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(二十六)英姫の二重日記

 英姫は日本語で日記をつけた。少女が架空の恋人に宛ててそうするように手紙文にした。たとえ手紙は届かなくても、手紙を書くのにかけた時間は、純粋に相手を思った時間だ。それを相手に捧げて、自分の手を差しのべられるだけ差しのべて相手とつながりたいという幼い信仰だ。英姫がそうした少女たちと違うのは、受け取り人が日本に実在する男だということだ。彼女は達也とつながっていたいために、呼びかけの多い手紙を書く。


 勝又達也クィハ、私は達也さんを育てた日本語がどうしても習いたくて、今、清州大学校日語科の一年生です。会えなくなっても達也さんは私の一番大事な人です。達也さん、ことばの競争のこと覚えてますか? 私は日本語を勉強していると達也さんのアパートで後ろから肩を抱かれているような幸せな気分になります。だから日本語をつづけられます。達也さんがそうしてくれたように、私も達也さんのために日本語を勉強します。私たちの〈ことば〉はきっと愛に変わっていきます。達也さんも韓国語を続けてください。達也さんのことだもの、きっとそうしてくれてますね。英姫オルリム


 だれにも見られない英姫の日記は達也宛てに書かれる。風邪をひかないように気をつけるのよ、夏バテしないでね、と遠い息子を気遣う母親だったり、恋人の部屋で、からかわれるのがうれしくてたまらない、と息づかいが聞こえるほどの距離で甘える少女だったりする。花屋で季節には早い花を見たことや、夕食のおかずのことで母親とささいな口論をしたことも日記に書かれた。英姫は達也に厖大な時間を(ささ)げ、日本語で彼への愛を支え、ハングルで自分を支えた。どこを開いても達也を慕う手紙、そして合間に宛名のないハングルの走り書き。日記は彼女が日本語学科を卒業した後もつづいた。


 達也さん、今日、仁川の私立女子高で採用試験の面接を受けて来ました。面接をなさった先生が、私の少し複雑な学歴について尋ねられました。浪人を含めて三年のブランクのことです。迷いましたが、結局、正直に日本のことも話してしまいした。面接の先生は「ご苦労なされましたね」と言ってくださいましたが、結果は分かりません。達也さん、私の幸運を祈ってください。とにかく一段落、ほっとしてます。


 ──面接を受けた女子高のトイレでナプキンを換えながら谷川俊太郎の詩を思いだしていた。生理を詩にするなんて。少女はしゃがんで待つ、だったか。血を滴らせて同じ痛みに耐えていても、タツヤを知った私は少女のように漫然とは待てない。すっぽかされた待ち呆け女なのかと思っただけで下っ腹より先に心が出血してしまう。タツヤ、迎えに来て。 私たちが別れたままでいてどうするのよ!


 達也さん、石川達三という作家の『人間の壁』上中下の三巻を買いました。日語科の先生から薦められたのです。(ススメルはどの漢字を使うのか未だに迷います)彼女は日本人の教員ならたいてい読んでいるだろうと言われました。達也さんは読みましたか? 長篇なので私は机の上に三冊重ねたまま未だ読み始めていません。雑事に追われています。立派な教師像が描かれているのでしょうけれど、私は作者が達也さんと同じ漢字だったから買ってしまったのだと思います。


 ──噂などにへこたれず頑張って教師を貫いてくれと泣いて頼んだことが仇になったのか。タツヤの苦しみが薄らいだのか増さったのかすら伝わって来ない。私はあのとき結婚をすんなり行かせようと(もちろんタツヤを失いたくなくて)彼に教師でいて欲しかったのではないのか。日本人だからと反対されてもタツヤが教師であれば説得できるというずるい計算が働きはしなかったか。私は本当に教師になりたかったのか。タツヤの教師という立場を一匹の女になって手に入れようとしていたのなら何と醜いエゴだ。自分が嫌になる。


 達也さん、このごろ貞鐵伯父がやたらと見合い話を持ち込んで来て困ります。あの人は私が達也さんの妻であることが分かってないのです。始末が悪いです。同じことが達也さんの身に降りかかりませんように。私は達也さんと結ばれたことをずっと誇りに思っています。


