表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

港町と神様


 気持ちを落ち着かせるようにゆっくりとサナリさんは話し始めた。


「私は、というか、私と父はあまり神様を信用していないのです」


そう言って立ち上がったサナリさんは、別の部屋から何かノートのようなものを持って来た。


ノートといってもきちんとした装丁のものではなく、集めた紙に穴をあけ、紐でしばったという感じのものだ。


「これを見てください」


そこには縦に簡単な年表があり、その横に細かい数字が並んでいる。


「父は若いころ役所に勤めていたけれど、これを調べている最中に解雇されたの」


たいそうなお金を渡され、次の職も斡旋してもらったそうだ。


しかしその時の条件は、


「調べていたことを忘れること」


だった。


 


 首をかしげながら、私は一生懸命その数字を見る。


「んー。あれ?、なんか定期的に数字が増えますね」


年表を見ていると、横の数字がだいたい十年ごとに一時的に倍以上増えている。


そして翌年にはまた他の年と同じような数字に戻る。


それが百年以上続いているようだ。


 サナリさんは父親のノートを見つけ、それを自分なりに調べて観察を継続していたらしい。


「なんの数字だと思いますか?」


「あー、えー」


他国から来た上に、以前の記憶を失っている私にわかるはずがない。


「この町の住民の亡くなった数です」


「え?」


何故こんなに定期的に人々が減るのか。


まるで十年ごとに、それまで増えた数を減らすように。合計の数字を合わせるためのように。





「こちらが産まれる数です」


他のページも見せてくれたが、こちらはごく普通に不規則な数字が並んでいる。


「何か、嵐などの災害が十年間隔で来たとか?」


「そうですね。ひどい嵐は時々ありますが、自然災害がこんなにきっちりと同じような数字を出すでしょうか」


住人の数が自然災害で減少するとしても、この数字はあまりにも整然と並んでいる。


「……役所でそういう数になるように操作している?」


「ええ、父はそう思って調べていたようですが」


邪魔くさがりの獣人たちなら有りそうな話だった。だが、実はそうではなかった。




「そうではない?」


「はい」


サナリさんは顔を上げ、周囲をうかがっている。


牛のおばさんは確かにもういないようだ。念のためと言って、窓も閉めた。


 私はごくりとお茶を飲み、興奮気味の赤い頬を覚ますように手を当てる。


これは相当ヤバイ話なんじゃないだろうか。




「ハートさんは、明日、神殿へ行くんでしょう?」


「ええ。私は最後のほうなので、ゆっくり行きます」


私の順番は赤ちゃんたちが終わったあとなので、午後になるだろうと白狼先輩から聞いている。


「もしかしたら、この数字が間違っていないか聞くんですか?」


サナリさんは私に何を期待しているのだろう。


私は監査官でもないし、正義の味方でもないんだけど。




 目の前の犬の獣人の女性は首を横に振った。


「いいえ」


そして、思い詰めたような彼女の目に涙が浮かぶ。


「神様は、どうして母の命を奪ったのでしょう」


彼女の母親の死因は流行り病。十年に一度発生し、大量の住人が命を落とす。


どんなに病を治そうとしても、必ずその数の獣人が亡くなるのだという。


沈黙と戸惑いの後に、ぞくりと背筋が凍った。




 サナリさんは、この町の住人の数を神様が意図的に操作しているのではと疑い始めた。


「まさか」


私には、ハハッと乾いた笑いしか出ない。


「この町の人は誰も疑いもしないわ。でも、外から来たハートさんなら」


サナリさんの顔がぐっと近づく。


「おかしいと思いませんか?」


黒い、綺麗な瞳から雫がこぼれる。




 白狼先輩は、サナリさんが子供のころから思い込みが激しかったと言っていた。


彼女は尊敬している父親の影響を強く受けている。


この家に二人っきりで住み、仕事にあぶれて一人で過ごすことも多いだろう。


見つけてしまった父親の書類を、彼女は勝手に分析し、そんな風に思い込んでしまったのではないだろうか。


「はあ、よくわかりませんが」


私が困った顔をしていると、彼女はさらに他のページをめくる。


「これは、この町の天気を示しているの」


そこにも日付の横に、まるであらかじめ予定されていたかのような、きれいな『繰り返し』があった。





「天気も人の数も、何もかも神様が決めているとしたら」


どうして私の母が選ばれたのだろう。どうして母は死ななければならなかったのか。


それを知りたい。サリナさんの話はそこへ行きつく。


 気持ちはわかるけど、私にはあまり意味はないような気がする。


神様に話をしたからといってもお母さんは戻って来ないのに。


サナリさんはきっと、モモンちゃんから私が神殿に行く話を聞いて店に来たのだろう。


そして私が話を聞いてくれる『人型』かどうかを確認した。


もう日がない。祭りはすぐ目の前だ。


焦っていた彼女は、私を家に招待して依頼することにした。


ま、こんなところかな。




 どう返事してよいか迷っていると、突然玄関の方から音がした。


サナリさんと私の身体がビクッと震える。


まさか役人が来たわけじゃないだろう、とは思うんだけど。心臓がドキドキして、嫌な汗が出る。


「サナリちゃーん、いないのー?」


モモンちゃんの声だった。


二人とも明らかにホッとした顔になった。苦笑いを浮かべて立ち上がり、二人で玄関に向かう。


「モモンちゃん、いらっしゃい」


扉を開けるとそこには、モモンちゃんと、白狼先輩がいた。




「ハートが失礼なことをしていないか、心配になってな」


白狼先輩はいいとしても、モモンちゃんは新妻だし、湯屋が休みでも忙しいはずなのに。


「わざわざありがとうございます」


私は先輩とモモンちゃんに頭を下げ、これ幸いと外に出る。


「そうですね。ボロが出ないうちに帰りましょうか」


そう呟くと、先輩がサナリさんに見えないように頷いた。


そして振り向いた私は、


「今日はおいしいお茶をごちそうになり、ありがとうございました」


と、サナリさんにニッコリ微笑む。


「あ、あの」


まだ話は終わっていないと言いたげな彼女を無視して、先輩がくるりと背を向け、私とモモンちゃんが後を追う。


「サナリちゃん、またねー」


モモンちゃんが気まずそうに振り向いて、手を振っていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