表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

憂い顔の客



 せっかく来てくれたのに、気付かなくて申し訳ないな。


「どうぞ次からは遠慮なく入り口の者に私の名前をおっしゃってください」


そう言うと


「は、はい」


サナリさんは小さく頷いた。


湯屋に戻るモモンちゃんに「ありがとう」と礼を言い、サナリさんの手を取る。


育ちの良さそうな彼女が勇気を出して、ひとりで来たのはすごいことだと思う。


「こんなにかわいい方が来てくださって、うれしいですよ」


素直な気持ちを伝えてみる。


はにかむサナリさんは女性から見てもかわいい。


そう思って微笑んで見ると、その彼女の顔に少し影が差す。


「いいんです。気を使わなくて。こんな背の高い女なんて、かわいくないですし」


あれ?、ちょっと卑屈になってない?。


確かに背は女性としては高いほうだけど卑屈になる程でもないと思う。


私は反論するより聞かなかった振りをした。




 獣人の町に来て三年。


いろいろ観察していると、獣人さんたちはとても動きと感情が一致している。というか、考えるより先に行動があるのがわかる。


やりたいと思ったら行動。感じたことをすぐに口にするし、どんなに無理に思えても何とかしようとする。


全ての獣人さんがというわけではないが、そういう人が多いと思う。


その代わり興味を失うとあっさりと手を引く。後腐れがないというか、情熱も一気に冷めてしまうみたいだ。


獣人さんたちの行動は善し悪しは別にしても、見ていてわかり易い。私は嫌いじゃないなあ。




 でもこの店の接客担当はそう簡単じゃないと思う。


好き嫌いがハッキリしているからこそ、初めてのお客さんとは相性が重要になる。


私たち接客担当も客を選ぶ。わがままにみえるけど、そこは感情を隠すことが苦手な獣人なので、お客さん自身のためにも自分の許容範囲を見極めているみたいだ。


(ただの高給取りじゃないんだな)


私は時折、彼らがとても人間くさく感じる。それも接客担当者の条件の一つなのかも知れない。




 サナリさんに料理とお酒を注文してもらって、ボックス席に向かい合わせに座る。


えっと、乾杯でいいのかな。若旦那たちとは友達感覚だったので、初めての客らしい客にドキドキする。


「お仕事は何をされているんですか?」


この間はあんまり個人的な話は出来なかった。


「えっと、家の手伝いを」


口ごもるところを見ると、あまり話したくないのだろうか。


では他の話題を。


「モモンちゃんとは仲良しなんですね」


「ええ、彼女、小さいころからとってもかわいくて、うらやましいです」


む、また顔が暗くなってるな。


 どうしてだろう。私がサナリさん自身のことを聞こうとすると、彼女は自分の嫌いな部分を見てしまう。


モモンちゃんが小さくてかわいいのは確かだけど、サナリさんもスッキリとした細身の体型と賢そうなお顔がステキな女性なのに。





「ご家族はいらっしゃるんですか」 


本人の話でなければ大丈夫かな?。


本当は家族の話などあまり喜ばれない。独身女性というのは自分の話をしたがるものなのだ。


「父は山の上のほうのお宅に呼ばれて、その家の子供たちに勉強を教えておりますの」


町は海に面した山の斜面に造られていて、上へ行くほど裕福な家庭が多い。


サナリさんは顔を上げ、誇らしげに目を輝かせる。自慢の父親らしい。


良かった。明るい顔になってくれた。




 この町では子供は七歳くらいですでに将来の仕事を決めるそうだ。


普通は親の仕事を手伝うか、子沢山の家の子は工房や漁師などの親方に弟子入りする。


商店やうちのような飲食店で雑用として働く子供もいる。


勉強が出来る環境があるのは、山手の高級住宅街に住む裕福な家の子供に限られるらしい。


「学校はないんですか?」


「え?、がっこう??」


「えーっと、子供たちを集めて計算とか文字を教える場所のことです」


サナリさんが首を傾げる。


あ、私、またやっちゃった?。




「お客様、ハートの言うことは気にしないでくださいね。彼は少し常識知らずなところがあるんです」


犬の獣人の少年で、店の給仕係を勤めるトラットが飲み物のおかわりを持って来てくれた。


ついでに困惑顔のサナリさんに笑顔で助言している。


「はあ、モモンちゃんから聞いてはいましたが」


ふたりして呆れた顔をこっちに向けるのは止めて欲しい。




 私はこの町に流れ着く以前の記憶がない。


生活に支障はないが、最初は言葉がわからず苦労した。


今は会話には困らないようになったけど、たまに非常識なことを言い出して相手を呆れさせてしまう。


「す、すみません。今のは聞かなかったことに」




「いえ、出来ましたら、そのお話。詳しく聞かせていただけませんか?」


サナリさんから意外な答えが返って来た。


「え?」


私とトラットが驚いていると、


「あの、お部屋へ上がるのはおいくらぐらいになるのでしょうか」


と、小さな声で彼女が聞いてくる。


「えっとですねー」


慌ててトラットがメニュー表の隠された部分を開く。


 そこには六名の接客担当者の名前の横にそれぞれ金額が提示されている。


お気に入りの担当者を一定時間、誰の目も気にせず独占出来る金額である。安いはずはない。


一番高い白狼先輩など私の値段の倍以上する。




 でもお嬢さん、安心して欲しい。二人っきりとはいえ、この店のオーナーは女性である。客に危険なことなどさせるはずはない。


不埒ふらちなことをすれば、例え同意の上だとしても店側に発覚しだい客も従業員も町の警備に捕まる。


信用を傷付けた重大な営業妨害として、罰金や解雇だけでは済まないのだ。


私もこの店に入る時にかなり厳しく教えられた。


それもあって接客担当は獣人らしくない、自制心というか、己を律することが出来る男性しかなれないのだ。


 サナリさんはモモンちゃんから一応聞いてきたようで、すぐに自分のバッグに手を伸ばした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