(十二)〈無窮花〉のシンデレラ
ロッカールームで収まらりきらない怒りに英姫がプリプリしていると、寮で同室の玉姫が入って来た。最初の挨拶でハタチだと言ったが、二十歳の英姫の目からは玉姫はどう見ても同年とは思えない。あどけないというより明らかに未発達なところがある娘は、雑役に雇われた子が衣裳を着せられて店に出された感じで、垢抜けない。ホステスらしくない。姉さんたちから小間使いのようなこともやらされる。先輩たちが意地悪く彼女をシンデレラと呼ぶこともある。
英姫がしきたり通りにオッキオンニ(玉姫姉さん)と呼ぶと、だれからもそう呼ばれないので変な感じだと言って笑った。
事実、玉姫は年齢を偽っていた。英姫がホステス寮に入った日、スーツケースからペーパーバックが転がり出て、表紙のビビアン・リーを見た玉姫は『わぁ、パラムグァハムケサラジダ(風と共に去りぬ)。オンニって英語が読めるんだあ、すごいなあ』と小学生のように驚いて、十八歳(それも数えで)になったばかりだとあっさり認めた。それ以来、玉姫の方が英姫をお姉さんと呼んでいる。
「英姫オンニ、ここをどこだと思っているの? 高級クラブなんかじゃないよ。売春あっせん所よ。オンニにも事情はあるでしょうけど、店で騒ぎを起こすのはマズイわよ」
「あら、玉姫はあんなことをされて平気なの?」
「平気なわけないけど、アタシは家に仕送り出来ればいいから我慢する……」
「な、何を言ってるのよ、あなたっ!」
「あの篠山ってジイさんね、新しい子を見るとモノにするまでしつこいよ。アタシの初めての男よ」
英姫は絶句した。……こんな子にまで。
「アタシさ、姐さんたちみたいにブランドのバッグや服は要らないの。アタシんときはシャネルだったかな。高いものだと言われたから、姐さんたちが使ってる店で買い取ってもらって、すぐに実家へ送金したよ。両親にすれば大変な金額ですもん、たまげたのよ。電話をすると『恥ずかしいことはしてないだろね』っておっかない声で言われたけど、でも、何度めかには、父さんも母さんも〈ありがとう〉しか言わなくなった。貧乏人の娘が何をしてるかくらい、貧乏人の親だからわかるんだね、きっと。アタシは姐さんたちみたいに芝居がうまくないから、すぐにお客に飽きられちゃう。でも、だんだん飽きられないようにしなきゃと思ってるの。お姐さんたちみたいに稼がなくちゃって思ってるの。化粧も上手にになってさ、芝居してさ、稼げるだけ稼いで韓国に帰って、どっかの田舎で食堂やるの。鶏カルビの店なんかいいと思うんだ。一軒屋のちゃんとしたやつよ」
「玉姫ャ、あなた、神さまを信じてる?」
「小学校のときから教会は行ってるけど、もう止めようかと思う」
「どうしてよ?」
「神さまをね、アタシがアタシを信じられなくなったときのために取っておくの。美味しいものを最後まで取っといて食べるみたいにさ、ククッ」
「………………」
「そぉ、はやくタッカルビの店が出せるといいね」
「オンニもこんな所にいつまでもいちゃダメよ」
……それは私のセリフでしょ? あなたみたいな子がこんな所に……。そおか、そうだよね。タッカルビの店を出すのにお金が要るんだよね……。
「ありがと、玉姫」
「アタシ、英姫オンニを応援するからね、あんなジイさんなんかに負けないでね。それにママの話はぜったい本気にしちゃだめよ。じゃ、アタシ店に戻るね」
……あの娘が私より年下? 高校も出てない? 英姫はため息をついてコルム(チョゴリの結び目)を解いた。




