表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/32

(三十二)逝く者、来る者

 達也は梶井校長からの復職依頼を断った。

「母の具合が思わしくありません。千葉の往復がこれまで以上に頻繁(ひんぱん)になろうかと思います。お気持ちがおありでしたら、非常勤で今少し樫山学園においてもらえませんか。専任ではご迷惑をかけますので」

「わかりました。学校の方はご心配なさらずにお母上のご看病を専一に……」

 校長は頭をさげた。


 達也が韓国に電話すると通話中でつながらないことがしばしばだ。やっとつながると、英姫は早苗と話していたのだという。

 ……また母さんが早く日本に来て顔を見せろとせっついているんだ。入院生活が長引いているからな。無理もないが……。

 英姫は一度早苗に顔を見せておかなくてはいけないと思っていた。

 ……会えるうちに会っておこう。夏休みでは遅いかもしれない。達也さんにも報告しなくちゃいけないし……。

 英姫は六月に入ると、週末を利用して達也が看病している義母を病室に見舞った。二十年ぶりに見る早苗の体はひと回り小さくなっていた。英姫は老女から実の娘のように迎えられ、甘えられた。しわだらけの早苗の両手が彼女の顔を包んだ。

「英姫、おまえは本当に奇特な娘だよぉ。長かったねぇ。よぉく待っててくれたねぇ。これで安心だ。ウチのバカ息子をたのむよ」

「たのむだなんて、お義母さま。ねぇ、いいお話ですの。お医者さまがお腹の子供は三ヵ月ですって。お正月まで待っててくださいね」

 英姫は腹をさすって早苗に微笑んだ。

「そおかい、赤ん坊が。そりゃ、よかったよお。英姫、授かりものだからね、身体は大事にしなきゃだよ」

「はいっ」 

「ひどいな、僕より先に母さんに報告かい? それにしても、飛行機だなんて無茶すんなよ」

 高齢出産を気づかいながら笑顔を隠しきれない達也を見て、英姫は夫の優しい眼差しはつくづく早苗ゆずりだと思う。早苗が言った。

「英姫……」

「はい?」

「……駒隅田」

 英姫が二十年ぶりに聞いた懐かしい早苗の〈ありがとう〉だった。英姫が初対面の早苗に親しみを覚え、尊敬するきっかけになったことばだった。

「……チョヤマルロ(私のほうこそ)」

 英姫は早苗のことばを噛みしめた。


 秋、十月の朝焼けの朝、病室の早苗は韓国の英姫を思い浮かべながら、赤ん坊の顔を見ずに息を引取った。老女の両手は毛布の下で祈るように組み合わされていた。

 新しい墓標の前に立った喪服の英姫は腹が大きくせり出していた。彼女は声をかけた。

「お義母さま、赤ちゃんは女の子だと言われました。さっそく達也さんと相談して暁子(あきこ)と名前をつけました。あなたの初孫です」(了)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