(十三)渕上校長の悪だくみ
篠山隆蔵が校長室にいた。
「渕上君、灸のすえ方が足りんな。アイツは樫山学園には無用なダメ教師だそうじゃないか。その上、素行も改まらないとなれば、なぁに容赦は要らん。学園という大の虫を生かすための小の虫は駆除せねばな。理事会は現場の最高責任者の意見を尊重するってことで根回しをしておく。君が校長になるとき、ワシは理事会の意見をまとめるのに一肌脱いだのだったな」
「はっ、その節はご尽力たまわりまして」
「どうだ、君が好きにやっていいんだ。勝又の若造を何とかしてくれるね」
「は、何とか考えて手を打ちます」
「うむ。あの無礼者はこのワシを面罵しよった。暴力を振るいよった。それより何より老人のかけがえない楽しみを奪いよった盗っ人だぞっ」
篠山を見送って、渕上校長は渋い顔した。
……老人のかけがえない楽しみか。相変らずの女好きだが、今回は今までと様子が違う。何も妓生一人を勝又なんぞと張り合わんでもいいだろうに。女と引きはなすために勝又をクビにしろと簡単に言うが、あんなヤツにも組合がついている。言うは易く行うは難しだ。しかし、勝又を辞めさせないと私が危ない。ん、研修に出すのはどうだ? いや、海外研修は有能教師を顕彰するのでスタートしたものだ。勝又ごときにまわすお鉢ではない。先を越されては他の教員が納得すまい。何とかヤツに詰め腹を切らせる方法はないものか……。
渕上は校長になってから、NHK第二の「朗読の時間」や「歴史再発見」を聞きながらお茶にする習慣だが、この日は時間帯が違っていた。ラジオのスイッチを入れると株式市況が流れた。何を思いついたか「うまく行くかも知れない」と呟いた。陰険な目つきだった。
達也はまた校長室に呼び出された。
「教師たる者、誤解されるような行動は慎めと言ったろうがっ。まともな授業もできゃせんのに、なんでキーセン遊びだけは出来るんだ。ええっ?」
「ですから、噂は本当ではなくて……」
「君のお遊びで学校中が実害をこうむるってことが分からないのかっ」
「どういうことでしょうか。噂は事実無根で、先日もプライバシーだと……」
「うちは公立校じゃない。私立は噂ひとつで浮き沈みするんだ。根も葉もない噂で株価が上下するくらい君にもわかるだろっ」
「それはまァ、そういうことも……」
「キーセン狂いの教師がいるとなれば、来年の入学志願者はガタ減りする。そうだなっ」
「…………」
「噂はそのまま実害だろうがっ」
渕上校長はこめかみに血管が浮き立たせてまくしたてた。
教員の採用は教科のベテラン教員が複数当たるが、承認するのは校長だ。
……今まではそれで問題なかった。しかし、今になってキーセン狂いを雇った責任を面接担当の教員になすりつけても解決しない。部下の責任は校長の責任。私は理事会で吊るし上げられ、校長の職を追われよう……。
渕上校長のことばはもはや教養ある人のものではなかった。
「君はまだプライバシーだなどと青臭いことをっ!」
「校長は僕にどうしろと……」
「どうしろもこうしろも、学校が立ち行かなくなったら、君なんぞに出来ることがあるものかっ。君の噂で学校が窮地に立たされてるんだ。学校は被害者で、噂の張本人の君が加害者だっ」
「そ、そんな筋の通らない話が……」
「とにかく私にこれ以上君の噂を聞かせるな。猛反省を促しておくっ」
校長はどっかと椅子に腰を下ろすと達也を見ずに手を伸ばしてドアを示した。
〈開かれた校長室〉が校長の方針で、ドアは文字通りの開けっ放しだった。二人のやり取りは二十名が働く事務室に筒抜けになった。




