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クレープ

「ただいま戻りました。報告書渡してきました」


 鉄の扉を開けると鏡水さんは和風な椅子に座って本を読んでいた。


「お帰りなさい。ご苦労様でしたね」


「いえいえこれくらいなんともないですよ。それよりもあの人が柏木さんだったんですね。知り合いだったのなら鏡水さんが行ったほうが良かったんじゃないですか?」


 ほとんど面識のない僕が行くより面識のある鏡水さんが行った方が良かったのでは? と思い聞いてみる。


「……あまり、得意じゃないんですよ。あの人」


「どういう事です? あの仕事人間っぷり、鏡水さんと合いそうですけど」


「そうでもないんです。柏木さんはいい意味でも悪い意味でも仕事人間で完璧主義ですから仕事であればどんなことでもしますし、仕事のできない人間は容赦なく切り捨てる人です」


 ああ、なるほど。

 それは正義の為に戦い、自身も正義である鏡水さんと仕事の為に戦い、仕事の為にどんなことでもする柏木さんでは似ても似つかない人間なわけだ。


「へぇ……そうですか。人間、どうしても苦手な相手はいるものです。鏡水さんも例外じゃないというわけですね。それならばベルちゃん、あの子僕と歳もほとんど変わらないみたいでしたけど、あのチームでやっていけているという事は相当の手練れという事ですかね」


「ベルちゃん? カレイド・ベル・クォドラングルさんのことでしょうか。そうですね、彼女は齢十三にして屈指の実力を誇るエリートですよ」


「ベルちゃんってどんな人なんです?」


「ん? どうしました? 珍しく他人に興味なんか持っちゃって。もしかして一目ぼれでもしました?」


 鏡水さんは不敵な笑みを浮かべながら本を閉じそう言った。


「いえ、さっき少し話をしたんですけど共闘でアビリティを使わなかったせいでどうやら嫌われているらしくてベルちゃんもまた仕事人間なのかなと」


「彼女は真面目なだけですよ。仕事は与えられているからしているだけで本当は戦闘なんてしたくないんでしょうね。そういう子です。ちなみに彼女はパフェが大好きです。今度誘ってみるといいでしょう」


「だからそんなんじゃないですって」


「まあまあ照れるな照れるな。その年頃の子がそういう時期なのは私も分かっています。青春は行動しなければ訪れないですよ?」


 違うって言っているのに……。


「鏡水さんこそ、そろそろいい年ですよ。結婚相手とか見つけなくていいんですか?」


「えええとだな、私は、その、まだ、だな? 相手が見つかっていないというか、大体まだ二十代だし、焦るには早いと言うか……な?」


 いや、な? って聞かれても。

 鏡水さんは顔を赤らめてもじもじしながら言う。


「鏡水さん美人なんですし、性格もいいからすぐ相手見つかりますよ」


 違う。

 だからこそ、だ。

 高嶺の花。

 鏡水さんにはこの言葉がとてつもなく嫌なほど似合ってしまう。

 漫画やアニメでよく聞くヒロインの謳い文句。

 容姿端麗、成績優秀、仕事もできて人当りもいい。

 それに加えて裏表がない。

 そんな人間は現実には存在しない。

 しかし、鏡水さんはそれをすべてクリアしている。

 完璧すぎるほどに完璧すぎる。

 そんな鏡水さんに釣り合う人などいるのだろうか……。


「ゴホン、と、ともかくですね。今日は休みです。どこか遊びに行ってきなさい。子供は元気に遊ぶものですよ」


 誤魔化すように咳払いをしてそう言った。

 露骨に話題終わらせやがった。

 僕はしかたなく鏡水さんの言う通りに部屋を出て、時間の潰せる場所を探しに向かう。


 大体、外に遊びに行くと言ったところで、ここは基地といえど曲がりなりにも隔離施設であることには変わりない。

基地内外への自由な出入りは認められていない。


 うーん、それなりに基地内には野球場などの施設はあるんだけど、どこに行こうかなぁ……。

 時間は九時三十二分。

 お昼の時間にはまだまだ早い。


 窓から空を見る。

 どうやら幸いにも快晴だ。

 木の葉の揺れも少なく風も穏やかそうだ。

 これなら春の暖かさを感じることができるだろう。

 こんな日はベンチにでも座りながら本を読むに限る。

 僕はそう考え、個人ロッカーからしばらく仕事で読む暇がなかった小説を引っ張り出し、公園スペースのベンチを探しに居住スペースを後にした。



 基地の広さはおよそ東京ドーム四個分あり、野球場、サッカー場、水泳場などの施設が多数存在している。

 ショッピングモールなどはないがここが隔離施設であることを除けば十分に楽園だと言えるだろう。

 選択肢の少ない自由とはいえ文句が出るほどのものでもない。

 欲しいものがあったら申請して買うこともできる。

 勿論許可が出ればだが。


 公園に向かって歩いているとクレープの屋台が目に入った。

 そういえば今日は水曜日。

 二週間に一度のクレープの屋台が来る日だったか。

 ベルちゃん、パフェが大好きなんだっけ。

 クレープも好きそうだなぁ……

 そんなことを考えていると、左の通路から見覚えのあるサイドの髪をくるくる巻いている小柄な女の子がクレープの屋台に向かってスキップしながら既に並んでいた二人組の後ろに並んだ。


