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山手の家


「サナリかー」


あー、白狼先輩も知り合いだった。そうだよね、モモンちゃんの友達だもの。


「あいつは昔っから思い込みが激しくてな」


父親の影響か、いやに弁が立つから口では誰も勝てなかったそうだ。




 白狼先輩がおろおろする私を見てニヤリと笑う。


「案外お前とは気が合うかもな」


「え、どうしてですか?」


白狼先輩は私と彼女が似ていると言う。


「サナリさんは家事が苦手で、お父さんがいて、高級なところに住んでて」


私がそんなことを指折り数えていると、先輩が笑う。


「お前たちは、自分自身に納得していないところが似てるよ」


私は固まった。


白狼さんは知っているの?。私の中の違和感を。


「なんとなくだけど、お前は自分で自分を否定してないか?」


「あ」


私は何も言えなかった。それはおそらく事実だから。




「あいつもさ、ずっと悩んでたんだろう。こんな自分は本当の自分じゃねえって顔だったからな」


サナリさんは賢い子供だったらしい。


自分に自信があった。だからこそ、大人になってうまくいかなくなったことに歯がゆさを感じていたのだろう。


最近はずっと沈みがちだったという。


「今のお前も自信なさげでさ」


下働きの間は楽しそうに仕事をしていたのに、接客担当になったとたんにー。


白狼先輩は私をじっと見つめる。


「俺たちはそれにイラついた」


店の接客担当の先輩たちは皆、自信満々とまではいかなくても、不安げな顔をすることはない。





 普通、店に新人が入れば歓迎ムードになるはず。だけど、私の場合は静かなものだった。


歓迎されていないのだと思っていたけど、本当は初めての『人型』に誰もが緊張していたせいらしい。


「ハートはやれば出来るし、『人型』はその存在だけで客を引き寄せる」


それなのに私自身が何もやろうとしなかった。


ただボーっとしていた。


それが店の先輩方を苛立たせたそうだ。


皆、私をそんな風に見ていたのか。初めて知った。


「すみません……」


「謝るな」


パコンと頭を叩かれた。


今はもう周りが慣れたと、先輩はそう言って笑った。




「行ってみればいいさ」


サナリさんの家は山の上のほうにあるが、堅苦しい家ではないそうだ。 


 もうすぐ三回目の大きなお祭りがある。


「山の上から祭りの準備に浮かれる町を見るのも一興だぜ」


白狼先輩は子供のころから、領主館でその風景を見て来たのだろう。


そう思うとちょっと興味が沸いた。


そうか、あんまり重く考えずに行ってみてもいいのかな。


「ま、手土産は忘れずにな」


「ほぇ」


そうだった。私は今、ホストもどきなんだったー。




 やっぱりお花とか、お菓子かな。


約束の日の前日、私はモモンちゃんに教えてもらった花屋と菓子店を回った。


案外高価だったけどこれも仕事だと諦める。


 当日は晴れた。用意したお土産を持って、私は山の上へと坂道を歩く。


町の中にはタクシーのような馬車が走っているが、急な坂を上るのではなく、遠回りにゆるく蛇行した道を上がっていくらしい。


お馬さんも坂ばかりだと疲れるもんね。


 今日はほとんどの店や仕事はお休みで、町は明日からの祭りの飾り付けで忙しい。


「サナリさんの家は忙しくないのかな」


招待状を見せながらモモンちゃんに聞くと、


「お母さまがいらっしゃらないので」


と言われてしまった。


数年前にお亡くなりになったそうで、母親のいない彼女の家ではあまり力が入っていないみたいだ。


それでなくても山手のお祭りの日は、下町より静かな雰囲気らしい。




 サナリさんの家を訪れると、出迎えてくれたのは家事を任されているらしい牛の獣人のおばさんだった。


「あの店の従業員だっていうから、もっと見目のいい男性が来ると思ってたのに」


あらかさまにがっかりされた。


「こ、こんにちは」


私はひきつった笑顔を浮かべながら挨拶をする。


奥から慌ててサナリさんが現れた。


お土産を渡すと、また驚いた顔をされた。決して大きくはない瞳がまあるくなるのは見ていて面白い。




「白狼さんが、山の上からの景色が素晴らしいと言っていたので」


それを見に来たのであって、決して下心はないですよーっと。


「ええ、どうぞこちらに」


クスクス笑うサナリさんに、広い居間のような部屋へ案内された。大きなガラス窓がこの家の裕福さを語る。


開け放たれた窓からの風は潮を含んで懐かしい。


下町は海に近くても、生活の匂いが充満しているものね。


「今日はお天気が良くてよかったです」


そんなありきたりな挨拶の言葉を交わしながら、町の景色を見下ろす。


石造りの家が山裾に向かうほど小さく狭くなっていく。住人の姿も下に行くほど増えて、せかせかと忙しそうにしている。


先ほどの牛のおばさんがお茶を出してくれたが、


「私は今日はこれで帰ります。あとはごゆっくり」


と、ニヤニヤしながら下がって行った。


……二人っきりになってしまったようだ。




「あのー」「あ、あの」


ふたりで同時に声をかけて、さらに気まずい雰囲気になる。


お互いに顔を背けてしまった。何やってんだろう、私。


 窓からは下町の喧騒が流れてくる。


「お祭り、楽しそうですね」


私には三度目の祭りだが、今までは祭りを楽しむという余裕がなかった。


「ええ、祭りの夜はもっと賑やかになるんですよ」


普段はあまり明るくない町がその夜だけは赤々と松明が灯り、人々は遅くまで酒を飲んだり、話に興じたりするそうだ。




 ふと、サナリさんが思い詰めた表情で私を見つめているのに気付いた。


「えっと、何か話があったんでしょうか」


家にわざわざ招待してくれたのには、きっと理由があるはずだ。


「はい。ハートさんはお祭りで神様にお会いになるんでしょう?」


「ええ、白狼先輩が取次してくれて」


前の祭り以後に産まれた赤ちゃんたちといっしょに面会することが決まっている。よくわからないが、祝福というのがもらえるらしい。


「お願いがあるんです。どうか私の代わりに、神様に一言だけ聞いて欲しいのです」


サナリさんの目には何かの決意が浮かんでいた。




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