私、今日からヤンデレになります!
「こんなんヤンデレじゃねぇよ!」と言われたら「私だってガチのヤンデレ書きたかったわボケ!」で返します。
「す、好きです……付き合って、くださいっ!」
どもって、つっかえて、けれど、それでも私にとっては全身全霊をかけた言葉だったのだ。
学校校舎の裏手、小さな中庭。お昼時間なのも相まって、二人以外の人気は、まるでなかった。はらはら、頭上から風にちぎられた桜の花びらが落ちてくる。桃色斑の向こう側で佇む彼は、じっとこちらを見据えていた。思わず、視線を反らしたくなって、でも、ここで反らしてしまっては頑張りが無駄になってしまうような気がして、どうにか堪える。顔が、熱い。見苦しいぐらい赤らんでいるんだろうな、と思うと、余計に恥ずかしくなって、追い打ちをかけるように胸の鼓動が耳の奥で反響し始めた。
『校舎裏の中庭、満開の桜の下で告白すると成功する』学校の七不思議レベルの迷信だった。ただ、この迷信は既にここの生徒にとっては周知のものになっていて、だから『桜の下に呼び出される』というのはそういうことで、ある種都合がいいものとして残っているのではないだろうか。
「えっと」
彼が、口火を切った。
「君、誰だっけ」
心が爆発四散する音がした。
*
「鬱だ、死のう」
部屋のベットに力なくフライアウェイして漏れた言葉がそれだった。
あの後、きょとんとしている彼をその場に取り残して、私は全力疾走で逃げ去った。「いいよ」でも「ごめん」でもなく、「知らない」。予想外の言葉に、どう返したらいいかわからなかった。本当に、ひどく混乱していて――ああ、私はフラれるとか以前の問題だったんだな、と自覚して心がずっしり沈みこんだ頃には、授業が一科目と半分くらい終了していた。まともに授業聞いてないな、ノートもなんか「応仁の乱→こいつも下心の所有者か……」とか書いてあるしどこまで正確なんだろう、というか応の部首ってこころだし――なんて現実逃避しても、数時間前の黒歴史を忘れるには至らず。彼とクラスが違ったのは、唯一の救いだったかもしれない。この状況で彼に話しかけられたら冗談抜きに心が死ぬ。死んでしまうとは情けないとか言われても知らん。ちなみに友人から「そういえば、告白どうでした?」とか聞かれた時は一回死んだ。
「誰だっけ、か」
ぐるん、とベッドで一回転して、壁に激突して、それから仰向けになって呟く。あの時、彼どんな顔してたっけ。少し考え込むような顔をした後――へんにゃり笑ってた。癖っ毛らしく先の方でカールした短い毛、男子の中でも身長は高くて、それでいて中の上くらいな童顔で、やわく笑って「誰だっけ」と。
「……ちょっと、なくない?」
去年一年同じクラスだった経験からいうと、彼は俗にいう天然キャラという奴だった。「あっ……」「どうした」「間違えて菜箸もってきちゃった」「いや、どういう間違いだよ!? というか何故箸箱に入った!?」「寝ぼけてたのかな……半分に折ってある」「寝ぼけててもやらねぇよ!」という掛け合いがあった程度には。
だが、それにしたってあの反応はないんじゃないか。こちとら愛の告白をしているのだ。それに対して「誰だっけ」はあまりにデリカシーがないではないか。しかも困ったように笑うとかでもなしに、めっちゃ普通に笑ってたぞあいつ。
「そうだ、悪いのはあっちだ」
声に出すと、鬱々としていた心が、すっと晴れるのを感じた。これは決して逆恨みではない、私は悪くない、悪いのはあんな気遣いに欠ける返答をした向こう側なのだ。だから、私は今回の件に恥じる必要はないし、思い悩む必要もない。なんだ、簡単な道理ではないか! となれば、今回のことは寧ろ好都合、あんな馬鹿な男に引っかかる前に相手の有責で別れられたんだから、これは不幸中の幸い――
「な訳ないんだよなぁ!」
体が勝手にベッドの上を転がる。二度目の壁との熱いキス(前頭部)。
いや、だってさ、私彼のこと好きだもん。萌えの塊だもんあの人。運動神経抜群、サッカー部ではフォワードを務める期待のエース、試合となれば顔つきも童顔に似合わぬ険しさを見せる。それでいて、普段は度を超した天然。道端で立ち止まってたので声をかけたら、アリの行列の前で「今、僕がここをまたいで通ったらアリはびっくりするんじゃないかな」と真剣な声音で答えたという噂もあるくらいだから、もうこれはアホの子と言ってもいいかもしれない。私はそんな彼のギャップが大好きなのだ、この人のことを傍で見ていたいと思ったのだ。
たしかに、彼の私に対する暴虐無人な行いは見過ごせない、しかし彼が好きという思いはいまだに止まらない。これがあの少女漫画によくある『こいつ、ほんとサイテー! ……でも、なんで? 嫌いになれない』という奴なのだろうか。乙女心を逆手にとるなんて、可愛い顔してとんだ魔性の男だ!
階下から上ってくる「さっきからドンドンうるさいわよ、近所迷惑でしょー」という言葉に生返事しつつ、私は考える。考えて、考えて――結論。
「そうだ、振り返らせてやればいいんだ」
ぐいっと伸ばした手の先にはスマフォ。画面には『あなたはもしかして……「ヤンデレ」タイプ?』という大きい見出しと、その下に数行に渡る文章が表示されていた。
『私、今日からヤンデレになります!』
ヤンデレ。病みとデレの合成語。相手を好きで好きで堪らない余り、精神拗らせて病んでしまうことを指すらしい。
このサイトは、『恋愛タイプまるわかりフローチャート☆』なるものだ。出される質問に「はい」か「いいえ」で答えていくと、答えが出されるシンプルなもの。「『彼の浮気は許せる?』……いいえ」「『彼が何をしても見捨てられない』……はい」とかなんとかやっていった後の答えがこれという訳で。
「これ、アリだよね」
私には正直、取り柄がなかった。顔もそんなに良くないし、声もあの妙に甲高いアニメ声とは異なるし、手先が特別器用な訳でも、コミュニケーション能力に長けている訳でもない。というか一番最後さえあったら少なくとも「誰だっけ」にはなってなかっただろうから切実に欲しいというかよこせ。
……話を戻そう。そんな訳で、私が示せるのは彼に対する愛情くらいだった。ならば、ヤンデレとやらになってその愛情を迷惑になるレベルでさらけだしてやろう。「誰だっけ」の屈辱をこのままにしておけるか? いや、そんなことはできはしない。これは反実仮想に匹敵するほどの決定事項である。
復讐を胸に、計画を組み立て始める。このサイトには、ご丁寧にも『ヤンデレって、どういう子?』という項目があった。「ヤンデレの特徴を紹介! あなたも実は隠れヤンデレ?」らしい。文章が女児向け漫画雑誌の中身っぽくて地味にイラっとするが、まぁ背に腹は変えられない。臥薪嘗胆、耐え忍ばねば道は開けないのだ。
「私をあんな風に拒絶したこと、後悔させてやる」
にやり、不敵に笑ってみた。童話のヴィランか何かっぽくて、少し中二心をくすぐられた。
*
『①好きな相手を追いかけちゃう!』
ヤンデレちゃんは、彼のことを全部把握していないと気が済まないもの。そんなヤンデレちゃんの初期症状としてあがるのは、やっぱりストーカー! 彼の普段の行動、友達関係、部活、放課後の過ごし方、お家の場所、全部自分の目に焼き付けなくちゃ。だって、この世界で一番彼のことを知ってるのは私なんだから☆
*
アニメとかのヤンデレって、どこから相手のこと見てるんだろう。
授業終わり、彼の教室の前で人を待つ振りをしながらスタンバる。どこかに隠れる? 身を隠しながら彼が教室から出てくるのを把握できる体勢とか、彼の方からは分からなくても反対から来る人間には「何やってんだこいつ……」とか思われる類のものしか思いつかなかったです! はい!
