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オトメの夢の中


 「ありがとうございました。助かりました」


私は白狼先輩の背中に小さく声をかける。


「おう」


端正な顔に似合わず、先輩はお客さん以外には口調が乱暴だ。


でもきっと心配して来てくれたんだと思うと、胸が痛いくらいうれしい。


「サナリは口が達者だからな。お前じゃ扱いきれんだろう」


先輩の背中は頼もしいの一言だった。




 坂を下りながらモモンちゃんにも声をかける。


「モモンちゃんも、忙しいのにごめんね」


「ううん。白狼さんがー」


モモンちゃんが何かを言いかけて、白狼先輩が振り向いてギロッと睨んで言葉が消える。


私はそれも含めてモモンちゃんに「ごめんね」と謝った。




 下町に入ると、祭りの装いが朝より派手になっていた。


「ふわあ、すごいですね」


「年に一度だからなあ」


先輩とモモンちゃんと三人で、通りの両側の屋根に幕のように張られた飾りを見上げる。

 

下町の大通りの建物は二階建てがせいぜいだけど、精いっぱい住人たちが飾った花や木の枝、美しい布切れが揺れている。


「神様に直接、感謝を届けられるのはお祭りの日だけですからねえ」


モモンちゃんの言葉に私は首をかしげる。




「神殿に行けば神様にお礼くらい言えるのでは?」


湯屋の若旦那とモモンちゃんの婚姻の儀式に参列したとき、そこに神様はいなかった。


でもちゃんと声は届くのだと聞いた。


「ええ。でも誰でも入れるわけではないですからー」


「あー、そうか」


予約が必要だって言ってたっけ。


「山手の者はお金を積めば予約が取れる。でも、下町はそこまでしないからな」


そこはやはり金の力が関係あるのか。世知辛い話だ。


だから山手と下町では祭りに対する熱が違うんだなと思った。


そしてサナリさんの言葉が本当ならと思うと、私はなんだかこの風景も賑わいも空しく感じてしまうのだった。




 湯屋の前でモモンちゃんと別れ、自分たちの店の中に戻る。


今日は店の営業はない。


他の従業員たちは住み込みの者でも家族のところに帰っていた。皆が揃うのは明日の夜の営業時間だ。


静かな店の中を通り、二階の自室へ戻る。


ちらりとホールを挟んだ向かいの、白狼先輩の部屋の扉が閉まるのが見えた。


おそらく今この店の中にいるのは、帰る場所のない私と邪魔くさがって帰らない先輩のふたりだけ。


 着替えて顔を洗い、買い置きしておいた屋台の食事を食べる。


そして、なんだかホワホワとした気持ちのまま、ベッドに倒れこんだ。


 今日はいろいろ考えることが多過ぎて疲れてしまった。

 

目を閉じていてもあの数字が浮かんでは消える。


神様って、何だろう。


何となく単純にお願いを叶えてくれたり、町の人たちを守ってくれるって思ってたけど、この町の神様はちょっと違うっぽい。


そう思いながら、次第にまぶたが重くなっていった。




 夢を見ているんだと思う。


暗闇の中、気が付くと私の目の前には白い髪の男性がいた。


『獣人』ではない。普通の、私と同じ『人型』の男性だ。


「せ、せんぱい?」


白狼先輩が人間になってそこにいる。私は驚き、狼狽える。


にこりと笑う先輩は、私に手を差し伸べる。


恐る恐る手を出すと、私の手は白い女性の手になっていた。




「あ……」


あの幻の手だ。


やっぱりあれは私の手だったんだ。


うれしくて思いっきり手を伸ばし、先輩の手を掴もうとする。だけど、何故か届かない。


私は焦って身体ごと前に出ようとしたが、足が動かなかった。


 すると、私の身体から何かがスルリと出て行った。


あの白い手をした女性の姿が、私の身体から離れていったのだ。


「う、うそ」


あれは私ではなかったの?。


目の前の女性は黒髪の後ろ姿で、顔は見えない。


白い髪の先輩は笑顔でその女性を抱きしめる。そのままふたりは闇の中へと消えていった。




「ま、待ってー」


自分の声に驚いて目が覚めた。


ダラダラと汗が流れ、ポタポタと涙がこぼれた。


「どうしてー」


 今まであの白い手は自分だと思っていた。


少なくとも自分の味方だと信じていた。


初めて「違うのかも知れない」と思った。


(じゃあ、あれは誰なの?)


顔を上げて起き上がり、ゆっくりと窓に近づく。


外はいつの間にか暗闇。祭り前夜の町は静かで、まるで息を止めて何かを待っているかのようだった。





 あれは何だったんだろう。


そんなことを思っているうちに、夜が明ける。


今日はお祭りだ。神殿へ行く日だ。


午後から出かけて、帰ってきたら開店の準備がある。


そうだ、湯屋へ行こう。


モモンちゃんの話では、いつもと違って今日は神殿へ行く人たち専用に早朝から開いているはず。


 湯屋の入り口で若旦那に出会った。


「おはよう、ハート。どうした、冴えない顔して。大丈夫か?」


「あ、はい。ちょっと緊張してるだけです」


「ああ、初めて神様に会うんだったな」


ウンウンと頷いて門をくぐる。




 湯屋の中にはすでに何人かの姿があった。


今日、神殿へ行く人たちだろう。若い父親らしい人が多いが、壮年の男性もいた。


「おはよう」


「ぎゃあああ」


白狼先輩がいた。急に声をかけられびっくりした。


「ばかやろう。他の客に迷惑だろうが」


「す、すみません」


着替えながらチラリと先輩を見る。細身なのに鍛えた筋肉が見えた。




 昨夜の夢を思い出すと、悶えそうになる。


うれしくて、悲しい夢。


先輩にはなんの関係もないのに、あれは誰ですかーなんて聞きそうになった。


夢の中の先輩の行動を思い出した私は憮然とした顔になっていたらしい。


「おい。なんて顔してるんだ」


先輩が呆れたという顔で話かけてきた。


「緊張してるのはわかるが、そんな怖い顔じゃ神様に対して失礼だぞ」


うっと顔に手を当ててもみほぐす。夢見が悪かったのは先輩のせいですよーとは言えない。


私はさっさと湯船に入り、顔までずっぽり浸かった。




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