制御室に向かって……
倒れていた青年たちを救出することなく中庭を脱出した僕達は建物の後ろ、壁と建物に挟まれた人気の無い通路に避難した。
自らが戦闘音を発していないとあちこちから戦闘音が聞こえるのが分かる。
周りの安全を確認したのち愛ちゃんに目的地を聞くため愛ちゃんの方向に顔を向ける。
すると思ったよりも距離が近く間近で顔を合わせることになってしまった。
間近で見た愛ちゃんは肌がきめ細かく透き通っていて色白で童顔。そのくせ無表情、しかも洋風な服装も相まって外国の人形のようだ。
そんな感想を口にすることはなく、一瞬の沈黙の後改めて目的地を聞く。
目的地は制御室だった。
「制御室。恐らく避難所の次に警備が固いところだと思います。少なくてもランクAの戦闘員が三人以上はいると思います」
続けて言う。
「僕のランクはさっき言った通りBです。愛ちゃんと僕だけじゃあ無理があると思います」
ランクSに瞬殺されなかった奴が何を言っている。などとツッコミが来ると思い身構えたが愛ちゃんの反応は沈黙だった。
正確には腕を組んで右手を顎に当てて考え事を始めたというのが正しい。
三十秒ほど深く考え込んだのち、愛ちゃんは口を開いた。
「そうね、まずは味方の援護に回りましょう。人数を増やして制御室に向かうわ」
「了解」
僕は携帯電話を取り出し鏡水さんに連絡を入れる。
『はい、華月です』
「不和です。鏡水さんの現在地を教えてください」
『現在地、野球場南西広場にて敵を制圧中』
「了解、こちらサッカー場方向から敵の気配を確認。今から制圧に向かいます」
『了解』
通話が終わると僕は思いっきり振りかぶって携帯電話をサッカー場の方向に投げ捨てる。
「それでは食堂の方角に向かいましょうか」
食堂の場所は野球場ともサッカー場とも違う明後日の方向にある。
これで少なくとも鏡水さんとの遭遇する確率は少なくなったはずだ。
「携帯電話、いいの?」
「ええ、あれにはGPSが付いてます。鏡水さんに裏切りの連絡が伝わってしまうと直ぐに駆けつけられてしまいますから」
残りのランクSは柏木さんとシュレディンガー。
柏木さんの位置は把握しているし、そこから離れる訳だから遭遇することはないだろう。
問題は位置不明のシュレディンガー、もし彼に遭遇してしまっては最悪の事態になる。
そのことも踏まえ、身を隠しながら移動することにした。
細い通路を通り物陰に隠れながら移動する。
聞き耳を立て状況を把握する。
移動速度こそ落ちるものの安全に移動することに越したことはない。
食堂の方角に進んでいると二対二で戦っている人達を発見した。
見た限りお互いがお互いコンビのようで両チーム息の合った戦いをしていた。
僕達は顔を合わせ頷くと二手に分かれる。
愛ちゃんは部隊の兵士の後ろから。
「助太刀するわ」
「「アリス!」」
レジスタンスの兵士二人は愛ちゃんに気が付くと思わず声に出した。
それによって愛ちゃんに気付いた部隊の兵士が振り返る。
「くそっ! 三対二か! いけるか!?」
「僕もいますよ」
今度は僕が愛ちゃんと部隊の兵士の間に入る。
そうすると部隊の兵士は、助かる! と言ってレジスタンスの2人の方を向く。
「これで三対三だ」
「いえ、四対二です」
僕はそう言って部隊の兵士の足を拳銃で撃ち抜いた。
撃たれた兵士は言葉にならない声を発し、足を抱え悶絶の表情で地面を転げ回る。
「お前……なにを!」
「これで四対一ですね」
返答はしない。
部隊の兵士が信じられないといった表情で僕を見る。
その隙にレジスタンスの二人が後ろから両腕を掴み背中を踏んで地面にねじ伏せた。
そして二人は愛ちゃんに目を向け交互に言葉を発する。
「そいつ誰?」
「敵じゃないの?」
「ええ、見た通り味方よ。まな達に協力してくれるって」
「そんなの信用していいの?」
僕は何も言えない。
「ええ、構わないわ。まなを敵から助けてくれた。それに今はしっかりと協力してくれているから」
「ふぅん」
「アリスがそう言うならいいけどさ」
「それよりさ」
「こいつら縛っちまおーよ」
姿が同じ彼女らはお互いの考えを理解しているのか互いに言葉を紡ぐ。
「そうね凪、拘束するものを出してもらえるかしら」
「どうぞ」
僕は手錠をポケットから二つ取り出して愛ちゃんに渡す。
愛ちゃんは一つを二人に投げて渡してもう一つを地面で悶えている兵士の腕に掛ける。
「ひとまず物陰で話しましょう」
手錠を掛け終わるとまなちゃんの提案で兵士達を二人が担いで物陰に隠して僕達は離れた場所に隠れた。
「これから司令室に向かうの。あなた達も来てくれない?」
「いいよな?」
男の方が女の方に同意を求める。
「聞くまでもないでしょ」
「そうだな」
お互いに確認を取った2人は直ぐに僕に話しかけてくる。
「おうお前」
「名前は知らないけど」
「アリスが信用するって言ってんだから俺らも信用するぜ」
男の意見に女も賛同する。
「アリスが言うなら信用するわ」
「そうですか、ありがとうございます」
「俺の名前は海山輝」
「私の名前は海山姫瑠」
「僕は不和凪です」
「よろしくな」「よろしくね」
「こちらこそ」
「挨拶もほどほどにして制御室に向かいましょう。時間は限られているわ」
愛ちゃんが言う。
確かに言うまでもなく戦闘中の今、時間は限られている。
僕達は他の仲間を制御室に向かっている最中で見つけたら助けることにして、このメンバーで制御室に向かうことにした。
僕達は警戒しながら進軍したけれど幸いにも部隊の兵士とは制御室のある建物に着くまで出会うことはなかった。
その道中レジスタンスの兵士を発見しメンバーに加えることができた。
「そういえば今この基地にいるレジスタンスって何人なんですか?
」
僕はふと気になって移動しながら聞いてみる。
「六十四人よ」
愛ちゃんが答えてくれる。
六十四人。
思っていたより少ない人数ではあるけれど今の基地にいる部隊の戦闘員の人数を考えれば十分に多いと言えるだろう。
しかしそれでも、全員アビリティホルダーということを考慮してもランクSが三人いると言うだけで勝ち目は薄い。
それは勿論レジスタンスにランクS相当の兵士がいないと仮定するならば、だけど。
「その中でランクSは何人いますか?」
「その制度は部隊独自のものだと思うわ」
ああ、そうか。
考えてみればランクは確かにアビリティの強さによって付けられるものだけど、それは部隊での役職のようなものでもあるんだった。
「そうですね、そうでした。聞き方を変えます。今いるレジスタンスの中で他の兵士よりずば抜けて強い人は何人いますか?」
「三人よ」
三人か。
贅沢は言えないけれど、それはとても多いとは言えず心細い人数だった。
これは本格的に目的地に急がなければならないかも知れない。