六章 魔女狩りの魔女(後)
天に向かって大量の煙が上がっている。
煙の根元には砂上戦艦の船尾があり、その中心には黒く禍々しい尖塔が屹立していた。
尖塔の天辺に立っているのは黒い襤褸を纏い、銀色の大槌を掲げた魔女だ。
その正面に位置するQXは槍の長さを持った傘を両手で構えながら、魔女を睨みつけていた。
なぜ攻撃しないのか。その様子を見ているレインは思った。
攻撃すれば、戦えば相手を撃退することができる。どちらかの勝敗が明らかになる。
自分たちが負ける可能性も、あるということだ。
もしかして、QXは負ける可能性も視野に入れているから慎重なのか。手を出せないのか。
カツン、と鐘を鳴らしたような音が鳴った。勝ちどきを上げるように、黒い魔女は自分の背丈ほどもある鉄槌の長い柄を尖塔――潜砂艦の衝角に叩きつけたのだ。
音に弾かれるようにQXが斜めになった甲板を蹴り上げた。
「くっ」
空中を走り急加速、黒魔女に迫る。QXは手に持つ傘の長大な刃を黒い魔女に叩きつける。黒魔女はその攻撃をそのままに傘の切っ先が滑り、火花を散らしながら両者の距離は狭まってゆく。
「おおお」
叫びながらQXが肉薄する。黒魔女が無造作に銀色の槌を振るい、QXの傘はあっけなく折れ曲がった。それにもかかわらずQXは斬撃の勢いを緩めることがない。まるで手を緩めた瞬間に痛烈な反撃が待っているのを予期しているようだった。
QXの目の前で火花が上がる。粗末な襤褸をまとい、攻撃を全て銀の槌で受けている黒魔女は、QXの攻撃に対して一歩も引く気配がない。
「いい加減に、落ちてください!」
打ち合いにおいては速さのあるQXに一日の長がある。勢いを増したQXの斬撃が唸りを上げ、黒魔女に迫る。狙いは首筋だった。傘の切っ先が首筋に吸い込まれてゆくのをレインも確かに目にした。
硬質なもの同士が衝突する、鈍い音がした。
「……?」
QXの表情が驚愕に染まるのに対して、黒魔女はあくまで無表情だった。全力を出しているにもかかわらず、QXの刃は相手の首筋に対して切れ込み一つ入れることができなかった。
黒魔女の首に、物々しい岩を切り出したような形の首輪が嵌められていた。只の首輪ではないのだろう。証拠に、首輪には数多くの傷が刻まれているにもかかわらず、一度として破壊された痕跡がないからだ。
「ぐっ」
傘の刃が止まった瞬間、QXの動きが止まった。その隙を黒魔女は見逃さなかった。
「!」
旋風を上げながら黒魔女が動く。攻撃を全て受けながら回転を続ける弾丸と化した黒魔女の体当たりにQXの姿勢がくの字になり、轟音と共に砂上戦艦の構造物に叩きつけられる。
砂上戦艦の壁は紙を無造作に丸めたようにめちゃめちゃになっていた。その中心にいるQXは手足がだらりと垂れさがり、動く気配がない。
「QX!」
衝動的にレインは叫ぶ。走り出そうとする刹那、足元を銃弾が掠めた。影を縫うように甲板に穿かれた弾は、間違いなく自分を狙ったものだった。
「君があれのマスターか」
射撃の方向からの声に振り向く。そこには黒い法衣を身にまとった、顔色の悪い男が斜面になった甲板に立っていた。
「……だったらどうだというんだ」
レインの押し殺した声に男は片頬を吊り上げる不健康な笑みで返した。
「僕の名前はヤコブ・シュプレンガー。異端審問官、魔女狩りの者だ!」
「……魔女狩り?」
甲高い声をした黒い法衣の男の名乗りに、レインは時代が数百年も逆行した錯覚にとらわれた。
魔女狩りとは、文字通り魔女を狩る者のことだ。実際の過去に魔女がいたためしはなく、異文化の排斥に使われていたと聞いたことがある。
しかし、今の状況はいったい何なのか。何か信条でもあるのか、それとも魔女を狩って何か利益でもあるのか。ただ一つだけわかるのは、彼らがQXたち魔女、ウイッチフレームの命を狙うものだということだけだ。
男――ヤコブは時代掛かった身振りで艦橋を指さした。
「砂賊の頭領、業炎の魔女を出してもらおうか!」
ヤコブの言葉に、その場が水を打ったように静まり返った。
聞こえるのは潜砂艦と砂上戦艦のエンジン音だけだった。
「……」
レインは沈黙を守っていた。視線はQXに向いたままだ。ヤコブの主張なんかよりも、QXの安否のほうが一大事だった。
QXは動かない。眼に見える外傷は確認できないが、黒魔女の体当たりを食らったQXの背後にある構造物は原形をとどめないほど崩壊していた。それは受けた衝撃が生半可なものではないことを物語っていた。
QXの背にあるものは構造物だけではない。そこには艦橋があり、砂賊の人々がいる。
業炎の魔女とはFeのことだろう。砂賊に仁義はあるのだろうか。それとも、今まで自分たちを保護してくれた少女を差し出す酷薄さを持ち合わせているのだろうか。砂賊の間で意見の対立が起きているはずで、いまにも艦内のざわめきが聞こえてきそうだった。
「そんなもんはいないよ!」
野太い声が聞こえた。声のした方向を見ると、声は艦橋にいるイノシシ女からのものだった。それだけではない、大勢の乗組員が身を乗り出し、ヤコブに向かって罵声を上げていた。
「魔女狩りってのは砂賊も狩ろうってのか!」
「砂賊に手を出したらあんた覚悟はできてるんだろうね?」
「あんたたちの顔はもう覚えたよ!」
「魔女狩りって言っておいて、そのあんたたちが魔女を使おうってのかい!」
「いくじなし!」
罵声と共に艦橋から滝のようにヤコブに向けて銃撃が降りかかる。甲板から火花が上がり、ヤコブが「ひっ」と情けない声を上げて身を竦ませる。
「しらばっくれるのもいい加減にしろ!」
震える声でヤコブが喚くが、それでも銃撃が止む気配がない。砂上戦艦の砲塔がヤコブと背後の潜砂艦に向けられる音がした。
レインは嫌な予感がした。
「ならば実力行使だ。やれ、Ai!」
「はい、マスター」