なお、授業中に仮病を使うことで、教室での彼の行動を見守るとかいうアレはそもそも教室が廊下から覗ける構造してないので断念しました。というか仮病使ってから気づきましたおのれ。校庭のどっかに隠れながら望遠鏡で窓から覗くという手はワンチャンなきにしもあらずなので、お小遣いと相談しようと思いましたまる
「ゲーセン? まぁ、いいけど」
「さんきゅ。帰りなんか奢ってやるよ、何がいい?」
「クレープ!」
「女子かよ」
蜘蛛の子を散らしたように、生徒がわらわらと廊下に漏れ出す中、私はたしかにそのやり取りをキャッチした。ふっ、これも一年近く彼の背中を見ていた賜物(注、彼は眼鏡男子なので必然的に席は前になるのである)、我が能力を駆使すれば喧騒の中でもなんというか頑張ることによって彼の声を聞き分けることができるのだ! まぁ、本人が声域高めで間延びしたような口調だからわかりやすいというのも多分にあるけど。
ちらり、スマフォから少しだけ視線をあげる。私がスタンバってる扉とは逆の扉から、階段に向けて歩いていく男子二人の姿を捉えた。彼の隣に居るのは、一年の時から彼と仲がいい――名前なんだっけ。まぁモブAということで。たしか部活も同じだった気がする、それに幼馴染だっけか、うん。今からゲーセン云々ということは、今日は部活がない日なのだろう。ストーキングのし甲斐があるというものである。
「ゲーセンって、どこのゲーセン?」
「お前、言ってもわからないだろ」
「失礼な。ショッピングセンターの中と商店街に三つ、全部区別はつくよ」
「行き方は?」
「…………」
「おいこら、こっち向け」
そこまでは聞いて、先回りする。彼の下駄箱の場所は把握済み、故にどこから出てくるか推測は容易、ならば彼らより前に靴を履きかえ先回りしていた方が成功率は高いだろう。ふっ、我ながらなんて見事な効率的!
実際、その読みは上手いこといった。サッカー部が休みなのだから、きっと他の陸上系の部も休みなのだろう。いつも以上に生徒で賑わう玄関口の有象無象に紛れて、歩いてきた。彼は男子にしては珍しく、手提げ鞄派だ。「斜め掛けは持ってるかどうかわからなくなる時があるから」らしい。やっぱ致命的にバカだと思う。くそ、忘れた鞄もって追いかけたい。
……しかし、こういう細かい部分を知っている辺り、ひょっとして私は去年からヤンデレだったのではないだろうか? 案外、私にはヤンデレの才能という奴があるのかもしれない。ふふっ、私の愛の重さに恐れおののくがいい!
「なんかさ、僕、方向音痴みたいなんだよね」
「知ってた」
「この前なんか、コンビニ行こうとして道に迷っちゃって」
「待て、お前の家からコンビニって一回くらいしか道曲がらないだろ」
「野良猫見ながら歩いてたら、曲がるとこ、間違えたっぽい」
「注意力散漫ってレベルじゃねぇぞ、おい。あと馬鹿そこ曲がるな」
「えっ、ここじゃなかったっけ?」
「お前なぁ……」
彼の襟首引っ掴んで元の道に戻したりしているモブA。こうして観察していると予想以上に親子っぽいこの二人。モブAは口調通り目つきも悪く、歯に衣着せぬ、といった感じの奴だ。真逆な二人がなんでこうよくつるんでいるんだろうと思っていたが、どうやらモブAがツンデレ気質だったらしい。多分、去年一年もそんな感じだったのだろうか、あの頃は完全に彼しか見えてなかったからなぁ。
そんなことを思う私は、時折電信柱やらなんやらに隠れて「あー、知り合いまだかなー」といったノリでスマフォを見たり――することもなく、ちょうどいい距離感を保ちながら尾行している。歩いている方向から言って、彼らは商店街に向かっているようである。商店街は薄汚れた、という言葉がぴったりな実に地元に密着した感じの空間になっていたが、閑散としている訳ではなく、寧ろ小さな店がぎっちり身を寄せ合っている。学校帰りの生徒がそこに寄るのは決して不思議なことではない。だから、今彼らを尾行している私も、周りからすれば「学校帰りに寄り道する一般生徒C」でしかないのである。たぶん。
歩いていくに連れ、濃厚になっていくからあげの香り。これは商店街が近づいている証拠である。学校から一番近い、商店街の北口は食べ物系のお店が密集している。その中で、一番匂いを発しているのがからあげ屋というだけの簡単な話だ。
「……からあげ」
「別にからあげでもいいんだぞ?」
「で、でも僕にはクレープという心に決めた人が……っ!」
「いつからクレープがお前の恋人になったんだ」
からあげ屋に視線釘づけな彼に、やれやれといった感じのモブA。そういえば、彼は大食いだった、お昼時間にはお弁当箱二個くらい持ってきてた。今度差し入れ代わりに重箱クラスの弁当をもっていってもいいかもしれない。問題は料理もそこまで得意じゃないということだが。二次元のヤンデレってなんでああもいろいろ出来るんだろう。そんだけスペックあってなんで凶行に走るんだよ……いや、凶行に走るくらいのメンタルしてるからヤンデレなのか。
「にっわとりこけっこからあげやー……」
「恨めしそうにCMソング歌うくらいなら買って来いよ」
「……今からあそこで宝くじ買ったら、五百円が一万円くらいにならないかな」
「ああ、わかった。ゲーセンでの奮闘次第じゃ両方奢ってやるから」
「! ほんと!? やったー!」
「騒ぐな馬鹿、恥ずかしいだろ」
ぴょんぴょん跳ねている彼の鞄をぐいと引っ張るモブAが、どっからどう見てもはしゃぐ飼い犬のリード引っ張る飼い主な件について。あー、いいなぁ、私もあれやりたい! あらあらうふふみたいなノリでやりたい! そこ変われモブA!
