(二十八)机上の英姫
樫山学園では非常勤講師のことを慣習的に〈講師の先生〉という回りくどい呼び方をする。不特定の場合がそうだが、面と向っては○○先生となる。達也も勝又先生だ。〈先生〉をつける・つけないは呼ぶ方の距離感覚で、敬意を込めた場合もあれば突き放して距離を保とうとする場合もある。教員どうしは仲間意識から「○○さん」と気軽に呼びあう。達也はこれで自分との距離を測る。英姫の一件があってから、昔のように勝又さんと呼ばれることは少ない。岳さんだけが相変わらず達ちゃんと呼んでくれる。若手講師は意にも介さないことでも、白髪頭の達也は勝俣先生と呼ばれるとやはりさびしい。
非常勤ながら一つ机を与えられている達也は、机の上にありったけの韓国関係の辞書や雑誌をぶちまけている。
〈あんな奴でも取り柄があるって言いたいのさ。ま、ケチなデモンストレーションだな〉
達也はバカにされているのを承知でどうでもいいことに〈した〉のだ。若い留学組はふくれた財布に妻子の写真を入れて持ち歩き、机の上にはフレームに入れた家族の写真を立てている。日本人のメンタリティもじょじょに変わって来たのかも知れない。
……よくやるよ、こんなアメリカのまねを……。
そう言っていたタツヤが数年前からその仲間だ。机の上に韓国の宮廷衣裳をまとった男女の写真が飾ってある。英姫と撮った婚礼写真を接写してもらったものだ。いや留学組をまねたのではない。
……失うものはすべて失ったのだ。もう他人の思惑も何も関係ない。それよりは英姫に自分のそばにいてほしいだけだ。英姫の写真は僕自身の追憶の扉だ。人に見せているのじゃない。他人が見たって僕と英姫の間には割り込めやしないんだから……。
助手のおばさんたちは「きれいな方ですね」と言ってくれる。達也も悪い気はしない。が、彼女たちにはこの写真にまつわる思い出がない。誘われる過去がない。
……勝又先生もよくやるわねえ。あんな年になって恥ずかしくないのかしら。写真の人は奥さんじゃなくて、とっくの昔にダメになった恋人のですってよ。惨じめったらないわねえ。おー、やだ、やだ。未練な男だこと。今頃あちらさんは子供の三人もあって賑やかにやってるんでしょう? あっはっは……
……バカだと笑え、居直ったとさげすめ。どう思われようと英姫は生涯にたった一人の女なのだ。その恋人が韓国語と写真とで僕の前に生き生きとよみがえって来るのは、他人とは分ち合えない僕の事実だ、空想ではない……。
達也もさすがに教員室で写真に向って話しかけるまではしないが、人目がなければそれも我慢できる自信はない。
達也は写真の英姫の視線を感じながら梶井校長から頼まれた挨拶原稿に取りかかった。
……校長はカタカナで頼むと簡単に言うが、カタカナでは韓国語の音は表せない。表せないから通じない。かと言ってせっかくの乗り気の校長の出ばなを挫いてショゲさせる訳には行かない。原稿の文章はそのまま、校長が望めば、ドアをぴったり閉めて校長室で発音の特訓をしてやろう……。
ハングゲソオシン(韓国よりお越し下さった)ソソンヨジャコドゥンハッキョ(瑞泉女子高等学校の)ソンセンニムヨロブン(先生方)、アンニョンハシムニカ(今日は)。チャルオショッスムニダ(ようこそお出で下さいました)。チョヌン(私は)カシヤマハグォンコドゥンハッキョエ(樫山学園高等学校)ハッキョジャン(校長の)カジイトモユキラゴハムニダ(梶井智行と申します)。
チョイ(私ども)かしやまハグォンステプ(樫山学園スタッフ)モドゥルルテッピョハヨ(全員を代表しまして)チンシムロ(心より)ファニョゲトゥッスル(歓迎の意を)ナタネムニダ(表します)。
本人に何の意味もなさない音の連なりを覚えて再生するのは周囲が思う以上に難しい。どこを間違えているのか本人には分からない。校長もやはり音を覚えきれず何度も間違えている。語呂合わせで無関係な意味をつけたら余計に混乱してしまう。達也は校長室にカセっトテープを持ち込んで、ここはこう、あそこはああ、といちいち発音の注意を交えた練習風景をそのまま録音して校長に渡した。……テープを再生するたびに注意を聞けば少しは通じる発音になるかもしれない。
「とにかく〈くり返し〉まねてカタカナを見ずに言えるまでやってみてください。後は気持ちです」
「いや、ありがとう。助かりました」
テープを手にした校長は、もう出来たつもりだ。




