会社を解雇されたら
これはフィクションです。
実在の仕事とは全く関係がありません。その際の批判はお止め下さい。
左右田莉李亜。二十三歳独身の女。
本日を持って会社を解雇されました。
会社に出勤したら上司にいきなり解雇通知されて、ポーンと会社を放り出されてしまった。引き継ぎも碌に出来ずに。
理由を聞こうと会社に入ろうとしたけど、警備員さんに止められて入れない。仕方がないからこうやって喫茶店で時間を潰しているのだが……。引き継ぎどうしよう。一応資料とか仕事の仕方とか情報とかをメールで送るけど……明日からどうしよう。
「「はあ~」」
「「……んっ?」」
同じタイミングで重い溜め息を吐くなんて誰なんだろ……そう思って隣を見ると。
「……左右田さん?」
「……鈴野さん?」
隣にいたのは総務の鈴野倫子さんがいた。
「どうしたんですか鈴野さん? お仕事は?」
「えーと。お恥ずかしい話、クビになりまして……」
「ええ~!! 鈴野さんもですか!?」
流石に少ないとは言え、人がいる喫茶店で大声を出したら白い目を向けられたので、逃げる様に喫茶店を出て行き、近くの公園のベンチでお互いの事情を話した。
「つまり鈴野さんも今朝、突然クビを宣告されたんですか?」
「ええ。引き継ぎの準備も出来ずに追い出されて……」
困った様に目を伏せる鈴野さん。本当にイキナリだったもんね。
「私は後で資料とか必要な情報をメールで送る予定ですけど」
「ああ、それは良いアイディアね。私もそうするわ」
それだけ言うとまた同じタイミングで溜息を吐いた。
「……あのぉ。何かクビにされる大きなミスをしましたか?」
「ううん。左右田さんは?」
「いいえ特には。ただ……」
「ただ?」
「……関係あるか分かんないですけど……実は私、専務に告白されて、断ったんです。二日前」
「専務って確か会長の孫で、社長の息子の? ……そう言えば私の先輩――今は辞めたけど――がその専務の従姉妹で、親密な関係だったとか、その先輩が復帰するとか噂があったけど……」
「その先輩と鈴野さんのクビはどう関係あるのですか?」
「……実は、専務から『俺の愛人になれ』て、戯言を吐かれたのを笑いながら断ったんです」
「「……まさかねー」」
いくらなんでも職権乱用過ぎるだろう。あって良い訳ない。多分違う。そうであって欲しい。
「鈴野さんはこれからどうします?」
「取りあえずハローワークに行って新しい仕事を探すしかないわね。当分の間は貯金を崩すしか……いきなりクビにされたのはキツイわねー」
私の方はコネがあるから何とかなるが、鈴野さんはそうではないだろう。現に何度目かの重い溜め息を吐いた。同じ境遇の彼女に同情心が芽生えている。
「あのー。私はちょっとしたコネがあるんですが……よければ鈴野さんも来ます?」
「良いの?」
「ちょうど人が足りないそうで。それに、似たような境遇ですから助け合わないと」
「……ありがとう」
こんな会話をした後、私と鈴野さんは夕方までカラオケやゲームセンターなどでストレス発散し、夜は居酒屋で愚痴を肴に酒を飲んだのであった。
それから三カ月後――――
私と鈴野さんは無事に会社に就職する事が出来た。
その会社は幅広い商品を売っている。(食品から宇宙ロケットに必要な部品まで)私達はその会社の支店配属されている。前の会社と比べればお給料は安いけど、先輩方は良い人だし遣り甲斐がある。今の方がよっぽど毎日が楽しい。鈴野さんも同じみたいで、帰り道一緒に帰る時はその日の仕事を話していた。
そして今日は会社の飲み会。
