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砂塵の魔女  作者: 追儺式
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五章 魔女狩りの魔女(前)

 スクリューポンプが前方の砂面を吸い込み、ドラム缶を叩くような轟音と共に後方に勢いよく吐き出す。

 滑らかな砂面に白い航跡を残しながら、砂上戦艦は砂海の上を進んでいた。

かなりのスピードを出しているのは下で砂面を間近で見ればわかるのだろうが、こうやって戦艦の上から見るとゆっくり動いているようにしか見えない。

 レインがこの船に乗ってから、約二週間が経過していた。

 砂上戦艦の旅は、単調に思えたが思いのほか変化に満ちていた。

 世界は砂漠だけで出来ていると思っていたレインにとって、実際に目にする世界は変化と驚きに満ちたものだった。

 近くに見える白い板状のものは、砂海でも荒野でもない。塩湖のなれの果てだ。干からびた塩湖は陸地に煉瓦のような広大な塩の板を残す。

 灰色の山が遠くに見える。その表面には山の斜面をなぞるように、背の低い建物が身を寄せ合うように建っていた。

 あちらからは、この戦艦がどのように見えるのだろうか。レインは見張り台で自分の洗濯物を干しながら思った。

砂海の風は微細な砂を運んでくるので洗濯物を屋外に干すのは概して不評だ。しかしレインはそんなことを気にしないし、自分の居候であるという自覚がある。艦橋裏の露天観測所が、レインにとって自由になる唯一の場所だった。

「ねーレイン、まだ終わらないの?」

 観測所の端から気怠そうなFeの声が上がった。ウイッチフレームの日課、エネルギー補給を兼ねた日光浴をしているらしい。

「なんだよ、QXは?」

「いない。仕事がしたいって飛び出していったわ」

Feの細い手が下を指さす。つられて下を覗き込むと、艦尾の多目的甲板が見えた。

QXは女たちに交じって砂魚を干物にする作業をしていた。

一度指示すればうまく作業をこなすQXは女たちに重宝されていた。瞬く間に片手で砂魚の腹を掻き切り、手首を振るだけで内臓を樽に投下する。塩水の洗浄を受け、返す刀で限りなく正確な切り口で砂魚の身と骨の間を切り分け、ちゃんと「開き」にできるように背の部分だけを残す。

近くの女に素早く開きの状態になった砂魚を差し出し、女が乾燥用の回転ハンガーに掛けている。砂魚の処理をするQXがひとりなのに対して、砂魚を干す女は五人だった。それだけQXの手際がいいということだろう。

「はい、終わりました!」

 QXは手元にあった桶を横倒しにして中身が空になったことを報告した。きっと大量の砂魚を入れていたのだろう。

「QXさん、すごいねえ! あたしたちの仕事がなくなっちゃうよ!」

「えへへ、それほどでもありませんよ」

 照れたように頭を掻く。生臭い砂魚の臭いにも慣れたようだった。高速で作業をしていたため、QXの身体には砂魚の鱗や腸がこびりついていた。

「お姉ちゃん!」

「あ、なに?」

 ベリーの声にQXが振り返ると、盛大な水の噴射が顔面に叩きつけられていた。ベリーはホースを持っていた。

 この砂上戦艦はプラントと同様の装置を内蔵している。砂海から水を抽出するので、水の心配はいらないらしい。

「こ、こら、ベリー! ウイッチフレームに、機械に水をかけないでください!」

「あはは、お姉ちゃん綺麗だよ!」

「もう、ショートしちゃいます!」

ホースを奪おうとするQXと逃げるベリー。QXの銀色の髪が太陽光と水に反射して光り輝いている。QXの横顔は眩しいのは、瞳が宝石のようにキラキラ輝いているからだろうか。

「……うまく使われてるだけなんじゃないのか?」

「お姉様はあんたと違って愛想もいいし、うちの男衆にも気に入られてるわ。レイン、あんたマスターでよかったわね」

 QXが砂賊の男に言い寄られるのを想像すると、レインは少しだけ不安になった。

「大丈夫よ。あんたの見てない時に、実際にそんなことがあったから」

「それを早く言えよ!」

「何あわててんのよ。大丈夫よ、お姉様は断ったし」

「……なんて言って断ったんだ」

「“マスターに相談しなくてはなりません。わたしがマスターがいない状態でも、あなたの申し出が受理される可能性は限りなくゼロに近いです。天文学的な数値です。それでもあなたはマスターに立候補されますか?”ってな具合でね」