Aiと呼ばれた黒魔女が無表情に返す。襤褸を風にまとわりつかせながら甲板を蹴り、宙に舞う。行く先は、人々の寄り集まる艦橋だった。
ヤコブが叫ぶ。
「魔女も、魔女をかくまう者も、殺せ!」
飛翔するAiに対空砲火が殺到する。が、彼女はその攻撃を巧みにかわし続ける。Aiが持つ銀の槌の一端は巨大な盾となり、もう一端は極太の杭に変形していた。
大勢なら魔女に勝てるという理屈はない。このままでは、砂賊の連中が皆殺しにされる。
「QX!」
ひとりでに口が動き、レインは叫んだ。QXは発条仕掛けのように予備動作無しで起き上がり、ロケットのように飛翔した。
きっと艦橋の連中は見たはずだった。自分たちに迫る黒魔女の襤褸をまとった小柄な姿と、その手に持つ銀色の槌の禍々しい威容を。そして、その一撃で自分たちはおろか艦橋が瞬きする余裕も与えられずに粉砕されてしまうことを。
そして彼らは見たのだ。自分たちを守るQXの、頼りなく儚げな後姿を。
QXは両手を広げてAiの眼前に立ちはだかっていた。
「魔女を殺すって、あなただって魔女でしょう!」
QXの叫びにAiが答えることはない。手に持つ巨大な銀の槌を振りかざし、身体ごと回転しながら横殴りの旋風となってQXに叩きつける。その攻撃に対してQXは何の防御もせず、あっけなく吹き飛ばされる。しかし吹き飛ばされたQXの羽根状になった髪の間から逆噴射の炎が上がり、起き上がり小法師のように元の位置に戻ってくる。
「……!」
Aiが忌々しげに歯噛みする音が聞こえた。
いくら吹き飛ばしても、どれだけ痛めつけてもQXはAiの前に立つことを止めようとはしない。手足の力を失った生き人形と化したQXをAiが機械的に殴り、薙ぎ払い、叩き潰す。それでもQXはそこにいたのだ。
不意に足元からの振動にレインの姿勢が崩れた。同時に金属の悲鳴が辺りに響き渡り、甲板の傾斜が復元しつつあった。砂上戦艦が増速したのだ。
“目標、潜砂艦の衝角! 撃て!”
Feの声と同時にすべての砲塔が割れるような砲声を立て、尖塔と化した潜砂艦の衝角目がけて砲弾が至近距離で炸裂する。乾いた音が次々と響き、一瞬で衝角は噛み千切れたように跡形残らず消し飛んでいた。
「くっ」
思わぬ反撃にヤコブが姿勢を崩し、手すりに寄りかかる。瞬間、拳銃を取り落すのが見えた。
「おまえっ!」
レインは矢のように走る。拳銃を拾おうとするヤコブの顔面をとらえ、膝蹴りを放つと手ごたえと鈍い音がした。こちらに武器はないが、それでもこの男は叩かないといけない。
そうしなければ、QXが死ぬ!
怒りにまかせて拳を打ち付ける。レインは喧嘩慣れしているわけではないが、拍子抜けするほどヤコブの身体は軽く吹き飛んだ。甲板が傾いているためヤコブの身体は回転しながら転がっていくのが見える。。追い打ちをかけるにはもってこいの状況だった。怒りに頭が灼熱してゆく感覚にとらえられながら、レインは飛ぶように甲板を駆け降りる。
殺してやる。襤褸切れのように転がして砂海に捨ててやる。QXを殺せと言うのなら、殺される覚悟もあるはずだ。そうでなければ嘘だ。自分の行為は正当なものだ。何よりもヤコブが黒魔女のマスターであるなら、こいつを殺すことは命令を止め、QXを救う手だてになるはずだった。
しかしレインの行動は途中で遮られていた。
レインの眼前に立ちはだかる影があった。Aiのものだった。
「……マスター、活動限界が近づいています。砂嵐が接近しています」
Aiが背後のヤコブに囁くような声で伝えていた。
こちらを睨むヤコブの顔は腫れあがっていた。しかしヤコブはレインにAiをけしかけることはぜず、Aiの報告を聞いて力の抜けたような表情になった。
「このノロマ、役立たずめ。撤退だ」
Aiに向けての言葉なのか、吐き捨てるように言い放つ。ふたりはレインをまるでこの場に存在しないものと扱うように、無言で一瞥もせずに潜砂艦に戻っていく。
潜砂艦が強引に潜航することで、船体が軋む音を響かせながら砂上戦艦の艦尾から抜ける。潜砂艦の舳先は無残に曲がっていたが、砂上戦艦の艦尾も噛み千切られたように無残な傷跡をさらしていた。
ヤコブとAiのふたりがその場を去る様子を、レインはただ見ていることしかできなかった。倒れていたQXを抱き上げ、心音を確かめる。脈を確かめる。
心音、なし。脈拍、なし。息もしていない。
まさか、本当に死んでしまったのか。
魔女のおまえが。
「QX、しっかりしろ。QX!」
レインは衝動的に、QXの身体を狂ったように揺さぶり続けていた。だらりと垂れ下がっていたQXの腕がぶらぶらと揺れる。
死体のように揺れる。
「……もう、怪我人に手荒くしないでくださいよ」
QXは閉じていた目を開け、かすかに笑っていた。それが自分を気遣うための笑みだということに、レインはQXが生きていた喜びよりも、罪悪感のほうが先に立った。
自分はロボットであるQXを人間と同一視していることにレインは気が付いた。
だが、それのどこがおかしいのだ。
自分にとってのQXは、人間なのだ。
「……マスター?」
QXがレインを見て、怪訝な声を上げた。ぎこちない手でレインの頬を触る。QXの手のひらはヤスリのように荒れていて、ちくちくして、醜かった。
「俺はいったい、何をやっているんだ……!」
QXを戦わせたくないんじゃないのか。それなのに今の状況は何だ。QXに頼りっきりで、自分はただ喚き散らしているだけじゃないか。
レインはQXの身体を掻き抱いていた。自分の眼から涙があふれ出していることを理解したが、それで抑えられるものではなかった。
こんなことのために自分は村を出たのではない。
しばらくの間、レインは泣き続けた。
砂塵をはらんだ風が強く吹いていた。
上空の雲行きが怪しい。
砂上戦艦の周囲に吹き荒れているのは、眼下の砂面も判らないほどの猛烈な砂嵐だ。目には遮光ゴーグル、口元にはマフラーを巻き、レインは周囲の様子を観察していた。息をしていることさえ困難で、レインは見張り台の影に身体を滑り込ませて深呼吸した。