そんなこんなでようやく二人は商店街の中央にあるゲーセンにやってきた。ここは商店街内のゲーセンの中でも一番の大きさを誇っている、何せ一フロア自体が広い上に無駄に三階建てなのだ。その上、一階二階はすべてUFOキャッチャーやらクレーンゲームやらに占領されており、アケゲーメダルゲーはすべて三階に追いやられている。カップルや女子高生なんかに人気なイメージがある場所だ。
内心、ホッとする。このタイプのゲーセンなら、女子一人で居ても違和感はないだろう。……西の方にある格ゲーやらなんやらオンリーのこじんまりした場所に入られていたら、足りない頭をどうにか振り絞ってストーキング手段を考えなければならないところだった。
機体をきょろきょろ見て回っているフリをしながら、視界の隅で彼らを追う。都合のいいことに、二人は小さい景品が集められた狭い通路ではなく、入り口近くの広い場所――つまり、大きなぬいぐるみやら人気のフィギュアやらが並べられてる一角にいた。
「えっと、これを取ればいいの?」
「バカ、声が大きい」
とある機体の前で景品を見下ろす彼。そこにあったのは――女子高生が抱きしめて喜んでそうなタイプの、まるっこくデフォルメされた犬のぬいぐるみ。抱きしめて喜んでそうなタイプと形容したのは、つまりそれが抱きしめるに足りる大きさのブツだったからに過ぎない。
「ほら、手出せ」
「?」
「いいから!」
ストーキング中の私からは、モブAが彼に小銭を押し付けているところがよく見えた。小銭を用意していた辺り、どうやらこれは計画的犯行のようである。
「それで、どっちがいいの」
「くろまめわんこ。……っ、く、くろいほう」
「わかった。眼鏡持ってて」
何が悲しくてモブAの隠れた一面を発見しなければいけないのか。いや、たしかにモブAイケメンな部類だけどさ、なんかもう「くろまめわんこ」とか製品名で即答してる辺りいろいろとアレだけどさ。私彼しか興味ないんで、うん。
さて、彼はといえば一、二回目は外れだった。一回目は距離が微妙で、二回目は掴んだものもアームから落ちてしまった。その間、彼はボタン操作していない方の手で、操作パネルのところをかん、かん、かかかんと叩いていた。
「パネル傷つけんなよ」
「大丈夫大丈夫、爪ちゃんと丸くしてるし」
「そういう問題か――」
「わーい、取れたー!」
がたんっ、という音ともに、彼が機体の下のところに潜り込んで、黒い丸いのを抱いて、笑顔を浮かべた。……くそかわいい。すっごいかわいい。なんか抱いてる犬ぬいぐるみが彼をデフォルメしたものに見えてきたやばい似合ってる、そうだ私はこういうのを見たかったんだ! これぞストーキングの醍醐味よ!
「あんまり抱きしめんな、お前の毛がつくだろ。ほら、これに入れろ」
「はーい」
ゲーセンのロゴが大きく書かれたビニール袋に収納されていくぬいぐるみ。眼鏡をかけなおした彼に、モブAは言う。
「しっかし、まさか三回で取るとは」
「タイミング合わせたら簡単だよ?」
「簡単じゃねぇよ。まぁ、約束だ、両方奢ってやる」
「やったー! 早くいこ、僕お腹すいちゃってさ」
「待て、そっちの出口だと店とは逆方向だ」
先導していこうとした彼の襟首をやっぱり引っ張りながら、並んで歩いていく男二人。私はいそいそとそのあとを追いかけるのである。
*
「お前、さすがにこっからなら家に帰れるよな?」
「というか、さすがの僕でも家の場所くらいはわかるよ!」
「そうか。……迷子になったら動き回る前にすぐ電話しろよ」
「あっ、信用してないでしょ! もう!」
怒った顔がまったく怖くない案件発生中です。
そんな訳で、二人は商店街を出て大通りを挟んだ住宅地を少し進み、交差点のところで別れた。ここまで来ると当然人気はなくなってくるので、先ほど使わなかった電信柱待機作戦を決行せざるを得なかった。通り過ぎる人が少なかったといえ、これがなかなか緊張するものだった。スマフォ眺めてるだけじゃ変かなとか思って、耳に当ててどっかに電話かけてる風味にしてもいた。今思えば、そっちのほうが逆に変かもしれない。
さて、モブAと別れた彼は、奢ってもらったクレープを歩き食いしながら歩いていく。クレープ屋での会話によって、彼はチョコレートが駄目で毎回イチゴパフェ風クレープを頼んでいることが判明した。バレンタインの時はショートケーキをホールで持っていこうかと思う。いや、あの大食い加減なら一人でホールもいけるでしょ、うん。
お菓子の勉強もしなきゃなぁ、料理の中でもお菓子ってなかなか難しいと聞くし。もぅ、恋する乙女って大変! なんて思っていた私は、危うく彼に起こった変化を見逃しかけた。
『あれは……!』
ぽろっと彼のカバンから落ちたのは、薄汚れた木彫りの梟ストラップの梟部分ではないか!
説明しよう。随分可愛らしくないというか古臭いものをつけてるなと思われるかもしれないが、これは彼が遠くに住んでる祖母からもらったお守りみたいなものらしい。つまり、彼にとってはかなり大切なキーアイテムなのである! 去年クラスにいたときに聞いた!(盗み聞き)
私はここに、究極の取捨選択を強いられた。我が家は、学校にほど近い場所にある。つまり、私がここに居るのはおかしいこと=尾行がバレる可能性が微粒子レベルで存在する。微粒子レベルといったのはつまり彼がクソ天然だからである。さらにいえば、ここで彼に声をかけたら、今日はここでストーキングをやめるしかない、つまり彼の住所を特定できずに終わってしまう。そして、何より――昨日の今日で話かけたくない! ええ、告白したのは昨日のことですとも、ええ! 誰だショック受けてないだろテメェとか言ったやつ、私はショックだったけどそれを上回る彼への愛で行動してるだけなんですぅ!
距離をとった状態で、木彫りの梟を拾う。そうだ、何もこの場で渡さなくてもいいじゃないか。明日にでも、彼の下駄箱にでも入れておけばいい。ついでに「あなたを愛する一人より」とか書いたメモも入れておけば実にヤンデレっぽくていいじゃないか。なんという名案、それでいこう――
『でも』
脳内をふっと、過ったものがあった。それは、去年その梟について語っていた彼の姿で。「お前、小学生くらいからそれつけてね?」「うん、何回か紐が切れそうになって、その度に直してる」「よくそこまでしてつけようとするな……」なんてやり取りの後、彼はこんなことを言ったのだ。
「だって、これには僕とおばあちゃんの思い出が詰まってるんだもん」
にっこりと、笑って言っていた。きっと、家に着いた彼が梟の不在に気づいたら、帰ってきた道を必死に探すに違いない。彼は馬鹿な天然であると同時に、馬鹿なくらい誠実だから。きっと自分が迷子になることも厭わずに探しまわるだろう。誰かに「今日はもうやめよう」と諭されても、それを拒んで頑なに捜索を続けるのだろう。
それは私の美化かもしれなかったが、しかし私が好きになった彼という人物像はそういう感じなのだ。そうじゃない彼なんて、私の好きな彼じゃない! あなたは彼の偽物よ、本当の彼を返して!
……まぁ、それに。ヤンデレってものは、自分を犠牲にしてでも愛しのダーリン()を助けるものだ! ここで自己愛に走るなんてヤンデレの風上にも置けぬ! 私は、私は誰もが認める最高のヤンデレになると、昨日誓ったのだ!