 きっとQXは男を諦めさせるために、可能性の無さについて力説したのだろう。それもオーバーキル気味に。これは無邪気ゆえの残酷さと言うべきかもしれない。

「大げさかも知れないが、そいつは再起不能になったんじゃないのか?」

「何言ってるのよ。お姉様はあんたのためにきっぱりと断ったんだから、感謝してもいいくらいじゃない」

「そうなのかな」

「そうよ! あたしの愛の告白も“ごめんなさい、わたしにはマスターがいるから”って頭をなでなでされたのよ! これはもはや屈辱だわ!」

 上体を起こしたFeは怒りに打ち震え、背中から物理的に炎を出現させていた。レインは側にあるパラソルを慌てて遠くに退避させた。

 どうやらQXは相当な天然らしい。しかしその余波がマスターである自分に降りかかって来るとは思わなかった。Feに呼び出されたのも、その一環なのだろう。

「だから俺が君の世話をしろって?」

「そうよ、物わかりがいいわね」

 ひとしきり叫んだので気が済んだのか炎を消し、Feは再び寝ころんでいた。何を命じられるかは知らないが、とりあえずレインは彼女の元に向かった。

 太陽光に熱された甲板を素足で踏めば。火傷は免れない。足元から立ち上る太陽光の照り返しの熱に、レインは頭がくらくらした。一秒でも早くここから退避したいところだが、この砂上戦艦の主を無視することはできない。

「……なんで水着なんだ」

 Feは赤いビキニの水着姿でビーチチェアにうつ伏せになり、太陽に背を向けて寝ころんでいた。脇にあるパラソルは飾りなのか、日除けの役目をまったく果たしていない。それもそうだ、とレインは思った。Feたちウイッチフレームにとって日光は大事なエネルギー源なのだ。

「雰囲気よ、雰囲気。それとも裸のほうがよかった?」Feが挑発的な笑みを浮かべる。

「別に。裸のほうがエネルギー補給には都合がいいらしいから」

「……そんなにあたしの裸が見たいの? あまりストレートだと、少し引くんだけど」

「引く必要がどこにある。俺はそんなツルペタに欲情なんてしない」

 レインの言葉にFeが背中から炎を上げるが、すぐに収まった。

「……男なんてみんなそうよね。なんでおっぱい大きいのがいいのかしら、デッドウエイトになるだけなのに」

 うなだれているFeを見て、少しだけ後悔した。もしかして自分は地雷を踏んでしまったのだろうか。

「……背中を拭いてくれるかしら。砂が飛んでくるからエネルギー補給の効率が悪いのよ」

「QXにさせればいいじゃないか。同じロボットなんだから」

「お姉様は仕事中だし、あたしが人間を使うことに意味があるのよ。さあ早くしなさい」

 機械に屈服した人類の悲哀とはこういったものだろうか。黙って濡れ布巾を取り、Feの背中をこする。確かに砂のざらざらした感触がある。

「あん、もうちょっと丁寧にやってよ! 女の子はデリケートなんですからね!」

「ロボットのくせに」

「精密機器だってデリケートよ! 何でこんなのがお姉様のマスターなのかしら!」

「それもそうだな……マスターになったのは成り行きだけどな。逆に、おまえがマスターを持たないほうが疑問なんだが」

「ほっといてよ。あたし、この状況結構気に入ってるんだから」

「なら俺のこともほっとけよ」

 言いながら表面を優しくなぞる手つきにすると、Feは「くふう」と心地よさそうなうめき声を上げた。機械に使われるなど、人間の尊厳にかかわるのではないか。人間代表としてレインはそう思った。

「マスターに強制されていないのなら、砂賊なんて辞めればいいのに。おまえだってQXみたいな普通の女の子としての生き方だってあるだろ」

「ふーん、あんたはお姉様を普通の女の子として扱っているんだ」

「そりゃそうだろ。それ以外にどういう風に扱うって言うんだよ」

「……うーん、性奴隷とか?」

「なにいってんだ。そんな言葉どこで覚えたんだよ!」

「あたしが眠りから覚めて最初に会った人間からよ」

 出し抜けに真顔に戻り、吐き捨てるようにFeが言った。

「……すまん」

「いいのよ。最悪の想像ができたおかげで、あたしは窮地から脱出することができたんだしね」

「窮地って、何があったんだよ」

「あたしが目を覚ました時、周囲は炎に包まれていたのよ」


 FeはQXと同じように、どこかの遺跡に封印されていたらしい。

Feが永い眠りから目を覚ました時、遺跡は爆破されていた。爆発の余波により、彼女を保護していた棺は破損してしまった。

左目の傷はその際できたものらしい。

遺跡に押し入ったのは砂賊の連中だった。彼らはFeたちウイッチフレームの知識がなく、棺で眠っていたFeに対して不審に思いながらも短絡的な判断を下した。あるいは、大多数の砂賊と同様の判断なのかもしれない。

目覚めたFeは両手両足を縛られていた。身にまとうものは粗末な布きれだけで、周囲の反応を伺うとそこは砂上戦艦の中だということが分かった。

「まあ、この船ね」

「……それからどうしたんだ」

 囚われの身になったFeが今はその砂上戦艦の主になっていることから、レインは話の顛末の想像がついた。しかし、聞かなくてはいけないとも感じていた。Feは聞いてくれる人を求めているように見えたからだ。

「お決まりね。砂賊どもを皆殺しにして砂上戦艦を制圧。もしあたしが壊れていない“正常の状態”なら、強引にマスターを認識させられて人殺しをさせられるか慰み者にされるか。奴らの好きにされていたでしょうね」