再び顔だけ出して見張りに戻るが、不審な機影を確認することはない。
砂嵐が続いている間は敵の襲撃はないという話だった。
このあたりの砂は磁石の粒子を含んでおり、砂海に吹く砂塵は電波妨害の効果があった。砂上戦艦もレーダーを作動しているが、砂塵のせいで効果が薄い。
しばらく砂嵐は止むことがないだろう。悪天候は逃げるこちらにとって有利な状況だ。だからといって相手が攻めてこない保証もなく、レインはこうやって見張りを続けているのだ。
見張りを買って出たのは人手不足もあるが、砂上戦艦のなかにレインの居場所がないからでもあった。
QXはどうしているだろう。目立った外傷こそないように見えるが、形を保っているのが奇跡と思えるような攻撃を黒魔女から受けていた。
レインは舌打ちして立ち上がった。いてもたってもいられず、タラップを降りる。行先は既に決まっていた。
砂上戦艦の通路は怪我人で溢れかえり、汗と血と消毒液の匂いに支配されていた。
誰もが血に滲んだ包帯を巻きつけていて、ろくに交換もできないのは物資が足りないからだ。さながら野戦病院と化したような有様だった。
レインが今まで出会った人々は多くはなく、どこにこんな人数を収容していたのか不思議に思えるほどだった。通路の端々から聞こえる痛みに耐えるうめき声がからみつくようで、レインは意識してそれを振り払いながら進む。レインはいつもよりもさらに狭くなった通路をまたぎながら医務室に向かっていた。
動けぬ負傷者がいる一方で、動ける者は息を吐くことさえ考えられないほどの忙しさで駆けずり回っていた。ニコラは負傷者の手当てを、Feはスピーカーで各員に修理の指示をしている。乗組員たちは全力で砂上戦艦の艦尾に開いた穴をふさぎ、推進装置の修理に取り掛かっていた。
医務室の前には仮設ベッドが置かれ、足の踏み場もない状況だった。仮説ベッドのひとつに、QXが死んだように眠っていた。外傷こそないが、手のひらの傷はまだ回復していない。
魔女であるQXがベッドに寝かされているのは砂賊の連中の心遣いだろうが、レインには彼らがQXを盾にしたという罪悪感の裏返しであるように思えた。
「どうしたレイン君」
努めて平静を装った口調でニコラが言う。診察中で、眼は負傷者に向いたままだ。
「怪我人を見舞いに来ちゃいけないんですか」レインは自分の口調も刺々しくなっているのを自覚した。
「エネルギー切れを起こしているだけだ。時間を置いて太陽光の補給があれば、すぐに目を覚ますだろう」
「どうしてそう言い切れるんです。いつ先生は魔女の専門家になったんですか」
「Feに聞いたんだよ。現在のQXは機装時のエネルギー転移装甲を使い切った状態だそうだ。もう少しで装甲の効果が切れ、黒魔女に潰されていた」
間一髪だったというわけか。レインの顔色が変わるのを見たのか、ニコラが咎めるような口調に変化した。
「ところで、見張りの交代時間はまだ先だろう」
「いいじゃないですか、すこしぐらい」
「怠ったらまた怪我人が増えると言っているんだ」
「そんなこと! 俺には関係ないですよ!」
その場の雰囲気が剣呑なものに変化する。怪我人たちの視線が集中するが、レインの怒りは視線をはねつける勢いがあった。
「砂賊はいいですよ、人を脅して怪我させるのが仕事なんだから! でもQXは違う、なんでこいつがこんな目にあわなければならないんです!」
やれやれ、とニコラが嘆息する。
「君の言い分は正しいかもしれん。しかし正しさが必ずしも人を救うわけではないぞ」
「こいつらは砂賊だ、自業自得じゃないか!」
レインの激高する姿に、ニコラの視線が厳しさを増した。
「弱っている人を目の前にしていう台詞ではないぞ、レイン君。そんなことを言っていれば、君はいずれ弱った時に正しさに殺されることになる」
諭すようなニコラの言葉に通じるものがないと判断したレインは「もういいです」と言い残し、艦橋に向かった。
Feに会うためだ。
砂塵の吹き荒れるタラップをレインは急ぎ足で昇る。
タラップを踏み外したところで、誰か心配してくれる人はいるのだろうか。いいところ、QXだけだろう。レインは自分の人望の無さに苦笑した。
確かにQXが負傷した責任を、砂賊の連中にすべて押し被せることはできない。
QXに戦う許可を与えたのは自分自身にあることは分かっている。しかしあの時砂賊たちが挑発しなければQXが盾にあることもなかったし、交渉の時間を引き延ばすことで隙を見つけて反撃することもできたはずだった。
自分がQXに対して肩入れしすぎていることを自覚していた。こうもQXが人間らしい感情を持っているとは思わなかった。QXが人間らしくなければ平然と使っていたのか、と問われればたぶん首を縦に振るだろう。
過去に失った妹の影をQXに重ねているのだろうか。それでも自分は間違っていないのだと思う。
艦橋に入ると薄暗く、機器は作動しているが無人の状況だった。モニターは逐一状況を報告しているが、確認する者はいない。修理に人員を割いているのだろうか。
中心にある艦長席を確認するとFeがいた。座席でぐったりしたまま動かない。死んでいるように見えた。赤い長髪が座席から伸びるコードと絡まっている。
“……やあ、おつかれね”
突然頭上のスピーカーからFeの疲れた声がして、レインは思わず目を見張った。
“驚くのも無理はないわ。今はあたしが艦内制御システムと同調してるから……ごめんね、戦いに出てこれなくて”
「戦艦をひとりで制御しているのか」
だからあの時、外に出てこなかったのか。好戦的なFeの性格からすればおかしいと思っていた。
“レイン、このまま話してもいい? ちょっと管制から手が離せないから”
「……ああ。聞きたいことがあるんだ」
“なに、あたしのこと? 男の好みでも聞きたいってわけ?”