「あの」
呼びかけに、「ん?」と彼が振り向いた。口元がクリームだらけだった。
「これ、落ちてましたよ」
「えっ」
私の掌に収まっている梟を見て、慌てカバンにぶら下がった紐を見て――全力でこちらに間合いを詰めてきた。教室の端から端くらいの距離はあったと思ったのだが、それが一瞬で狭まった。やだサッカー部の本気すごい。
差し出された梟をつまんで、まじまじとやる。
「うん、たしかに僕のだ……」
すっと、梟を胸ポケットにすべり込ませて、
「ありがとうっ!」
突然、私の手が、あたたかくなった。目前、かなり近い場所に彼の顔があった。鼻と鼻がぶつかるんじゃないかと錯覚するくらいの、至近距離。
それらが、彼に手を握られたからだと気づくまでに、少し時間を有した。左手にクレープを握ってる関係で、片手だけだったけど。見てくれはどことなく無骨なのに、意外と手のひらはやわっこいんだなぁ、なんて思ったと同時。
「ひゃい!?」
顔が爆発した。具体的には一瞬で顔が熱くなって、冷や汗出そうっていうか出てるんじゃないかってレベルで、その上頭の中真っ白だった。えっ、待って、やだ、遠くで彼を見ていたはずなのになんでこんな距離感!? わけがわからないよ!
「これ、僕にとって、本当に大切なもので……ほんと、なんてお礼言ったらいいんだろう。そうだ、君、名前は――」
「じゃ、じゃあ、私はこれでッ! 急いでるんでしゅすいません!」
噛んだ気がするけど、もうそんなことどうでもよかった。ただ、この場から全力で逃げ出せれば、それでよかったのだ。アスファルト蹴って蹴って、足の裏痛いくらい蹴って、走り出して数分も経たない内に息が苦しくなってきたけど、そんなこと全部気にせず、走った。なるべく、狭い道、路地裏っぽく撒きやすそうなところを選んで進み続けて――流石に限界がきて止まった時には、後ろを見ても彼の姿は見えなかった。
脱力。まだ春だとはいえ、さすがに全力疾走するとクソ熱い。ただ、その熱さには、どうにも走ったから以外の理由があるようにも感じた。
「ない、わー……あんな距、離……天然だから、って……」
ひゅーひゅー、口で呼吸しながらも一人ごちらずには居られなかった。手を、見る。彼に握ってもらった手。『彼に』握ってもらった手。照れがぶり返す。あー、今すぐベットの上でごろごろして、照れを発散させたい! やだなに今のえっ本当なの夢じゃないのやだー!
どうにかこうにか落ち着いて、深呼吸する。ふぅ、まさかストーキングにこんな恐ろしいラッキー――スケベじゃないな、なんだろう。ラッキー萌えチャンス? があるとは――私はどうやらストーキングを甘くみていたらしい。
辺りを、見回す。家と家と家と、アスファルトの道。
「……ところで、ここ、どこだろう」
家につく頃には真っ暗でしたとさ。
*
『②好きな相手を盗撮しちゃう!』
ヤンデレちゃんは、いつだって彼の姿を見ていたいもの。そんな時に欠かせないのが、彼の写真。これさえあれば、いつでも彼といっしょだね! でも、ヤンデレちゃんにとって、学校の集合写真や、行事のスナップ写真なんかは集めてて当然のもの。やっぱり、一番は自分で撮った世界で一枚だけのベストショットだよね☆
*
ストーキングをしていても思ったが、私はつくづくヤンデレになるのに遅かった女だと思う。もっと早くヤンデレに覚醒していれば、こんなに悩むこともなかったというのに……!
スマフォのホーム画面を見て、ぐぬぬと思う。今回、彼を盗撮するに、私は恰好のアプリを手に入れていた。その名も『自然撮影カメラ』! これは動き回る野生動物なんかを撮るのに適したカメラで、自分が指定した秒数毎にシャッターを自動で切ってくれる優れもの。撮影時間や、シャッターを押してから撮影を開始する時間など、細かいところも設定可能である。そして何より――シャッター音に動物が驚いてしまうのを防ぐために、無音仕様となっている。ああ、これほど盗撮に適したカメラアプリが未だかつてあっただろうか! 盗撮で満足いく写真を撮るのは、当人に接近しても不思議に思われない友人知人ですら難しいことである。ならば、物量で押して数千枚の中から奇跡の一枚を手に入れればいい、と思ったのだが……。
「どうやってカメラアプリの圏内まで近づくんや」
思わず似非関西弁が出た。くそっ、もし同じクラスだったらなんとなしにスマフォを机に立てて、彼の方に向けて只管シャッターを切るだけの簡単なお仕事なのにー!
嗚呼、私にはただただ彼をストーキングすることしかできないというのか。そんなのヤンデレとしてあまりにも低レベル過ぎる! ヤンデレならもっとこう、自分の部屋を彼の盗撮写真でいっぱいに埋めて「うふふ」なんてクレイジーな笑みを浮かべないと――いや、でも部屋に裸で飾っておくと日焼けしそうだし、やっぱファイリングが一番だな。彼の盗撮写真いっぱいのファイルで「げへへ」とすることにしよう。なんだこの撮らぬ狸の皮算用! 写真だけに!
「今日は新入生が部活見学に来る日だっけ?」
「だな。……お前、今日は眼鏡しとけよ」
「それ先輩からも言われたんだけど。そんなに怖い? 眼鏡外した時の僕」
「眼鏡外した顔はともかくその時浮かべてる表情がやばい」
「えー」
今日も今日とて、教室から出たところをストーキング。告白してから二日、握手事件からは一日である。今のところ、放課後以外にストーキングできるような時間は見当たらない。彼は去年からお弁当派であり、故に基本的に食堂に顔を出してくれないのである。なんでも、アレルギーが多いとかなんとか。友人に付き合って食堂に向かうことはあったので、昼食の時も教室前で粘ってはいるが、さすがに二日待つだけでは顔を見せてくれなかった。食堂に行ったら盗撮もしやすいんだけどなぁ。
今日は部活という言質をとれたので、今回はサッカー部が部活動につかっている一角まで先回りをする。部活見学日ということもあって、サッカーコートの周りはそれなりに人混みになっていた。男子がほとんどだが、中には女子もちらほら。普段から居るファンなるものの他、マネージャーの座を狙っている連中もきっと居るのだろう。まぁ、私はそんなことせずとも彼とお近づき(一方通行)になってしまう予定なんですけどね!
部活見学日には、どこの部も新入生の気を引く為にあの手この手催す。実際の練習の体験だったり、いろいろだが、どうやらサッカー部は今回模擬試合をやるようだ。我が校のサッカー部は、スポーツ校じゃないにしてはなかなか強い、みたいな評価をされているらしい。つまり、最初からある程度のネームバリューはあるのである。だから、いつもの練習風景を見せるより、選手たちがかっこよく動き回るところを改めて見せつけた方がいいと考えているのだろう――たぶん、きっと、めいびー。
そんなわけで、部員を二つに分けての試合が始まった。外野から、ちょくちょく黄色い歓声が飛ぶ。暇人め。……あっ、私も暇人だわ。
彼はモブAと同じチームだった。幼馴染というだけあってか、この二人の連携、やたらと上手かった。私は、ぶっちゃけサッカー知識なんて全くない。彼はサッカーが好きらしいが、私は彼が好きであってサッカーが好きなわけではないというスタンスである。それでも、そこの二人のパスが、本当にうまい具合に決まってるのは分かった。
『でも』
思う。
『やっぱいつものプレーじゃないな』
彼は、普段は試合になると眼鏡を外すのだ。それは彼のプレイスタイル的に、眼鏡をかけたままだと本領を発揮できないからで――つまり、今の彼のプレーはなんとなく気が抜けたものになっていた。まぁ、気が抜けたものといってもやっぱり普段とは違ってきびきびと動く彼っていうのは最高にギャップがあってあと今に限ってはどことなく不服そうな顔してるのも相まってこれはなかなか見れないベストショットで乙なものだなと思って例の自然観察カメラ片手に目で追いかけまくってるんですけどね! すてき、こっち向いて!