 Feは皮肉な笑みを浮かべた。

「話はまだ続くわ。無人になった砂上戦艦のデータを見てあたしは砂賊の村に向かった。別にあたしを傷つけた仕返しがしたかったわけじゃないわ。行くべき場所が見当たらなかったというだけ」

「それから、どうしたんだ」

「……散々だったのは、あたしだけじゃないってわかったの」

 砂上戦艦に乗って砂賊の村に着いたFeは、愕然とした。

 時代を数世代逆行したような煉瓦造りの建物と、泥水をすすり、木の根を食む貧しい食生活。村の連中は砂上戦艦から出てきたFeに対して言葉を荒げることなく、砂賊の死体を確認すると視線を下に落とすだけだった。

「砂賊どもが人々の生活を顧みることがなかったのがその原因だけどね。奴らは人々から富を奪い、その象徴が砂上戦艦だったってこと」

「それなら、Feは村を救ったってことになるのか?」

「まあ、結果からいうとそうなるわね」

 それからFeは村の人々のために尽力した。砂賊の連中を手に掛けたことに自責の念があったのと、これと言って生きる目的がなかったからだ。

 人のために尽くすのがウイッチフレームの本能とするなら、Feの行動は必然と言えた。

Feは知識を総動員して荒れた畑を肥えさせ、短期間で収穫できる作物の種をまき、収穫した作物で住人の腹を満たした。それまでの間は砂賊が残した銃器を売り払うことで糊口をしのいだ。