「違う。あの連中のことだ」
Feの軽口に付き合う余裕はない。レインは本題を切り出した。
いきなり潜砂艦で砂上戦艦を襲った連中。奴らは黒い魔女、Aiを扱いながら「魔女は殺せ」と喚き立てていた。高価なミサイルを使ってまで、この船を沈めようとしていた。
“奴らは魔女狩りっていう組織よ。あたしたち魔女を眼の敵にしているわ”
「魔女狩りってなんだよ。なんでおまえたちが眼の敵にされなきゃいけないんだよ。魔女戦争はとっくの昔に終わったんだぞ!」
“……戦争は終わっても、恨みは残るよね。特に家族を殺された奴にとっては”
Feは彼らの行いが過去の恨みに端を発することを物語っていた。魔女狩りの連中は、過去に会った魔女戦争を引き合いに出しているのか。
“ことに恨みって奴は、加減を知らない。やられたこと以上の復讐をしても、周囲には正当とみなされるのよ。たとえそれが無関係の死体を蹴ることでもね”
そんな恨みの理念が正当なはずがない。しかし、この砂海には紛争を仲裁するような酔狂な者はいない。統治していると言われている中央政府は辺境の出来事には無関心だし、皆自分のことに精いっぱいで、争いごとに首を突っ込めば自分に火の粉が降りかかることは分かりきっているからだ。
「しかし、魔女狩りの連中にも生活があるはずだろ。なんであんなに高価な武器を惜しみなく使ってさ、どうやって生活しているんだ」
レインの素朴な疑問にFeが苦笑した。
“あいつらは人権団体だからね。その手の募金ならいくらでも集まるのよ”
「人権団体?」意外な言葉だった。
“戦争の犠牲になった人たちもそうだけど、魔女から人の自由を取り戻そうってのが奴ら魔女狩りの主張なの。あいつらが言うには、人をかどわかす魔女は人間にとって害悪で不浄な存在で、戦争を起こした元凶であるって”
「そんなの論理のすり替えじゃないか」
第一魔女は人間が作ったものだし、人間がマスターになって命令しない限り魔女は人を殺せない。現にQXがそうだった。壊れているFeは例外だとしても、Feだってそう簡単に人を傷つける思考は持っていない。彼らの言う魔女は、QXたちとは別次元の存在であるように思えた。
「奴らはむやみやたらに魔女を殺せってのか」
“むやみやたらに殺すのよ、奴らは。感情の組織だからね。あいつらは世界にある全ての魔女を殺さない限り、満足することはないでしょうね”
「……」
レインは押し黙った。奴らは話が通じるような存在ではないらしい。もう話し合いのラインを向こうが勝手に踏み越えているということだ。
それにしても、奇妙なことがあった。
「……そこまで憎んでいるのに、なぜ奴らは忌み嫌っている魔女を使っているんだ」
“それは、あたしたちが既存の兵器の頂点に君臨しているからよ。レイン、あんたメデューサ現象は知ってる?”
メデューサ現象のことはレインも知っている。魔女が機装状態に入ることで、周囲の自動砲台や火器管制の制御に割り込みが入ることだ。彼女たちが兵器システムの中でも上位に立っていることの証明でもある。
“相手の魔女による兵器の無効化を恐れているのよ。かといって魔女を複数飼うことはあいつらのプライドが許さない。見たでしょ、あいつらの魔女を”
「……魔女狩りの魔女、か」
Aiと呼ばれていた黒い襤褸をまとった魔女。彼女の首には重石のような首輪が嵌められ、とてもではないが大事に扱われているとは言い難かった。
“……話は終わり? それならあたしは少し休ませてもらうわ。戦艦の同調制御って、結構体力使っちゃうのよ”
「船を下りたい。砂上船を貸してくれ」
レインが一口に言いきったのは、迷いを捨てるためだった。
魔女狩りの正体を聞きに来たのは、レインにとってあくまでついでだった。
戦艦のシステムに同調していなければ、きっとFeは驚いた顔をしていただろう。しばらくの時間が流れ、スピーカーから静かに答えが返ってきた。
“どうせ返す当てもないくせに。くれ、の間違いでしょ?”
「……すまない」
“いいわ。どうせまた魔女狩りの連中が来たら設備も無事に残るかわからないし”
「……何に使うか聞かないのか」
“分かるわよ。お姉様を連れて愛の逃避行でしょ?”
Feが茶化してみせるが、消沈しているのは声の調子で分かった。「自分は巻き込まれただけだ」とか、「砂漠で救ってやった恩を忘れたのか」とか、口論があると予想していたのだ。ことによっては銃を突きつけられるのも覚悟していた。そのために準備として、レインの懐には拳銃を忍ばせていたのに。
これほどあっさりと下船が認められるとは思わなかった。
「……すまない」もう一度レインは言った。自分の言葉が上滑りしていくのを感じる。謝ることしかできないレインは自分を殴りつけたくなる衝動に駆られた。
“いいのよ。お姉様をよろしくね”
スピーカーから聞こえるFeの声は、温かみに満ちていた。
鎖が音を立てながら滑車を滑り、小型の砂上船がゆっくり降りてゆく。
乗っているのはレインとQXの二人だけだった。
砂上船が砂面に降ろし終わったのを確認した後に、鎖を外す。すると砂上船は荒れ狂う砂面を激しく揺れ出した。レインはスタビライザーによる船体制御を全開にしたが、揺れが収まる気配はなかった。
激しく揺れるにもかかわらず、砂上船のなかでQXは眠っていた。QXが目を覚ますことがなかったのは、レインにとって不幸中の幸いだった。
きっと目を覚ませば、自分はここに残ると言って聞かないだろうからだ。反面このまま目を覚まさない不安があったが、エネルギー切れだというFeの言葉を信じるしかなかった。
一応ニコラにも声をかけたが、断られた。
「別に怒っているわけじゃない。命が惜しくないわけでもない。目の前の患者を放って置けないだけだよ」
ニコラは休む暇がないのだろう、疲れたような笑みを浮かべていた。
砂賊の連中はレインに何も言うことはなかった。避難も謝罪も引き留めることも無く、ただ淡々と砂上船の準備をしてくれていた。
「お姉ちゃん!」
頭上からの声に見上げると、ベリーの小さな頭があった。手すりに隠れて表情は分からないが、きっと寂しげな表情を浮かべているのだろう。
