(二十二)岳志の障害
「達ちゃん、玉姫をどう思う?」
岳志が聞いた。
「玉姫って〈無窮花〉のか?」
「達ちゃんが大変なときに聞くことじゃねえんだけどさ」
「どういうつもりさ、岳さん」
「どういうつもりって、そのつもりに決まってるだろ」
岳志は本気らしい。達也はことばを選んだ。
「う〜ん、玉姫ねえ……。悪い子とは思わないよ。けど、幼くない?」
「わかってるよ、達ちゃんの言いたいことは……」
「わかってるなら何で、そのつもりなんだよ? ヤケでも起こしたのか?」
「俺は達ちゃんとは違うよ。なぁ、この世の中で俺しか知らねえことを知りたくねえか? 親父もおふくろも知らねえ、いや、医者は知ってるが守秘義務ってやつだ。なァ知りたくねえか?」
「……話すなら、聞くよ」
「俺な、達ちゃん。やるのはやれるけど子供は出来ねえんだ。無精子症」
「まさか、悪い冗談は止めろよ」
「冗談でこんなことを言うかよ。子供を作れるなら、飲みに通って女遊びなんかしてねえさ」
達也は岳志の突然の告白に何も言えなくなった。美食家で女好きなのは知っていたが、そう言われてみると、たしかに岳志が飲み食いと女に注ぎ込む金は半端な額ではなかった。
「何年前だったかな、女に『アンタの子が出来た』って語られてよ。堕ろす金を都合しろと来やがった。相手はしたたかな女だし、そんなヘマをやるとも思えねえ。拠ん所ねえことなっちまってよ」
「そうか、岳さんはカトリックだったよね、たしか」
「それさ。話が本当なら認知しなきゃならねえ。崖っぷちからまっ暗な谷底へ飛び降りるみてえな心境で『産めっ』って言ってやった。すると、女は途端にしどろもどろになって『子供なんか産むつもりない。だから金が要るんだ』ってわめきやがった。『俺の子かどうか調べてからでも遅くねえだろう』って言ってやった」
「当然だ」
「行ったよ、大学病院で血液から何から徹底的に検査した。それで無精子症がわかったんだ」
「ふうん」
「『ふうん』じゃねえよ。わかっていいこととそうじゃねえことがある。自分の子を好きな女に産ませられねえんだ。女に家庭を約束できねえんだ。人並みの幸せってやつが奪われてんだ。刹那的にもなろうってもんじゃねえか。理屈じゃねえよ」
「そうかも知れないけど……。それと玉姫と何か関係あるん?」
「あの娘は他の女とちがう。俺を満たすんだ、癒すんだよ」
「すまん、話がよくわからんが……」
「男と女は自分にも相手にも期待があるからつき合うんだろ?」
「そりゃまあ、そうだ」
「商売女は男なんか期待しない。期待するのは男のフトコロだ。素人女はそれが逆だな。俺にしてもよ、相手に期待を持たせといて裏切るってのは信条じゃないからな、素人女には手をつけねえことにしてたんさ」
「してた?」
「英姫を達ちゃんに譲ったのは俺にしたら上出来だった。それまでの俺だったらよ、たかがホステスに遠慮なんかするもんか。でも、英姫は素人だったからね、家庭を持って幸せにならなきゃいけねえのよ」
「…………」
「俺もどぎつい性悪とばかり付合ってきたからね、それで玉姫が新鮮に思えたのかも知れねえ。玉姫はあの通りの娘だ。頭が足りないからウソがつけねえ。その意味じゃ神様と同じくれえ信用できる。俺は気が安らぐ。ナニをやるやらねえの先に何かがある……」
「玉姫の方は岳さんをどう思ってるんだい?」
「さァな。俺は玉姫の障害につけ込むヤツらからは守ってやりたいと思ってるのさ。まっ先に俺がつけ込んでいるのかも知んねえけどもよ、あっはっは」
「言いにくいけど言わせてもらうよ。岳さん、この先、彼女に不満を感じるようなことがないって言えるかい?」
「世間のモノサシじゃそうなるだろな。でも、そうなったなら、それは俺のせいで、玉姫のせいじゃない」
……これがエピキュリアン・岳志の正体だったのか。世間は個人を理解したいように〈理解〉してしまう。そして世間が理解だと思うものの多くがこうした誤解なのだ。岳さんは無精子症が判ったことで、物事に対する洞察を深めたんだろうな……。達也はそう思った。
岳志が玉姫のことを相談すると、神父は『将来をよくよく考えて、自棄になるのは止めなさい』と忠告し、玉姫との結婚に賛成しなかった。岳志の目には神父も、どこにでもいる俗物だった。岳志は玉姫と同棲を始めた。岳志は信仰を持ち続けたまま、教会を離れた。