「いや~左右田と鈴野が入社してくれたお陰でウチの業績が上がったよ!」
「そんな訳ないですよ。支店長」
「支店長の言うとおり、二人が入社してくれたお陰で定時に帰る日が多くってコッチとしては大助かりだよ」
部長(三人目が生まれたばかり)にも褒められると何だか悪い気がしないな~。ウキウキとした気分で会社から退社したら……
「先輩~~~!!」
突然横からナニか抱きついて来た。
「うぇ!? ……篠田!!」
抱きついてきた相手は前の会社の後輩である篠田だ。
「ちょっと君! いきなり何なの!?」
「しゅ、主任コイツは不審者ではありません。前の会社の後輩の篠田です」
「はあ!?」
驚かれる主任だけど取りあえず泣いているコイツをどうにかしないと。
「篠田離れなさい。お前の涙と鼻水で左右田さんのスーツが汚れる」
そう言って篠田の襟首掴んで離したのが。
「水野先輩!?」
鈴野先輩の元先輩の水野さん。クールビューディな人だったけど、目に隈があるし何だか全体的に疲れた感じ。
「篠田今日の所は帰るわよ」
「嫌っス! やっと左右田先輩に会えたのに!!」
「どう考えても私等不審者でしょうが……鈴野さんごめんなさい。後日もう一度お話しましょう」
水野さんが篠田を連れて帰ろうとした。だけど、どう考えても今すぐに話した方が良いかもしれないのは二人の状況を見れば一目瞭然だ。
「あの~お二人さん? 良かったら飲み会に来ない?」
そんな二人を声を掛けたのは支店長だった。
「何かその様子だと早めに事情を話した方が良さそうだし、どうもお二人さんの様子だと碌な食べ物を食べていなさそうだし。皆も良いよな?」
後ろにいる皆に声を掛けた支店長。皆頷く。
「すみません……」
「ありがとうございます!」
「支店長すみません私達の問題なのに……」
「他の皆さんもご迷惑をお掛けします」
上から水野さん・篠田・私・鈴野さんの順に皆さんにお礼と謝罪をした。
「いーよ。その代わり二人分のお金は出してね?」
幹事の美崎さんに水野さん達は「「勿論です」」と答えた。
「最初にヤバくなったのは総務課」
先に語り出したのは水野さん。
「鈴野が辞めて入れ違いに鈴野の教育係だった児木が戻って来てね……急に鈴野が辞めて児木が復帰したから皆驚いたけど、直ぐに落ち着いたわ。
ただね。鈴野が辞めてから一週間、二週間、三週間と、時間が経てば経つ程、仕事の量が増え始めたの。児木も別に仕事をサボってないし、普段通りに業務をやっていたのに段々忙しくなってきたのよ。
遂にはクレームが出始めたあたりから、流石に可笑しいてっ調査したら……鈴野。アンタ一人で五人分の仕事量をやっていた事が分かったのよ。増え始め仕事は元々鈴野が一人でやっていた仕事だったのよ」
「ウソっ!? 鈴野さん一人でそれだけの量をやっていたの!!??」
「? 私が担当する仕事をやっていたのですが……」
「ええそうよね。そうでしょうね。アンタの教育係だった児木とその取り巻きだった馬鹿共の仕事までやっていたからね! そう教育したのもあの馬鹿達だったもんね!!」
「「「「うえええ~~!!」」」」
鈴野さん以外の全員が驚きの声を上げた。
聞けば新入社員だった鈴野さんに児木さんとその取り巻きが、何も知らない鈴野さんに自分達の仕事を押し付けたのだ。しかも全部定時で終わらせろと無茶ぶりを命令して。それを鈴野さんは素直に聞いて、定時に終わらせていたのだ。
「?? 重要な書類、期限が近い書類から片付けて、事前に予測できる物は直ぐに取りかかれば何とかなるものですよ」
「そうね。普通はそうでしょうね。だけどアンタの場合は量が多いのよ!!