残ったほうがいいのではないか。レインのなかで迷いが一瞬だけ頭をもたげた。が、首を振って否定した。
ここにいれば、QXを戦わせることになる。迷いを振り切るように、レインは砂上船を発進させた。
自分の行為がQXのためになると今は信じるしかない。
速度を上げていくと砂面の揺れは次第に収まってゆく。同時に砂上戦艦の姿が砂塵のカーテンに覆い隠され、見えなくなる。
名残惜しいと感じたのは、単なる感傷だろうか。一時でも安らぎとQXの笑顔を見ることができた場所だからだろうか。
最初は「背に腹は代えられない」という理由でQXを戦わせていたが、もう我慢の限界だった。
QXの怪我が危険域に差し掛かっているのが、感覚的に分かるようになってきたのだ。最初のキスによってレインがQXと共有しているナノマシンがそうさせているのだろうか。だからといって何の対処もできないのは皮肉だった。
砂上船の航海は順調だった。エンジンはよく整備されていて、十分な積み荷は当分の食糧に困ることもない。レインは心の中で砂賊の人々に礼を言った。
一時間ほどしたところで、砂嵐が次第に弱まっていくのを感じる、それに従い、黒雲の立ち込める空に亀裂が入ってゆく。
雲間から差し込む白い光に、レインは安堵のため息を吐いた。
これからどこに行くのか。最も近いドミナントの座標は分かっているが、それでも三日かかる。何よりも重要なのはドミナントに行くことは砂上戦艦と航路を同じにすることであり、砂上戦艦がまだ魔女狩りに狙われている以上、進路を取ることはできなかった。
とりあえず、近くの集落に身を寄せるしかなかった。今後の生活をどうするのか考えるが、今度は砂上船もあるし何とかなるはずだった。
少なくとも、QXの正体を現地の人に知られるまでは。
「……」
いまはひたすら砂上戦艦から離れることだけを考えよう。そうすれば、少なくとも危険を回避できるはずだった。
「……?」
突然砂上船のレーダーが異常を捉え、警告していた。警告のあった方向に双眼鏡を向けると、その正体がわかった。
どうしてこの距離で気が付かなかったのか。砂塵のせいだろうか。
双眼鏡の中に納まっているのは潜砂艦の黒い艦影だった。
小型だが複数いる。あれは“魔女狩り”の潜砂艦だ。潜砂艦たちは黒い松明の火を模した紋章を旗にかかげていて、禍々しさを感じずにはいられない。
レインは自分でも気づかぬうちに息を殺していた。発見されれば追われることになり、この砂上船では振り切ることは絶望的だった。捕まった後のことは考えたくもなかった。
「……」
レインの祈りが天に通じたのか、潜砂艦がこちらに艦首を向けることはなかった。脇目も振らずに砂海を走ってゆく。きっとその先にはFeたちの砂上戦艦がいるのだろう。
砂賊たちが奴らから逃げ切れるのか。関係を自ら切り離したというのに、考えるのは勝手なことだと自分でも思う。しかし、頭に浮かんだ不吉な想像は止めどもなく溢れていった。
人権団体を自称する魔女狩りに対して、Feさえ差し出せば砂賊の命は助けてもらえるだろう。しかし先の戦いで、砂賊の人々は自ら盾になってFeをかくまった。
その状況が繰り返されればどうなるのか。
魔女を匿う者も皆殺しだと魔女狩りの男、ヤコブは言い放った。彼はそれを間違いなく実行に移すだろう。今度は邪魔するQXはいないのだ。
主張だけは一人前で自分の手を汚さないヤコブは卑怯な男だ。しかし、それは自分も同じだった。
かなわない敵を前に、保身だけを考えて怪我人を残して去る。卑怯でなくて、なんだというのだ。
「ん」
身じろぎする音がして振り向くと、QXが上体を起こしていた。目を覚ましたのか。周囲の様子を確認するQXはここがまだ夢の中のような不確かな視線だった。
「マスター、ここはどこですか。どこに行くのですか」
「砂上船の中さ。行先は決まっていない。どこでもいいさ」
ぶっきらぼうに言い放つ。レインの言葉は本音だったが、それだけに計画性の無さを露呈していた。
「どこって。砂賊の皆さんはどうしたんです」
「別れたよ」
「なんでです」
「決まってるだろう。おまえをこれ以上戦わせるわけにはいかない」
これも本音だった。しかしレインの言葉にQXは考え込んでいた。
「……砂上戦艦と潜砂艦の彼我戦力差は圧倒的です。向こうは複数で、魔女を使えます。こちらはFeさんが艦体制御をしている以上、生身の人間だけで戦わなければなりません」
「今更心配してどうするんだよ。あいつらは自分たちで戦いを選んだんだ。殺していれば殺されることだってあるさ」
事実である。しかし自分の言葉が酷薄なことを自覚していた。
「わたしたちはもう状況に巻き込まれています。マスターのおっしゃることは、見殺しにするのと何ら変わりがありません」、
静かにQXが言った。
「ならどうするってんだよ。殺して殺されてさ。人らしい生活をしていても、その根っこに戦いがあるんじゃないか。戦いに勝てばそれだけ多くの敵を作る。砂賊たちはそのツケを払っているんだよ」
「ならば見殺しにしてもいいというのですか」
「逆に見殺しにしないと、戦いから逃げられないんだよ。それともQX、おまえは自分が負けて破壊されるまで、勝って殺し続けるつもりか」
レインは心の中に溜めていた気持ちを一気に吐き出した。
戦いはレートの上がり続けるギャンブルと同じだ。最初勝って気分を良くしたところで、更にリスクの高い賭けに強制的に参加させられてしまう。降りる方法はただひとつ、負けて命を失うことだ。
「……それでもわたしは、あの人たちの役に立ちたいのです」
「俺が駄目だと言ってもか」
「マスターは戦いから逃げて逃げて逃げ続けて、その先に平安があるとお思いなのでしょうか。そこには確かに平安があるかもしれません、隷属と言う名の平安が」
「戦いの中よりはマシだ。命を失っちゃ元も子もない」
「命よりも大事な物だってあるはずです!」
QXは悲痛な叫びを上げた。