収穫が始まってしばらくは自給自足の生活を送っていたが、やがて作物を出荷できる体制が整っていった。

村は豊かになっていった。

「当然そんな豊かな村を他の砂賊どもが見逃すはずがなくってね。村を守るために戦っていくうちに、あたしは砂賊の長として祭り上げられていたってこと」

 Feはただ砂賊をしていたわけではないということか。それなら、この砂上戦艦の和やかな雰囲気にも納得できる。

「お姉様を狙ったのは、あたしに本当の意味での仲間がいなかったから。あたしの仲間は人間じゃない。ウイッチフレームだもの」

「……そうかね。ここの人たちは十分Feの仲間だと思うぞ」

「どうしてそう言い切れるのかしら」

「戦力の強化とかなんとか理由をつけたところで、おまえがQXを奪いに行くのは我儘でしかないからさ。割に合わないことでも付き合ってくれるのが、仲間なんじゃないのか」

「あいつらがあたしに能力で劣るから、意見できないだけよ」

「損害だって出たんだろう、燃料代だってただじゃない。手ぶらで帰ったのなら、吊し上げの一つくらいは食らってもおかしくない。そのへんどうだったんだ?」

「……うん。みんな何も言わなかった。失敗の一つくらいありますよ、って慰めてくれた」

 強気なFeが慰められるということは、それなりに気落ちしていたのだろう。

「……そうね。少し、考えてみようかしら。人間との付き合い方」物思いを浮かべているのか、Feが幼さの残る顎に手を当てた。

「あーっ、なにふたりでこそこそ話してるんですか、やらしい!」

 甲高い声はQXのものだった。そのまま走ってきたのか全身から水を滴らせていて、そこかしこから紫電のスパークが上がっている。レインは嫌な予感がした。

「あらお姉様、一緒にいかがかしら」

 Feが上体を起こした拍子に水着の上がはらりと落ちた。スレンダーな胸が露出するが、隠す気配もない。逆に見せつけるように胸を張る。

「み、水着はちゃんと着けろ! 魔女ってのはみんなこんななのかよ!」

「あらレイン、こんな裸には興味がないんじゃなかったの?」Feが嫣然と笑みを浮かべる。まさに魔女の微笑だった。

「お姉様、楽しみましょうよ。あたしだけだと疲れちゃって大変なのよ」

「……え? さ、3Pだなんて、不潔! マスターの背徳者、反逆者、偽善者、浮気者―!」

「ちょっと待てQX、浮気もなにもっ」

 レインの続く言葉をかき消したのは、QXの指先から発せられる電光だった。スタンガンのような衝撃が走り、レインは意識が飛んでいく感覚と共にその場に崩れ落ちていた。


「大丈夫か、レイン君」

 ニコラの声で、レインは突如スイッチが入ったように目を覚ました。

 いつもの医務室のベッドの上だった。

「よく気を失う奴だな、君は」

「ほっといてください。運ばれてきてからどれくらい時間経ってます?」

「およそ三〇分ほどだ。モテる男はつらいな」ニコラはすべてお見通しのようだった。QXが告げ口でもしたのだろうか。

「あいつめ……QXは?」

「甲板にいる。あまり責めてやるなよ、色男」ニコラがにやりと笑う。その手にはワインのボトルがあった。

「グラスを洗うのも人任せにするのは抵抗があるんでな」

「だからラッパ飲みですか。先生こそ、医務室で飲酒はどうかと思いますが」

「素面の状態のほうが私は手つきが怪しくてな。恐れを感じるのか、手の震えを抑えることができん」

「それはアル中って奴じゃないですかね」

「そうかもしれんな。医者の不養生とは言ったものだよ」

 これ以上突っ込んでも話にならない。いつものことだからだ。レインはベッドを借りた礼を言った。

「あ、それとこれ。QXが置いて行ったぞ」

ニコラが差し出してきたのは黒い外套だった。新品で、厚手の生地は確かな縫製だ。

「なんですかこれ」

「QXが置いて行った。君のだろう?」

「違いますけど……なんだってんだ、あいつ」

そういえば、QXは以前にレインの外套をオシャカにしたことがある。それはいいのだが、この外套の出所を問い詰めなくてはならない。

「ドミナントまであと一週間か」ニコラが誰ともなく呟いた。

「……そうなんですか。どんなところなんです?」

「中央のモデル都市として指定されている。清潔な都市さ」

「俺にも働き口とか見つかるといいんですけどね」

「そうだな。いつまでもここの世話になるというわけにもいかん」

「先生は?」

「ドミナントに逗留してから、また別の便で中央に行くさ。砂賊は中央では単なる犯罪者集団だからな」

 そういうことは、ドミナントに到着した時点でニコラとは別れることになるのか。

「名残惜しいですね、お元気で」

「君はドミナントで職を探すとして、QXはどうする?」

 ニコラの問いに対して、レインにとっての答えは既に決まっていた。しかし言葉にした途端にそれが現実のものになってしまうようで、言い出す勇気がない。

「……まあ、それは何とか。中央って、魔女の扱いはどうなってるんですかね」

「重宝されているよ。なにせ旧世代のテクノロジーの粋を集めたような存在だからな。なかには魔女を集めている組織もあると聞いている」

「戦争でも始めるんですかね」

「逆さ。世界の仕組みを明らかにしようとしている。間違いなくQXは向こうで居場所を見つけられるだろう」

「そうですか、よかった」

 よかったと言ったのは嘘ではなかった。もう思い残すことはない。しかし後腐れなくQXと別れられると聞いた瞬間、反射的にレインはそれを否定したい感情に囚われた。

 別れたいのか、一緒にいたいのか、どっちなんだ。

いったい自分はQXをどうしたいのか。

「……浮かない顔だな。もう少し休んでいくか?」

「いえ、いいです。ありがとうございます、失礼します」

 早口で返すとレインは痛む頭を抑えながら、黙って医務室を後にした。


外に出てラッタルを上ると甲板が見えた。甲板上を歩いていると、砂魚を乾かすハンガーが回転しながら林のように立っていた。

延々と続く手すりを眼で追うと、艦尾のあたりにQXがいた。

「マスター」

涙の痕が砂塵に染まっている。QXは泣きはらした顔を外気に晒していた。

「何泣いてるんだ」

