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(八)こまかく稼ぐママ

 韓国人経営の店を頼ってくる娘たちのほとんどが着の身着のままだ。そして入店と同時にチマ・チョゴリを買い取らされる。が、これが韓国の値段ではないからバカ高い。初めに最低二着、翌月から最低一着ずつ増やしていく。ホステスたちは働きながら衣装代を返す。暗い店内で日本人客に気づかれることはまずないが、安い化学繊維のものを毎日のように着るから、自然光の下で見ると白地のものはもちろん、淡い色のもので汚れてないものはない。ママは月に一度、汚れの目立つ昼間にホステスたちを事務所に呼び集めてロッカーを点検する。つまり、営業を始める。〈汚れた服で店に出られちゃ困るからね〉と言って、安物の韓服を高く売りつける。娘たちがチマ・チョゴリを買う店は出入りの業者か指定店だ。

 英姫が〈無窮花(ムグンフア)〉に入ったときも韓服屋が事務所にやって来ていて、ホステスたちはキャアキャアはしゃぎながら衣裳を選んでいた。彼女たちにも意地があるから仲間よりいいものを欲しがる。服が買えないホステスはクリーニングに出す。何度もクリーニングすると、縫い目がほつれ、金箔は()げるか変色して戻ってくる。ママの目はそれを見逃さない。〈早くお客に買わせるようになれ〉とハッパをかける。

 ホステスが(ママの仲介で)客から韓服を買ってもらうと、店でカップルのお披露目をする。ママは勝者を仕立てて努力を評価し、ハミョンテンダ=なせばなる、とホステスどうしの競争心をあおる。ホステスは客の望み通りの見返りを提供しなければならない。韓服を買ってもらうというのはそういうことだ。


「英姫、あなたも好きなのを二着えらびなさい」

「二着?」

 制服は貸与されると言われて来た。入店祝いにしても新しいのを二着もくれるはずがない。英姫はママに確認した。

「ウチは買い取ってもらうよ」

 話が違う。

「最初の韓服は支給されるのじゃないんですか?」

「よその店のことをウチで言って欲しくないね」

 衣裳代は給料から二十五パーセントずつの四回で返済するのだという。経済的弱者の彼女たちは少しでも客の目を惹こうと派手でトビキリの安物を買う。すぐにダメになる。韓服屋の娘はママのカラクリを見破った。業者のものは値段が高く仕立ての粗っぽい土産用だ。……ひどいものだわ……。

 英姫は所持金もなかったし、借金するのも性に合わなかった。

「家から持ってきたのがあるんです。いいですか、それで?」

 ママは顔をしかめた。

「父さまの遺言だし、母さまとも約束して来ましたから、借金できないです」

「見せてごらん」

 英姫はスーツケースから成人式に着た韓服を取出した。良枝の手作りで目のさめるようなブルーのチマとまっ白なチョゴリはシルクで、ホステスたちのような安物ではない。女たちが口々に讃嘆の声をあげた。

「うわぁ、すてきねえ」

「英姫、うちは客商売だからね、それが少しでも汚れてたら着させないよ。替わりを用意するんだね」

 どうしても一着は買わせたいらしい。

「私の韓服が汚れてたら言ってください。そのときは新しいのを買いますから」

 ……しっかりした子だよ。でも、すぐに二着め三着めが必要になる……。

 その晩、英姫はソウルの母に電話した。

「母さん、家のドハデな安物じゃなきゃだめよ。すぐに五、六着送ってちょうだいっ」


 ホステスたちは美容院も何軒かの指定店を使うという。指定店なら二割ほど店から補助が出るからだ。先輩たちが言うには店の客を連れ込むホテルにも指定のものがあるという。売春を強要すると摘発されるので、ママはホステスたちに客との自由恋愛を(ほの)めかす。店にやって来るのは女をモノにしようという男たちだ。ママは指名が少ない子に〈ちゃんとすることをしなさいよ〉と目を吊り上げる。

 ママは客に出させるホテル代も無関係のホテルに儲けさせはしない。裏でツルめばそこから利益が出る。客は少しも疑わずホテル代を払う。ホステスたちはチェックアウトの時に『お世話になってます。〈無窮花(ムグンフア)〉からです』と告げて、領収書とは別に料金が書き込まれた紙片にホテルのゴム印を押してもらう。指定日までにママに渡せば、給料に上乗せされて現金が返ってくるクーポン券だ。わずかな額でも貧しい女たちは無視できない。〈無窮花〉に使ってもらうホテル側は料金を二割引している。ママは女たちからクーポン券を一割で買い集めて月末に何軒かのホテルを廻る。ホテルはのべ料金の二割をママの手に渡す。一割がママのフトコロに入る。

「身体を張って売上げに協力してもらっているんだもの、せめてこれくらいはさせてね」

 ママは女たちに白じらしく恩を売る。


 ……美人だし頭も悪くない。ことばを覚えればナンバーワンだって遠くない。英姫は〈稼ぐ〉だろう。いい拾いものをした……。ママはそう読んだ。そうかも知れなかった。また、畑中岳志と勝又達也の二人が連れ立って通うものと思ったが、これは少し外れた。バトンタッチでもしたように、畑中が姿を見せなくなったのだ。達也が英姫を目当てに通うのは二人の様子から察したが、この男は岳志のようにハデに飲み食いはしないし、仲間を連れて来るわけでもない。こんなケチな客に売出し中の有望株を独占させられない。ま、英姫は人気者になって引っ張りだこになるから、そうそうべったりも出来なくなるけどね……。

 だれが金を運んで来るのか見極めろとあれほど言ってあるのに、英姫は達也のところにばかり行きたがる。また、二人して隅のボックスにこもってる。幼稚園じゃあるまいし、早く客あしらいを覚えて、店中に色気を振りまいて稼いでくれなきゃ困るじゃないか。美人なだけでは客は金を使やしない。お人形さんでは指名料は入って来ない……。


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