QXの言っていることは分かる。砂賊たちとの生活のなかで見せた笑顔は、何にも代えがたいものだ。それはどんな宝石よりも価値のある物だろう。
しかし、そのために命を落としていいのか。たった一つのいいことのために、全てを犠牲にしていいのか。
「……俺だって、助けられるものなら、助けたいよ」
レインは絞り出すように声を上げた。
しかし、砂賊を助けて傷つくのは自分ではない。QXだ。無意識に砂賊の命とQXを天秤にかけていることにレインは気が付いた。
QXがよりよく生きるためには砂賊や魔女狩りとの戦いと手を切らなければならない。
そのことが何でわからないのか。
「……生きていれば、また大事なものを見つけることだってできるだろう」
「マスター、ここであの人たちを見捨てたらわたしは一生後悔します。稼働を停止するまでマスターのことを軽蔑するでしょう」
QXは頑なな表情だった。どんな説得も受け付けないのかもしれない。ならば、レインがマスターとして命令すれば、QXは確実に命令に従うだろう。
しかし命令した時点で、レインはQXを人間扱いすることなく魔女として、自分の所有物として従えることになるのだ。
それはレインが最も嫌うことだった。
「俺の言うことが分かってもらえないのか」
「わたしの言うことも聞いてくれないのでしょうか」
QXの視線は真剣だった。瞳の光沢は自分がはるか昔に失った魂の輝きに見えた。そして、今の自分の小利口な惨めさをまざまざと見せつけていた。
「……くそっ」
レインは主体性の無い自分に嫌気がさした。どちらが主か分かったものではない。
「すいません、マスター」
「謝るな、QX。QXが決めたのなら、やってみろ。俺はそれに従うだけだ」
「マスター、大好きです!」
「げっ、苦しいから!」
QXが腹を強く締め付けてくる。レインは気が遠くなってしまうような気がした。
風が強く吹いているが、砂嵐は勢いを弱めていた。
レインはQXに抱えられ、砂海の上空を飛んでいた。QXは機装状態で、髪を翼の形にしている。
砂上船は砂海の真ん中に乗り捨ててきた。
目的地は砂上戦艦。はたして間に合うのか。追いつけるのか。
それは到着するまで分からないことだった。
「見えました!」
砂海の広大な平面に、いくつか黒い斑点のようなものがあった。ここからでもわかる砲声は、間違いなく戦闘をしているのだ。
追われている砂上戦艦は速度が落ちていて、その周囲を囲んでいるのは三隻の潜砂艦だ。今度は姿を隠そうともせずに、砂面の上から砲撃を加えている。
甲板上に人影を認めた。Feだ。Feは手に持つ杖から炎を巻き上げ、潜砂艦の砲撃を受け流していた。しかし各所で着弾の炎が上がるのは、砲撃を捌き切れていない証拠だろう。
このままでは反撃もできないまま撃沈されてしまう。
「急げ、QX!」
「はい、マスター!」
危機を見ると焦るのか。ついさっきまで逃げていたというのに、現金なことだ。レインは自分を内心で冷やかしたが、心は逃げていた時よりもはるかに自由を取り戻していた。
ぎゅん、と音を立てて気流が渦を巻いた。QXが増速したのだ。風の筋が見え、砂塵が勢いよく頬を叩く。
「このっ!」
低空を高速で飛翔するQXが背中から傘を取り出す。傘は驚くほどの長さになり、その切っ先は潜砂艦を狙っていた。
傘の斬撃に潜砂艦の装甲が抵抗する確かな手ごたえがレインにも伝わってきた。すれ違いざまに潜砂艦の装甲を常温のバターのように切り裂く。
機関部に直撃したのか、一瞬で潜砂艦は轟音を上げて砂海に巨大な炎の華を咲かせた。
「まずひとつ!」
QXが叫ぶ。確か潜砂艦は三隻いたはずだ。あと二隻。
続けてQXは砂上戦艦に向かって飛翔する。急激なGがかかり、レインは生きた心地がしない。だが、QXのそばがこの戦場で最も安全な場所だった。
見ると、砂上戦艦はかなりの痛手を負っていた。平坦だった甲板がめくり上がり、波打っている。装甲自体がなくなっている箇所もある。砲台は無事なところを数えた方が速く、砲火も潜砂艦にたいして絶望的なほど力を失っていた。
「……!」
QXが息を飲む。砂上戦艦が一隻の潜砂艦に取りつかれていたのだ。舷側にアンカーを複数打ち込まれ、手繰り寄せるように接近を受けている。潜砂艦の甲板上には黒い戦闘服に身を包んだ兵士たちがいた。こちらに気づいたのか、ライフルを発砲してくる。QXが急加速と急制動を繰り返し、ジグザグに回避する。
「そこまでするのかよ!」
QXに掴まったまま、レインは肩にかけていた長射程ライフルを持ち出し構えた。砂上船に積まれていた武器の中で、最も威力のあるものだ。狙いが定まらないが、ここは勘でなんとかするしかない。自分にはQXやFeのような便利な武器の持ち合わせはない。
「ふっ」
息を吐き出すと共に連射する。兵士がくぐもった悲鳴を上げながら砂海に落ちていき、アンカーが次々と音を立てて砕け散るのが見えた。どうやらうまく行ったらしい。射撃の成果にQXが目を見張っていた。
「すごいですマスター、人間のくせに!」
「人間をなめるな、QX!」
「わたしも負けていられません!」
叫ぶとQXは傘を弾丸の勢いで伸ばし、乾いた音と共に切っ先を潜砂艦の艦体に突き立てていた。
「貫けっ!」
艦体の装甲に微細なひびが入り、蜘蛛の巣のように面積を広げ続ける。それに従い、傘も伸張し続ける。傘の切っ先はドリルのように高速で回転していた。
「だあっ!」
掛け声と共に傘を開く。傘の先をどこまで掘り進めたのか、それとも貫通したのか。傘が開いた瞬間、潜砂艦の艦体は内から爆発するように吹き飛び粉々になった。
「よし!」
我知らずレインは快哉を叫んだ。
潜砂艦はあと一隻。これならやれるかもしれない。ここは勢いに乗る必要があった。逆に言うなら、勢いがなければこの劣勢を覆すことは難しい。
「甲板に降ります!」
言うより早く、QXが甲板上を掠めるように降り立っていた。ふらつく脚を騙しながらレインは周囲を見渡しながらライフルを構える。ついさっきまで取りつかれていたのだ、敵が近くに居るかもしれない。
「あんたたち、何で戻って来たの!」
