新たな出逢い
今回の連載も10話で終わります。よろしくお願いいたします。
私の名前はハート。
この獣人だらけの港町に流れ着いてもう三年になる。
私の姿は『人型』の男性だが、心の中には違和感を抱いている。
嵐の翌日、浜に打ち上げられていた私にはそれ以前の記憶が無い。それでも、
(確か女性だったはずー)
私は、私に違和感を抱いて生きている。
「おい、ハート。ちょっと来い」
壁際に立って店の様子を眺めていると声がかかった。
「はい」
私は夕方から始まる接客業の店に住み込みで働いている。
「こちらのお嬢さんがお前に話があるそうだ」
丈の短い上着に細身のレザーパンツをはいて、いつも胸元をはだけている豹のような獣人の先輩に呼ばれる。
金色の髪によく似合うからいいけど、ちょっと目のやり場に困るな。
「お嬢様、失礼いたします」
女性の二人組がいる先輩の席にお邪魔する。
店のボックス席はテーブルを挟んで二人掛けのソファが二つ。常連の女性客の横に座る先輩の向かい側の席に座った。
女性客と二人でソファに座るのは初めてだ。
その女性もこんな店は初めてなのか、慣れない様子で顔がほんのり赤く染まっている。
お互いに緊張しているのが丸わかりで、豹先輩が苦笑いを浮かべていた。
この店は接客担当が若い男性で、給仕や警護も含め男性が多い。
客は年齢を問わず女性が多く、オーナーに言わせると『愛と冒険』を求めてやってくるのだとか。
「私がそうしたいから、この店を作ったの!」
高級商店街に宝飾の店を持つオーナーは自分の趣味でこの店を作ったと胸を張る。羊のほわほわとした獣人さんなので、かわいらしくて微笑ましい。
でもやることはえげつないような気がする。
飲食店なので料理や酒などの飲み物がメニューにあるが、どれも周辺の店よりお高いのだ。
客が支払った金が接客した者の売上になるので、六人いる担当者はおしゃべりや容姿で女性客に金を使わせている。
実は私もそのひとりだったりする。まあ、ほとんど常連なんていないけどね。
豹先輩の隣に座っている、鹿のような美しい脚の女性客が私を見ている。
「この子、私の知り合いなんだけど、あなたに会いたいって言うから連れて来たのよ」
顎で私の隣の大人しそうな女性を指す。
私は「ありがとうございます」とにっこり笑う。
でも、私なんかでいいのかな。
私はこの獣人たちの町の中で、おそらくただ一人の『人型』だ。
獣の耳もなければ、尻尾もない。鳥の羽毛もなければ、鱗のような皮膚もない。
言うなれば『珍獣』、気味悪がられても仕方ない。
そんな私に会いに来てくれた女性。
「あ、あの、モモンちゃんがとてもお世話になったと」
その女性客はサラリとした砂色の長い髪で、高貴そうな細面の顔をした犬の獣人さんだ。
「いえいえ、お世話になっているのはこちらのほうです」
モモンちゃんは、店の裏手にある湯屋の若旦那の奥さんだ。彼女は私の初めての女性の友達でもある。
相手は新婚さんだし、少しは遠慮というか、お互いに忙しくてあまり会えていない。
「あのー、それでハートさんはとても博識でいらっしゃるとお聞きしました」
なんとも丁寧な話し方をする女性だ。育ちの良さを感じさせる。
「それで是非一度お会いして、お話をしてみたくて」
恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見てくるけど、砂色の犬の獣人さんは背が高いようで、窮屈そうに身体を縮めている。
今日は、知り合いの鹿の獣人のお姉さんがこの店の常連と聞いて、お願いして連れて来てもらったそうだ。
「そうでしたか。それはうれしいです」
背筋を伸ばし、精一杯大人ぶってみた。
とりあえず今日は様子見だったようで、たいした話もなく女性二人をお見送りした。店の玄関で、
「ようやくお前も一人前になれそうか?」
と、豹先輩が囁いてくる。
うわわ、そんな恰好で顔を近付けないで!。はだけた胸元にドキドキする。
「お前の常連って湯屋のユールとモモンだろ。あれだけじゃなあ」
豹先輩はブツブツと口ごもる。
私はこの店では『実力の無いナンバー2』と言われている。
売上は上から2番目でも、贔屓にしてお金を使ってくれるのは客というより友達の、湯屋の若旦那とその奥さんである。
豹先輩は私が接客担当になる前までナンバー2だった人だ。私ではライバルとしては物足りないらしく、いろいろ指導してくれたりする。
「はあ、すみません」
「なに謝ってんだ、ごらぁ」
笑いながらヘッドロックされた。きゃああ。
でも、この先輩も私のことを心配してくれている。やんちゃっぽい顔のわりにやさしい人なんだな。
店の中に戻ると、この店のナンバー1である白狼先輩がスッと側に来た。
豹先輩が私から離れたのを確認して、小声で話しかけて来る。
「何か言われたのか?」
うろんな目付きで豹先輩を見ている。
「いえ、大丈夫です。豹先輩はお客様を紹介してくれたんです」
湯屋の若旦那夫婦と幼馴染であるこの先輩も、私のことを気にかけてくれている。
「そうか。ならいいんだ」
すぐに接客に戻って行った。白狼先輩は売れっ子なのである。
二日後、開店してしばらくの時間に珍しくモモンちゃんが店の入り口にいた。
「ハートさん、ちょっとー」
入口の警備の獅子の獣人を横目に、私を見つけると手招きする。
「モモンちゃん、どうしたの?。入ってくればいいのに」
入り口付近から動かない普段着姿のモモンちゃんの側に行くと、ぐいっと手を引っ張られて外に出る。
そこにはあの砂色の犬の女性獣人さんがいた。
「ああ、確かお名前はサナリさん、ですよね?」
「はい。覚えていてくださったんですね」
ちょっとうれしそうに頬を染めるサナリさんは、目立つほうではないけど結構美人さんだ。
「ここまで来て、勇気がなくて入れないっていうから」
どうもサナリさんは入るに入れず、ずっと店の前をウロウロしていたらしい。
常連でないと一人ではちょっと敷居が高いからね、この店。
「こんばんは」
それでも来てくれたんだ。私は単純にうれしくて顔がにやけてしまう。