怒ろうと思ったのに、正直この状況は予想外だった。今までの経験から、QXはけろりとしていると思ったのだ。

黙ってレインはQXの側による。QXが少しだけ脚を動かしかけたが、その場にとどまっていた。

「すいません。わたしの身勝手で、マスターを危険に晒してしまいました」危険、とはさっき気絶したことだろうか。

「こんなの、いつものことじゃないか。泣くほどのことじゃないだろう」

「違うんです。わたし、マスターを、独り占めできなくなったのかと思って」

 支えにするように手すりを掴むQXの手は震えていた。

「……俺がFeのマスターになったってことか?」

「はい。わたし、役に立ってませんから」

「そんなことはない。おまえは充分みんなの役に立っているさ」

「……本当ですか?」

「ああ。保証する。さっきだって他の人よりも働いていたじゃないか」

「でもわたし、マスターの居場所を奪ってしまいましたし」

「そんなこと。済んだことじゃないか」

「わたし、マスターのそばに居させてもらってもいいんですか」

「当たり前だろ。それと、これ。どうしたんだ、買ったのか」レインは黒い外套をQXに差し出した。

「Feさんに習って、自分で御裁縫したんです」

「すごいな、プロ並みじゃないか。この前はボロボロにしたのに」

「ウイッチフレームの学習能力を甘く見ないでくださいよ」QXがかすかに笑う。学習するにしても、この短期間でプロ並みの技能を習得するのは人間には不可能なことだった。

「他に出来ることはありませんか? 何かおっしゃってください」

QXはにこやかにほほ笑んでいた。その笑顔がレインには眩しい。

「なんでそんなに一生懸命なんだ」

「わたし、マスターに守られてばかりで、役に立ったという経験記憶が乏しいので。これくらいしかできることがないですから」

「それにどうしてそんなに自分を卑下するような態度なんだよ」

「わたしは人に使われることこそが本懐なのです。別の言い方をするなら、使われない道具に存在価値はありません」

「……俺がQXを使わないってことに、怯えているのか」

「はい」

 力なくQXはうなずいた。

だからといって美しい少女の姿をしたQXを、普通の枠を一歩もはみ出ることのない自分が命令し、使うのには抵抗があった。それが本人の望みであったにしても、だ。

立場を卑下しているのはQXではなく、自分なのか。レインはなぜ使いもしないのに自分をそばに置いているのか、とQXに問われているような気がした。

「俺は、QXをおまえの望み通りに使ってやることができないかもしれない。でも、それでもいいんだ」

「……マスター?」

「俺はQXが側に居てくれること自体が、おまえの存在価値になるんだ」

「わたしを使わない、という解釈をしてもよろしいのですか?」

「違う。QXは自分が思うように人の役に立てばいいさ。俺もそれは考える。ああ、俺が何を言いたいのかと言うと」

 別れを前提にしておいてどの口が言うのか。心中の影がせせら笑うのをレインは黙殺した。どうしよう。言葉が出ない。言ってしまうと取り返しのつかないことになってしまいそうで、レインはQXを前にして身もだえした。

 QXが静かに語りかけてきた。

「……マスター。ひとつ、我がままを言ってもいいですか」

「……言ってみろ」

「わたし、ずっとここに居てはいけないのでしょうか」

 穏やかな声だった。視線が砂海に向いているせいで、QXの表情は分からない。

 QXがずっとここに居たい、という理由は分かる。

 ここには争いがない。穏やかな人の生活がある。そのなかで生きることは、レインの希望でもあった。

 しかし、その穏やかさは皮を一枚めくれば、殺し合いの獰猛さを含んでいるのだ。自分たちが乗っているのは非武装の客船ではなく、強力な力を持つ砂上戦艦であることが何よりの証拠だ。

いつまでもここに居れば、戦いに巻き込まれるのは確実だった。

「QX」

 レインは何から話せばいいのか判断に迷った。期待に満ちた表情でそれを見ていたQXが、前触れなしに全力で動いた。

QXの巻き起こした風圧が甲板上を走り、風に煽られたレインの姿勢が大きく崩れる。

「……なんだ?」

 一瞬後に頭上で閃光が炸裂した。何もない空中で爆発音がし、炎の華が衝撃波となって甲板を震わせる。轟音と共に砕け散る大輪の炎は、ある事実を指し示していた。

「マスター、敵襲です!」


 QXはその手に待ち針を持っていた。QXは小指ほどしかない待ち針を空中に投擲し、突如として飛来した砲弾を迎撃したのだ

“総員戦闘配置! 相手は長距離射程の武器を持っているわ、砲手は光学観測で対応しなさい!”

 スピーカーが割れた音でFeの声をがなり立てていた。

にわかに艦内が騒がしくなり、男女の区別なく銃を手に取り、砲座に着く様子が見えた。乗組員たちが慣れた様子で、彼らが砂賊だということを考えても、この素早さは相当な訓練を積んでいることをうかがわせた。

 風が強く吹いている。景色が早く通り過ぎているのが見えるのは、砂上戦艦が増速したのだろう。

「Fe!」

「来たね」水着のFeが見張り台の上からレインとQXの姿を認めると、不敵にほほ笑んだ。

「距離は? 相手は?」

「見たとこ、そう遠くはないようだね。相手は分からない。でも、高価なミサイルを使ってきたんだから本気の連中だと思ったほうがいいよ」

「Fe、俺たちはなにをすればいい?」

「お姉様はさっきみたいに迎撃をお願い」頭上からFeが裁縫箱を投げ、QXが受け取る。中身はきっと待ち針なのだろう。最も安価なチャフになる。

「あたしは壊れてるからね、精度には自信がないのよ。お姉様ならこれでも対空砲火の代わりになるわ。お姉様、索敵はできる?」

Feの言葉にQXがうなずき、目の前に広がる砂海に目を凝らす。

「はいFeさん。えっと、出ました。敵は三〇キロ先に、砂上船三隻。包囲陣を敷いていますね。長距離射程の船は一隻。さっきの砲撃はウイッチフレームの照準によるものです」

 砂海をひと睨みしただけでこれだけの情報を引き出せるQXの能力にレインは舌を巻いたが、それ以上に相手の射撃能力に脅威を抱いた。砂海を見ても、その姿を確認できないほど遠くにいるのだ。

