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招待状


 二階にある私の部屋で話を聞くことにした。周りを気にしなくていいのは楽だよね。


サナリさんは高級住宅街に父親と二人で住んでいるらしい。


家事は通いの家政婦さんみたいなのがいるそうで、彼女はほんのお手伝い程度しかしていないそうだ。


「私はあまりそういうのは得意じゃなくて」


また暗い顔になりつつある。


「それは誰でも得手不得手がありますから、気にしなくても」


「ええ。でも、男性はそういうの気にするじゃないですかー」


あれえ?、学校の話を聞きたいのかと思ったら方向が違うなあ。


 でも下にいた時より彼女の反応は明らかに親しげになっている。


「私は男性ですが、家事は好きですよ。美味しい物とか小さな可愛い物を作ったりするのも好きです」


私がそういうと、彼女は目をパチクリして驚く。


「本当ですか?、本当にそんな男性がー」


箱入り娘だったのかな。かなり世間に疎そうだった。




「実は私、良い歳をして仕事が決まらなくて」


サナリさんが小さな声で自分のことを話し出す。


女性に求められる仕事は生産や販売などが多い。彼女はどうも不器用な上に気が乗らない仕事が多く、すぐに辞めてしまうそうだ。 


「本当は他にやりたいことがあるんじゃないですか?」


気が乗らないのはきっとそういうことなんだろうと思う。


私の言葉にサナリさんは驚いた顔をする。


「どうしてわかるんですか?」


声が少し大きくなったな。


今日は何度このびっくり顔を見ただろう。おかしくて少し笑ってしまった。


「まあ、いろんな方がいますから」


「そうでしょうか」


彼女は不思議そうに呟いた。




 彼女のやりたいことを聞いてみる。


「父のような仕事がしたかったの」


しかし、父親のように大きなお屋敷に勤めても、どうしても女性は家事や男性に対して奉仕する仕事を望まれる。


子供たちに勉強よりも、礼儀作法だの、お茶を入れたりする事を教えることが多かったそうだ。それは確かに必要とされる教育の一つかもしれないが、サナリさんには苦痛だった。


「やりたいことが出来ない。私はもっと違うことが出来るのに」


彼女は一つの場所に長続きしないようだった。




「それなら、ご自分のお屋敷を解放して、勉強したいと望んでいる子供たちを集めたらいいんじゃないでしょうか」


他の家で務まらないのなら、勤めなければいいのではと提案してみる。


相手が女の子であれば女性でも務まるだろうし、仕事に就く前の子供なら親も預かってもらったら安心だと思う。


そう言うとサナリさんは驚きながらも頷いている。


「なるほど、それが学校というものですか」


やはり頭の良い人なんだな。


「ええ。同年代の子供同士なら競って勉強してくれます。学問だけでなく、たまには気晴らしで絵を描いたり、運動したりもいいですよ」


子供の対抗心を煽るのはイジメにも繋がるが、そこをうまく管理するのも彼女の仕事になる。


「そうですね。それも面白そう」


彼女の目がキラリと光った。え、ちょっとSっぽい?。




「ハートさんはそこで学ばれたんですか?」


「ええ、たぶん」


記憶ははっきりとはしない。


だけど学校という言葉はすぐに浮かんだし、同年代の子供がたくさんいる風景もおぼろげながら見えた。


「確か、ハートさんはとっても計算が速いと聞きました」


うわ、そんなことも知られていたのか。


「それに、異国からいらして言葉が全くわからなかったのに、もう私たちと変わりませんよね」


なんかいろいろ知られてて怖い。しかも天才みたいに言われて戸惑う。


「教えてくださった方が上手だったんです」


サナリさんもきっと上手だろうと言うと、ほんのりと顔が赤くなった。




「少し自信が沸いてきました」


玄関まで送りに出ると、サナリさんはそう言った。


「そうですか。貴女のお力になれたのならうれしいです」


ふふっと笑った彼女は、来た時と比べればほどよく肩の力が抜けていると思う。


「ありがとうございます。こんな私でも何とかやっていけそうです」


何かお礼を、と言い出した彼女を慌てて押し留める。本当に私は何もしていない。




「そうだ。ハートさん、よかったら今度うちに遊びに来ませんか?」


モモンちゃんと高級商店街を歩いていたのを見られていたらしい。


また「モモンちゃんばっかりずるい」とか言われそうで断れない。


「そうですね。機会があればー」


そう簡単に客の家に遊びに行けるとは思えないけど、とりあえずぼかして返事をする。


「良かった!。じゃあ後日、招待状をお送りしますね」


独身女性の家に遊びに行く場合、『親の許可』が必要になり、こういった招待状という『確認』が必要なのだそうだ。


「あっ、え?、ほぇ」


私はあまりにも大袈裟なことになって驚いた。


「大丈夫です。父はそんなに怖い人じゃありませんから」


砂色の彼女の髪に、顔に沿って垂れている耳が揺れる。


大人しそうにみえて、行動は大胆だなあ、などと感心している場合じゃない。




「そういうのは結婚を考えた相手の場合ではないのですか?」


サナリさんは、あのSっぽい顔でニヤリと笑う。


「ハートさんにとっては仕事の延長でしょう?。そういうの、私は気にしませんから」


そう言いながら、サナリさんは待たせていた馬車に乗り込んだ。


いやいや、私は気にするよ!。


手を振る彼女を見送りながら、私は本気で困っていた。




 翌日、早くも招待状が届く。


「白狼先輩!、助けてください」


涙目で訴える。


「な、なんだ」


湯屋へ行くために部屋を出て来た白狼さんを捕まえ、部屋に引っ張り込む。


招待状を見せると、「ああ」と邪魔くさそうな顔をした。




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