超能力対策部隊
”鉄砲刀剣類所持等取締法”
”銃刀法”と言えば聞き覚えがあるだろうか。
それは勿論安全を確保するための法律であるがそれがなぜ安全に繋がるのか。
言うまでもなく人を傷つけ、ともすれば人を殺してしまうような凶器を取り締まることによって脅威を取り除いているからである。
現実的なことを言えばこの法を犯した場合『凶器を没収され、処罰を受ける』その程度だ。
では人間の場合はどうだろう? 人間の肉体だって首を絞めたり、殴ることによって人に脅威をもたらす。
でもそれは人間の持ち合わせた力でありそれを取り締まることは不可能だ。
そんな事を気にしていては人間は存在するだけで犯罪者になってしまう。
暴力は発生してからしかどうしようもない。
それでは人間の肉体に凶器以上の脅威が存在している場合はどうなるだろうか?
明らかに人間の脅威となるものを持ち歩いているのに没収することもできず、かと言って放置しておくこともできない。
”超能力”それは何らかの理由で限られた人間に発症する力。
超能力者達はこの力を人間を超えた能力ではなく普通の人間の枠に収まった能力であることを示唆してアビリティと呼ぶ。
この超能力を取り締まるのが”超能力保持取締法”である。
通称”超能力法”
基本的には”銃刀法”と同じだが違うところがある。
それは『超能力を使用、もしくは保持していることが判明した場合連行、今後の自由の一切を禁ずる』というものである。
大体の者は隔離施設に移されるが、超能力未使用等の理由で犯罪を犯す確率が低いと判断された者は収容、もしくは超能力者を捕える兵隊になることの選択肢が与えられる。
その超能力者を捕える部隊こそ”超能力対策本部”率いる”超能力対策部隊”である。
僕はその”超能力対策部隊”に所属している。
「おはようございます。凪」
僕が部屋に入るとドアの方を向いて茶道をしている金髪ポニーテールの着物ドレスを着た女性に挨拶をされる。
「おはようございます。鏡水さん」
僕は挨拶を返し頭を下げる。
彼女の名は華月鏡水。
7年前両親と死別した僕を救ってくれた命の恩人だ。
それ以降は親代わりとして僕を支えつつ”超能力対策部隊”で生きていく術を日々僕に教えてくれている。
「どうですか?」
鏡水さんは抹茶を混ぜ終わると僕の方に差し出す。
「いえ、遠慮しておきます」
抹茶は好きじゃない。
鏡水さんはそうですかとだけ言うと少し悲しそうな顔をして抹茶を飲み始めた。
「今日は仕事のほうはないんですか?」
僕がそう聞くと鏡水さんは茶碗を畳に置き、それを今から言おうとしていました、と話を始める。
「色々忙しくて言いそびれていましたが、今日は私達のチームは休みですよ。ここ最近の案件は全て片付きましたしその分の休息も含めて今日一日は勤務なしです。凪達には十分に体を休めて貰いたいと思っています。……と思っていたのですが凪、一つだけお使いを頼まれてくれますか?」
――僕は鉄の扉の前に立つと一呼吸置いて重量感あふれるその扉をノックした。
「いるわよ」
返事があったので鉄の扉を押すと見た目とは裏腹にすんなりと扉が開く。
頼まれたお使いとは至極簡単な物だった。
報告書のサインを貰う、それだけ。
先日の仕事で他のチームと共同戦線を張ったのでそのチームのリーダーのサインが必要なのだ。
「失礼します」
僕は奥の豪華な椅子に座って爪の手入れをしている女性にお辞儀をする。
彼女は妖艶な美しさと恐ろしさを兼ね備えていた。
「なんの用ですの?」
女性はこちらを見ずに爪の手入れをしている。
代わりに怒った口調で彼女の隣に立っているサイドの髪をくるくる巻いているのが特徴的な女の子が僕に問いかける。
「先日の仕事で共同したので報告書にもそちらのチームのサインが必要なんですよ」
女の子はああ、あれねと不機嫌そうな顔をして僕に歩み寄り、持っている報告書を乱暴に奪い取りつかつかと女性の横に戻り報告書に目を通しながら僕に話しかける。
「ええと……あなたのお名前なんでしたっけ? 確か……ふあ……」
「不和凪です」
「ああそう。不和凪さん。先に言っておきますけれど、わたくし今後あなたと組む気は一切ございませんのでそこのところよろしくお願いいたしますわ」
はぁ、僕なにか嫌われるようなことしたっけ?
「だってあなた全くアビリティを使わないんですもの。やる気が感じられませんわ。やる気のない方と仕事をするのはまっぴらごめんですわ」
「君のほうこそ考えなしにアビリティを使うのはどうかと思いますけどね」
「あの数で圧倒している状況なら全員でアビリティを使って制圧した方が良かったに決まっていますわ!」
「それが考えなしだと言っているんです。もし伏兵がいて全員のアビリティを見られて逃げられて対策を練られたらどうするんですか?」
「その時は違うチームに頼めばいいでしょう!」
「そんなところに戦力を裂く余裕はありませんよ」
「うっさいバーカ!」
もはや反論の言葉もなく、それはただの暴言だった。
「いい加減にしなさい」
暴言を吐いた瞬間、沈黙を守っていた女性が口を開いた。
女性のその一言に女の子はビクッと反応してうつむいた。
「全く……子供じゃないのだから汚い言葉を使うのはおやめなさい」
「……はい、ごめんなさいですわ」
「不和さん。あなたの言うことも一理あるけれど全てじゃないわ。結果論になるけれどあの時伏兵はいなかったわけだし……とりあえず報告書は預かったわ。そちらのチームのサインはあるみたいだし、これは私から提出しておきますね」
「……はい、お手数をお掛けします」
「……それと、あまり私の部下を苛めないでくださいな」
そんなお願いの言葉には相反して冷たい視線が乗っていた。
「あなたが甘すぎるんですよ」
僕は静かに返す。
「あなた、ではなくて柏木さくらよ。ランクSの兵士の名前くらい憶えておきなさい。その様子だとこの子の名前も知らなそうね」
「…………」
「わたくしの名前はカレイド・ベル・クォドラングルよ。カレイド様でいいわ」
なんだカレイド様って、名前を呼ぶときは可愛くベルちゃんと呼んでやろう。
「甘すぎると言ったけれど、鏡水が厳しすぎるだけでしょう? 毎日修行とかあるらしいじゃないの」
「そうですね。休みの日も二時間だけ毎日修行がありますよ。でも鏡水さんの修行の仕方は間違っていないです。どこをどういう風にどれだけ鍛えれば力になるのか説明してくれて、ただひたすらに筋トレに励むという事もなく適度に、しかししっかりと力になるように鍛えてくれています」
「そういうところ相変わらずねぇ。鏡水が正しいのは誰だって知っているわ。鏡水はいつだって正しいもの。毎日修行って疲れないのかしら」
「毎日きっちり六時から二時間ですからね。伸びたりも縮まったりもしません。もはやこれが僕の日課です」
「そう、私はきっちりと仕事さえしてくれれば文句は言わないからね。ただ甘やかしているわけではないわ」
柏木さんはベルちゃんに目をやるとベルちゃんは頑張っています。という得意げな顔をした。
「……それでは報告もあるので失礼します」
「ええ、鏡水によろしくね」
僕がお辞儀をすると柏木さんはそれだけ言うと爪の手入れを再開した。
ベルちゃんはそそくさと奥に引っ込んでいった。
キッチンが見えたからきっと紅茶でも淹れに行ったのだろう。
僕は部屋を出ると鏡水さんの待つ部屋へと向かった。