すぐに課長が馬鹿達を怒鳴りつけて、本来の自分達がやるべき仕事を振り充てたのよ。まあ、気付かなかった課長にも責任があるけど、まさか四年間も一人でやりきるなんて思いもしなかったわよ。あんな量」
……どんだけの量を押し付けたんですか児木さん達。
「それでも仕事が終わる事が出来なかった。当たり前よね、引き継ぎも碌に出来なかったのだから。えっ? メールで必要な情報を送った? ……そんな話聞いたことも見た事もないわよ。
そのせいで一人、二人と体調不良で休職する社員が増え始め、残業する時間も増え始めて……流石に子持ちの女性社員や派遣社員は何とか早めに帰らしたけど、その分正社員の負担が増え始めて……それなのに児木の馬鹿野郎は定時で帰りやがるし……流石に取り巻き達は帰らなかったけど、針の筵状態よ。まあ、自業自得だけど」
総務課がそんな感じだと周りの課も被害が及ぶ。課長と水野さん達が頭を下げてその課で出来る事は出来るだけその課でやってもらう事にして貰った。
しかし、ここで新たな問題が起きた。
「ウチの課は先輩が抜けられた跡が痛かったです。先輩が担当の会社とかあったんですから。引き継ぎもナシでしたからね……午後から戻ってきた部長が事態を把握した時真っ先に専務に抗議しましたよ」
「やっぱり専務の独断だったのね」
「ええそうよ。愛しの恋人ちゃんともう一度働きたい為に」
「あれ? あの人結婚していたんじゃあ……」
「離婚されたのよ。多額の慰謝料と養育費を支払う為に戻ってきたみたい」
「アレ? 日本じゃあほとんどの場合親権は母親になるんじゃあなかったかな?」
美崎さんの疑問に水野さんは眉間に皺を寄せながら答えた
「……どうもあの馬鹿、子供を家に放っておいて浮気していたらしいのよ。しかも何人も。
児木の火の不始末で家を半焼させ、大きな怪我はなかったけど煙を吸って子供が入院し、夫が何度も連絡を入れても出らなかった理由は、愛人の家で脱法ハーブを吸いながら乱交パーティーをしていたのよ。因みに何でソレが分かったかと言うと、スマホのGPSを使って児木の両親が愛人宅に行ったから」
酷過ぎてコメントできない。
「ありとあらゆる苦痛と絶望を味わって最後を迎えれば良いのに」
うん。遠まわしに言っているけど『死ね』と暗に言っているよね鈴野さん。てか、ここまでキレている鈴野さん初めて見た。
子持ち既婚者でもある支店長や部長や主任や鮎川さんは不機嫌そうな顔になっているし、結婚はしてないが同僚の剛田さんや美崎さんも嫌悪の表情だ。
「何でそんな人が本社に復帰できたんすか」
「それわね篠田。証拠がないけど児木の愛人の一人に専務がいたとの噂よ」
個室で飲み会をやっていたけど明らかに温度が三度位下ったわ。
「……続きですけど、抗議された専務は自分の後輩を送ったんです。同じ有名大学の。……ソイツがクソ生意気なんです!! 有名大学に出たのを鼻に掛けて高卒やちょっとレベルが下の大学卒業をあからさまに見下して……ッ!! 俺、ソイツの教育係なんですっ」
篠田は高卒だ。相当煮え湯を飲まされたのだろう。同じ高卒の郷田さんが篠田の肩をぽんと叩いて、空になったガラスにビールを注いだ。篠田はソレを飲んだ。
「仕事はそれなりに出来たんですけど、態度があんまりにもなめきっていたもんで客対応はさせなかったんですが、運が悪い時に皆が出払った時にK6全員から電話が」
「K6? なんだそりゃ」
「前の会社でクレーマーの中でブラックリストに載っている六人の事です。その人達の対応は先輩が担当だったんです」
「でもその人達の対応方法はマニュアルにしてあるから、ソレを見ればなんとかなる筈じゃあ」