「ウイッチフレームの射撃? 向こうにも魔女がいるってのか」

「こっちにも二機いるんだし、珍しいことじゃないわ」

Feはどこか余裕のある表情で、口元を笑いの形に歪めている。まるでこの騒ぎを半分楽しんでいるようだった。

「事実これも仕事のうちなのよ。迫る脅威を撃破すればうちの評判は上がる。もしやられたときは」

「……やられたときは?」

「評判が下がるのはもちろん、同業者に舐められることになる。シェアを奪われ、最悪廃業ってところね」

 不吉な予想すら心地よいと思っているのか、Feはヒリヒリするような笑みを浮かべた。

「じゃ、あたしは指揮があるから。頼んだわよ!」

 Feがパラソルに引っ掛けていた黒いコートを羽織り、走っていく。行先はきっと艦橋だろう。

「マスター、命令してください」QXが硬い声で呼びかけてくる。見ると、QXは一切の容赦を切り捨てた表情だった。

「……戦うのか」

「はい。ウイッチフレームの射撃は正確です、対抗できるのは同じウイッチフレームしかいません」

「そうなのか」

 レインは心の中が乾いてゆくのを感じた。

 自分がQXを戦わせたくないと思っていることに、QXは気づいていないのか。それとも、気づいているが状況に合わせているのか。

 どちらにしても、いまのレインに出来ることはひとつしかなかった。

「……QX、戦ってくれ」

「はい、マスター」

 QXが背骨から引っ張り出すように武器の「傘」を抜き、構える。右手には待ち針をいつ投げてもいいように握っている。その姿に釣られるように、レインも近くにあるライフルを掴み、装弾を確認した。

 自分が撃つライフルの弾丸などQXの待ち針に比べて万分の一の精度も持たない。レインはQXに頼るしかない自分の無力を感じた。


 館内は内から沸騰するように人の行き来が活発になっていた。

 迷路のような艦内をFeは赤い水着に黒いコートという格好で、飛ぶように駆け抜けていた。

すれ違うどの顔も平然としているように見えるが、その行動に一切の無駄がない。得物を包丁からライフルに持ち替える動きは流れるようで、日常と非日常が地続きになっている砂上戦艦の乗組員特有のものだった。

あるいは、「こちら」こそが自分たちにとって日常なのかもしれない、とFeは思った。

Feが艦橋に着くと、いつもあったはずの洗濯物はカーテンを払うように取り払われ、一カ所に収納されていた。代わりにあるのはせり出してきた戦況卓と乗組員が指示を飛ばす声だった。戦闘時特有の雰囲気がFeには心地よかった。

「おまたせ!」

艦長席に座る。乗組員から返事がないのは、Feがそのように言い聞かせているからだ。個々の持ち場が集中しているところを上の者が乱すなど、あってはならない。

「おかしらー」

 とてとてと寄ってきたのはベリーだった。自分の体ほどもある大きさの海賊帽を持っている。Feのものだ。海賊帽を受け取り、被ると自分の思考が戦闘に最適化されていくような気がした。

「ありがとね、ここは危険だから居住区画に行ってな」

頭を撫でて優しく言うと「うん!」と素直な返事が返ってきたので、Feは安心した。入り口には母親が待っていたが、その肩にも無骨なライフルが提げられていた。

Feは艦長席の肘掛からケーブルを抜き、自分の赤い髪と絡める。眼を閉じるとFeの視覚は砂上戦艦の複数のカメラと同調し、皮膚は触覚、聴覚はレーダーと一体になる。指をわずかに動かすと、各部の砲塔が連動して稼動した。

「始めるよ野郎ども!」

 Feの声は自らの喉からではなく、艦内のすべてのスピーカーから発せられた。艦内からはFeの号令に応えるように鬨の声が上がった。


 そこかしこから対空砲火の唸りが甲板上に響いていた。

上空で砲火の閃光が上がる。気温が上がったように感じるのは、錯覚ではないはずだ。

硝煙の匂いと熱風がレインとQXの周囲を満たしていた。

追ってくるはずの砂上船は見えないが、砲撃はどこからか来ている。QXは対空砲火に混じって、相変わらず頭上の見えない攻撃を迎撃していた。

QXの行動は艦を救うことになったが、結果的に相手にこちらの位置を知らせることになった。

しかし、黙ってやられているわけにはいかないのが理屈だ。

最初は目に見えなかった敵の姿が、次第に見えるようになってきた。砂海から極小の火花のような砲火が上がっているのが見える。こちらの艦砲が狙うのも容易になったが、敵の射撃も散発的で周囲に着弾していたのがこちらに集まりつつある。

「待ち針が足りません! どれだけ大盤振る舞いしてるんですか、向こうさんは!」

「知らん! 相手がどんな奴かもわからないんだぞ!」

QXは風を煽り、待ち針を繰り出して迎撃しているが限界があった。辺りには砲火の音が充満しているため、そばにいるQXと会話するのさえ叫ばなくてはならない。

敵は砂賊のはずだった。武器を持ってこちらを襲ってくる連中がそれしか知らないというのがあるが、それにしてはこの弾数は異常と言ってよかった。これだけの砲弾を消費するには、砂上戦艦のスクラップは獲物として割に合わない。それくらいの勘定はレインにだって弾ける。

「……敵は、砂賊じゃない?」

呟いた瞬間、つんざくような轟音が耳を満たした。甲板が地震でもあったように激しく揺れ、一際派手な熱風に身体が煽られる。レインは眼を閉じて耐えるしかない。

「……?」

周囲が無音の状態になったと思ったのは錯覚だ。あまりの音量にレインは少しの間、耳が聞こえなくなっていた。目を開けると視界が灰色一色の煙に満たされ、周囲の様子が確認できない。何が起こった。少なくともいいことではないはずだ。

煙が晴れると、右舷の砲座がひしゃげた造花のように破裂しているのが見えた。もっと悪かったのは、砲座のなかで何か動いているのが見えたことだ。

「……!」

 生きている。

 どうすればいいのか。予想はしていたが、言葉にならない。生きているのなら救出すべきだろう。自分はただ戦場を観客として見てしかいなかったことにレインはようやく気付いた。

「Feさん、傘を張ります!」

“ありがとう、お姉様!”