そんなこんなで前半が終わって、コートチェンジ。水分補給などもここで行われ、それが済み次第ゲーム再開なのだが――
「すいません、遅れました!」
彼がコートに入ったのは一番最後だった。とても、笑顔で、そしてその顔には眼鏡はなかった。モブAが片手を顔にやって「やりやがったこいつ」みたいな感じになっていた気がする。
*
「お前なぁ」
「だって、やっぱ試合だしさ。入部希望者さんにこそ本気のプレーを見てほしいじゃない」
試合が終わって、仲良し二人組はいつも通り帰路に着いていた。もちろん私もちゃんと尾行なうですとも、うん。
「あのな、お前のプレーはいろいろ規格外なんだよ。魅了する以前に萎縮する奴の方が多い」
「そんなに、その、度がいきすぎてるかな……?」
「普通の高校生はオーバーヘッドキックなんて決めねぇよバカ」
小首をかしげる彼にモブAはなかなか大きなため息をついた。
眼鏡を外した後の彼のプレーは本当にすごかった。それは前屈姿勢と呼んでも過言ではないドリブルから始まり、妨害スライディングをボールを足で挟んでジャンプして超え、最終的に相手のブロックを避けるように空中にボールを蹴り上げると見事なオーバーヘッドキックを決めた。そして、その一連の動作を獲物を狙う獣の目といって差支えない真摯な顔つきでおこなったのである。そりゃ、眼鏡かけたままじゃ、このアクロバティックプレーはできないわ、うん。眼鏡が割れる。そのワイルドな姿に私は思わず自然観察カメラ放り投げて動画撮影に切り替えたのだが、周りはいろんな意味で言葉を失っていた、うん。
「ごめん」
項垂れる彼。あっ、ちなみに今日は商店街を通らないルートで帰宅しているので、私は電信柱とペアで下校中です。彼は基本的に部活終わりに帰るので、これにもなれないといけませんね! 畜生、私も彼と仲良く並んで帰りたい! 今この二人並んでる場面で「そいつ、誰……?」とか言いながら出ていけるレベルのヤンデレになりたい! レベリングしなくちゃ!
「たださ。……俺、お前のプレー自体は、その、評価してるから」
「えっ」
「お前のプレーはたしかに真似したくても真似できねぇし、そういう点では悔しいと思ってる。正直な」
モブAが、彼の前に一歩飛び出て、向かい合う。故に私は全力で自動販売機の陰に飛びずさった。うぉい、なんだよその突然のダルマさんが転んだ要素! ほら私の後ろから歩いてきてたサラリーマンらしきおじさんが変な物見る目で見てるよ! 畜生!
「なんて言ったらいいか、よく分かんないけどさ……嫉妬とか、そんなん関係なしに見てて楽しいんだよ、お前のボール捌き」
「!」
「だから、勘違いするなよ。俺はお前の好き勝手バカやるとこは嫌いだけど、お前のプレーはその、いいと思ってるんだからな。プレーがダメと言われたからああいうのは今後やめる、とか言うなよ。分かったか?」
「うん!」
そろそろかな、と思って道路に出てみると、案の定二人は既にこちらに背を向けて歩き出していた。口は悪いし不器用だけど良い奴、か。どこのテンプレライバルキャラだよ。
まぁ、でも凹んでる彼の後ろ姿も、今の「今度一緒に漫画のサッカーの技やってみようよ!」「やめろ、お前は出来ても俺が死ぬ」と隣にじゃれてる姿も可愛いのでまぁ評価してあげたいと思います。具体的には、彼との会話で名前が出てきたらモブA呼びはやめてあげようと思う、うん。
さて、二人はまた昨日と同じ場所で別れた。ふっふっふ、今日こそ家の住所をメモって帰ってやる……!
そんな決意を固めると同時、彼が道端に座り込んだ。何事かと思って、道の右端から左端にささっと移って、彼の足もとにあるものを見た。
「みゃお」
黒い斑交じりの白猫だった。その猫が道端で丸まっているすぐ傍に、彼が座り込んでいる。「ねぇ、触っていい?」とか言って、手を差し出してうずうずしている。これはKAWAII。図体でかい彼が小動物に必死に媚び売ってるという構図が可愛い。猫になりたい。あるいは猫と彼との3Pだな、うん。『扉の向こう側にプレゼントを置くの。あなたの好きな子猫の首を毎日一つずつ』みたいな物騒なヤンデレもこの世の中には居るようであるが、私はそういう基地外系ヤンデレは生憎目指してはいないのだ。
そして、そこで私は、とてつもなくスペクタクルでナイスなアイデアを思いついたのである。この構図こそ、まさに盗撮にうってつけであると。誰も見ていないはずの、彼による彼の為の彼のプライベートであるはずのこのワンシーン! そのワンシーンを手中に収めて見返してにんまりしてこそヤンデレではなかろうか! あと単純に、赤色がかった背景と彼の黒い後ろ姿、そこに猫のアクセントという純粋な構図のクオリティの高さもある。
私は興奮冷めやらぬ内に、スマフォを構え、シャッターを切った。
カシャッ。
「ん?」
彼と、目があった。
説明しよう! 後半戦の間、ずっと普通のカメラの方で動画を撮っていた為、そのままの勢いで通常のカメラで撮影してしまったのである! 今日入れたばかりのアプリだしね、存在に慣れてないのは仕方ないよね! ……ふぁっきゅー、私!
「あっ、君は昨日の」
WASSHOI。なんということだろう、地味に身バレしている!
えっ、やばいまずいどうしよう、なんか脳内で驚いた時の言葉として「あうち」でも「おーっと」でもなく「WASSHOI」が出るレベルで動揺しているぞさぁどうする私どうなる私! というかなんだWASSOIって神輿でも担ぐつもりかよ私。
そんなこんなで導き出した私の答えは。
「こんばんは猫ちゃん可愛いですねさようなら!」
二度目の全力疾走であった。二日連続で彼に声をかけられての逃走である。なんなの、これが私と彼の運命だとでもいうの。こんなロマンもへったくれもない運命嫌なんだけど私。何か彼が私の背中に声をかけたような気がしないでもなかったが、正直聞いてるだけの余裕はなかった。愛する彼の言葉を無視してしまうなんて、私ってばなんて罪な女!
そんな訳で、今日も足が自然と止まってしまうまで走り抜けました、うん。これを毎日繰り返したらすごい痩せそうだけど、それだと永遠に彼の住所をメモれないことになるのでノーセンキューです。
まぁ、そんなことは置いておこう。今二日連続で姿を見られてしまった問題について、思考時間を割かなければならない。幾ら天然の彼だって、ここまでくれば何かしら思ったはずだ。ストーカーとは思わないでも、変な子だと思われていそうな感じはヒシヒシとある。くっ、私はこんなに健全な女の子なのに……! ……とにかく、流石に明日も同じことを仕出かすのはまずい。今の時点でだいぶ危ないのに、これ以上石橋を砕き割ってどうする。
明日は尾行を休憩して、彼の様子を見よう。なんて思いながら辺りを、見回す。家と家と家と、アスファルトの道。
「……ところで、ここ、どこだろう」
家につく頃には真っ暗でしたとさ。天丼!