 ベルちゃんだ。

 てかスキップって。

 どれだけ楽しみにしてたんだ。

 すぐにベルちゃんの順番が来て何やら注文をした。

 ものの数分でクレープは出来上がりベルちゃんの手に渡る。

 ベルちゃんはお金を渡してクレープを貰った後、どうしてもすぐに食べたいのか小走りで屋台の横に移動した。


 ここからは顔があまり見えないが雰囲気的にとてもうれしそうだ。

 そしてベルちゃんがクレープに口をつけようとしたその瞬間


『危ない!』


 どこからともなく大きな声が聞こえる。

 周りを見ると数名上を見ている人がいる。

 視線の先をたどるよりも前に僕はその正体を目にした。

 それは既に数メートルという距離に近付いているベルちゃんへ向かう野球ボールだった。



 いくつかの短い悲鳴。

 それと同時にボールが地面に落ちる音。

 尻もちをつくベルちゃん。



 ベルちゃんは間一髪で上体を反らしボールを避けた。

 しかし勢いよく避けた為、クレープは手元を離れ地面で無残な姿になっていた。


「ごめんなさ~~い!」


 ボールの来た方向から聞こえる声。

 遠くにユニホームを着た男性が走ってくるのが見える。


 再びベルちゃんを見るとうなだれていてどす黒いオーラが漂っている。

 そんな感じがした。

 大好きなクレープを台無しにされて怒ってる。

 激怒だ。

 あの男性殺されるんじゃなかろうか。

 それはいけない。

 僕が止めないと。


 そう考えベルちゃんに近付いていくとヒック、ヒックと小さく聞こえた。

 まさか泣いていらっしゃる?


「うええええええええええん!!」


 しかも号泣!?

 大粒の涙と共に大声で泣くベルちゃん。


「おじさん。あそこに落ちてるクレープと同じやつ二個ください」


 仕方なく僕はクレープ屋のおじさんに注文をし、クレープを待つ代わりにベルちゃんに近付く。


「コロスコロスコロスコロス……」


 近付くとすでに泣き止んだベルちゃんは小さい声でぶつぶつ呟いていた。

 こえーよ!

 僕はベルちゃんの前に立つとしゃがんで視線の高さを合わせ告げる。


「やあ、ベルちゃん。僕が今そのクレープと同じやつを注文したので、機嫌直しましょう?」


「不和凪……」


 ベルちゃんは力なく言う。


 おじさんができあがったクレープを持ってきてくれた。

 お金を払おうとすると、災難だったね、おごりだ。と言ってお金を受け取って貰えなかった。

 それなら僕の分だけでも。と言ったらニヤニヤしながら、それもおごりだよ。と言った。

 僕にはよく意味が分からなかった。


 ベルちゃんに、とりあえずベンチに座って食べましょうか。と言ってベンチに移動した後クレープを渡す。

 バナナストロベリーチョコレートクリームだった。

 ベルちゃんはクレープを受け取るのを一瞬躊躇したが受け取ってくれた。


 まだ落ち込んでいたベルちゃんもクレープを食べるにつれどんどん元気になっていって食べ終わる頃にはすっかり調子が戻ったようだった。


「どうして……? どうしてあなたは知り合って間もない。しかも喧嘩したわたくしに良くしてくださるんですの?」


 ベルちゃんのその質問を僕は当たり前のようにこう返す。


「知り合って間もないからこそですよ。これをきっかけに仲良くなればいいじゃないですか。それに他人だなんて冷たいですよ。一緒に戦った仲じゃないですか。僕にはその理由で十分です」


「これから仲良く……そう、ですわね……」


 横に座るベルちゃんがどんな表情をしているかは分からないけれど、とりあえず機嫌は完全に直ったようだった。

良かった、死者が出るのは防げたみたいだ。


「しかしそれならば次の共闘があるとしたらその時は全力で戦ってくださるかしら?」


「それは場合によります」


「ええ……そこは流れ的にYESでしょうに……」


「まあ、でもベルちゃんが望むならアビリティを使わないでもないです」


「はっ!? えっ!? ベルちゃ!? え!?」


 ベルちゃんは驚きながらも赤面しわたわたしながら必死に顔を隠そうとしている。


「なにか変なこと言いました?」


「ベルちゃんって!? ええ!?」


「いけませんか? ベルちゃん?」


 さっき言った時は気づかなかったのか。


「い、いえ! いけないことはないですわ! お友達はみんなベルと呼びますし急に呼ばれてびっくりしただけですわ! 何も問題ありませんわ!」


 そう? それならいいんだけど。

 僕はベンチに座り込んでいるベルちゃんに別れを告げると公園のベンチを探しに向かった。

 別にあそこのベンチでもよかったのだけど、あそこは広場になっていて結構にぎやかだったりする。

 その点公園のベンチなら静かで読書に集中できるのだ。

 道を歩いていると時計塔があったので見てみるとすでに十時三十分を過ぎていた。

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