かすかにQXの声がした後視界が一瞬黒に染まり、すぐに半透明になる。QXの「傘」の効果だ。傘は砂上戦艦の艦尾を完全に隠し、広大で強固なドーム状の盾になっていた。

 その間に怪我人を助けなくては。錆びついていた身体が急速にもとの勢いを取り戻し、気が付くとレインは全速力で甲板の上を駆けていた。

砲座の奥にいる乗組員は服が文字通りのボロボロになり、血まみれの状態だった。しかも、大きく形を変えた銃座に身体の各所が噛まれたようにめり込んでいる。

「熱い、熱い!」

 中から男の叫び声が上がっていた。

「くっ」

銃座に取りつく。歪んだフレームはまだ熱い。ライフルの銃床を叩きつけるが、うまくいかない。後ろで乗組員の男たちがチェーンソーを持ってきていたが、手間取っているようだった。

「だめだ、チェーンソーじゃ引火しちまう」

 様子を見ていた男たちの一人が苦々しげに呟いた。歪んだ銃座をチェーンソーで切り裂き、巻き込まれた男を助け出す算段だったはずが、火薬と燃料に誘爆する恐れがあった。誘爆すれば犠牲はさらに増えることになる。

「マスター!」

 QXが駆け寄ってきた。こちらの様子を一目で確認するとおもむろに銃座に取りつき、力を込める。

「おい、なにを」

言いかけたレインの口が凍り付いた。QXの手のひらから煙が上がり、肉の焦げる嫌な臭いがした。

QXはたったひとりで、歪んだ銃座を押し開こうというのだ。

「んぎぎっ……!」

 力を込める。反射的にレインもそれにならう。熱いが手袋をしているだけQXよりマシだった。他にも駆けつけてきた連中が手を貸し、その場は足の踏み場もないほどの人の群れが銃座に取りついていた。最初は無力だと思っていたはずの銃座は徐々にではあるが叫ぶような音を立てて開いて行った。

「よし、開いたぞ!」

「行くぞ、せーのっ!」

「痛い、痛てえよ!」

 銃座に巻き込まれていた男を総出で引っ張り、助け出す。本当なら慎重にすべきだが背に腹は代えられなかった。男は身体中に多くの破片を受けていて、銃座から引き剥がされる時に大量の出血が見えた。

「急いでください!」

焦りを滲ませた声でQXが叫んだ。半透明の傘の膜は所々破れ、縮んでいる。傘の向こうにはいつの間にか敵の攻撃端末が展開していて、こちらに射撃を繰り返している。迎撃したいところだったが、傘を展開している間はこちらの攻撃も通らないためにそれもできない。

「つかまって!」

レインが男を背負うと体臭とむせるような血の匂いが鼻をついた。歩きながら後ろを見ると血の帯が灰色の甲板の上をべっとりと濡らしている。「熱い、痛い」とうわごとのように繰り返す男の身体は汗だくで、やけに冷たかった。

隔壁の向こうに男を送り出してから、一際大きな砲座の陰に隠れてレインは叫ぶ。

「退避が済んだぞ、QX!」

「はい!」

 QXが叫ぶと同時に「傘」が消え、攻撃端末の射撃による大量の実弾がスコールのように押し寄せてきた。甲板上が傷つき、めくれあがり、抉られ、ささくれ立つ。陰に退避し者がいなかったのは不幸中の幸いだった。

気圧されまいとするようにQXが叫ぶ。

「機装!」

 QXの全身から銀色の光が漏れ、髪の毛が翼のかたちに伸張する。同時に傘を伸ばし、剣のように構える。

「おおおおっ」

雄叫びと共に長大な剣の形になった傘を薙ぎ払う。機装の瞬間から攻撃端末の動きが鈍くなっているのは格下の機体制御を奪う「メデューサ現象」が起こっているためだろう。傘の切れ味は驚くべきもので、しかも回避行動を取ろうとも鞭のようにしなり追尾する。砂上戦艦を包囲していた攻撃端末は無力な二脚だけを残し、上半身の砲座は両断されて砂の海に沈んでいった。

「ふう」

 QXが膝をついていた。思わずレインが駆け寄ると、QXは肩で息をしていた。全力を出し切ったのだろう。

「マスター、怪我人の人は、大丈夫ですか?」

「ああ、命に別状はない」

 まだ分かったものではないが、そう言ってやりたかった。

「手は、どうなんだ」QXの手を取る。皮膚は急速に復元を果たしていたが、それでもまだ生々しい火傷の後が残っていた。

「こんなにしやがって、綺麗な肌だったのに」

「……ごめんなさい」

「違う。おまえのことを気遣ってるんだ」

「ありがとうございます。時間を置けば復元されます、大丈夫ですから」

 QXが気丈にほほ笑む。確かに銃座の男の命は見捨てたら元に戻ることはないのだろう。それでも、QXがここまでしなければならない理由があるのだろうか。自分は冷酷なのだろう、とレインは思った。

“砂海に艦影は見えないよ! 皆、よくやったわ!”

