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(六)英姫来日のいきさつ

 英姫は大学二年の一月、学年末試験を済ませ、休学届けを出したその足で金浦(キンポ)空港へ向かった。彼女の飛行機は成田へ飛んで来た。

 彼女の父親は五年前に他界していた。家業の韓服の仕立て販売が思うように行かず、貯えが底をついて母の手だけでは彼女の学費をまかなえなくなったからだ。英姫が日本に行きたいと言い出すと、母の良枝(ヤンジ)は当然のように反対した。〈必要なだけ稼いだらすぐに帰って大学を続ける〉と苦もなく言ってのける娘が、良枝には危なっかしくて仕方ない。

 ……手っ取り早ければ、それだけ身の危険を覚悟しなきゃならないくらい分かりそうなものだ……。

「でも、母さん。このままじゃ秀哲(スチヨル)を大学にやれないわよ。わたしだって大学やめたくないし……。ちょっと休学するだけだから」

「気持ちはそうだろうけどね。ボロ家がいつの間にか立派になってるのに、娘が帰って来ない家があるのは知ってるだろ?」

「私はそういう子とは違うから。お願い、行かせて」

 ……そういう子とは違うか──。行ったきり帰らない娘たちも最初はみんなそう思ったんだ。父さんが生きていたなら許しゃしないよ。もっとも生きてりゃこんなことにはならないけど。あなた、どうしたらいいかねえ。あの娘を信じて行かせてやる? 学校を諦めさせて韓国におくほうがいい? あたしには分からないよ……。

 母の良枝は閉じていた目を開けた。

「英姫、おまえは私の娘だよ。私だけじゃない、亡くなられた父さまもおまえを信じているからね、行っといで。ただ……」

「ただ、なんなの?」

「辛かったらすぐに帰っておいでよ」

「やだ、母さんったら。行く前から」

「私も父さんもハラワタがちぎれる思いでおまえを日本に出すんだから、それだけは忘れちゃダメだよ」

「わかりました」

 母娘は抱き合った。

「お金のことで欲をかくときっと帰って来れなくなる。母さんは立派な家に住みたいなんて思わない。いいね、そんなのを親孝行だなんて間違っても思うんじゃないよ」

 良枝は娘に何度も念を押した。


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