 ──貞鐵伯父の眼にタツヤは過去完了形。私のタツヤは現在、それも進行形。私は成春香(ソンチユニアン)*を気取っているだけなのかな、やっぱり。いいえ、タツヤ、フィクションじゃないわ。私はあなたを愛して、ここにいるのよ。(*『春香伝』のヒロインで貞淑な韓国女性の鑑)


 達也さん、いよいよ明日は私の初めての授業です。どんな子供たちと会えるのか楽しみですが、やはり不安の方がずっと大きいです。達也さんも最初のときは今の私と同じ気持ちだったのでしょう? 高校二年生の日本語を担当します。がんばって来ます。


 ──生徒たちが日語をやるのは教科として与えられるからで、明確な動機や目標はなさそう。一人の生徒から「先生は何がきっかけで日語を勉強されたのですか?」と聞かれた。一人の男を好きでいようと思って始めたと言うわけにも行かなかった。〈結果的に〉教師になっている私。その生徒の面だちと年齢で〈無窮花(ムグンフア)〉の玉姫(オツキ)を思い出した。元気で鶏カルビの店の女将さんになってることだろうが、思い出が年をとってくれないので、私には哀しい玉姫しか見えてこない。玉姫は私のことを思い出すことがあるだろうか。


 達也さん、今日は歴史の教師から口説かれました。驚かせてしまったなら御免なさい。でも、ご心配には及びません。安全距離は保っています。彼が誤解するような魅力が私にあるとすれば、それは達也さんのものです。私が無意識のうちに誤解される(物ほしそうな)表情をするのは、達也さんのことを考えているときなので、自分でもコントロールできません。私の意識は彼をはっきりと拒みます。彼が私を口説いてもどうにもなりません。ここでも私に心に決めた人があるのを信じない人たちがいます。困ったことですが、こんなことがあると余計に達也さんのことを思えるので(かえ)っていいのかも知れません。達也さん、私をあなた以外の男から守ってください。


 ──タツヤからの消息がない。それでも時間は過ぎて行く。言い寄られてまんざらでもない自分に戸惑う。彼は職務に忠実で悪い人ではない。ただ、日本人に対する偏見を当たり前のように思っているらしい。単純に私か彼のどちらかが別の学校に移って夫婦共稼ぎし、安定した幸せな家族を頭に描いただけだろう。この国ではまじめな教師ほど日本人に偏見を持っている人が多いが、そう思うのも私の偏見かも知れない。偏見は狭量さ。私の初めての男が日本人だったと知れば、狭量な男は根掘り葉堀り聞き出さずにはおくまい。私から進んで日本人に身を任せた事実は彼のメンタリティーを破壊するだろう。無縁な人と一緒になってまで図々しく教師をやっていようとは思わない。自ら招いた状況だし、大好きなタツヤとのことだもの、だれが後悔なんかするもんですか。


 達也さん、達也さんも見た家の庭のムクゲが今年も咲出しました。わたしもやっぱり韓国の女です。次々に(つぼみ)をつけ咲いていく無窮花(むくげ)を見ると、私も頑張らなきゃって思うの。八王子の〈無窮花(ムグンフア)〉は嫌なこともあったけれど、達也さんと出会わせてもらえたことだけは感謝できるようになりました。人間は嫌やなことはどんどん忘れるから思い出は美しいのだと言う人がいます。そうなのかも知れません。達也さんは私の美しい思い出の中で今も元気に跳ね回っています。夢の中でもいいです、もっと姿を見せてください。もっと声を聞かせてください。


 ──私に八王子でのことがなかったなら、私はもっと幸せだったんだろうか? いつも答は出ないのだけれど、ぼんやりタツヤのことを考える。一人の男を色んな角度から分析して、総合成績で人が好きになれたらどんなに楽だろう。そうなればタツヤは落第するだろうな。でも、そういう考え方をすると、人が何で(何を目的に、何を根拠に)生きているのか分からなくなってしまう。私にひとつだけ分かるのは、私をここに生かしている同じものが日本でタツヤを生かしているという実感だ。人間の中心にあって人間を動かして来たのは、小賢しい学問や善悪のあやふやな常識ではない。人知を超えて働いてきた力だろう。人間は心がその力に共鳴した瞬間を忘れてはならない。その瞬間こそが永遠なのだから。タツヤに初めて会ったときの力が私を引きずっていく。いったいどこへ……?


