窮鼠猫を噛む
再び閉ざされた部屋を改めて詮索する。
すると部屋の端の方には他のレジスタンスと思われる人物が五人倒れていた。
彼らも探端さんと同じく手錠で拘束されていた。
なんということだろう。
シュレディンガーと遭遇してから今まで部屋の状況を把握する余裕すらなかったなんて。
「ん? よく見たらそこの男子中学生くん。君は部隊の人間のようだな」
「――そうですけど」
「へぇ、元はどこの部隊に所属してたんだい?」
「華月チームですが」
「華月……華月? 華月華月――ああ! 『神速』のことか!へーあの『神速』のねぇ……という事はあの部隊は『神速』、中学生、双子の構成だったはずだからそこの双子は華月チームの双子……じゃないな。ならば君があの『神速』の養子か」
シュレディンガーはどうやら興味津々のようでひたすらに喋り続ける。
「…………」
「実際に合ったことはないけど正義感の強い人と言う噂は実力の話と共によく聞くな。その『神速』のチームに所属している君がどうして敵に回ってるんだ?」
「――僕が僕として生きる為ですよ」
僕は柏木さんに言った言葉をシュレディンガーにも繰り返す。
「ふぅん……いくら正義感溢れる『神速』だからと言って他人を正義の味方にすることまでは出来なかったみたいだな。『神速』の影響力もその程度か」
「勘違いしないで貰いたいのですがこれは華月さんの願いの成就のためでもあります」
「あっそ――で君は、正義の為に敵に回るわけじゃないだろう? 浅いところでは明るく光って普通の振りをしているくせに深いところでは暗く淀んでいる。そんな偽物の心をしているぜ」
海山姉弟が探端さんを部屋の端に移動させるのを横目で確認する
。
「社会不適合者ってなんだと思います?」
「そりゃあここにいる奴ら全員だろ。つまりアビリティホルダーだ」
「まあ、それも間違いありませんが、引きこもりとかもいると思うんですが」
「ああ、そうだな」
「僕はですね、引きこもりは引きこもりとして社会に適合していると考えています。社会で働けない、生きていけないから自分の殻にこもる。これは大多数に迷惑がかかることを回避していると言えます。働けない人が職場に来たら迷惑でしょう? では何が社会不適合なのか。それはつまり僕のような人のことだと思うんです。社会で生きていくこともできないくせに社会に出て仕事ができる振りをする。できると思っている。できると思っていても仕事ができない、できないから頑張る。それでもできない。周りの人は出来るのに自分は出来ない、周りも自分のことを仕事ができると思っている。そのギャップによってどんどん壊れていく。壊れても普通に振る舞って取り返しのつかないことになっていく。そして周りに迷惑がかかる。だからですね、僕は自分のいるべき場所に行こうとしているんですよ」
「だから外れ物の枠に収まろうと」
「はい」
「くううううううううっだらねぇ! そんな事どうでもいいわ!」
えぇ、聞いといてそれかよ。
「そんな理由かよ、くだらねーくだらねーくだらねー。聞きたくない。無駄な時間だったな、戦闘を再開するか」
シュレディンガーは何かを払拭するように繰り返すと戦闘態勢に入った。
その瞬間気配を殺していた海山姉弟が横からナイフを突き立てる。
――がしかしその攻撃も虚しくシュレディンガーの体を通り過ぎるだけだった。
「手ごたえ無しね」
「くっそ、実体のないものに攻撃してるみたいだ」
実体がない……?
そういえば昔、鏡水さんに聞いたことがある。
ランクSの中にも格差はあってその上位にいる人物。
その人物は幽霊を殺すよりも殺しにくいと言われていると。
まさかその人物こそがシュレディンガー? 幽霊より殺しにくいって、そんなのどうすればいいんだ。
すり抜けた海山姉弟は僕達の横に来て愛ちゃんに指示を仰ぐ。
「アリスどうする?」
「どうしようもない」
「落ち着いて。シュレディンガーの武装は手錠だけよ。例え攻撃が体に当たらなくても手錠には当たるはずだわ」
「でも防戦一方では目的を達成できませんよ」
シュレディンガーが手錠を構え走ってくる。
海山姉弟が手錠に発砲するが激しく動いている手錠に当たることはなかった。
向かってくるシュレディンガーを避ける三人。
僕はその場に留まり手錠をナイフで弾く。
弾き飛んだ手錠を目で追うと手錠は部屋の隅に滑って行っていた。
その瞬間腹部に響く痛み。
思わず息ができなくなる。
なにが起きたのか理解するまでに時間はかからなかった。
それは考えるまでもない当たり前の事実だったから。
僕の腹部を撃ちぬいた拳を引っ込め追撃をすべく左腕を振りかぶるシュレディンガー。
狙いは頭。
僕は頭をずらして紙一重で避ける。
回し蹴りで距離を空けようとするものの、繰り出した蹴りはシュレディンガーをすり抜け僕は体制を崩すだけだった。
うなだれるように体制を崩した僕にシュレディンガーは拳を振り落とす。
しかし頭を狙ったその拳は僕の頭をすり抜ける。
突然目の前に現れた腕に驚くも直ぐに体制を取り直し距離を空ける。
シュレディンガーも同時に距離を空ける。
なぜ攻撃がすり抜けたのか。
それは愛ちゃんのナイフがシュレディンガーの体を突き抜けていたからだろう。
どうやら体の一部をすり抜けさせることは出来ないようだ。
「これでやっと分かったわ。シュレディンガーのアビリティの発動条件が」
「流石に分かっちゃったか」
「あなたのアビリティの発動条件、それは――目を瞑ることよ」
「正解」
確かに思い返してみればシュレディンガーは目を瞑ることが多かった。
それは余裕からくるものだと思っていたのだけれど、まさかアビリティの発動条件だったとは。
「でもそれが分かったところで僕に勝てることにはならないぜ」
「いいえ、それだけ分かれば十分よ。窮鼠猫を噛む――反撃の時間よ」