*
『③好きな相手にまつわるものなら何でも欲しい!』
彼とお揃いのものが欲しい? ヤンデレちゃんが欲しがるのは、もっと彼に近いもの。彼の髪の毛、彼の爪、時には彼が使った後のストローまで。汚いと思うなら、それは彼を愛し切れていない証拠! 彼のものなら、なんだって宝物なんです☆
*
「あの、大丈夫ですか?」
友人からかけられた第一声が、それだった。尾行を休むことにしたちょうどその日、偶然知人からお昼に誘われた私はホイホイと食堂に着いて行ってしまったのだ。なんか久々に普通に食事をした感じある! 張り込んでたの二日間だけなのに! ふっしぎー!
「なんでそう思ったの?」
「いえ、『桜の木の下で告白してくる!』と言って以来、喜ぶでも悲しむでもなしにただただ奇行を繰り返しているように見えたので」
「やだすごい辛辣」
ちなみに彼女に悪気はない。彼女も、モブAと同じタイプの人間だった。黒髪ストレートの銀縁眼鏡、生徒委員会に所属中で、お父さんは銀行員だっけ。平成の大和撫子と呼ぶに相応しいお方だった。ちなみに名前は田中 樹利亜。誰だDQNネーム一歩手前とか言った奴、あっ私だ。
「これでも、私は去年からあなたの友人であったつもりですし、あなたが好意を寄せている相手の事もある程度は分かっているつもりです」
「うん。……あっ、ここのカツ丼美味しい。今度からこれ頼も」
「私なんかでよければ、その……言いにくい質問でも、乗るつもりです。友人と言うのは、そういうものだと思っていますから」
私のカツ丼への熱い高評価も他所に、真面目な台詞を言いきってくれた樹利亜ちゃん。これには不真面目な私も思わず感激した。嗚呼、やっぱり持つべきものは友達である。
「実は、私今ヤンデレになる為に彼のことをストーキングしてたんだけど、失敗しちゃって……今度は体毛集めとかを実践してみようかと思ったんだけど、流石にハードル高すぎて躊躇っちゃうところあって」
「やっぱりさっきの言葉取り下げます」
*
「おい、どうした」
昼休み、俺の第一声はそれだった。いや、だってさ。元気が取り柄みたいなバカが、似合わない難しい顔して机に蹲ってるんだぜ? 聞きたくもなる。
「圭ちゃん、居たんだ」
「いや、朝いっしょに登校したのに何言ってんだよ、お前。取り敢えず、机動かせ。弁当食えねぇだろ」
「あー、そっか、もうお弁当の時間か」
呑気に言うバカを見て、俺は戦慄した。こいつは、とんでもない大食いだ。昼には弁当箱二つ分+a食っておいて、夕方頃には腹減ったって言って何か買い食いしたがる程度には。いや、部活後に何か食って帰るってのはまだしも、晩飯レベルの量食っておいて家に帰ってからまた食うっていうんだから、聞いてるこっちが腹いっぱいになってくるくらいだ。そんな奴が弁当の時間を忘れてるなんて……どうしちまったんだ、こいつ。
「で、何があったんだ。言ってみろ」
「……なんで分かるの?」
「全身でそういう風にアピールされりゃ、そりゃ嫌でも分かるっての」
近くの奴の机を借りて、向かい合わせにする。いつもはここに謙哉やら和樹やらが入るんだが、生憎というか運よくというか、今日は二人そろって補習に駆り出されていた。いや、だってあいつら居たら絶対余計にややこしくなるし。
「ねぇ、圭ちゃん」
「なんだ」
「三つ編みで背は小さくて、カバンに、この前のくろまるわん? あれの白いバージョンつけてる女の子、知らない? いや、正確には去年同じクラスだった斎藤さんなんだけど」
「……いろいろ言いたいことはあるが、なんで俺が知ってると思ったんだ」
「だって、圭ちゃん頭いいし」
「俺は学校のデータベースじゃねぇぞ、おい。クラスの誰がどこのクラスいったかなんて、仲良い奴しか知らねぇよ」
思わずツッコミ代わりに箸箱でバカの鼻づらを軽く叩く。なんか甲高い悲鳴が聞こえたが知らん。というか、なんでこいつは補習回避できる程度には勉強できるのに、こういう方面になると救いようないバカになるんだ……あとくろまるわんじゃない、くろまめわんこだ。そして白いバージョンはしろふくわんこだ。
「で、その女の子がどうした」
「会って話がしたいんだ」
「じゃあ、今度廊下で鉢合わせた時にでも声かけりゃいいだろ。俺に聞いたってことは、同じ学校の奴なんだろ、そいつ」
「昨日会ったんだけど、声かけたらすごい勢いで走っていっちゃって……」
「は?」
このバカの話をまとめると、『大切なものを拾ってくれたのだが居たが、どうやら忙しかったらしく、お礼を言う前に帰ってしまった。昨日も一昨日と近い場所で出会った。昨日は猫の写真を撮っていたところだったらしいが、声をかけたらどっかに行ってしまった』ということらしい。
そこまで話したバカは、カバンからご丁寧にラッピングが施された紙袋を引っ張り出した。
「お礼も一応用意したんだけど」
「会えるかも分からないのにお礼を用意したのか」
「買ってから気付いて……」
「バカか」
ため息が漏れる。なんでこいつはこうも後先考えず行動するんやら……。
それにしても、まさかこいつから女の話を聞くことになるとは思わなかった。こいつ恋愛とかそういう方面には全く興味がない上、バカさが祟ってそういうフラグを悉く折ってきている。三日前にも桜の下に呼び出されて、それを「よく分からないけど、『誰?』って聞いたらどっか行っちゃった」で蹴っ飛ばしてきたくらいだ。だから、こういう話を聞くのは、新鮮っつーか、これ逃したらもうこいつこの手の機会に一生恵まれねぇんじゃないかとか、そういうことを考えちまって……ああ、畜生。
「しゃーねぇ。ほら、さっさと飯食え。俺も一緒にその女探してやる」
「ほんと!?」
「去年同じクラスだったってことは、学年同じだろ? それならまだ見つけようと思えば見つかるだろ」
白米をかっ込み始めるバカに、「喉詰まらすなよ」なんて言いながら、自分も箸を進める。なんで声かけられて逃げ出したかは分からないが、まぁそこらへんも結局こいつらの問題だろう。俺は手助けしかするつもりはなかった。
*
「で、なんでしたっけ、ヤンデレ?」
「いえす、ヤンデレ」
「ショックで頭に蛆でも湧いたんですか?」
「ちょっと何この子言葉が暴力的すぎるんですけど」
ナチュラルに席を立って行ってしまおうとする樹利亜ちゃんをどうにか食い止めた矢先にこれである。「はぁ」とため息と共に、樹利亜ちゃんは眼鏡をくいっとやった。やだ優等生っぽい。
「『誰だっけ?』って言われて凹んだって言うなら、彼に自分の存在を気付いてもらえるように、健全に振り向かせればいいではないですか。なんでわざわざ遠まわりでイタイ方向にいくのか、理解できません」
「だって」
「だって?」
「……恥ずかしいし」
「今のあなたの行動の方が数倍恥ずかしいんで安心して下さい」
もうやめて! そんな氷のような視線で晒さないで! 私のHPは0よ!