 達也さん、先日、日語科の先生(大先輩で美しい日本語を話される女性です)から日本の文芸同人誌を借りて読みました。投稿された『暁子』という詩に『だれにも話さなかった君のことばをくれ ぼくのをあげる ぼくらは同じことばを話そう』と言うのがあって私は涙が出ました。さっそくパクリました。『英姫のことばをくれ ぼくのをあげる ぼくらは変わらぬ愛を語ろう』どうですか? 


 ──地球上に何十億の人間がいようと、私といっしょに暮らすのは限られた少数でしかない。神さまは高慢な人間たちをこらしめようとバベルの塔を壊したという。以来、世界に散らばった民族は異なる言語を話しているのだと。日本語の教師になっても私には日本人の心まではわからない。外国語を習うことが神さまの意思に反しているからか? まさか神話時代じゃあるまいし……。聖書には『太古(はじめ)(ことば)ありき』と言う。その(ことば)はヘブライ語でも古代ギリシア語でもないメタ言語で、ことば以前のことばだ。私はそれを『眼差し』と解釈したのだった。そうでないと私とタツヤとの出会いは説明できない。(ことば)を信じる私は眼差しだけでタツヤを愛せる──私にはその自信だってあるのに。


 達也さん、昨日の詩は無名の人なのだそうです。先輩の話では、その人はもう十年以上も『暁子』という題でしか書いていないそうです。それを聞いたらなんだか、改めて達也さんとの別れを突きつけられたようで切なくなって、先輩の前でまた泣きそうになりました。心のなかで無名詩人を応援していただけに……。「大した量でもないから都合のよいときに私の家にきて、拾い読みしたら」と言ってくださいました。近々お言葉に甘えるつもりです。


 ──だれを恨もうとも思わないが、どうして私は英姫でしかなくて暁子ではないのか、いささか口惜しい気がする。無名の詩人は暁子にあふれるほどに『眼差し』を注ぐ。私は暁子に嫉妬しているのか、それとも詩人とタツヤを競わせて、音信のないタツヤを責めているのだろうか。タツヤ、この詩人は罪つくりです。私はタツヤに会いたくてたまらない。抱いてください。


 達也さん、学校の食堂のうどんは美味しくありません。いっしょに食べた「讃岐うどん」美味しかったよね。作った人の力が口の中でわかったものね。達也さんの舌も力強かった。あらっ、何てことを! でも取り消しません。これも英姫です。


 ──生身の自分をうらめしく思うのは思考が感覚にその座を明け渡すときだ。呼び起こされた感覚は本能と結託してどこに走り出すか分からない。職場では堅いとしか思われていない私が、授業の空き時間にトイレに駆け込んだことさえある。くまのプーさんのショーツを見るとつい買いたくなるのは、タツヤとの最初のときのことと関係なくはないだろう。


 達也さん、悲しいお知らせです。三日前、母が逝きました。私と秀哲の二人きりになりました。母の晩年の幾年かは結婚しない私をかばうようになっていましたから、親戚と私のわがままの板挟みで切ない思いをさせました。母は達也さんのことで後悔することがあったようですが、責めないでくださいね。母が母なりに私のことを考えてのことですから。『そんな修道女みたいな生活しててどこが面白いかねえ』とよく言われました。でも、母が幾分かそれを誇りにしていたのを私は知っています。一度しかお会い出来ませんでしたが、やさしいお義母さまはお元気にしていらっしゃいますか?


