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(二十七)渕上校長の悔悟

 篠山隆蔵の葬儀は、冷たい雨の降る十一月末だった。篠山総合病院の医師たちに混じって棺を霊柩車に運び入れた後、校長の渕上虎治は合掌して一礼をした。

「梶井君、私の校長も今年度限りだ。君も校長補佐をやってきたから大方察しはついていようが、校長というのはな、現場の最高責任者ではあっても学園のトップじゃない……」

「はぁ?」

「校長は上に立つのではなくて間に立たなけりゃいかんよ」

「はぁ? はぁ……」

「生徒と学校、PTAと学校、理事会と学校、教育委員会と学校、OBや支援者たちと学校……みんな学校の代表として相手の言い分を聞き流して乗り切らにゃならん」

「はぁ」

「私には十七年間を校長で過ごして残念でならないことが二つある。記録に残らぬとは言え、我らが樫山学園学園史にこの私がつけてしまった汚点だ」

「はぁ、何のことでしょうか」

「二つとも校長就任から何年でもない頃のことだ、君も覚えていよう? 国語科の畑中君な、彼が生徒らに風俗嬢との(むつ)みあいを話して聞かせたとき、私は問答無用で彼を吊るしあげた。彼の真意を(ただ)しもせずにPTA側に立った。間に立つべきだった。クラスの大半が彼の話を真剣に受け止めたのは、他でもない彼の人柄だ。それを保護者からの苦情でパニックになった私は、話が大きくなるのを恐れるだけで、畑中君のことを考えなかった……」

「はぁ」

「それから一年ほどして私の人生最大の痛恨事が英語科の勝又君のことだ。今、火葬場へ向かった篠山氏の圧力に私は屈した。校長職にしがみついているには彼の言いなりになるしかなかった。何もかも知りながら勝又君をペテンにかけて解職に追い込んだ。自分の保身のために彼の一生を台無しにした。いや、人生を狂わされたのは彼ばかりじゃない。彼が命がけで愛した韓国の女性をも犠牲にした。彼女にも親兄弟があったろうに。幸せであるべき二十年を二人から奪って滅茶苦茶した私はとんでもない男だ。口が裂けても教育者だなどと言えない」

「………………」

「私の処分は新理事会の判断に任せる。篠山氏がいなくなった理事会だからまっとうな裁断を下すだろう。今さら勝又君に許しを乞える立場ではないが、折りをみて彼を復職させてはくれまいか」

「なんとむごいことをされたのですか。信じられません」

「梶井君な、君の校長補佐は畑中君に頼むといい」

「はぁ、それも罪滅ぼしですか?」

「いや、だれからも許してもらえるとは思ってない。私は勝又君を罠に落としてやれやれと思った男だ。悪魔に見入られていたんだな、実際にほっとしたのだから。そこへ『勝又の解職を取り消さないと一生悔いを残すぞっ』と辞表をフトコロに直談判に来たのが畑中君だった。私はどんな顔をしていたろうか。私は彼と目が合うのを避け、その後もしらを切り通した卑劣漢だ。畑中君の男気が衆を頼むのを潔しとしなかったから、私は校長でいられた。篠山氏のお陰でも何でもなかった。あのとき彼が組合を動かしていたら、私など簡単につぶせたものを……。副理事長にシッポを振っていた私は見苦しい小心者だ……」

「何ということですか、二十年も……。酷いです、酷すぎます、校長」


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