「教えたんですけど、アイツ高卒の意見は全く聞かず、全然見なかったんです。そのせいでK6全員を怒らせて……」
K6がヤバいのは行動力のあるクレーマーなのだ。
彼等はその新人の行動をネットの匿名サイトにある事ない事書き、義憤に駆られた人・愉快犯に呼びかけて電話や会社のサイトに猛攻撃を始めた。
お陰で現場は大混乱。サーバーも電話もパンクしてとてもじゃあないが仕事が出来ない状態だ。お陰でその日の仕事はパー。
「次の日からキャンセルになった取引相手に謝罪に行ったり、昨日の分の仕事をしたり、クレーム対応したりで……K6のクレームが止んだのは昨日でした……」
「その被害が他の課にも及んで、やっと鈴野の抜けた穴が落ち着いた総務課もサポートに周りに回って……」
だから二人共やつれていたのか。
「先輩達、戻ってこないんですか?」
「無理よ。解雇されたんだから」
「てか、何で鈴野ちゃんと左右田ちゃんは辞めさせられたのさ」
私と鈴野さんはお互いの顔を見て、専務の話をした。
「どう考えてもソレが主な理由だな」
「ソレだね」
「ソレよね」
「ソレしかないわね」
「ソレ以外あり得ないね」
「ソレがクビの最たる理由だな」
支店長達が口を揃えて言う。篠田達は頭を抱えて蹲っている。
「私怨で辞めさせられるなんてありえない……馬鹿じゃないのあの屑」
「元々俺様と言うか暴君な所があるから好きじゃあなかったけど、大っ嫌いになったわ今……」
「私達だってソレが原因だと思いたくなかったわよ。そんなのが曲がり通ればあの会社直ぐに倒産するわ」
「と言うか社長とか会長とかの偉い人達は今の今まで何やっていたの?」
支店長に言われてそう言えば……と思い直した。
「……確か海外で大きなプロジェクトが決まるか決まらないかの瀬戸際だったそうで、本当なら役員だけで良かったのだけど、一応会長も社長も付いて行って……」
「そう言えば昨日二人とも帰って来て、今朝、正社員・派遣関わらず社員一同定時で帰るように命令されて……だから私達はこうして鈴野達に会えたのよ」
……
「これで何にも変わってなかったら、ウチに働きに来な」
支店長の言葉を最後に、飲み会と言う名の愚痴会は終了した。
それから一週間後。
専務と一部の社員が最果ての子会社に飼い殺しされる事が決定されたと篠田に聞かされた。
左右田莉李亜
見た目はギャル系。しかし家はそこそこの旧家な為、礼儀作法はそこそこ出来る。
宇宙の様に広い心とマリアナ海溝の様な懐の深さの持ち主。その為、クレーム対応を彼女に任せればどんな相手でも穏便にすませ、うまく行ったら商品を買って貰える時がある。
鈴野倫子
見た目は真面目な優等生なイメージ其の物。実は十代で出来婚した。
世間を知らないせいで児木達の嫌がらせに気付かずに、仕事を頑張った。元々頭の回転が良かったせいか何とか定時で仕事を終わらせる事が出来た。
支店長・部長・剛田・主任・鮎川・美崎
二人の新しい職場。最初の三人が男で後の三人は女。
良い人達。部外者でも嫌な顔せず接する事が出来る。実は支店長、本社の偉い人とツテがあるから二人の事や二人の元会社がどうなっているのか全部知ってた。
篠田
ワンコ系なイケメン。父親を早くに亡くして、家族を助ける為に高校卒業してすぐに就職した。因みに彼女あり。苦労人。
水野
クール美人。しかし最近の激務でボロボロになっている。彼氏が欲しい独身。
専務・児木・新人
責任を取らされて最果ての子会社の工場に定年まで勤める事が決定される。後に専務は家を追い出されて実家の権力を禁じられた。