせる。
「ではなぜこのような話を?」
「さあ」
「今日はこの町の人々の願いを聞くための日です」
だから一応、神様は話は聞いてくれるらしい。
神様は日頃、町を維持するために魔法を使っているが、この日だけはすべてお休みにして町の人々の様子を見るらしい。
この神様はちゃんと町の人々の安全や生活のために働いているのだ。
「放っておけば獣人たちは増え続け、いつか町は破綻するでしょう」
「そうでしょうね」
私は頷く。でもそれを神様が黙って行ってしまうのは違う気がする。
「彼らにも考えさせたらいかがでしょうか」
私がそう言うとエルフが目を剥いた。
「獣人族にそんな難しいことを考えさせる気か」
「え?、獣人さんたちはそんなにバカじゃないと思いますけど」
「それとも、この町の人たちをバカにしておく必要があるんですか?」
私はふと、そんなことを思った。
わざと何も教えず、新しいことをさせず、この町の中だけで完結させているのだと。
「そういえば、私以外に他の町から来た人を見たことがないんですよねー」
港町なのに、漁船以外の船を見たことがない。
エルフは黙り込み、神様はじっと私を見ている。
「その話はこれ以上出来ません」
神様の言葉に、私もそりゃそうだろうなと思う。
「あー。わかりました」
私自身も怖いからあまり深いところに突っ込みたくはないし。
「この話はどうか外ではなさいませんように」
イケメンエルフが真剣な顔で、私に念を押すように丁寧な言葉で話す。
「ええ、わかってますよ」
ひ・み・つってやつでしょ。サナリさんには適当に誤魔化す気満々だよ。
そういえば、自分のことを聞くのを忘れていた。
「あのー、一つだけ私の願いを聞いてもらってもいいでしょうか?」
ダメ元で聞いてみる。
イケメンエルフと女性の神様が顔を見合わせる。
「どうぞ」
私は、自分が目覚めてから今日までのことをかいつまんで話した。
神様もエルフも、たぶん町の人々の暮らしを隅々まで知っているわけではないはず。
どんなに興味を持っている者がいたとしても、贔屓はしないそうだ。
そんなことをすれば、『神に愛された』本人が堕落するか、恨まれるかしかない。
実感がこもってるから、たぶん、そういうことが過去にあったんだろうなと思う。
だから住人を数字でしか見なくなったのだろう。
「えっと、そういうわけで、私は自分の中に別の自分がいる気がしてるんです」
この違和感をどうにかしたいんですと訴える。
「私は一体何者なのでしょう」
身を乗り出した私の勢いに押されるように、目の前の二人がのけぞる。
「あなたの気持ちはわかりますが」
女性の神様は首を傾げている。
「何故か、あなたのことは私にはわかりません」
それはこの町の住人ではないからなのかな。
「いいえ、たまに異国の者が浜に打ち上げられることはあります」
この世界の者ならば神様であるこの女性は、どこの誰かということはわかるそうだ。
「でもあなたは、私の魔力でも見ることが出来ない」
うん。自分でも予想してた。
私はやはりこの世界の者ではないのだ。何かがストンと胸に落ちた。
私は二人に謝られてしまった。
「なんの役にも立たなかった」
「いえいえ、いいんです。大丈夫です」
私はそれ以上、二人が謝るのを阻止する。
神様の謝る姿なんてこの町の住人たちが見たら、私はきっとただでは済まない。
私は何とか無事に神様の部屋を出た。
結局、何もわからずじまいだったな。
違和感もどこから来たのかも、私は誰なのかも。
「ハート!」
神殿の廊下をぼんやり歩いていたら、白狼先輩の声がした。
「無事かっ」
抱きしめられた。
「はい」
「よかった」
そう言って先輩は抱きしめた私の背中をポンポンと叩いた。
先輩の温もりに、私の中の何かが崩れた。
私はやっぱり本当の自分にも、元の世界にも戻れないのかな。
そう思ったら、
「う、うぅ、せ、せんぱぁーい」
堰を切ったように涙があふれた。
何があったのかはわからなくても、先輩はヨシヨシと優しく背中を叩き続けてくれた。