 ──母と娘が生きる時間の差はどうにもならない。電話の一件では私は一週間も眠らず半狂乱で母に喰ってかかった。弟の秀哲がいなかったら、私は自殺か発狂していただろう。受験勉強そっちのけで弟は私を心配した。『姉さんを見ていると何が人間の幸せなのか分からなくなる。だれにも姉さんの邪魔させずに義兄さんを思わせてやるのが幸せかも知れない』と大人ぶったことを言ったものだから私は可笑しくなって大笑いした。私は自分の声でこの世に呼び戻された。恐らくあのときの私の「狂気」を理解したのは秀哲一人だけだった。二人の子供の父親になった今でも、その考えは変らないと言うから頼もしい。秀哲、私はタツヤと初めて見つめ合ったときから実はもう一人ではなかったのよ。雷に撃たれた人間には正気と狂気の差なんてありはしないのよ。


 達也さん、学校の生徒たちは陰で私のことをオールドミスと呼んでいます。そんな年齢になりました。彼女たちは知りませんね、私が達也さんの妻であることも、どれだけ達也さんから愛されているかも。達也さんの韓国語も進歩したから知っているでしょう? オールドミスの古い言い方は老処女(ノチョニョ)という残酷な漢字です。良かった、達也さんに愛してもらえて。寒くなりました。厚めのセーターを出してください。


 ──モーパッサンの『椅子直しの女』もテニスンの『イーノック・アーデン』もそうだ。ハッピーエンドの『春香伝』ならなおさら絵空事だ。〈待つ女〉のどこがそんなに面白いのか。そんな女の何を美しいと言うのか。架空の人物とは言え、同じ待つ身の私には作者が彼女たちをもてあそんでいるように思える。この世には何百万、何千万の〈待つ女〉がいるだろう。騙されて〈待たされる女〉はそれ以上かも知れない。彼女らは貞淑なのかバカなのか。いずれにしても疑ったら待てなくなってしまう。待てなければ、すぐ後を追いかけて来る幸せも女を素通りして行ってしまう。人間はいつから待つ事を覚えたのだろう──。


 達也さん、今日パソコンを買って来ました。まだよくわかりませんが、インタネっトはなかなか面白いです。〈勝又達也〉を検索したら、社会理論を研究されている大学の先生のサイトだけしかありませんでした。同姓同名は韓国よりずっと少ないですね。私の達也さんを見つられないパソコンにはまだまだ進歩の余地がありますね。


 ──インターネットには必要な情報がない。面白い偶然を次々に提供してパソコンはヴァーチャル世界を作り出す。職場の同僚のなかには家人に内緒で〈出会い系〉を楽しんでいる者がいる。四等、五等しか当たらないクジみたいなことになんであんなに夢中になれるのかな? スカよりはましというのも現実的な考えではあるけれど……。


 勝又達也様、貴男は今、日本の何処におられますか。今朝ほど教頭先生から内示があり、私どもの学校の教職員十三名が東京の私立樫山学園高等学校を訪問することが決ったようです。日語科の私が一行の通訳を依頼されました。学校経営法の研修とデジタルデータの収集とのことですが、旅行日程を見ると箱根温泉泊とあるので、予算を使い切らなくてはならないのかも知れません。団体の中でどれほど自由がきくものか分かりませんが…………。寒さ厳しき折お身体ご自愛くださいませ。(かしこ)


 ──届かない手紙を書くのに倦んだのか、日本に行くので落ち着けないのか、今日のタツヤ宛はふざけている。北風の吹く浅川の岸辺も風情はあるだろう。タツヤとコートの腕を組み合って歩く自分を想像しながら、京畿道々立図書館の片隅で私は泣いた。今まで怖くてどうしてもできなかったが、日本に出かける前に、と思って日本の私立学校の教職員名簿をついに閲覧した。樫山学園のページにタツヤの名前はなかった。これをどうして私が責められよう? またタツヤを少し遠ざけてしまったような気はするが、タツヤは私に向って歩いてくれていると信じている。その足をさすろうにも私の手が届かない。もどかしい。私は一人で思い出の浅川の川原を歩いて、あのベンチに座ろう。『あなたの心が忘れないかぎり 思い出の地に あの日の風が吹いてくる』とあの詩人は言う。


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