怒ったような声と共にFeが駆け寄ってきた。着ている黒いコートはボロボロで、海賊帽も似たような状況だった。それだけでFeが艦を守るために必死に戦ってきたことが分かった。
「気が変わったんだよ、QXに泣き付かれた!」
「まったく、もう」
なぜかFeは力が抜け、涙目になっていた。
「状況は?」
「艦内に侵入されて、銃撃戦が起きているわ。あたしは艦内の敵を排除するから、外をお願い!」
Feが言い残して走り出した。確かに艦内は構造を熟知しているFeのほうが適任だろう。
「伏せてください!」
いきなりQXがレインを押し倒す。一瞬後に轟音が響き、甲板が火柱を上げるのが見えた。目に見えない速度で破片が飛び散るが、運よくレインに当たることはなかった。しかし上体を起こすと言葉を失った。
今までいた場所の背後の壁には槍のように鋭利な破片が突き刺さっていたからだ。
爆発は砲弾の着弾で生じたものであり、その心当たりと言えば一つしかなかった。
「QX……」
「はいマスター。あいつらです」
「魔女狩りの魔女、か」
煙の向こうに銀色の塊と黒い影が見えた。間違いない、「魔女狩りの魔女」だ。
「マスター、身を低くしてください!」
叩きつけるようなQXの声と共に甲板に身を投げ出すと、頭上を旋風が掠める感覚があった。頭髪の二、三本はやられたかもしれない。
頭上にはQXとAiがいた。両者の間にはいつ崩れるとも分からない力の均衡があった。
「……俺を狙っているのか?」
Aiの赤い目がロックオンするようにこちらを睨みつけていた。
突如として脇腹を蹴られた感触に、レインは無様に甲板を転がった。脇腹を抑えながら立ち上がると、鍔迫り合いはまだ続いている。レインを蹴り転がしたのはQXで、Aiの狙いから外すためだろう。
「いいですか、魔女同士の戦いは相手のマスターを制圧することが必要不可欠です。マスターを失った私たちは、一時的に制御を失ってしまうためです」
Aiと切り結びながらQXが説明する。魔女同士の戦いではお互いの弱点であるマスターを狙うというわけか。
「でもマスターは戦場にいてください、わたしたちは判断をマスターに分割委譲しているので、マスターの協力が必要なんです!」
「隠れていればいいのか側にいてほしいのか、どっちなんだよ!」
「どっちもです、側で隠れていてください、防弾性ダンボールでも被って!」
そんな便利なものがあれば当の昔に使っている。レインは脱兎のごとくその場から走り出した。最も確実な防御手段は隠れること、走ることだ。動いている目標に対して狙いを定めることは難しい。
甲板上を走りながらレインは黒魔女、Aiのマスターを捜していた。QXの説明によれば、戦闘時のマスターは魔女の側に居なくてはならず、近くに居るはずだった。
マスターは確か、ヤコブとかいう不健康な顔色の優男だったはずだ。
人を意図的に殺すという行為、つまり殺人をレインはやったことがない。しかしここにきて尻込みすることもできない。
今は砂賊たちとQX、みんなの命を天秤にかけているのだ。もちろんそこには自分も含まれている。
「殺せ、殺せ、皆殺しにしろ!こいつらはそれだけのことをしたのだ!」
潜砂船の甲板で黒い法衣に身を包んだ男が、口角泡を飛ばしながら喚き立てている。こいつがヤコブだと、レインは一目でわかった。病的な白い肌は他に見間違えようがない。ライフルの筒先を向け、発射。ろくに狙いもつけなかったために命中することはなかったが、奴の身体を縮み込ませるだけの効果はあった。
「何が魔女だ、この中にいる人たちはあんたたち人権団体の好きな人間だ!」
「魔女をかくまう者も同罪だ!」
なぜ自分は即座に発砲しないのか。レインは疑問に思ったが、それは目の前の男が自分たちと同じ言葉を話すからだろう。しかしヤコブから発する憎悪の塊のような声は、同じ人間とは思えなかった。
「人権団体が人殺しをするのかよ!」
「ならば聞こう、何故魔女に組みする! 魔性の身体に籠絡されたか!」
「俺はQXを抱いてなんかいない!」
「ならばまだ戻れるはずだ、即刻あの汚れた肉塊を捨てろ!」
「あんたこそ殺したいのなら、まず自分の魔女を殺せばいいだろう! さんざんこき使ってさ、あの娘が可哀想だと思わないのか!」
一瞬だけヤコブの顔色が変わった。視線がわずかにちらついたのだ。
「人間の側を被った悪魔ども、それが魔女だ! だぶらかされても、その美しさも僕たち人間の模倣だということがなぜわからない!」
「そうかい!」
これ以上話すのは時間の無駄だった。ライフルを乱射しながら接近する。ヤコブも銃を持っていたが、構うほど暇ではない。こちらの痛手など知ったことか。接近すると銃はむしろ邪魔になり、棍棒のように銃床を叩きつけながらレインはヤコブを追い詰める。砂海に沈めてしまえば、こちらのものだ。
そのとき、足元のぬるりとした感触と共に姿勢が崩れた。
「馬鹿め!」
好機と見たのかヤコブが姿勢を立て直し、銃を向ける。咄嗟のことに身体を転がすことでしか逃れられない。背中に熱い感触がして、息が詰まる。撃たれたのか?
そのときレインは甲板上に不似合なものを見た。
「マスター!」
「来るなQX!」
これをQXに見せるべきではない。たとえ撃たれた自分の命が危険に晒されようとも。
あまりにひどすぎる物だからだ。これを見た瞬間、QXの普通としての感覚は瞬時に音を立てて崩れていくことは間違いない。
「……」
必死の形相に注意を惹かれたのか、レインの視線の先を追ったのか、それとも偶然か。QXは甲板上に転がる物を見てしまっていた。
それはまだ幼い少女の、むくんだような手足だった。鮮血に染まった寸詰まりの手足はまだ生きているような瑞々しい肌色をしていたが、それがもう助からないことは誰が見ても明らかだった。
少女は頭を消し飛ばされていたからだ。
「……ああ!」
QXが全身を震わせていた。眼は瞳孔が開く寸前で、口は半開きでなにかを高速で呟き続けている。どう見ても異常だったが、極めて自然なことであるようにも見えた。
初めて首なしの死体を見れば、こうもなる!
