(十五)婚約指輪
「たちゅやシは英語どうやって勉強したですか?」
「勉強なんかしないよ、工夫したのさ」
「コンブ(工夫)は日本語で勉強ではないですか?」
「強いて勉めるのは僕の性に合わない。ベンキョウは好きじゃない」
「でも、英語の先生でしょ?」
「結果的にそうなったんだ、あははは。自分に合ったもの学習するのが一番さ。教科書は僕に合わなかった」
「どうやって英語を覚えたですか?」
「大学に入る前に米軍基地で働いてた」
「それで英語が上手ですね」
「GIが昇進試験のためにみんな同じ本を必死で読んでた。『ワードパワー・メイド・イージー』っての」
「どんな本ですか?」
「一回十問のクイズ。語源の組合せで単語を覚えさせる本さ、ペーパーバックでね。それをGIからもらったんだ」
「そのGI、試験に合格したですか?」
「ああ。本が良かったのか、本人が努力したのか知らないけどね」
「合格したなら興味ある本ですね」
「うん。今度いっしょに買いに行こう、君にプレゼントするよ。本格的なのもあるけど最初は易しいのがいいよ。語学はやったぶんしか身につかないからね、正直なものさ。ことばは決して人を裏切らない。英姫はどんなふうに英語をやってる?」
「自分に合わない教科書で、ククッ」
「ははは。で、やっぱり英語の先生になるのかい?」
「結果的にそうなりたい、ククッ」
二人は笑い合った。
二人は映画を見た。買い物もいっしょにしたし、ボーリングもやった。英姫の休みには相模湖へドライブもした。二人は会うのが楽しい恋人どうしだ。
……英姫は一年だけ日本にいて、また韓国に帰って大学生になる。勉強好きな彼女は復学して先生になるだろう。彼女が韓国で教師になったとき、僕はどうしているだろうか。英姫がいるだけで僕の生活はこれまでになく充実している。でも、英姫が日本にいるのは仮りでしかない。彼女がいなくなったら? 達也の心は締めつけられた。……もし、英姫も僕と同じ気持ちだというならためらってはいけない。彼女の気持ちを確かめるために、僕から気持ちを伝えよう。英姫が帰国する前に母さんに会わせよう……。
達也は一人で八王子駅前の〈ジュエリー・ナガミネ〉に入った。
「指輪のことはまったくわからないもんで……」
彼は薄い髪を目の細かい櫛でなでつけた店の主人に話しかけた。店主は金属の輪がいくつもついた束と刻み目のある金属棒のゲージを取出した。
「これです。ここのシーからエルまで測ってください」
達也は『ワードパワー・メイド・イージー』をカバンから取出した。この本を英姫に買ってやったとき、彼女はうれしそうに本を胸に押しあてた。彼女の指は〈完全版〉を意味する〈complete〉を隠していたが、語末の〈ete〉が指からはみ出していた。フランス語の「夏」がたしかそんなだったと思い出したのと、そのとき彼女がきれいな指をしていると改めて思ったので記憶にある。
店主は輪をじゃらつかせて幾本かを表紙に当てながら言った。
「九号ですね。後で多少は調整はできますから一〇号にしときますか。これだけはどうもご本人様にお出でいただきませんと」
「そうでしょうね」
ショーケースの中のどの指輪も英姫の白い手に似合いそうで、達也は迷った。
「婚約指輪って誕生石と合わせるもんですか?」
「アメリカの宝石商組合が決めたものですのでね。由来は聖書にあるとか言いますが気になさらなくていいと思いますよ。婚約指輪を喜ばない女性はいません」
達也はプラチナ台のエメラルドを選び、英姫の指にきっと似合うと思った。




