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(十八)韓国の親戚

 英姫の家の近くの韓式料亭に親戚と名乗る十数名が押し掛けた。ほとんどが年上の男たちで、達也は異様な圧迫感を感じていた。教員の社会的地位は日本よりも高い。学校の先生ということで親戚の者たちにも受入れられた達也は、良枝の前に両手をついてオンドル部屋の床に額をすりつけた。

「それにしても日本は遠いねえ」

 良枝がしんみり言うと、彼女の甥だという男が快活な声をあげた。

「俺は仕事でしょっちゅう行き来するけどな、日本くらいわけねえよ」

「ばか。良枝は寂しいって言ってんだよ。おまえってそんなことも……」

 別の声が言った。そしてまた年配の男の声。英姫の伯父にあたる貞鐵(ジヨンチヨル)氏だった。

「娘を嫁に出す親はだれしもそうしたもんさ。でも学校の先生なら良枝も大船に乗ったも同然だな」

 達也はこうして少しずつ声をかけてもらいながら英姫の夫になっていくのだと思うと、いちいちのことばに身が引き締まる思いがした。彼は夏休みの終わりに韓国で一度、日本の彼の田舎で、秋にもう一度結婚式を挙げるつもりだと説明した。

「姉さんとなら何度結婚しても構わないですよ」

 弟の秀哲(スチヨル)がそう言って集まった皆を笑わせた。親戚の屈託のない笑い声が達也には何より有り難かった。秀哲はことばを続けた。

「短期間でよくそこまで韓国語を覚えられましたね」

「君を弟にするために必死でした。おかげで専門の英語をずいぶん犠牲にしましたからね、君の大学受験の手伝いは出来ません」

 集まった男たちは達也の答に喝采し、彼を囲んでの酒宴が始まった。親戚になる男たち口々に達也の仕事のことや将来のことを聞いては酒の肴にした。英姫から話がどのように伝わっているのか、かねて承知なのか、将来のことは尋ねても英姫とのなれそめを聞き出そうとする者はなかった。

「義兄さん、受験勉強があるので、僕はこれで」

 秀哲はこの集まりの立役者だった。達也は年若い秀哲がこの国で一番の味方になってくれるだろうと直感した。

「あ、今日はありがとう。座がなごんで助かったよ」


 部屋を予約した旅館に向かうタクシーの中で、緊張を解かれた達也は、機嫌よく英姫に話しかけた。

「あれだけたくさん押し寄せて来るとは思わなかったなァ」

「あら、私の家なんか少ないほうよ。式の当日には女も子供も来てもっとふえるんだから、驚かないでね」

「心の準備はしておくよ」

「キサニム(運転手さん)、ここで停めてちょうだい」

 宿にはまだ距離のある場所で英姫は達也にタクシーを降りるよう促した。

「達也さん、私たちの写真とりましょ」

「写真?」

「決まってるじゃない、私たちの結婚式の写真よ、ククッ」

「ぼくらの結婚は夏だよ……」

「いいのっ。ここよ」

 〈スタジオ・オリオン〉という名の写真館だった。

「予約した姜英姫よ。さっそくお願いするわ」

 写真屋の夫婦は慣れた手つきで二人に王朝時代の宮廷衣裳を着せた。達也は、胸元の大きな金色の四角い枠に龍を刺繍したつやつやした青い外套を着させられた。頭に黒い冠、手に(しやく)を持たされた。いにしえの王様がまたたく間に出来上がった。

 写真屋の親父は達也の眼もとが赤いからと、ファンデーションを塗り付けた。

 お(きさき)は支度に手間どっていたが、やがてあちこちに金の鳳凰が縫い取られた赤い重たそうな服を着た英姫がカメラの前に出てきた。頭に女の拳ほどの金色の花冠(ファクァン)。両頬のまっ赤なまん丸いパッチが何ともマンガ的で、達也は思わず吹き出しそうになった。ヨンジという花嫁の印だそうだ。この国の庶民たちも結婚式のときだけは豪華な宮廷衣裳を着ることが許されたのだという。

「明日の昼にソウルを発つの。キャビネ版で二枚焼いておいてちょうだい」


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