……まぁ、樹利亜ちゃんの言うことはもっともだった。ぶっちゃけ、どこかでマタニティハイでDQNネームつけちゃうお母さんみたいなノリだなぁ、と思っている自分は居た。結局、私がヤンデレを選んだ理由は多分、
「どうせ、彼と直接的にお付き合いしなくても恋してる気持ちになれるからとか、そういう安直な理由でのヤンデレなんでしょう?」
「樹利亜ちゃんはエスパーか何かですか」
「あなたの思考回路が単純なだけです」
「ぐぅ……」
思わずぐぅの音が出た。ぐぅ。あの『ヤンデレって、どういう子?』のページに書いてあった項目は、ほとんど接触しなくても、いや寧ろ接触してはいけないことが多かった。
①ストーキング②盗撮③私物収集④盗聴⑤監視⑥所持品チェック⑦監禁⑧殺害――まず仕出かさないであろう⑦と⑧以外は、全部彼に知られずにやるべき事柄だった。だから、都合がいいと思ったのだ。会わなければ、もうああいう気持ちにならないで済むから。その上で、彼への思いを抱き続けていられるから。嗚呼、全く……開き直れてもいない、うじうじとした考えだ。だから、そういうのを、ずっと見ない振りしてきたのだ。
「私があなたに告白するって聞かされた時、なんて思ったか、分かります?」
「……『ああ、私も行き遅れか』とか?」
「帰りますよ?」
「ごめんなさい」
かちっと、と弁当箱の蓋をしめる。今回は、私がお弁当をもってきてないからと、樹利亜ちゃんが私に合わせて食堂まで来てくれたのだ。
「安心したんですよ、私。ああ、この子、ようやく前に進めたんだなって」
私は、樹利亜ちゃんの顔を見た。彼女は弁当箱の方を向いていたから、目線はあわなかった。
「一限から放課後までずっと『ねぇ聞いて聞いて、今日こんなこと聞いちゃった!』と凄まじく一方通行な惚気話された時はさすがに気が滅入りそうになったので」
「うん、それに関しては本当にごめん」
「半分冗談です、半分は」
「ほんとごめん……」
「まぁ、とにかく。そんなに好きなのに、なんでこの子はその人に近づこうとしてないんだろう、と。突き飛ばしてやった方がいいのかな、とずっと思ってたんですよ、私」
そこで、樹利亜ちゃんは今度こそ完全に席を立った。まぁ、うん、今度ばかりは流石に止めるまい。ここまで言ってもらったのだ、それで十分じゃないか。あとは私が孤軍奮闘するだけのお話、彼女に最後まで付き合ってもらうことはできな――
「何座ってるんですか」
私は、声の方を見た。ちょうど、見上げる形だ。
「ご飯は食べ終わったでしょう。さっさと教室に帰って作戦会議でもしますよ」
「樹利亜ちゃん……!」
「お礼は某喫茶店のホワイトモカとオレンジケーキでいいので」
「現金……!」
*
「「あっ」」
待て。なんだこれは。なんなんだこの偶然は。ちょっと待って何故振り返る私の前に立ちはだかるの樹利亜ちゃん。なに、そのジェスチャー、えっ行けって? いや、ちょっと待ってほんと心の準備がまだああああああああ!
……ああ、うん。よし、頑張って冷静になろう。冷静に努めよう。ファイトだ私、おのれ樹利亜ちゃん許さんぞ。説明。教室まで至る道を進んでいたら、件の彼をばったり会った。ちなみに「あっ」というアレは彼と私の声がハモったものである。やだ、私と彼ってばほんと相性抜群なんだからとかそんなことを考えていられるほど精神に余裕はなかった。
「えっと、一昨日はありがとうございました!」
私が何を言い出すかもにょっている間に、彼が先制攻撃を食らわせてきた。一昨日、一昨日っていうとくろまめわんこ……じゃなかった、木彫りの梟を拾ったんだったな、うん。
「い、いえ、私は当然のことをしたまでですます、うん」
「あの時はちゃんとお礼を言えなかったので、会ってちゃんとお礼をしたいな、って思ってたんです」
彼がこちらに歩いてくる。やばい、逃げ出したい。三日前の告白、二日前の握手、一日前の盗撮現場発覚、彼の顔をまともに見られる要素が一つもなかった。いや、一日ペースで何かしら仕出かしてる私もどうかと思うけれど! 一日一善ならぬ一日一ウッカリかな! 落ち着け、馬鹿なことを考える前に気の利いた返答を考えろ! 目指すはローマの休日のアン王女が如き清楚なたたずまいだ! いやローマの休日見たことないから王女が出てくるってこと以外知らんけど!
「これ、僕からのお礼の気持ちです。よかったら、受け取って下さい」
「お、お礼ィ!? い、いえ、そんな、私そんなすごいことした覚えはないんで! 寧ろお礼するのは私だと思ってるんではい!」
やばい、自分でも何言ってるか分からない。「お礼ィ」なんてなんか半ば鳴き声みたくなってた感じあるぞ、おい。まぁ、でも取り敢えず彼から渡された紙袋を手にすることには成功した。やった、彼からの贈り物を収集するのもヤンデレの務めとか書いてあった気がするし、これでまた一つヤンデレに近づいたぞってヤンデレはやめようって樹利亜ちゃんに諭されたじゃないか、同じ過ちを繰り返すつもりかよ私、というかやばい、そろそろ落ち着かないとこれじゃただの挙動不審基地外じゃ――
「会えてよかった。名前は覚えてたんだけど、どこのクラスに行ったかまでは知らなくて……会えるかどうか、心配だったんだ」
その一言で、すーっと、体温が下がっていくのを感じた。あっ、彼、今笑ってるんだな、って認識できる程度には冷静になった。
「名前知ってるって、えっと」
「あっ、もしかして覚えてないかな? 僕たち、去年同じクラスだったんだよ」
分からなかった、何もかも分からなかった。去年同じクラスだったのを覚えてて、そればかりか名前まで覚えてくれてて、なのになんで桜の下では「誰だっけ?」だったのか、分からなかった。
彼の目が、まんまるになる。何を驚いているんだろう、と不思議に思って、気付いた。ああ、そうか、まぁそりゃあ驚くよね。だって、私、今――泣いてるもんね、うん。
私は彼に背を向けて、そのまま走った。ディフェンスしようとした樹利亜ちゃんが、私の顔を見て立ち止まったのをいいことに、その隣を全力で走り抜けた。
*
「えっ、えっと、えっ……?」
僕はその場でおろおろするしかなかった。僕が何か悪いことを言っちゃったんだろうけど、それが何なのか、全然検討がつかなかった。僕は圭ちゃんによく『バカ』って呼ばれる。自分でもそれは自覚していたけど、今回ばかりは本当に、分からなかった。
「あの」
彼女の後ろに居た女の子――この子も、去年同じクラスだったから覚えてる。田中さんだ。いつもすーっとするような、ハーブの匂いをさせてるから分かりやすい――が、僕に声をかけた。
「いくら何でも、あれはないかと思います」
思わず、背筋がぞくっとした。なんだろう、すごい、冷たい声だった。
「ちょっと待って、僕もどうしてなのか、その分からなくて」
「分からない?」