スピーカーからのFeの声に、皆が快哉の声を上げる。

 そのとき、スピーカーに変調があった。

“殺せ、殺せ”

 Feの声とは違う。乗組員の誰の声とも違う。まるで異質な低い声がFeの制御に割り込み、ゆるりと流れ出ていた。

「な、なんだ」

“殺せ、殺せ”

 レインの疑問に答えることなくスピーカーは同じ文句を繰り返している。艦内は水を打ったような沈黙に満たされ、エンジン音の他には「殺せ、殺せ」という呪いの言葉だけがひたすら繰り返されていた。

そこでレインは気づいた。声が、ただ繰り返されているわけではないことに。

「声が、大きくなっている……」

 そうだ。声のボリュームがだんだんと大きくなっているのだ。どんな意図があるのかは知らないが、この上なく悪趣味であることだけは間違いなかった。

この行為が悪趣味だけで終わらないこともまた、理解していた。もっと致命的な何かが近づいてくる足音をレインは耳にした。足元の砂海から砂上戦艦のものとは違う、突き上げるような地響きがあった。

「マスター、Feさん!」

 突如としてQXが驚きの声を上げる。

“殺せ、殺せ”

「進路を変えるか停止、または増速してください!艦の直下に」

“殺せ、殺せ、殺せ”

「何かいます!」


“魔女は殺せ!”


雷光を束ねたような轟音、激震と共に船体が傾く。レインは自分の身体が甲板に倒れてゆくのを感じた。全ては足元、甲板の真下から起こっていた。砂上戦艦をひっくり返さんばかりの勢いで真下にいる何かが急速に浮上していた。

「総員、手近なものに掴まれ!」

 誰かが叫ぶのが聞こえる。レインは一瞬だけ、隔壁の向こうに送り届けた怪我人の安否が気になった。

 激震。床が斜めになり、すぐに絶壁になる。支えになる物を求めてレインは空を掻き、近くの手すりを力任せに握りしめる。床の傾斜は収まることを知らず、砂上戦艦はちょうど斜めの状態になった。砂上戦艦は激しく揺れ、艦尾が何かに下から強引に押し上げられていた。

艦尾の甲板が青い閃光に下から刺し貫かれるのが見えた。粒子加速砲弾の光だ。砲弾加速のための砲身を必要としない粒子加速砲は、主にある船舶に使用されているものだ。

艦尾に開いた穴を押し広げるようにして巨大な鉄の嘴というべき物体がレインの眼前に出現した。巨大な衝角を持つこいつは、砂上戦艦の足元から文字通り「湧いて出てきた」のだ。

尖塔のように甲板から生えてきた黒い鉄の塊は、潜砂艦の衝角だった。

「……潜砂艦かよ!」

 潜砂艦とは言葉通りに砂に潜る船だ。こんなものを持つ組織は砂賊にだっていやしない。

“魔女は殺せ!”

再び怨嗟に満ちた、地の底から響くような声がする。それは目の前の潜砂艦からの声だった。

潜砂艦の先端には魚雷発射管がある。その発射管から、影が尾を引いて何かが飛び出してくるのが見えた。弾頭ならばこんな近くで発射するのは自殺行為としか言いようがないが、このような破天荒な戦いを挑んできた相手が普通の神経を持っているはずがなかった。

「皆さん、伏せてください!」

 叫びながらQXが巨大な傘を振りかざす。傘の先端を弾頭に当て、同時に展開させて盾にすることで相殺しようという狙いだ。雷光の勢いで弾頭に傘の先端を突き入れる瞬間、QXが呻き声を上げながらよろめいていた。

まさか、失敗したのか。見ると、傘は弾頭にまっすぐ伸びているにもかかわらず、先端だけが逸れていた。

 間違いない。傘は途中で何かの力によって、捻じ曲げられたのだ。

「くっ」

 弾頭から何か銀色の塊が見え、影が展開する。いままでレインが弾頭だと思っていたものは、いまは人型をしていた。

「……魔女?」

 レインは慄きに満ちたうめき声を上げた。全身を包む黒いマントは襤褸で、役に立っているかどうか怪しい。しかし、そんなものがなくとも「彼女」には影響ない。全身から放たれる刺青のような模様は赤く禍々しい光を放ち、彼女が魔女、ウイッチフレームであるという決定的な証拠だった。魔女は自分の背丈ほどもある長さの柄の巨大な「槌」、いわゆるハンマーを持っていた。

長い黒髪を振り乱しながら彼女――魔女は手に持つ巨大な銀色の槌を振り上げ、叫んだ。

「魔女は、殺せ!」

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