そこに銀の槌が割って入った。マスターの危機を知ったAiが後ろから攻撃してきたのにも、QXは背後をまったく見ることなく平然と躱した。
「この子をこんなにしたのは、あんたかあ!」
QXが叫び声と共に振り返り、Aiの銀の槌を掴む。その姿は鬼気迫っていて、たとえようもないほど人間そのものだった。
機械がここまで怒れるものなのか、悲しみに身をやつせるものなのか。
「ひっ」
Aiが悲鳴を上げて後ずさる。Aiの持つ銀の槌は、なぜかQXに掴まれたところから変色していた。変色した部分は爆発的に増殖を繰り返し、強度を失う。かつて銀の槌だったものはあっという間に構造を内から破壊し尽くし、形を失う。
Aiの両手に残ったのは純白の砂の山だった。
「それともあんたか!」
次はヤコブを指さす。ヤコブは悲鳴を上げて後ずさるだけで、話にならない。圧倒的な恐怖に駆られる様は、同情を誘うほど惨めだった。
「この子を殺したのは、誰だって聞いてるんですよ!」
叫ぶと同時にQXは髪を広げ、砂塵の舞う空中に衝撃波を撒き散らしながら上昇していった。
「……何が起こっているんだ」
レインは天を仰いだ。
QXが怒りに我を忘れたということだけは分かる。しかし、それ以外のことは理解の範疇を超えていた。
砂海が荒れているのだ。津波でも起こりそうなほどで、これほどの荒れは前代未聞だ。潜砂艦が渦巻きに巻き込まれ、残骸と衝突して濡れた紙のように形を変え、内からの爆発に轟沈する。まるで砂海そのものが瞬時に地獄の釜に変貌したようだった。
「おい、どうなっている! 返事をしろ、聞こえるか!」
こちらをよそにヤコブが通信機にがなり立てている。通信が途絶しているのか、それとも連絡先が返信できない状況にあるのか。どちらにしても、戦闘には致命的な状況だった。
その足元で、Aiが痛みに顔をゆがめていた。声を出さないのはそう言いつけられているからか。身もだえするAiは指先から変色が見て取れ、次々と砂に変貌している。QXの仕業であることは間違いない。
「……助けて、助けて」
彼女の口から涙が絞り上げるような声が漏れた。Aiの目尻に涙が浮かんでいた。
「Ai!」
ヤコブが通信機を放り出し、Aiに駆け寄る。そのようすは先の戦闘とは裏腹で、まるで家族か恋人を気遣うようだった。
「ああ」
ヤコブがAiの手を取ると指の端から砂が染み出し、輪郭を失ってゆく。
「しっかりしろ、今助けるからな。機装を解け。我慢できるか」
ヤコブの必死の呼びかけに、Aiは「……はい」と、笑みで返していた。
そのまま見殺しにするべきか、それとも助けるべきか。その様子を見ていてレインは迷った。
もしかして彼女があの子供を殺したのかもしれない。こいつはQXを追い詰め、この状況を作り出した責任がある。
だが、人の言葉を話す以上、助けないわけにはいかない。責めるのは助けてからでも遅くはなかった。
しかし、どのようにして助けるかレインは知らなかった。
「ぐっ」
Aiの痛みを押し殺した声がした。足元にはAiの手首が転がっていた。手首はみるみるうちに砂に浸食され、その場には砂だまりが残るだけだった。Aiは蒼白い顔だったが、砂による腕の浸食は止まったようだった。
「……まさか、君の従えているのが砂塵の魔女だとはな」
憎々しげにヤコブが言い放った。
「砂塵の、魔女?」
「そうさ、砂塵の魔女。この世界に砂海を生み出し、大変動を起こした張本人。それが、あれさ」
ヤコブが薄暗くなった砂色の空を見上げる。視線の先には、巨大な発光体となったQXの姿があった。が、その姿も砂塵に隠れてよく見えない。
「僕たち魔女狩りが魔女を追っている目的は、人類の尊厳や権利のためだけじゃない。再び大変動と魔女戦争を起こさないために、魔女の抹殺を掲げているのさ……もう遅いがね」
ヤコブが自嘲する笑みを浮かべた。こちらが何も知らないのに、自分だけが分かった気になっているのがレインには不愉快だった。
「……これから、何が起こるんだ」
「決まっているだろう、大変動の再来さ」ヤコブが肩をすくめた。
いつしか銃声は止んでいた。
砂上戦艦の人々、魔女狩りの人々、ヤコブ、壊れたAi、レイン。全ての人々は、目の前の茫然として空を仰いでいた。
「やれ、おまえたち!我々の仇敵、大変動の張本人。砂塵の魔女が目の前にいるんだぞ!」
いきなり我に返ったようにヤコブが口角泡を飛ばす。しかし、その言葉に耳を貸すものは誰一人としていなかった。
突然激震に甲板が揺れ始めた。砂上戦艦全体が傾斜を始めている。砂塵の風も勢いを増していた。見ると砂海に巨大な渦巻きが出来ていて、砂上戦艦がその中に吸い込まれようとしているのだ。
「……見境がないのかよ!」
こっちは味方だというのに。手すりにつかまりながらレインは叫ぶ。しかしレインの言葉は砂嵐にかき消されて届くことがない。
「QX!」
まさかQXは人間に絶望してしまったのか。
それとも、絶望したのは自分のような無知無能のマスターを持ってしまったためか。
理由がいくらでも浮かんでくるのが歯痒かった。説得をしたところで、自分は砂賊を見捨てる決断をしたのだ。その口で何を説得しろと言うのか。
「……QX、おまえは本当に、これでいいのか」
レインは自分の無力に打ちひしがれながら呻いた。もう意識まで砂塵に持って行かれそうだった。このまま自分たちは砂海に飲み込まれてしまうのか。QXが破壊に手を染めてしまうのか。そしてすべてを飲み込んだ砂海を見て、QXはなにを思うのだろうか。
自分の行動と選択は、間違いだったのか。
瞬間、風を切る音と共に、上空の雲にいきなり広大な風穴が出現した。風穴の中心にはQXがいて、その胸は地上に届くほどの長大な槍に刺し貫かれていた。
「……?」
霧を払うようにあたりの様子が平常に戻ってゆく。砂上戦艦の揺れも元通りになり、先まで出現していた巨大な渦巻きはその勢いを急速に弱めつつあった。
「なんだ、あれは」
ヤコブが驚きに満ちた声で呟くのが聞こえた。
上空に出現した風穴、その中から現れたのは銀の竜だった。巨大で長大な体躯を空中に晒し、太陽光の反射を受けながら光り輝く姿は過去にレインが遺跡で見た存在、黒竜にそっくりだった。
銀竜はQXを頭の上に乗せると、砂上戦艦のすぐそばまで降りてきた。
銀竜の頭に女性の人影の姿があった。白い長衣に身を包み、紫色の髪を風になびかせている。人間を超越したその端正な姿は、間違いなく魔女と言ってよかった。
「間に合った。大丈夫ですか」
女性が右手一本でQXを支えていた。左腕は袖があるだけで、風になびかせている。
つまり、右腕が存在しなかった。
女性が差し出してきたのでレインはQXを受け取る。QXを貫いていた槍は抜け、その跡には風穴が広がっていた。
QXは泣き疲れて眠っているような表情をしていた。
「一時的な機能停止です。時間を置いて再起動をかけてください」
「……あなたは」
レインの口は心の中に浮かんだ疑問を紡いでいた。
女性の背後には、いつの間にか武装した砂上船の群れがあった。大勢いることが彼女の地位の高さを連想させた。
「わたしはVA。独立都市ドミナントの魔女をさせていただいています」
VAと名乗った魔女は、非の打ちどころのない会釈を返した。