思わず「きゃうんっ!」と甲高い声が出た。どうしよう、眼鏡かけてると景色がぼやけて見えるはずなのに、殺意というか殺気というか、とにかくオーラが透けて見えてるみたいな感覚すらする……! 僕は堪らず後ろに居る圭ちゃんの方を見た。「お前一人で頑張るだけ頑張れ。変なことになったら、まぁ手助けくらいはしてやるけど」と言ってくれてたから。
「ちょっと待てよ。何か言い分があるなら、そっちが先に説明すべきだ」
「桜の木の下に呼び出された時には『誰だっけ』などとのたまっておいて、今この時は『知ってる』なんて軽口叩くドアホに生理的嫌悪を覚えてるだけです」
えっ、ちょっと待って、桜の木って……。
「は? おい、ウォーフ、お前桜の木に自分を呼び出したのは知らない奴だって」
「そうだよ。だって、あの時は桜の匂いがすごくって――」
そこまで言って、ハッとした。今彼女が泣いて走っていってしまった理由も、桜の木の下から走っていってしまった理由も、そこで、ようやく分かったんだ。
だから、僕も彼女の後を追って――
*
気が付くと、私は裏庭の桜の木の下に居た。三日経っただけなのに、根元には桜色の絨毯が出来上がっていた。多分、あの時がちょうど満開だったんだろうな、と思う。
笑えてくる。主に自嘲的な意味で、笑えて、笑えて、仕方なかった。彼は純粋無垢な天然馬鹿じゃなかったんだ。私が好きだった彼と、本当の彼は、きっと違ったのだろう。『あなたは偽物よ、本当の彼を返してッ!』なんて叫んじゃう馬鹿なヤンデレちゃん()の気持ちが、嗚呼、痛いほどわかっちゃって……嫌だった。
昼休みの終わりを告げる、チャイムが鳴る。次の授業は化学だっけ。いいや、サボっちゃおう。この桜の下で、しばらく自分を元気づけていよう。そう、今回のことは寧ろ好都合、あんな馬鹿な男に引っかかる前に相手の有責で別れられたんだから、これは不幸中の幸い――
「居た!」
びくっ、と肩が飛び上がった。今の状況で、もっとも聞きたくない声だった。桜の木の幹をまじまじと見る、アリかなんかよく分からない黒い小さな虫が這っていて気持ち悪かったが、後ろだけは振り向きたくなかった。私はこれでも頑固者だ。一度こうと決めたら絶対にそれを成しとおす。だから、今回だって絶対に振り返らない、絶対に――
「斎藤さん……斎藤、里穂さんっ!」
そのフルネーム呼びに、私は堪らず振り返った。私の目線より、少し上に、彼の顔がある。黒い毛並、ぴんっと頭上で存在感をアピールする耳、狼にしては短いマズル。普段はレンズごしにしか見えない黄金色の目が、こちらを、直接見ていた。
「一年の時から、ずっと気になってたんだ。いつもコート脇の観覧エリアで僕のことを見てるあの子は誰だろう、って。毎回同じ子が見てくれてるのは分かったんだけど、遠くで匂いも分からなくて……でも、今分かったよ。あれは、君だったんだね」
眼鏡を手に、語る。人間と同じ五本指、けれど毛むくじゃらで、肉球のついた手。
「僕ね、普段はこの眼鏡で視界を制限してるんだ。ほら、僕みたいな狼獣人って、本能的に視界の隅で動くものに反応しちゃいがちで、特に僕の場合はそれが酷くて――制御してないと、僕自身疲れちゃうし、危ないんだ。顔も分からないレベルでぼやけちゃうから、普段は匂いで人を区別するようにしてるんだけど、あの時は桜の匂いがすごくって、本当に、誰なのか、分からなかったんだ。説明しようとしたんだけど、その前に走っていっちゃったから」
気が付くと彼の頭が、私の頭より下にあった。それが、彼が頭を深々と下げたからだと気付くのに、少し時間を有した。
「あの時は、本当に、ごめんなさい」
私は、ただただ彼の頭を見下ろした。耳もぺたんと頭にくっついていたし、尻尾も足の間に挟まっていた。
……知らなかったのだ、彼の眼鏡の事情なんて。だって、私が見聞きする彼の情報は、結局間接的なものの産物で、彼と友好を深めて得たものではなかったから。知らなかったのだ、彼が私の姿を見止めていたことなんて。だって、私は常に彼を見ることしか考えていなくて、彼の目線に立とうなんて思いもしなかったから。知らなかったのだ、桜の木の下の彼の笑顔の裏側なんて。嗚呼、彼は目も鼻も効かなくて、その中で告白なんかされて、きっと困惑したに違いないのに、それでも相手に嫌な思いをさせないように笑って、真摯に説明しようとしていたのだ。
全部、私の早とちり、空回りだったのだ。
「あの……」
何を言えばいいのだろう。とにかく謝る? 私は重度の被害妄想癖の所為であなたに迷惑をかけようとしました、この卑しい雌豚をどうぞ好き勝手に罵り下さいませとか、とにかくもう謝り倒すか? それじゃ駄目だろう、私。いや、謝ることも勿論大事だが、今言うべきは、『桜の下で』言うべきことは、そっちじゃないだろう――!
「あ、あの時の答え、聞かせて欲しい、です……」
彼が、顔をあげた。言ってしまった、今度こそ完全に彼に言葉が伝わってしまった。ここから来る言葉は二択、「はい」か「いいえ」かである。もう、逃げられない。三日前の桜から散々逃げ倒してきた私だが、あとはもう、どうなっても前に進み続けるしかないのだ。
「えっと、その、僕、君のことは知ってるけど、でもそれって、名前とかそういうくらいで、君の中身まではちゃんと知ってる訳じゃないから」
少しずつ、言葉を紡ぐ彼。
「だから、今の状態で付き合うってのは失礼になっちゃうと思うんだ。よかったら、まず、友達になるところから、じゃダメかな?」
「それって、その……友達になった後なら、付き合ってくれるってことですか?」
自分の大胆さに、顔が熱くなる。完全に沸騰通り越して蒸気になってる。けど、ここまで来たんだから、確証が欲しかった。
「まぁ……そういうことに、なるかな」
――『校舎裏の中庭、満開の桜の下で告白すると成功する』学校の七不思議レベルの迷信だった。ただ、この迷信は既にここの生徒にとっては周知のものになっていて、だから『桜の下に呼び出される』というのはそういうことで、ある種都合がいいものとして残っているのではないだろうか。
なんて、前まではいかにも「私は恋するスイーツ()な女子どもとは違って現実見てるんですよー」というスタンスで居た私だけど。こうなると、まぁ、「し、信じてやらないこともないんだからね!///><///」みたいな気も、しないでもなかったりするのです。
おしまい
*
「おぅ、どうだった?」
「上手くいったよ!」
「そりゃよかった。しっかし、まさかお前に先越されるとはな」
「先越されるって?」
「……お前、あの子になんて言われたんだ?」
「『付き合って下さい』って」
「で、なんて返した?」
「『友達から初めよう』みたいな感じだったかな」
「付き合う、ってなんのことだと思ってる?」
「えっ、遊びとか、そういうのに付き合うって意味でしょ? 流石に僕でも言葉の意味は知ってるよ」
「……あの子、大変だろうなぁ」
おしまい……?